ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史


投稿:2009.06.21
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ジャパンアジアビアカップ2009「ピルスナーボトル部門金賞受賞」。宮崎の大自然の中で生まれた「こだわり地ビール」の味の秘密をさぐる!

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史

 今や全国を代表する地ビールとなった『ひでじビール』。2006年に導入した『ビール酵母純粋自家培養技術』を駆使し、研究に研究を重ねて開発された『太陽のラガー』は、今年2月に『宮崎県優良県産品』に認定され、さらに6月6日(土)・7日(日)に東京都で開催された地ビールの祭典『ジャパン・ビアフェスティバル 2009 in 東京』の会場にて行われた、『ジャパン・アジア・ビアカップ2009授賞式』において『ピルスナーボトル部門金賞』を受賞するという快挙を成し遂げました。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞

『ひでじビール』といえば、宮崎人ならたとえ地ビールファンでなくとも一度は聞いたことがある名前だと思いますが、しかしいったいどのような人がどのような想いをこめて醸造しているか?というのはあまり知られていないところです。
 そこで今回のインタビューでは、醸造者である片伯部智之さんと梶川悟史さんに、このたび金賞を受賞した『太陽のラガー』にまつわるエピソードをはじめ、ビール職人の道に入るきっかけや、ビールづくりに対する想いなどをたっぷりと語ってもらいました。
(レポート:松田秀人)

ひでじビール醸造所

宮崎県延岡市むかばき町747-56
TEL:0982-39-0090
FAX:0982-38-0080
URL:http://www.hideji-beer.jp/

 

ひでじビール プロフィール

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞

ひでじビールの沿革

1996年6月  延岡市行縢町にひでじビール醸造所 設立
1996年6月  延岡市中町にレストラン『リバーピア』オープン
1997年10月  ボトリング設備を導入し、瓶での販売を開始
1998年3月  低温貯蔵サーマルタンク導入増設。低温貯蔵庫を増設。
1999年4月  宮崎市にひでじビール企画室を開設
2001年3月 タンク増設
2006年10月 ビール酵母純粋自家培養技術導入
2007年5月 iTQi 国際食品審査会 優秀味覚賞受賞
2009年2月 宮崎県優良県産品に認定
2009年6月 ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞
2009年6月 延岡市中町に『延岡麦酒蔵 Hideji 和厨房』オープン

太陽のラガー(県認定品)

ひでじビール・醸造スタッフ 〜太陽のラガー「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

◆2009年宮崎県優良県産品に認定
◆ジャパンアジアビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞
宮崎の太陽をイメージしたあのラガー登場。
みやざきの青い空に美しい海。
太陽の恵みを受けた原料を使い、太陽の色を表現。
喉越しはキリッとキレのよさが爽やかなジャーマンピルスナー。
◆限定ピルスナー330ML 瓶  600円(税込み価格、送料別)

延岡市「行縢町」ひでじビール醸造所周辺マップ
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インタビュー(その1) 金賞受賞について

僕らが目標にしていたいちばんの激戦区で認められたのが嬉しい。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

▲会場風景(画像提供:片伯部さん)

 

Q:まずは『ジャパン・アジア・ビアカップ 2009 / ピルスナーボトル部門』にて『太陽のラガー』が金賞を受賞されました。おめでとうございます。 

片伯部:ありがとうございます。今回金賞を受賞させてもらった『ピルスナーボトル部門』というのは、日本でいちばんメジャーであり競争も激しく、なんといっても今まで僕らが目指してきたところでもあるので、結果を出せたことがとても嬉しいです。ちなみに受賞式は6月6日(土)・7日(日)に、東京は『恵比須ガーデンプレイス ザ・ガーデンホール』にて『日本地ビール協会』主催により開催された、日本最大のクラフト・ビールイベント『ジャパン・ビアフェスティバル 2009 in 東京』の会場で行われたのですが、入場料さえ払えば、120〜200種類以上のビールを1回50mlずつ何回でも試飲できるということから、オープン前から長蛇の列ができるほどの人気で、何千人もの来場者を前にとても緊張しました。

梶川:スケジュールの関係から、僕は授賞式に行けなかったのですが、実は4月に入賞の報告はあったんですよ。その時は、とにかく三位以内には入っているという知らせのみで、それが金なのか銀なのか、それとも銅なのか?というのは授賞式当日までわからなくて……。でも入賞の連絡が入った時は、メダルの色に関係なく、とにかく自分達がやってきたことが認められたという、ただそれだけのことが嬉しかったんでね。しかしそこから先のメダルの色となると、その意味合いがちょっと変わってきます。何故なら、僕ら醸造者だけでなく、ここまで一緒に頑張ってきたひでじスタッフや会社や、今まで協力してくださった方々、そしてユーザーのみなさんと共に喜びを分かち合う部分だからです。そんなことから「できれば金」「いや絶対に金」と願いつつ、順位発表までの期間はなんともいえない緊張感でいっぱいでした。だから「金」という報告が入った時には、正直いって嬉しさよりも安堵感のほうが大きかったです。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

▲会場風景(画像提供:片伯部さん)

 

Q:さて『宮崎県優良県産品』にも認定されている『太陽のラガー』ですが、『ジャパン・ビアフェスティバル 2009 in 東京』の会場での評判はいかがでしたか?

片伯部:もちろん私たちの『ひでじビール』も会場にブースを構えていましたから、たくさんのお客さんが足を運んでくれました。会場のお客さんたちはといえば、大体が日本でお馴染みの『ピルスナー系』から攻めていって、あとは好みで、ヴァイスやエールなど、バラバラと散らばっていくパターンがほとんどなのですが、だいたいうちのビールははじめのほうに飲まれることが多かったですね……。でも、何人ものお客さんが、ぐるっとまわってきて「ひでじビールが一番美味しかったから戻ってきた」とわざわざ報告してくれました。本当にありがたいことです。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

▲会場風景(画像提供:片伯部さん)

 

ホップへの徹底したこだわりが審査員たちに伝わった。

 

Q:ところで審査方法を教えてもらえませんか?

梶川:審査のやり方はシンプルそのものといったブラインドテストです。番号が描かれたグラスに入ったビール飲んで、ただその味と香りのみを評価し点数をつけます。だから銘柄や生産地はもちろん、何処の水を使ってどのような製造方法を用い、どれだけ努力したかなどといった情報はいっさい関係なく、まったくの味だけで選ばれるのです。

片伯部:今年4月に全国50社、合計133銘柄の味自慢のビールがエントリーされ、25名のジャッジにより、各部門上位三銘柄が選ばれ、最終発表のみが授賞式で行われたわけです。ちなみに『ピルスナーボトル部門』の上位三銘柄は、激戦区だけにどれも完成度が高く、審査時間が終わっても決まらないという激戦だったそうです。

梶川:そんな中で選ばれたわけだから、もう奇跡に近いんですよ!審査員の方々も凄く悩まれたようですが、でもそれって悪いことじゃなく、とても高いレベルで迷われたということなのです。何故なら評価に値するビールがない場合は、金賞該当銘柄無しという結果になることも多々ありますから……。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

Q:審査員たちの『太陽のラガー』の評価ポイントはどのような部分だったのですか。

片伯部:評価ポイントはホップの苦味と香り、麦芽の甘味のバランスのよさだとおもいます。でも上位になればその辺のバランスもきっと甲乙つけがたいところだと思うので、その中でも何か印象にのこる強さがなければならないんですよ……。たぶん僕らのホップへの徹底したこだわりと、今回の審査委員の方々の好みがうまい具合にマッチしたのだと思います。だからこそ奇跡的なんです。

梶川:なによりほっとしたのは、自分達の味覚や嗅覚がまちがっていなかったということですかね(笑)。だって自分達では凄くいいと思っていても、勘違いの自己満足という可能性も無きにしもあらずですからね……。

 

☆インタビュー(その2)ビールづくりについて

きっかけは「ビール職人ってかっこいいな」だった。

Q:地ビールづくりの道に入ったのはいつごろですか。 

片伯部:延岡市ではおなじみの『行縢山』のふもとに『ひでじビール醸造所』が設立されたのが1996年です。僕が『ひでじビール』に入社したのは今から8年前の2001年。入社当時は企画や営業といった業務に携わっていたので、ビールの醸造に関してはさっぱりわかりませんでした。その後、社内で人事移動があり、この『行縢醸造所』で地ビールづくりをはじめたのが4年前の2005年のことです。移動を聞かされた時は正直びっくりしました「えっ俺?」みたいな……。

梶川:僕は2006年4月に入社しました。ちょうど『純粋自家培養』が始まる少し前にビール職人を募集していたので「ビール職人ってかっこいいな」といった凄く単純な動機で面接を受けました。当時は山の測量が仕事でしたから、ビールづくりの経験はまったくありませんでした。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

地味な作業にどれだけ心をこめられるかすべてです。

 

Q:失礼な言い方で申し訳ないのですが、ある時期を境に急に「ひでじビール」の味が良くなりましたよね。

片伯部:ああそれはきっと僕が製造に関わって1年後の2006年あたりからですね。その年の10月に『ビール酵母純粋自家培養技術』を取り入れ、この『行縢醸造所』で自家培養をはじめたんです。そこから急激に味が変わったと思いますね。確かにその分だけ手間がかかるようにはなりましたけどね……。倍……。いや三倍以上かな?

梶川:でも単に純粋自家培養をしただけでは美味しくならないんですよ。まずは純粋培養を活かした商品をつくるための環境が調っていなければ話になりません。いかにして酵母以外の外敵がいない状態の中で純粋培養により元気な酵母をつくりあげるかが大切です。さらにせっかくの酵母を劣化させないために、きれいな環境で酵母を扱うというのも同様に重要視されます。

片伯部:>酵母は生き物だから管理がとても大変なんですよ。雑菌が少しでも混ざっていたらそれだけで品質が変わってしまいますから……。だから『純粋自家培養技術』といっても、一にも二にも衛生管理の徹底が味に直結してしまうのです。ちょっとさぼると直ぐに味が落ちるから怖いですよ。

梶川:僕らは常にタンクをバラバラに分解して清掃を行っています。決して大げさではなく、清掃が仕事なんじゃないか?っていうぐらいやっていますよ。入社のきっかけは「ビール職人がかっこいいから」なんて、今となっては何を基準にして言っていたのかわかりませんが(笑)。でも生き物を扱うってそういうことなんです!

片伯部:地味な作業にどれだけ心をこめられるかというのは、我々職人にとってとても大切なことです!

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

自分達のやっていることは本当に正しいのか?って何度も考えました。

 

Q:ビール酵母純粋自家培養を取り入れたきっかけは?

片伯部:1996年の酒税法改正により、当時全国に地ビールをつくる工場がたくさん出来たんですよ。もちろん多い地域、少ない地域はありましたけれども、平たくすると、各県に5つはあるような状況だったんです。そんなことから一時は『地ビールブーム』などもありましたが、発泡酒や第三のビールにおされ、地ビール工場の数も年々減っています。現在は有名な観光地などで第三セクターとして地域ぐるみで運営をしているか、シンプルに味で勝負しているところでなければ、安定したユーザーを確保できないので厳しいのではないでしょうか?そんなことから、全国的に有名な観光地にあるわけでもなく、ましてや第三セクターで運営しているわけではない私たちとしては、ブームの延長線では生き残ることが難しいと考え、結果的に味にメスを入れる運びとなったわけです。

梶川:ビール酵母の純粋自家培養の話題が持ち上がったのが、僕が入社して3ヶ月後ぐらいだったので、当時のことはとても印象にのこっています。確かにその当時はその当時なりに頑張ってはいたのですが、やはり今ほどの味でなかったのは事実ですね。生き残りをかけて新たな戦略を試みる会社としては、無菌室やら新しい設備やらで、莫大な資金を投資しなければならず、それだけに僕らには、確実に結果を出さなければならないという大きなプレッシャーもかかってきたし、そのわりには自家培養なんて言葉聞いたのは初めてだし、まったく経験がないから「こうすれば絶対」という自信もないわけで…・・・。とにかく入社早々不安は多かったですよ。

片伯部:純粋自家培養の方向に進もうと決定すると、すぐに指導者の方と何度も打ち合わせを重ねました。ところが新工場についてあれこれ意見してくださるのはいいのですが、そのたびに「あの設備が必要、この機械じゃ駄目」と見積もり金額がどんどん膨れあがり、二人で「こんなの絶対ありえん!」って苦笑いをしていたのを覚えています。

梶川:大手メーカーならともかく、地方の地ビール工場で完全な純粋自家培養を行っているところなど聞かないし、これといったサンプルやこうすれば成功するといった答えがあるわけでもないから、まったくの手探りのなんですよね……。そのくせ、お金ばっかりかかるのだから「ありえん!」と思うのは当然ですよね(笑)。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

Q:地ビールの世界に入って3年で結果が出たというのは早いような気がしますが。

梶川:客観的に数字だけ見れば、確かに3年というのは早いかもしれませんが、現場での3年間は内容がぎっしり詰っていたので、それなりに感じてはいるんですけどね……。でも実際に純粋自家培養をはじめてから、その効果が形となって出はじめたのが1年後ですから、その間というのは物凄く長く感じましたよ。「自分達のやっていることは本当に正しいのか?」って何度も考えましたし……。

片伯部:工場の形態を純粋自家培養に切り替えるにあたり、我々初心者としては、当然勉強をしなければならず、かといってここは学校ではなく企業だから通常業務もこなさなければなりません。なにせこうした地ビール工場は少人数で運営していますから年中忙しいんですよ。だから朝から夕方まで勉強し、それから朝まで仕事をしたり、またその逆だったりと、かなり睡眠を削っていました……。感覚的に3年以上の時間を感じるのはそんなことからですかね……。まあいまだにそんなことが続いてますけど(笑)。

 

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

新しい発見って、どこからともなくいきなりやってくるんですよ!

 

Q:ひでじビールは2年前の2007年に『iTQi 国際食品審査会 優秀味覚賞』を受賞していますよね!

片伯部:純粋自家培養切り替えに向けて、動きはじめてから約1年が経ち、以前に比べて評判もよくなり、自分たちでも「あきらかに美味しくなったのでは?」と思いつつも、やはり一度まったくの外部から厳しい意見をもらおうと考え、出してみたのが『iTQi』なんです。

梶川:切り替え当初は中々結果に繋がらなかったんですよ……。勉強も頑張ったし、ここまで設備を整えたのに駄目かって……。そこから自分達なりの試行錯誤がはじまり、少しづつ結果がではじめたものの、やはりどこかで「自己満足ではないか?」という想いが付きまとっていたので、正直言って受賞した時は「自己満足に終わらなかった!」って嬉しかったですね。

片伯部:本当に、あることがきっかけとなって味ががらっと変わったんです……。それだけに「こんなことが起こって本当にいいの?」って変な不安がわいてきたりして……。そんな中での受賞ですから「自己満足」をクリアするだけでなく、「自分達にも発見できる」という喜びがをもてたことは、その後を考えればとても大きかったと思います。たとえば酵母を活性化させることに関しても、後から考えれば「何でこんなことに気が付かなかったんだろう」と思うことが多々ありましたが、新しい発見って教えられているうちは無理ですよね。自分達で試行錯誤をしているうちに、どこからともなくいきなりやってくるんですよ(笑)。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

Q:商品に関するアイデアはどのようにして出されていくのですか?

梶川:アイデアはですね、僕と片伯部さんが正反対だからちょうどいいんですよ。どちらかといえば僕は理論派で、片伯部さんは直感派なんです。もちろん意見が衝突することも多々ありますが、うまい具合にお互いの欠点をカバーしあったりして、自然とシステムが出来上がっているみたいです。

片伯部:まあ切り口が違うから当然ぶつかるけど、見ている方向が一緒だから、ある意味安心感もあるんですよ。僕がやれていないことも知らないうちにクリアできていたり……。助けられることも多いですから。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

『太陽のラガー』はひでじビールのフラッグシップと呼べるもの!

 

Q:このたび金賞を受賞した『太陽のラガー』のエピソードなどお聞かせください。

梶川:『太陽のラガー』に関しては、現時点での僕らの集大成的な1本をつくり、全国のひでじビール会員さんたちにお届けしたいと考え、レシピづくりをスタートしました。なにせ集大成ですから、もうありとあらゆることを試みましたよ。各地の様々な工場を見学させてもらい個性的なアプローチに直接ふれさせてもらったり、もちろん試飲をしながら自分達なりに分解もしたし、本やインターネットからも様々な手法や技術をひっぱりだしてきたり……。

片伯部:一番苦労したのはホップですね……。ホップは香り付け苦味付けで使うビールづくりには欠かせないものなのですが、それを何種類かブレンドさせるんですよ。その時に、このビールは定番ビールとは異なる製法を用いたのですが、どこでOKサインを出すかが問題でしたね。誰かが答えを出してくれれば楽なんですが、基準は自分達ですから……。

梶川:そしてそれを消化するために、実際に何度もつくり、味を調え、「ここだ!」と納得のいく基準を見つけだすと、真っ先に会員さんたちにお届けしたんですよ。自信作なだけに反応が怖かったのですが、嬉しいことにそれが好評で、気付いてみれば、2009年に入ってからすぐに『宮崎県優良県産品』に認定され、その後今回の金賞受賞に繋がったわけです。

片伯部:もちろん、きつね、もぐら、いのしし、むささび、といった先輩たちがレシピを考案し、それを僕らが受け継いでいる『ひでじ定番ビール』もあり、それも大切に守っていますが、『ビール酵母純粋自家培養技術』を導入してから僕らが独自に開発したビールの中では、この『太陽のラガー』はベストなものだし、決して大袈裟ではなく、ひでじビールのフラッグシップと呼べるものだと思います。名前やラベルなども全て、現在のスタッフみんなで考えました。その想いが今回結果に繋がったのは本当に嬉しいことです。今後は『太陽のラガー』がひでじの看板を背負って立つことができるよう、さらなる品質向上にむけて頑張っていきたいと思っています。

ひでじビール・醸造スタッフ 〜 片伯部智之・梶川悟史「ジャパン・アジア・ビアカップ2009ピルスナーボトル部門金賞受賞」

 

Q:最後にお二人の今後の目標をお聞かせください。

片伯部:これからは今回の受賞に胡坐をかかず、さらに進化をつづけていきたいと思っています。少しでも気が緩むと、それはすぐに味や香りに現れてしまいます。飲んでいただいた方に「これが金賞の味かよ」なんて絶対に言われたくないですから、ある意味本当の勝負はこれからだと考え、気を引き締めて頑張りたいと思います。そして何より、小さなタンクでしかつくることのできないビールにさらなる磨きをかけていきたいです。喉越しを楽しむビールがあるように、食べるビールと言われるクラフトビールならではの醍醐味を提供することを忘れず、これからも真剣にビールと向き合っていきたいと思います。

梶川:やはり現状で満足せず、常に自分は挑戦者だという意識を持ち続けてビールをつくっていきたいです。ちなみに、このたび発泡酒の免許もとれたので、南国宮崎ならではという香りがする発泡酒などにも挑戦していきたいですね。とにかく冒険する心を忘れず、これからも片伯部さんとは仲良く喧嘩しながら頑張ります。

ありがとうございました。

 


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