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2008年08月14日

エッセイ 『下駄と小指』  【朝日新聞】

お盆です。ご先祖様がおうちに帰っていることでしょう。
連載してきた、朝日新聞のひむか日和も今回で終了。(写真は続きます)
最後のエッセイは、お盆にあわせてというわけではないのですが、僕の祖父のことを書きました。
僕なりの平和のメッセージです。
エッセイも今回で11作品目。上手く書けたかはおいといて、自分と向き合う良い機会となりました。
毎回、飽きもせず読んでくださった読者の皆様に感謝。
そして、こういう機会を与えてくださった朝日新聞の担当者の方に感謝します。
せっかくなので、最後のエッセイをUPしました。
また、どこかで書いていきたいです。

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 『下駄と小指』 

 昭和16年12月24日。祖父はアメリカの軍事戦略上の拠点だったウェーク島上陸後に、腹部に3発の銃弾を受けて戦死した。手術で二つの弾丸は取りのぞくことができたが、一つは腹部に残ったままだった。
 真珠湾攻撃から、わずか2週間ほど後のことである。
 長野で暮らす叔母が今年の春、宮崎に遊びに来たときに教えてくれた。戦死したとは聞いていたが、そんなに早く戦死したとは思ってもいなかった。
 虫のしらせだったのだろう。祖父が戦死した日。祖母は夢をみたそうだ。
 祖父は笑顔で、杯に入った水を祖母に飲ませようとした。飲みたくはなかったが、祖父が後ろに回って無理やり飲ませたという。
 5歳の父の夢にもでてきた。2歳の叔母の夢にだけは出てこなかったので、叔母はたいそう怒ったそうだ。
 叔母は、自分が幼い頃に亡くなった祖父の顔を覚えていない。それなのに、祖父が買ってきてくれた下駄が小さすぎて履けないと怒ったことは覚えている。
 そう言いながら、叔母はおかしいねと笑った。
 一緒に夕食をとったレストランの窓から見える夜の海は、暗くどこまでも広がっている。そのかなたに祖父が戦死した島がある。
 私は叔母の話を聴きながら別のことを思い出していた。
 2年前の春、戦争体験者の取材をしたときのことだ。
 日向の細島に住むおばあさんは、「今日も会えたね。生きとったね」が毎日のあいさつだったということを教えてくれた。
 学校に爆撃があったときには「みんな一緒じゃね、死ぬっとが」と言って防空壕の中でみんなで手を握って泣いたそうだ。
 そう言いながら、おばあさんはほほえんだ。戦争中から今日まで必死に生きてきたことなど、まったく感じさせない穏やかな表情だった。
 叔母は死ぬ前に一度でいいから、ウェーク島に行きたいという。一緒に行こうと誘う。
 ウェーク島は、太平洋のミッドウェーとグアムのほぼ中間にある。三つのサンゴ礁の島からなる小さな島だ。
 こんなところで祖父は死んだのか。
 叔母に一つだけ聞き忘れたことを電話で尋ねた。
 「おじいちゃんが戦死したのは、何歳じゃったと?」
 「32歳。働きざかりじゃったね。桐の箱に収められた白磁の骨つぼで、木綿に包んだ小指だけが帰ってきたわ……」
 32歳。
 同じ年だと聞いて、それまで遠くぼやけていた祖父の姿が、はっきりとした輪郭をおびて私と重なるような気がした。
 祖父は痛みのあまり、死のベッドで脂汗を流しただろう。日本で暮らす妻や幼い子供たちを思い涙があふれただろう。
 顔を洗って、鏡に映る日焼けした自分の顔を見た。
 祖父が死んだウェーク島へ行きたくなった。下駄と小指の思い出しかない叔母の願いをかなえてあげたい。
 叔母にも自分にも、一区切りつくような気がする。
 花をささげ、手を合わせるときに、祖父は何を語りかけてきてくれるのだろう。私は何を感じるのだろうか。


『下駄と小指』 戦死した祖父の話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120808090002

『手のひらの皮』 畑を耕す話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120807120001

『100%の幸せ』 幸せについての話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120806070001

『落ち穂拾い』 戦い方の話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120805100001

『桃源郷』 リラックスの話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120804190001

『春が来た』 高齢化の話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120803220001

『ソウルフード』 郷土食の話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120803260004

『明日への種』 挑戦する女性の話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120803060001

『よりどころ』 心のあり方の話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120712080001

『サトミキサクヤ姫』  町づくりの話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120711050001

『生か、死か』 高千穂線の話
http://mytown.asahi.com/miyazaki/news.php?k_id=46000120711020002

土曜リレーエッセイ 『ひむか日和』 他の作者がご覧いただけます。写真はテツロー撮影です。
http://mytown.asahi.com/miyazaki/newslist.php?d_id=4600012

投稿者 hujiki : 2008年08月14日 02:10

コメント

哲朗さんの「下駄と小指」を、東京で(asahi.comで)読みました。心に沁みました。
連載、本当にお疲れさまでした。

投稿者 Anonymous : 2008年08月15日 14:27

上記のコメントに記名し忘れていました。
すみません。私です。

投稿者 まつもとまさこ : 2008年08月15日 14:29

まつもとまさこさん、ありがとうございます♪
僕が書いたエッセイを振り返りますと、たった10作ですが、されど10作。
最初の方は、何か具体的なことを伝えないといけないのだろうと思って書いていました。今回の『下駄と小指』は、すんなり自分の気持ちを表せました。少しは成長したのだろうと思います(悩)。
これからもまつもとさんや、他の筆者のエッセイを読んで学ばせていただきますね。
それでは、今後も宜しくお願いします。

投稿者 テツロー : 2008年08月16日 12:59