>> 徳永 仁 先生 <<
 薬学部講師の徳永仁です。前回に続いて薬学部教員のトークとなりました。これには理由があります。第1回の前田和彦先生が社会福祉学部から薬学部に 移ったこと、また、ほとんど全員が新しい先生である薬学部を特集しようという企画が浮上したからです。これからも頻繁に?薬学部教員のトークがあると思 いますが、どうぞお楽しみに!それでは、つぶやき始めます。

 みなさんは自分達が小さい頃に“何にでも効く薬があればいいのにな”と思ったことはないだろうか?ドラえもん好きな私は、ドラえもんのポケットから出てくる道具で一番に興味をもったのは「お医者さんカバン」である(図1)1)。この「お医者さんカバン」は、未来の子供がお医者さんごっこに使うおもちゃである。この「お医者さんカバン」から、何にでも効く飲み薬が処方されるのだ。頭が痛い、腹が苦しいと訴えているのび太をドラえもんが、「お医者さんカバン」で診察する。レントゲンや顕微鏡で検査をした後に、頭に聴診器のようなものをあてると、食べ過ぎと昼寝のしすぎが原因だとモニターに表示される。自動的に飲み薬も「お医者さんカバン」から出てくる。飲み薬を飲んですっかり治ったのび太は、風邪をひいたしずかちゃんにこれを使ってあげようという医者いらず薬剤師いらずの「カバン」の話しである。さて、21世紀となった今日、この飲み薬は実現可能なのだろうか?この答はゲノム創薬の発展と薬剤師の技術にかかっているといえよう。

図1  お医者さんカバン

 人はそれぞれ違った顔をもち、皮膚や目あるいは髪の毛の色などさまざまな特徴をもっている2)。これらの特徴は遺伝子によって決定され、表現される。人の体には、およそ60兆個もの細胞がある。遺伝子はこれらの細胞一つ一つの核の中に存在し、細胞や組織を作り、それらがどのように働くかといった、たくさんの遺伝情報が記録されている。そして、人をはじめすべての生物を形作り、その特徴を決定する遺伝情報をゲノムと言う。ゲノムは、核の中で染色体として存在している。このゲノムを解読することは、遺伝子によって作られるタンパク質(臓器、筋肉、血球、爪、髪、ホルモン、酵素そしてこれらが作用する受容体)の性質、機能や遺伝子間の相互作用を解明することになり、ひいては生命のしくみや病気の原因、その治療の解明につながるとされている。
 今までの医薬品の開発は、さまざまな細菌などの中から役立ちそうな候補を絞り込むという偶然発見的な方法や、それまでの医薬品開発の経験にしたがったやり方が主流であった。しかし、このような方法は膨大な時間・労力・費用がかかるものの効率が良いものではなく、また効能や副作用については、開発段階でさまざまな試験を必要としてきた。このような方法に対し、ゲノム情報を活用し、医薬品を論理的・効率的に作り出すことをゲノム創薬と言う。がんや糖尿病、高血圧症など多くの病気に、遺伝子が関連していることが明らかになってきている。これらの病気の原因、あるいは未知の関連遺伝子をみつけること、また、個人の遺伝的な多様性を知ることによって、より効果が高く、副作用の少ない医薬品を提供することが可能になる。「お医者さんカバン」はこの「ゲノム創薬」をなんと数秒で行なってしまうのである(図2)。もちろん現実は、まだまだ開発段階である。


「お医者さんカバン」はこの「ゲノム創薬」をなんと数秒で行なってしまう!
図2  従来の創薬とゲノム創薬

 それではなぜ個人の遺伝的な多様性を知ることによって薬の効き方に違いが出てくるのか?これは、遺伝子を構成する塩基配列に個人差があるためである。同じタイプの遺伝子変異が人口の1%以上に見られた場合は、その遺伝子変異を遺伝子多型と呼ぶ。このうち1つの塩基配列の違いをSNP(=Single Nucleotide Polymorphism/1塩基多型)と言う。このような場合は、基本的な働きは同じでもタンパク質の性質や機能に微妙な違いが生じ、これが病気のかかりやすさや薬の効き目の違いをもたらすことになる。この遺伝的特徴であるSNPを人の体質や特徴と関連付けることができるようになれば、かかりやすい病気や医薬品の効果などを特定することが可能になる。現在の医薬品は、すべての人に効くわけではない。効果がなく、逆に強い副作用が現れる場合もある。これは、SNPの違いによると考えられている。したがって、SNPの特徴を特定し、明らかにすれば、個人差(遺伝的体質)に合わせた病気の予防や治療が可能になる。これをテーラーメイド医療と言う。例えば、ある種の病気にかかりやすいSNPが見つかれば、そのSNPをもつ人はその病気を予防することが可能になる。また、薬剤の効果の差異や副作用はSNPの違いによると考えられるため、患者のSNPを事前に調べておけば、最適な薬剤を投与して効果をもたらしたり、副作用の防止も可能になるのである。何となく「お医者さんカバン」に近づいてきたでしょう!これに薬剤師のタイムふろしき(技術)を加えるのです。そうしたら、今度はさらに進化した薬学的観点からの「おくすりやさんカバン」の出来上がりとなるであろう。
 その前に秘密をひとつ。私たちの臨床薬学第二講座の教授、高村先生は、ドラえもんそっくりである。このドラえもんは「おくすりやさんカバン」をもうじき出す予定になっている(開発予定?)。そして偶然にも、のび太にそっくりなおっちょこちょいの私(徳永)もお手伝いをさせていただいている(図3)。私たちドラえもんファミリーは、21世紀この「お医者さんカバン」が医師・薬剤師にとって変わらないように「おくすりやさんカバン」を世の中に普及させなければならないと考えている。では、いったい「おくすりやさんカバン」は「お医者さんカバン」とどう違うのか?「お医者さんカバン」は遺伝子からトータルな情報を読み取り、診断するのに対して(?)、「おくすりやさんカバン」は薬学的分布を読み取り、診断するものである(薬学的分布診断と命名)。薬学的分布診断法は、内因性物質(体の中に存在している物質)および薬と血清蛋白分子上の薬物結合サイトの相互作用を簡便に数値で把握し、血清蛋白結合という動態学的観点から判断するものである3, 4)。簡単にいうと、どうしたら薬を少なくして効かすか、一番に効くタイミングはいつかを探して患者さんに飲んでいただくという診断・投与法になる。


図3  のび太(左, 徳永)とドラえもん(右, 高村教授)

 生体内における薬理効果の強弱は、標的組織への薬物の移行量に大きく依存する。その主要な調節因子の一つが血清蛋白結合である。図4に示したように、吸収された薬は、循環血液中に移行した後、様々な血清蛋白質と結合する。血清蛋白質の中で、薬物の蛋白結合を大きく左右するものに、人血清アルブミン(HSA)、α1-酸性糖蛋白質(AGP)、γ-グロブリンおよびリポ蛋白質などがある。その中でも、HASおよびAGPは特に重要である。それぞれの蛋白分子上に、例えば、HSAではサイトT、UおよびVの3個程度、AGPでは酸性および塩基性薬物結合サイトの2個程度の結合サイトが存在し(図5)、しかも薬物によって各々のサイトへの結合性が大きく異なることが広く知られている。さらに、HSAには遊離脂肪酸(FFA)の結合サイトが存在し、薬物のHSA結合に大きく影響する。FFAの増大により、FFAの第一結合サイト近傍のサイトU(FFAの第二結合サイトにほぼ相当)を阻害するが、FFAの臨床上の増大範囲において、その他の結合サイトにはあまり影響しない。また、薬物間の相互作用もサイトの薬物結合性に大きく影響する。したがって、これらの蛋白分子上の結合サイトの薬物結合性を、結合サイト特異的な薬物を使ってモニタリングすることができれば、FFAや共存薬物などによる薬物結合の経時的変化を推定することができ、投与設計に役立てることができる。また、何らかの要因でこれらの結合サイトが大きく阻害された場合には、一時的な薬効の増強が生じる可能性がある。このような場合、少ない投与量で薬効を最大限に引き出すタイミングを決定することが可能となってくる。しかも、この分布診断法に要求されるもう一つの重要な点は、簡便な診断が可能であるということである。医療の現場では、常に使い慣れた機器や道具を用いて、同じ手技で使いこなし、ちょっとした異変を短時間の診察において見逃さないで的確に診断することが重要となってくる。この簡便な診断を可能にした道具が「おくすりやさんカバン」である。高村先生は、HSA分子上のサイトT領域に特異的に結合する薬物としてフェニトイン、サイトTからU領域としてバルプロ酸、サイトU領域としてジアゼパム、およびAGP分子上の全般的な薬物結合サイト(主に塩基性薬物結合サイト)領域としてジソピラミドをそれぞれ用いて(図5)、結合サイトの薬物結合性をHSA、AGPおよびFFA等の濃度を加味した上で評価する方法を確立し、これを薬学的分布診断法と名付けているのだ。この高度な「おくすりやさんカバン」(図6)を世に出そうとしているのがドラえもん、いや高村先生なのである。もちろん、この高度な「おくすりやさんカバン」が出来たとしても高速、高機能な脳みそが必要です。この脳みその熟成ができるのが、九州保健福祉大学薬学部である。


図4  薬物の蛋白結合と薬理効果の強弱について



図5  HSAおよびAGP分子上の代表的な薬物結合サイトとそれぞれのサイトの結合性を測定するための結合サイト特異性薬物



図6  高村先生が開発中の「おくすりやさんカバン」(ただし写真と異なります、イメージです)


 最後に「ブラックジャックによろしく」「Dr.コトー診療所」「白い巨塔」「ナースのお仕事」など医師、看護師のドラマがあるのに薬剤師のドラマがないのはなぜか?おそらく薬剤師が表舞台に出ていないのではなかろうか。私たちはテレビドラマでも活躍できる、つまり表舞台でも勝負ができる薬学的分布診断の技をきわめた薬剤師を育成したいと考えている。
 ところで、この「お医者さんカバン」は医療用器具それとも知育玩具か?「おくすりやさんカバン」は薬剤師のための育薬器具となるであろう。

参考文献
1) 藤子・F・不二雄, “ドラえもん”, 20巻, 初版, 小学館, 東京, 2004, pp. 26-35.
2) ノバルティスファーマ株式会社ホームページ, “ゲノム創薬”, 2004年6月15日アクセス, http://www.novartis.co.jp/genome/about/index.html.
3) 高村徳人, 有森和彦, 帖佐悦男, 薬学的分布診断法の開発と攻めの薬物投与法の確立, ファルマシア, Vol. 39(10), 956-960, 2003.
4) 高村徳人, 薬剤師とは薬効を最大限に高めるタイミングを見極める職業-薬学的分布診断法の開発と攻めの薬物投与法の確立-, 化学と薬学の教室, No. 149, 39-45, 2003.
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