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2008年03月05日
天孫降臨の地・高千穂夜神楽 [ 高千穂 ]
2月10日〜11日、高千穂町の今年度最後の夜神楽を撮影にいく。夜を徹して舞い伝えられる神代の物語・高千穂夜神楽三十三番。一年の収穫に感謝し、翌年の豊穣を祈る。村の大切な楽しみごとだ。天孫降臨の地、高千穂の夜神楽と言えば全国的にも有名だ。晩秋から冬にかけて、日本各地から多くの旅人が訪れる。なかには、毎年、毎週のように訪れる者もいる。けれども、自分の足もとにある宝にはなかなか気づかないというのはよくある話で、実際、地元に住んでいながら僕がまともに夜神楽をみたのはほんの三年前のことになる。初めて夜神楽を見たときは、子どもたちが夜通し舞い続ける姿に感動したものだ。今日の夜神楽は、高千穂町の中心にある僕の家から祖母山方面へ30分ほど車を走らせたところにある「上田原地区」で行なわれる。僕にとって三年ぶりの夜神楽。鼓動が高まり、体の細胞が沸き立っていくのを感じた。
(レポート:藤木テツロー)
撮影:2月9日〜2月11日
場所:高千穂町上田原地区
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前日は粉雪が舞っていた。今日は快晴である。雲ひとつない空は澄み渡っている。何種類もの小鳥がさえずっている。神楽宿の道沿いには道行きの注連縄が張られ、五弊が風に揺さぶられている。熊野権現神社の旗もはためいている。
女衆(おなごし)がビニールハウスの中で、振る舞いの料理を作っている。山の幸をふんだんに使った煮しめ、山女の塩焼き、つんきりだご汁。お婆さんが魚に塩をまぶしていると、「そんな上品な混ぜくり方しちょったらつまらん。ぱっと入れてから、混じぇくれ、混じぇくれ」とお爺さんがちゃちゃをいれる。「今日はテレビが来ちょるき、上品じゃもん」とお婆さんは応戦。みんなそわそわと心が昂っている。
神楽のお師匠さんが、「もうあれらは、神社に行ったよ」というので、熊野権現神社へ向かうことにした。鐘や太鼓の音が聞こえてくる。もう神事が始まっているようだ。神楽で使われる面は面様と呼ばれ、神社に祀ってあるところが多い。坂道の途中、道行きの行列が下りてきた。神様たちの行列である。子どもたちが神輿をかついでいる。「暴るると神様がびっくりするぞ」と、神主に怒られる子どもたち。「ひろき君、慎重に!」子どもたちも一生懸命だ。
神楽宿の裏山へ登ってみた。裏山からの景色もまた山である。山に囲まれて村人は暮らしてきた。受け入れるべきものを受け入れて暮らしてきた。人間だから目先の利益に囚われて暮らすことはしょうがないことかもしれない。けれども、目先の利益に囚われないのであれば、ここでは本当に幸せに暮らすことが出来るような気がする。裏山には観音様と仏様が祀ってあった。頭上に牛頭を頂いた観音様はカッコイイ。今日はここで、生きとし生ける全てのものが神楽の笛の音を聴くわけである。鹿、猪、狸、カラス…。山に暮らす兄弟みんなで。この風景が続く限り、生命の営みは途切れることなく紡がれていくものだと思った。
夜が更けるにつれ、たくさんの人が神楽宿を訪れる。奉仕者(ほしゃどん)の舞にも力がこもる。神様がのりうつり覚醒していっているようだ。
午前0時を回った頃、焚き火に当たっていると、この地区に住んでいる大工の惣太さんが家に誘ってくれた。満天の星空の下、二人で歩いて帰る。家では奥さんがご馳走を振舞ってくれた。惣太さんが飲みかけのビールを倒してしまい、孫娘の○○ちゃんに浴びせてしまう。泣き喚く○○ちゃん。反省をしつつ、惣太さんは眠っていく。
時空を越えて神と対話する。露骨で猥褻な神々の舞いに心がほだされ、喜びが満ち溢れていく。
太鼓の音がいよいよ激しく産気づいたように勢いをましていく。その音が永遠の夜を打ち破るようだ。夜が明けていく。朝日が生まれる。それは本能により光を求めて生まれ出ずる赤子のようだ。
神代の昔、天の岩屋にお隠れになったアマテラス。闇に堕ちた世界。八百万の神々は岩屋の前でただ一心不乱に酒を呑み、歌い、踊り、狂い、笑い転げた。そこには清浄も不浄もない剥きだしの本能があったのだと思う。そうしてスサノオを憎む己の心の闇を受け入れたことにより、アマテラスの心は解放されたのだと思う。
生と死を繰り返し、夜神楽は受け継がれていく。
村の営みが紡がれていく。
投稿者 blogpawanavi : 2008年03月05日 16:05
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