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05/04/21更新

2005年3月12日 門川町総合文化会館にて開催 主催:かどがわハートフルライブ実行委員会 取材協力:FM宮崎
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坂本サトルさん公式HPはコチラ
昨年のライブレポートはコチラ
FM宮崎ホームページはコチラ |
毎年、春恒例の”かどがわハートフルライブ”今年も昨年に引き続き”坂本サトル”さんが、同イベント実行委員会”てげてげ倶楽部”の熱いラブコールによってやってきました。毎年会場は”門川町総合文化会館”なのですが、昨年のライブから、実行委員会の手によって、少々ホールをイメチェン!坂本サトルさんらしいパフォーマンスをより引きたてようと、ホールなのにライブハウス感覚(なかなか言葉で表すは難しいのですが)で見る事ができるように、暗幕などを利用しつつ個性的な会場づくりをしていました。客席の後方には大きく「お帰りなさい」と描かれた横断幕?も出現!しかし、実行委員会としての見せ場?は会場の中だけにとどまりません!坂本さん曰く「国道沿いに自分の顔がこんなに大きく描かれた看板を出してもらったのは初めてだな〜嬉しいけど恥ずかしい(笑)」という、似顔絵入り看板を国道10号線沿いに掲げているのであります。
それでは、まず、坂本サトルさんのプロフィールからご覧いただき、”かどがわハートフルライブ2005”実行委員長”和角敏之”さんのお話、さらに、坂本サトルさんと宮崎を繋ぐ、架け橋的存在のエフエム宮崎アナウンサー”米谷奈津子”さんの熱いメッセージなどもご紹介しつつ、ライブ画像をご覧いただきたいと思います。 |
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| *** プロフィール (公式ホームページより) *** |
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■坂本サトル
本名「坂本覚」。1967年(昭和42年)4月3日、青森県南部町生まれ。血液型O型。1992年、JIGGER'S
SONのボーカル&ギターとしてコロムビアレコードよりデビュー。7枚のオリジナルアルバムと13枚のシングル、その他2枚のアルバムを発表した後、1998年10月、活動休止。名前表記を「坂本サトル」とし、1999年2月「天使達の歌」にてソロ活動開始と同時に、ストリート、ショッピングセンター、飲み屋等、あらゆる場所で歌いCDを売るという「CD実演販売ライブ」をスタート。この独自の販売方法が話題となり、新聞、雑誌等で「芸能面ではなく経済面」に多数取り上げられるなど社会現象となる。 |
2002年、10年間在籍したコロムビアレコードを離れ、元コロムビアレコード社員であった小林英樹と株式会社ラップランドを設立し独立。以後、1年に2種類の全国ツアー(弾き語りとバンド形態)、ツアーごとのライブアルバムリリースという他に例を見ないライブ形態の他、様々なアーティストとのコラボレーションやレコーディング参加、多数のレギュラー番組等精力的に活動中。坂本サトルとして、現在までにシングル7枚、アルバム3枚、ライブアルバム4枚をリリース。
坂本サトル公式ホームページ↓
http://www.lapland.mu/ |
| *** ライブ実行委員会委員長・和角敏之さん *** |
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■和角敏之さんのコメント
坂本サトルさんにお越しいただくのは今年で2回目となるのですが、僕自身、昨年もスタッフで参加していました。個人的にも坂本サトルさんのファンということもありまして、今年は実行委員長をさせていただいております。昨年は実行委員会スタッフでありながら、ライブ当日のみスケジュールの関係で参加できませんでした。 |
| そんなわけで、個人的にも今年のイベントに対する思いは、かなり熱く、熱く、熱しております。そして私達”てげてげ倶楽部”スタッフのみんなも坂本サトルさんが大好きなので、お互いに心から楽しめるライブイベントにできたらと思っています。 |
| *** エフエム宮崎アナウンサー・米谷奈津子さん *** |
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■米谷奈津子さんのコメント
エフエム宮崎の米谷奈津子です。私がどうしても紹介したかったミュージシャン、それが「坂本サトル」さんです。彼の宮崎ライブも恒例になりつつある今は、私には夢のよう。私がサトルさんの音楽を知ったのは…高校を卒業し3日後に実家を離れるという日。1994年3月、ビブレホール。地元福岡のラジオ番組のイベントで、4人編成バンド「JIGGER'S SON」(ジガーズサン)を見ました。 |
全くファンではなく、彼らについて何も知らなかったのが、その1回のライブで、心が撃ち抜かれたような衝撃を受けたのです。語りかけつつ迫ってくる歌と、風のようなコーラス、切ないエレキギター。曲が描く景色が、くるくると目の前に現われる。ノリノリで歓声を上げる観客の中、私はただ突っ立っていました。衝撃を受けると、人間は動けなくなるのかも知れません。こんな体験は生まれて初めてでした。そのバンドのフロントに立ち、歌い、大半の曲を書いていたのが、「坂本サトル」だったのです。
大学での慌しい生活の中、2ヶ月くらいは音楽を聴く余裕がありませんでした。しかし、ある朝、FM大阪からJIGGER'S SONの曲が流れ、あー!と思い出し、それからは少しずつCDを買い集める日々。大学生活で、彼らの曲にどれほど励まされ、背中を押され、納得させられたか。♪大人の階段昇る〜♪あの時期にホント、助けられました。
時は流れ、エフエム宮崎の一員となった私が、密かで地道な社内プロモーションを経て、2004年、ついに「かどがわハートフルラブ」で、サトルさんと宮崎をつなぐお手伝いができたのです。ところが、初めて社内スタッフや門川のみなさんに紹介した時は、サトルさんの宮崎での知名度が驚くほど低く、大変でした!それはラジオ局の責任でもあるのですが、「その人、どういう人?」「PA(音響)無しで歌うって何?」みたいな疑問が山積みで、今となれば笑い話ですけど、"門川ニ異邦人現ワル!"という雰囲気。一筋縄ではなかなか・・・。でも私には"絶対的自信"があって、「とにかく、ライブが始まりさえすれば大丈夫ですから、お客さんをたくさん呼びましょう。」と言い続けたのです。 |
| それは、かつて高校生だった私が1度のライブで衝撃を受けたように、坂本サトルというミュージシャンには、「その場にいる人を、あっという間に引き寄せる力」があると確信していたからです。そして迎えた本番。予想を上回る大盛況だった去年。そして期待以上だった今年。門川のスタッフはもちろん、社内でもファンが増え、私は心の中で「ほら、見てん。いいやろ。」と満面の笑みです。 |
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一緒に仕事して初めてわかったのは、まず、サトルさんはミュージシャンであると同時に、"良く働くスタッフ"でもあるということ。多くのスタッフ、観客、そしてラジオの前の聴衆ことをきちんと考えています。これは音楽業界にとっても貴重な存在。そして、ステージを終えた本人は、意外にも無邪気。打ち上げでは、率先してワーワー騒いでいました。常に進化する人。だからこそ、"今日"のサトルさんの歌を大切に思います。これからも、「ミュージシャン 坂本サトル」というフィルターを通して、様々な歌を聴いていきたいです。
http://www.joyfm.co.jp/fm/
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| *** ライブスタート *** |
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| ブルーの照明の中にオープニングSEが流れ、会場が少しだけざわつく・・・かすかな光の中、ステージに人影が現れたのが確認されると、1曲目から”JIGGER'S SON”時代の名曲”大丈夫”のイントロがアコースティックバージョンで流れる。それに気が付いたデビューからのファンも、昨年からのファンも。そして今日はじめてという人も一斉にステージに引きこまれる。1曲目の演奏がおわると、帰ってきたぜ!言いたげにMCがはじまる「2002から数えて、宮崎には4回来ています。門川町は今回で2度目ということで帰ってきました。しかし今までこんなに歓迎されたことはなかったですね・・・みなさん、あの国道沿いの看板みました?・・・僕の微妙に似ている大きなやつ・・・あんなのは初めてですよ。いや〜嬉しいやら恥ずかしいやらですが、そんなことからも分かるように、このイベントの実行委員達はちょっと変わっていて、打ち合わせの段階から、この曲歌ってください!とか、アレやってください!などリクエストがあるんです。まあ、時期的にも悪くないんで、実行委員からのリクエスト曲を演奏しますね!」と”別れの時””サヨナラ”を演奏。そして会場からは、タイミングをうかがっていたかのように「お帰りなさい!」との声援が飛ぶ。 |
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| そして門川ネタはつづく「僕は花粉症なんですが、宮崎が日本一の杉の産地とは知らずに薬をもってきませんでした。まあそんなわけで薬を忘れてしまうほど、親戚の家に来るような感覚の門川町ですが、ここのスタッフは空港まで迎えに来てくれるんですよ。看板にしろ、出迎えにしろ、そんなことは初めてだったんですけど、さらに驚いた事に、門川町のみなさんが僕のポスターを持って、こっちこっち!ってやってるんです・・・これも看板同様に嬉しいやら恥ずかしいやらでした。」と、そんなエピソードを語りながら、戦争を写したフィルムについて書いたという”JIGGER'S SON”時代の曲”Film”を演奏。戦争をテーマにした歌詞をストレートな表現で歌う坂本サトルの歌声に心うたれる・・・。 |
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| ライブの途中では「普通こんなコーナーするの門川町だけですよ」という質問コーナーもあり、そのコーナーの司会を紹介するさいには、「僕が、宮崎でライブができるようになった切欠をつくってくれた影の立役者、エフエム宮崎の米谷奈津子さんです」と坂本サトル本人の紹介で米谷アナウンサーがステージに現れる。 |
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| 「宮崎に来て食べたくなったものはありますか?」の質問には「冷しるですね!そういえば今日はじめて”なんじゃこりゃシュー”たべましたよ」、さらに「作詞は実体験でか?」に対しては「曲によって99%実話もあれば、あるテーマを膨らませていくものもあります。次のアルバムはどちらかというと、かなりリアルなものになるでしょう。言葉に関しては、自分の知らない言葉を辞書を引いて書くようなことはありえないですし」と真剣に答えるシーンがあるかと思えば、「なにか一つだけ夢がかなうとしたら何ですか?」の質問には「なんでも・・・って、こまった質問だな〜そうだな〜たった一つだったら何時間歩いても、何時間およいでも疲れないような体力がほしいな〜」と困りながら答えていた場面もあり、中々見る事のできないシーンの連続に会場は大いに盛り上がっていました。 |
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後半には、エフエム宮崎でも毎日のように流れ、会場の誰もが口ずさんでしまう2004年のナンバー”夜空に咲いた花”や、「ここ宮崎に来る前に北海道でこもって書いた新曲です。そういえば、宮崎の人は寒い寒いっていうけど、北海道から直接、宮崎に来たから”寒い”って冗談でいってるのかと思いました。」といいつつ”君に比べれば”を披露。そしてこの日一番印象的だったのが、ステージの一番前まできて、ノンPAの生声で歌った”天使達の歌”。これには会場の誰もが身を乗り出して魅入っていた・・・生声になって逆に表現力が増すのは流石といったところ だった。最後に「門川町とは何か縁を感じます。又来年もきます。」とのメッセージを残して会場をさっていった。
■Sakamoto
Satoru Tour 2005「LIVE alone 3」□会場:SR BOX(宮崎県宮崎市) □時間:開場
17:00/開演 17:30(オープニングアクト有) □詳細情報は こちらのページで □Info:BEA(TEL.092-712-4221) □BEA
HP: http://www.bea-net.com/
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*** 3月12日 宮崎公演 セットリスト ***

M-01. 大丈夫 M-02. 別れの時 M-03. サヨナラ M-04. Film M-05. また明日 M-06.
素敵な日々 M-07. それが愛だと - 質問コーナー - M-08. 百年の孤独(EPO カバー) M-09.
眠れぬ夜(オフコースカバー) M-10. 夜空に咲いた花 M-11. アイニーヂュー M-12. 君にくらべれば(新曲)
M-13. 天使達の歌
M-14. 愛の言葉 |
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| *** お疲れ様でした *** |
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画像のとおり女性ファンが多い坂本サトルさんですが、あの歌声を1度でも生で聞いてしまったらエフエム宮崎の米谷さん同様、クラッときてもおかしくないでしょう。今年も最後まで”かどがわハートフルライブ”のタイトルどおり、とてもハートフルなライブでした。関係者のみなさんお疲れ様でした。また、来年に向けて頑張ってくださいね☆ |
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