2006年09月30日

竜巻災害を乗り越えて〜がんばろうや延岡! [ 災害 ]

 台風13号の影響により発生した竜巻災害から約二週間がすぎた9月30日(土)。大きな被害を受け現在復興真っ只中にある延岡市の「山下新天街」及び「サンロード栄町」では、被災者を含む地元住民達が自らを奮い立たせるべく「がんばろうや延岡」という復興に向けての街おこしイベントを開催しました。会場には様々な出店がならぶ他、学生から一般までたくさんボランティアが参加し、炊き出しや台風13号被害義援金の呼びかけなどを行いました。また、山下新天街とサンロード栄町が交わる鳥居下ではライブステージが設けられ、復興に向け頑張っている人々を励まそうと、「東海中学校吹奏楽部」や「宮崎県警察音楽隊」が演奏を行ったり、今秋コロムビアレコードよりメジャーデビューが決定している、延岡市出身の女性デュオ「スピリット」はライブだけでなく竜巻災害義援金の呼びかけなども行っていました。
アーケード入り口 東海中学校吹奏楽部
(左:アーケード入り口 右:東海中学校吹奏楽部)

 さらに宮崎市出身で現在東京でプロギタリストとして活躍しているタメゴローこと「為山五朗(Gt Vo)」さんとその仲間達(金子裕則Vo Gt、宮下秀司Per、戸高明彦Gt)による、この日限りのスペシャルアコースティックセッションも行われ、道行く人々からのリクエストにその場で応えるかたちで懐かしのフォークソングを歌ったり、ベテランならではの楽しいトークで会場を大いに盛りあげました。
スピリット タメゴローさん
(左:スピリット 右:為山五朗&フレンズ)

 しかし、この日、なんといっても印象的だったのは、山下新天街商店振興組合・松尾光純理事長による挨拶時の「竜巻のおかげで私達は団結する事ができました!」という前向きな言葉でした。
(レポート:松田秀人)

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●会場風景

 まだまだ竜巻災害からの復興は続いています・・・。
被災跡 復興作業


 復興ワゴンセールをはじめ、ホカホカおむすび早い者勝ち500食や、ちゃんこ鍋、カレーライスなど、たくさんの振る舞いが行われ、どのコーナーも大人気でした。特に来場者だけでなくボランティアなど、子ども達の姿を多く見かけました。
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
会場風景 会場風景
(会場風景)

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●松尾理事長と宇都宮さん

 下の画像は代表挨拶を務めた松尾・山下新天街商店振興組合理事長と、このイベントをまとめあげ、「がんばろうやコール」を担当した同青年部の宇都宮さん。松尾理事長の挨拶のでは、災害からの復興真っ只中でありながらイベントを盛り上げるために協力してくれた人々への感謝の気持ちを述べつつ、さらに「昨年は水害、今年は風害、ここまで打ちのめされた山下が立ち上がろうとしています」と商店街の復興を含め今後のさらなる発展を誓うと共に「竜巻という自然災害により、こうやって私達は団結することができました。自然には感謝しています。時がたちアーケードが完成した時は、この日の事を思い出し延岡市民のみなさんと一緒に作ったアーケードとしていつまでも心に残していきたいと思います」と力強く語りました。
松尾理事長と宇都宮さん がんばろうや
(左:松尾理事長と宇都宮さん 右:宇都宮さんのがんばろうやコール)

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●首藤正治延岡市長とタメゴローさん

 会場には首藤正治延岡市長の姿もありました、アーケードを歩きまわり一人ひとりに声をかけている姿が印象的でした。また、この日のスペシャルゲスト為山五朗さんとも会話を交わしていました。実は為山五朗さんは、ご自身でもM.M.T.P(M 宮崎に生まれ、M 宮崎で育ち 、T 東京に暮らす、P プロミュージシャン達) というバンドを結成しており、東京の宮崎出身アーティストをまとめるリーダー的存在でもあります。活動としては昨年の台風14号災害時よりチャリティライブを開催したりDVDを製作し売上を義援金とするなど、ミュージシャンならではの支援活動を行っています。そんなことから、首藤市長とは災害や環境問題などについての話しをしていたようです。
首藤正治延岡市長 首藤市長とタメゴローさん
(首藤正治延岡市長と為山五朗さん)

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●フォトメッセージマガジン・日向時間の藤木哲朗さん

 さらに環境問題といえば、高千穂町出身で自主出版「フォトメッセージマガジン・日向時間」を刊行し、県内各地で環境について講演などを行っている藤木哲朗さんも取材に来ていました。日向時間は既に創刊号、夏号が発売されており、10月20日には最新号が発売されます。この日向時間にはパワナビも毎号4ページのコーナーを割いてもらっています。
藤木哲朗さん 藤木哲朗さん
(フォトメッセージマガジン・日向時間:主幹 藤木哲朗さん)

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●東海中学校吹奏楽部

東海中学校吹奏楽部 東海中学校吹奏楽部
東海中学校吹奏楽部 東海中学校吹奏楽部
(演奏風景)

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●宮崎県警察音楽隊

宮崎県警察音楽隊 宮崎県警察音楽隊
宮崎県警察音楽隊 宮崎県警察音楽隊
(演奏風景)

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●スピリット

 今秋コロムビアレコードよりメジャーデビューが決定している延岡出身の女性デュオ「スピリット」。先週の日曜日、9月24日(日)には台風13号災害義援金及び支援物資預かりブースを設け、県内外からたくさんの支援物資が届けられた須美江海水浴場で開催されたイベント「サウンドビーチすみえ」のステージに立つと共に義援金箱を持って会場をまわっていましたが、今回も同様にステージだけでなく二人で会場を歩きまわり義援金への協力を呼びかけていました。
スピリット スピリット
(義援金の呼びかけ)
スピリット スピリット
(ライブ風景)

スピリットからのコメント
 私達を育ててくれた地元延岡で開催された災害復興イベントに協力できたことがとても嬉しいです。このような被災現場では私達二人の力はとても小さいく、なにもできない事をただ実感させられるだけですが、もし私達が歌うことで少しでも多くの方の心が癒されればと思って精一杯歌いました。まだまだ復興までには時間がかかるでしょうが、頑張ってのりこえてください。

■スピリットブログ↓
URL:http://tomokana.seesaa.net/

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●為山五朗&フレンズ

 東京でプロギタリストとして活躍中(『チャゲSoloツアー』・『徳永英明Rec&ツアー』・『矢沢永吉30周年ツアー』・『長渕剛トリビュートRec』『浜崎あゆみRec』、etc)の宮崎出身ギタリスト「為山五朗」さん率いるこの日限りのアコースティックセッションバンドのライブは、道行く人からのリクエストに応えるかたちで行われたため、懐かしのアコースティックナンバーが続出し、ステージとなった鳥居前には足をとめて一緒に歌う方達がたくさんいました。このメンバーでのアコースティックライブはかなり貴重で、この日たまたま目撃した方は大ラッキーだと思います。ギターを担当した為山さん以外のメンバーも実力者揃いで、メインヴォーカルを担当した延岡出身の「金子裕則」さんは現在上記でご紹介した「スピリット」への楽曲提供など総合的なプロデュースを行いつつ、ご自身もライブ活動を行っています。1979年の「第18回ヤマハポピュラーミュージックコンテスト・つま恋大会」においてオリジナル曲「哀歌」で優秀曲賞を受賞し、同年に「第10回世界歌謡祭」でも同曲で入賞。またチャゲ&飛鳥、クリスタルキングと全国コンサートを展開したりもしていました。また作曲家としても杉良太郎や島倉千代子などにも楽曲提供をしています。そしてパーカッション(カホーン)を担当した宮崎市在住の「宮下秀司」さんは、1995年に現在「JOY-FM・レディオパラダイス耳が恋した」のメインパーソナリティを担当している濱田詩朗さんらとNIHIL TENTION /ニヒルテンションというバンドを結成し、宮下さんはドラマーとしてメジャーデビューをしています。現在は宮崎市を中心にバンド活動を行っています。ギターとヴォーカルを担当した延岡市在住の「戸高明彦」さんは、現在も地元で音楽活動をしており、学生時代は金子裕則さんと共にバンド活動をしていたそうです。為山さんとの繋がりはというと、宮下さんが地元の後輩にあたり、金子さんや戸高さんは年齢的にも同期にあたるそうです。控え室では十年〜二十年前の思い出話しなどを楽しそうにしていました。メンバーは皆同県出身で音楽活動を行っているわけですが、のそれぞれが違う地域・ジャンルで活動をしている事から、どう考えても、このイベントだからこそ集まる事ができたメンバーだと思います。今回は特にバンド名などが無かったので、勝手に「為山五朗&フレンズ」と命名しました。タメゴローさんスイマセン・・・。
為山五朗&フレンズ お客さん
(ライブ風景)

 上記(首藤市長との段)でもご紹介しましたが、為山五朗さんはM.M.T.P(M 宮崎に生まれ、M 宮崎で育ち 、T 東京に暮らす、P プロミュージシャン達) というバンドを結成しており、東京の宮崎出身アーティストをまとめるリーダー的存在でもある事から、昨年のM.M.T.Pのライブ風景をまとめたDVD「LIVE ACT FOR MIYAZAKI Vol 1〜今、宮崎のためにぼくらができること(下画像)」を製作・販売し、その売り上げを昨年の台風14号で被害を受け、荒れ果ててしまった高千穂鉄道の周辺環境整備のためにあててほしいと願い、仕事の合い間にPR活動を続けています。
LIVE ACT FOR MIYAZAKI Vol 1
(LIVE ACT FOR MIYAZAKI Vol 1)

■2005年パワナビM.M.T.P関連記事その1↓
http://www.pawanavi.com/sound/2005/mmtp/index.htm
■2005年パワナビM.M.T.P関連記事その2↓
http://www.pawanavi.com/sound/2005/mmtp2/index.htm

 実は、今回の竜巻災害からの復興イベント「がんばろうや延岡!」でのセッションに関しては、為山さんの「できれば自分も参加したい」という強い希望の元、イベントの2日前に急遽決まったものなんです。東京で暮らしているとはいえ、竜巻災害の事はテレビなどを通して為山さんも知っており、ここ数日間ずっと気になっていたらしく、DVDのPRで宮崎に立ち寄る際に、「このタイミングで延岡でも何かできないか?」と考えていたところ「がんばろうや延岡!」の事を知り自らイベント実行委員の宇都宮さん(がんばろうコール参照)連絡をとり、さらに仲間に声をかけ、メンバー達も為山さんの要請を快く引き受け、急遽参加となったのです。

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■メンバー

為山五朗 金子裕則
(為山五朗/Gt Vo  金子裕則/Vo Gt)

宮下秀司 戸高明彦
(宮下秀司/Per  戸高明彦/Gt Vo)

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為山五朗 金子裕則
バンド画像 バンド画像
(ライブ風景)

為山五朗さんからのコメント
 今回はイベントの2日前に「自分にも何かやらせてほしい!」と、実行委員会の方達に無理を言って参加させてもらいました。「商店街のみなさん!うちのバンドを快く受け入れてくれて本当にありがとうございます。」 個人的にもテレビ画面などを通して台風13号関連の竜巻災害を知り、ここ数日間はいつもその事が気になっていただけに、「みなさんに歌を披露する」というような形ではありましたが、災害復興イベントに参加できたことを嬉しく思っています。本当に僕らにできる事といえば、音楽を通じみなさんの心を和ますことしかできませんが、それが私達ミュージシャンの役目だと思っています。そんなことから今日の内容的には、みなさんからのリクエストをお受けするという形をとらせていただきました。懐かしのフォークソングが中心となりましたが楽しんでいただけたでしょうか?ライブ前に松尾理事長が熱く語られていたお話の内容をしっかりと心に受け止めて演奏をさせていただきました。現場ではこれからもしばらく復興に向けての作業がつづくと思われますが、南国宮崎とはいえ寒くなってきましたので、くれぐれも体には気をつけてください。最後になりましたが、被災者の方々には心よりお見舞い申し上げます。

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2006年09月25日

台風13号災害義援金及び支援物資のお預かり状況報告! [ 災害 ]

☆パワナビ松田

 昨日の9月24日(日曜)、延岡市の須美江海水浴場で開催されました「サウンドビーチすみえ06/主催:同実行委員会」にて「台風13号災害義援金及び支援物資」のご協力を皆様に呼びかけたところ、たくさんの方々のご協力を得ることができました。また、本日(9月25日/月曜)だけでも、宮崎市をはじめ、兵庫県神戸市や東京都調布市などからもタオルセットやブルーシートが、サウンドビーチすみえ事務局となっておりますパワナビ編集部(延岡市)まで送られてきております。もちろんパワナビのホームタウンである延岡のイベントという事でスタッフ達との繋がりも深く、サウンドビーチすみえ実行委員長を務めますパワナビの木原 慶をはじめ、初年度から実行委員として参加しているパワナビ松田・パワナビ甲斐より、皆様のご協力に感謝すると同時に心より御礼申し上げたく、こちらのパワナビ編集日記のコーナーより昨日の「台風13号災害義援金及び支援物資のお預かり状況」をご報告させていただきます。尚、出演者や出展者などをご紹介するイベント詳細レポートは後日まとめてアップ致しますので今しばらくお待ちください。

↓9月24日(日)、イベント会場内「台風13号災害義援金及び支援物資のお預かりコーナー」と「台風13号災害被災地写真の展示」風景。
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↓左:9月24日(日曜)にイベント会場に持ち込まれた支援物資。 右:9月25日(月曜午前中)事務局となっているパワナビ編集部に送られてきた義援金及び支援物資。宮崎市をはじめ、兵庫県神戸市や東京都調布市など県外の方からも送られてきました。本当にありがとうございます。集まった義援金や支援物資は等はサウンドビーチすみえ実行委員会で一旦あずかり。9月27日(水)に実行委員長の木原 慶が首藤正治延岡市長に直接渡す予定になっています。その後、延岡市災害対策課にて細かい振り分けをしてもらう段取りになっています。
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(追記:9月27日10:00より、延岡市役所にて首藤正治延岡市長立会いの元、みなさまより実行委員会がお預かりいたしました、義援金及び支援物資の引渡しを行いました。実行委員からは、木原実行委員長、松田、山本が出席しました。下画像がその時の模様です。)
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(左から首藤正治延岡市長、木原実行委員長、山本、撮影:松田)

↓また今年は、義援金及び支援物資の受け渡しをする事になっております首藤正治延岡市長にビーチクリーンの時間帯にお越しいただき、台風災害の多い地域で暮らす市民へのメッセージや、台風13号で被災された皆様へのお見舞いと共に、関連する市民ボランティア達への感謝の気持ちを込めたメッセージをいただきました。イベントに関しては首藤市長より「こういった市民主体で開催されるイベントを通し、災害やゴミ問題、または環境について考えられる機会がもてるというのは素晴らしいことです」という言葉をいただきました。
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 この時、ちょうど舞台裏にて首藤市長とお話する時間があったので、私からも「台風などの自然災害が多い宮崎だからこそ、毎年災害が起こる事を前提とし、どうやって自然と向き合っていくかを考えながらイベントを組み立て、最も災害が起こりやすい時期に開催をすることで、大きな災害が発生すればイベントを通じ直ぐに様々な呼びかけをし、災害が起こらない年であっても常に自然災害や環境問題を考える事ができるような若者達の集まりにしていきたいです」とこのイベントに対する実行委員達の思いいれを述べさせてもらいました。元々「サウンドビーチすみえ」は環境や災害について考える事からはじめたものではなく、単に音楽のイベントとして回を重ねてきたのですが、やはり毎年のように起こる台風災害や、須美江という美しい海を舞台に開催するイベントであることから、次第に実行委員達の意識がそういった方向に向くようになり、今となっては、「あえて台風の多い月に開催してこそ、このイベントの意味がある」と言えるようになりました。実行委員や関係者、来場者を含め、あくまでも急激に意識改革を行うのではなく自然とみんなが目や耳を傾けてくれるように、簡単な事から実行できればと思い、今回のイベントでは次のような事に取組みました。

↓今回は「災害義援金及び支援物資のお預かり」、さらに毎年恒例となっております「抽選券つきビーチクリーンアップ」だけでなく、会場内で出るゴミに関する分別を"徹底的"に行いました。単に分別するだけでなく、使ったプラ容器などは洗浄し、ペットボトルのラベル剥がしなどもその場で行ってもらいます。分別コーナーには延岡市クリーンセンターの職員、金子さんに常駐してもらい、ゴミの出し方や分別の仕方を指導していただいたり、ゴミに関するマメ知識などをパネルにまとめて展示したりし、地域住民の環境美化意識向上を促しました。またイベント中もステージ上からMCの方やDJのみなさんにクリーンアップを呼びかけてもらい、タバコに関してはポイ捨てをなくすため、受付けにて携帯灰皿をお配りいたしました。さらに上記でも触れました、面倒くさいペットボトルの分解やプラ容器の洗浄なども皆さんの協力により行う事ができ、イベント終了後もゴミ拾いなどに参加してもらいました。本当にありがとうございます。
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(ビーチクリーンアップ及び大抽選会にもたくさんの子ども達が参加してくれました)
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↓本来なら今年の「サウンドビーチすみえ06」は9月18日(月祝)開催を予定しておりましたが、台風13号の影響により、翌週となる9月24日(日)に延期となりました。自然現象なので延期は想定の範囲であり仕方の無い事と思っていましたが、それだけでは終わりませんでした・・・。延期となった上に、さらに今回も会場設営作業現場にて実行委員達は自然の力を見せ付けられる事になったのです・・・。天気予報とニラメッコをしながのステージを含めた会場の設営となり、砂浜にはメインステージを組み上げるのですが、夕方までかかり骨組みも終わって音響システムの設置まで終わった頃から、当初の予定よりも波がグッと近づいてきたのです・・・。今までも砂浜の中心あたりまで波が押し寄せる事があったりしたので、毎年の経験から設置場所を検討していたのですが。大潮の影響もあり、結果的には波が砂浜を全て飲み込んでしまい。砂浜より一段高くなっているコンクリート部分まで上がってきてしまったのです。波の様子がいつもと違うので、実行委員たちはあわてて、組み上げたばかりのステージをばらし、波に埋め尽くされる前に資材を芝生広場に移動し、急遽その場で会場のレイアウトを練り直した後に設営作業を再開しました。結局、例年なら1回で終わるいちばん面倒な設営作業を2回行った事になります。決して砂浜の状況をあまく見ていたわけではなく、経験を元にかなり山側にステージを設置したのですが、やはり自然を熟知するのは難しいです。結果的には、ギリギリまで波が上がったのはこの設営作業が行われた日だけで、前日も、イベント当日も波はココまで上がりませんでした。自然相手のイベントで、またひとつ勉強する事になりました。
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↓下の画像はイベント会場内の風景(一部)です。午前10時からの開催でしたが、10時過ぎにはビーチ付近の駐車場がいっぱいになってしまうほどの大盛況でした。なにより嬉しかったのは、たくさんの子ども達や御家族連れの姿が目立ったことでっす。そしてステージ上では地元で活躍する様々なジャンルの人々が熱のこもったパフォーマンスを見せてくれました。このステージは砂浜わきにあります芝生広場に設置されたものです。さらに砂浜とは目と鼻の先にあります「ビーチの森すみえ」でもロックバンド達によるライブイベントや打楽器を楽しむドラムサークルなど様々なイベントが催されていました。通常は入園料のかかる「ビーチの森すみえ」も、9月24日だけは入園無料となっておりましたので、いつもにもまして子ども達の姿も多かった事とおもいます。また、会場には美味しいグルメ達もたくさん並んでいたのですが、それらの詳細レポートは全て後日まとめてアップ致しますので、撮影にご協力いただきました皆様には今しばらくお待ちいただきたいと思います。
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(左:JOY-FM耳恋・DJシローさんと、今秋、コロンビアレコードよりメジャーデビューが決まった、地元延岡出身のスピリット。そしてドラムサークルの方達によるセッション風景。 右:フットサル大会少年の部)
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☆パワナビ木原 (サウンドビーチすみえ実行委員長)
 このたびは台風13号災害義援金及び支援物資へのご協力、誠にありがとうございました。延岡市内だけでなく、市外、県外と幅広い地域からのご協力がありました。被災者の方々にはあらためてお見舞い申し上げると同時に、ご協力いただきました皆様には、実行委員一同心より感謝しております。私が実行委員長を務めるようになり、今年で2年目になるのですが、皆さんもご承知の通り、昨年は台風14号の影響で、ここ延岡も大きな水害にあってしまいました。私自信「これほど大きな被害を、そうめったにうけてなるものか!」と思いつつ昨年は「台風14号災害義援金及び支援物資」の呼びかけを行っておりましたが、また今年も竜巻による深刻な被害を受けてしまいました。もちろん今後も、さらに予想だにしない災害に見舞われるかもしれません。そんな事から、私自信あまり聞いた事がないのですが、いろんな意味で「災害に強いイベント造り」を考えていきたいと思います。来年こそは大きな災害に出会う事無く・・・と願う一方で、もし起こった時は今年よりもスピーディーに展開できる体力をつけねばとも感じております。
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(災害義援金及び支援物資、たしかにお預かりいたしました!)

☆パワナビ松田、甲斐 (サウンドビーチすみえ第一期実行委員)
 イベント開催にあたり、ご協力いただきました関係者の皆様、そして災害復興などの呼びかけに応えてくださいました多くの皆様に感謝いたします。また、イベント当日にご来場いただきました、出演者ならび、お客様には、細かいゴミの分別やビーチクリーンアップにご参加いただき誠にありがとうございます。私たちも、毎年このイベントを行う度に、少しづつではありますが環境問題などについて様々な方々と話し合う時間をもてるようになりました。そして、近年毎年のように起こる地元での大きな災害を目の当たりにし、自然災害は常に自分たちの身近にあるもので、決して人事ではないというのを思い知らされました。そんな事から、これら環境問題と自然災害、さらにはゴミ問題などを別々に考えず、全てリンクさせて考えトータルで健康的な地域で暮らせる事を夢みつつ、災害の多い地域ならではの独自のアイデアを実行委員会の中でも出し合い、イベント時意外でもなんらかのご協力ができるよう、今後とも試行錯誤をつづけたいと思います。
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■サウンドビーチすみえ06公式ホームページ↓
URL:http://otohama.com/blog/

■昨年の台風14号通過後に開催されたイベント報告↓
URL:http://www.pawanavi.com/blog/info/archives/2005/09/post_197.html

投稿者 blogpawanavi : 12:24 | コメント (0) | トラックバック

2006年09月17日

台風13号突風に関する現地レポート [ 災害 ]

☆パワナビ木原

 9月17日(日)の今日の日記では、延岡市、日向市、日南市などで大きな被害をもたらした台風13号の影響による突風(竜巻とみられる)に関する被害状況の報告を私、木原が被災現場に行き、現地の方達にご協力をいただき、お話を聞きながらレポートしました。

 まず、今日の午後3時00分頃、自分が実行委員長を務める"サウンドビーチすみえ"の現場となる延岡市須美江海水浴場へ、会場設営用の資材が飛ばされていないか?確認に、現場へと向かいました。本来なら明日18日に開催を予定していたのですが、台風による影響のため、次の日曜日となる24日に開催を延期をしました。そのため、設営用の様々な資材や道具などを置いてありました。

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 須美江の海は、うねりを上げてはいましたが、砂浜には昨年の台風14号時ような酷さはなく、海草や死んだ魚などがたくさん打ち上げられているという事はありませんでした。それでも、かなりの突風が時おり海側から吹き上げていました。現場においていたイベント会場設営用資材関係も対策をとっていたので、特に問題ない事を確認し、延岡市内へと戻りました・・・。そして午後3時30分頃、友人より電話が入りました。友人の口調が慌てていたので、直ぐにただ事ではないと察しました。電話の内容は次のようなものでした↓

『船倉町・瀬の口町が竜巻(突風ではなく竜巻と言っていた)で大変な事になってる!』

 自分は学生の頃まで瀬の口町で暮らしていて、あの辺りには今も知り合いや友人がたくさん住んでいるのでとても心配になり、急いで現場へ向かいました…。

 現場近くでは停電となっていたようで、信号機も電気が付いていない状況。かなりの渋滞を抜けて船倉町に到着後、まず目に入ったのがこの電線に引っかかった屋根。近くの建物の屋根が飛んできたということでした。

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 お店の中を覗くことはできませんでしたが、お店の屋根は3箇所に飛び散っていて、今にも電線を切って落ちてきそうな状況でした。突風の発生した時間に営業していたカフェの店長に突風が発生した時の話を聞くと↓

『2時20分頃だと思う?あれは明らかに竜巻の形をしていた。それがこっちに向かってきているのが見えた。ヤバイと思ったときには、店のガラスが割れて、通り過ぎていった。駐車場に停めてあったお客さんの車の窓ガラスも割れてるよ。』

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 そのお店の近くにあるホテルも玄関のサッシがへし折れていて、ガラスも客室や玄関などほぼ全て割れていました。その後周辺を回っていると、1Fの天井が剥ぎ取られているビル(ここも窓ガラスが割れてます)や、看板が倒れオートバーの折れてしまっている駐車場(停めてあった車のガラスはほぼ割れています)や、ドリンクの自動販売機も無残に倒れています。

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 更に、近くの花屋さんの横の電信柱が傾いています。古くから知り合いのこの花屋さんに話を聞くと↓

『店の横の電柱も傾いてて怖いけど、さっき納品しててちょうど近くの橋の上で、竜巻に遭遇したよ!急に車が横に2回転して・・・本当に死ぬかと思ったよ…。』

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 その後、幸町・栄町周辺も被害を受けていると聞き、その現場に向かいました。そこにある大型スーパーに到着すると、近くのパチンコ屋さんの屋根は落ち、看板が剥ぎ取られていました。また近くのアーケードは無残にも風で倒れていました。

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 そして、栄町の路地がかなりひどい状況だと聞き、少し歩いてみました。いきなり目に入ったのは倒れかけた電柱と、その周辺に落ちている風で剥ぎ取られた木材やガラス片…。まるで戦争でもあったのか?と目を疑うほどでした。更に進むと、今にも崩れそうな住宅が…。ここは、自分が幼い頃から存在していた家で、見た瞬間唖然としてしまいました。その奥に目に入ったのは、倒壊してしまった住宅と瓦が飛び去ってしまって、もはや半倒壊といっていいほどの家屋…。近くに住む人に話を聞くと、一瞬でこの状態になったそうです。いかに今回の突風(遭遇した方々は竜巻と表現している)の勢力が強かったかが、想像できます。

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 その後、紺屋町にあるホテルに向かいました。五ヶ瀬川に向いた1階の窓ガラスは全て割れてしまい、店内にもガラス片が落ちていました。宿泊客の方もいたようで、ホテルスタッフの方も今後の対応にも追われていました。

 そしてちょうどこの時、取材で宮崎市にいたパワナビ松田も、このホテルの方や、現場の方と電話で状況を確認し、私に現場の様子を聞きに電話がはいりました。松田の話によると、特に宮崎駅周辺地域では、午前中に強い雨と風、一部雷があった程度で、夕方頃からは少し落ち着いているとの事でした。延岡の現状を聞き、方々に電話連絡をしていたようです。この時、松田が延岡から受けた電話でも、被災者からは「竜巻」という表現がされていたとの事でした。市内のホテルに勤務する方からの電話での内容は次のとおりだったとの事です↓

『そっちは大丈夫!今こっち(紺屋町)に竜巻が来て、ホテルのガラスが全滅したんだよ。今のところ、自分のまわりにどれだけ怪我人がいるかわからないけど、一瞬よ、一瞬!あの勢いだと、竜巻が通ったところは壊滅的だね・・・何処に行ったんだろうか?船倉町の方角から来たから、むこうもすごい事になってるはず。とにかく気をつけてね!』

 さらに、たまたま外出をしていた時に竜巻の通過を通りがかりの店舗内でどうにかやり過ごした方の話しによると↓

『紺屋町から幸町にかけて車で移動していたんだけど、グオオオオオという音にビックリして振り返ったら、雨の降る角度が異常でグルングルンまわってたから、コレはただ事じゃないと思い、近くの雑貨屋さんに入れてもらった。ちょっとしたら、店自体がガタガタいいだして、一瞬停電・・・・・その後、自宅が心配で、紺屋町方面に移動したんだけど、まるで戦争でもあったかのような風景に変わっていて唖然とした・・・・・。だってさっき通ってきた時は、いつも通りの道だったんだから・・・。後で竜巻だと知って、竜巻の威力の凄まじさに驚いたよ。』

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 その後、現場を歩き回っていると↓

『突風の影響でJR日豊線が脱線した!』

との情報を聞き、現場へ向かいました。5両編成となっていた電車の前から2両目までが脱線していました。この近くに住む友人に話を聞くと↓

『風の音が一瞬凄かったんだけど、まさか電車が倒れていたとは…。その風の音と同時に、自分の家の玄関先がパリンと言って、瓦やガラスが部屋の中に飛んできた。』

とのことでした。JRの職員の方も現場に多数いらっしゃいましたが、話を聞くと↓

『まだ突風の吹き荒れている状況なので復旧しようにもできない』

と悔しそうな、困ったような表情で話をされていました。

■被災地区付近の方のブログより
 竜巻が通りぬけた緑ヶ丘の方のブログ内に、その日の模様が克明に記されています。また、ブログの管理人さんは今回亡くなられた三人の方のうちの、お一人とお友達だったようで、その悲痛な叫びが文章からも伝わってきます。特に

「大事な仲間を失った大きさは計り知れない。心の傷は復旧できない。私達は風が吹くたび、台風が来るたび、彼を思い出すことだろう。」

という部分はまともに読む事ができません。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
(ブログ管理者了解済↓)
http://sdoc.seesaa.net/article/23977103.html

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 さらに浜町の友人から↓

『浜町や別府町のほうも大変なことになってる』

と聞いたので、脱線の現場からそのまま国道10号線、浜町方面に向かいました。10号線の海側はほぼ停電している状況で、少し車で南に進んでみると、店舗が道路側に倒壊していました。店内にあった様々なものが散乱していました。また、向かい側の看板も、今にも倒れそうになっていました。

taihu13r101.JPG taihu13r102.JPG
 
 
 今回の被害状況をこの目で見て思ったのは、被災にあった場所が一つの線となって繋がっている事です。被害のひどいビルの横の建物が無事だったりしていて、表現的には「突風」が吹いたというより、むしろ現場の方達からのお話のように「竜巻が通り過ぎていった」ような感じです。それにしても、現場は大変な被害状況でした。本当に、戦争の現場と見間違えるほどに散乱した、瓦礫や瓦やガラスの破片で足の踏み場もないほどでした。親戚の経営するお店も被害に合っていて掃除の手伝いもしましたが、その時↓

『今日は孫の誕生日だったんだけど、それどころじゃなくなったよ。』

と疲れ果てた表情で話していたおじさんの顔が今でも離れません。昨年9月の台風14号のときにも感じましたが、本当に自然の力はすさまじいものがあります。そんな人間の力では太刀打ちできない猛威の後ですが、一刻も早い災害現場の復興に、少しでも多くの方々との協力で、力になれればと感じました。

今回の災害で被害にあわれた方々にお見舞いを申し上げると共に、現場の復旧作業が1日も早くできることをお祈りいたします。私にはこのようなレポートを書くことしか出来ませんが、被災をされなかった方にも、出来る限り被災現場の状況を知っていただきたく掲載しています。

 よろしければ下記のコメント欄なども、家族やご親戚の連絡ツールとしてご利用いただけたらと思っております。

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2005年11月05日

台風14号被災からの復興・・・。 [ 災害 ]

☆パワナビ松田

 本日アップした、みっちゃんによるレポート「洋菓子工房*ラブラ」は、
台風14号で大きな被害を受けた小松地区にある店舗だ・・・。
当時、パワナビでも災害レポートとしてこの地区に行き、
被災された地元の方々に話を聞かせてもらった
が、その中の1人に、
ラブラのオーナー平田さんもいた。平田さんはこのように語られていた↓

「この地域の住民は一瞬にして全てを失ったんです・・・。
泣こうが笑おうが、またゼロから出発するしかないんです。
自分も必至の思いでオープンした店舗がこのような姿になり
正直いってやる気を失いました、でも地元のみなさんが、
絶対にやめないでね!頑張ってね!と声をかけてくれるから
なんとか踏ん張る事ができています。自分はこの道でしか食っていけない!
だから、今はやるしかないと思っています。今思えば、以前、
神戸の震災を受けたお菓子屋さんの講習を受けた時の言葉が
よみがえってきます。彼もその当時は、ただ、やるしかなかったと
言っていました。そしてなにより、迅速に対応した民間のボランティア
の動きは凄かったですね!ジェットスキークラブ?の方達が
凄い勢いでジェットスキーを飛ばし、救出していくんです。
あの姿は素晴らしかったです。逆にどうにかしてほしいのが、
こんな時にやってくる選挙カー!そんな事してる暇があったら、
こっちに来て、一緒に泥だらけになって手伝ってくれ!といいたい
そうすれば1票どころか何票でもはいるだろう・・・。
この現状を見ながら手を振る立候補者は人の心がわからない人間だ。
とにかくそんな人間の事はほっといて
またこれから少しずつ取り戻していきますよ・・・。」

 この時の光景は今でも思い浮かぶ・・・・・・・。
その日はこの地区をカメラをもってウロウロすることさえ勇気がいった・・・。
瓦礫の山の中に立ち尽くす平田オーナーが目に写った・・・。
しかし、中々声がかけられない。
はじめに声をかけてくれたのは平田オーナーだった。
「店の中も外も撮ってもらってかまいませんよ、これが現実なんだから」

 今回のグルメレポートに「10月20日から再OPEN」とあった。
あれから2ヶ月間、平田オーナーにしかわからない苦労があったことだろう。
そして、被災された方々の多くが、いまだに元の生活に戻れずに
苦しんでいる事とおもわれる。
私も、地域の関係者や、東京で活躍されているアーティスト為山五朗氏(M.M.T.P)
らと、募金活動やチャリティーなどについて様々な提案をしているが、
これらの活動をしていても急激に何かをガラっと変えられるわけではないのは
、みんなよくわかっている。でも、少しづつでも「やろう」とする気持ちが
一人一人の小さな元気につながるはずだ・・・。
小さくても毎日元気をもらえれば少しづつ前にすすめる。
そんな中、今回のような「復活しました!」といった話題は、本当に嬉しい。
人事といえばそうそうかもしれない・・・。
しかしこういった情報がなによりも元気になれるのだ。

平田オーナー、復活おめでとうございます。

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2005年10月31日

この橋どうなるの?台風14号〜その後・・・。 [ 災害 ]

jota@音声担当

 なかなかレポートをあげられないので、第一回目はとりあえず日 常の一こまから。
プロフィールにも書きましたが、僕は日南市飫肥に在住しながら
毎日仕事で宮崎市内へと自家用車で通勤しております。
日南から宮崎市内へのルートは、国道 220号線を行く海岸線ルートと
県道28号線(日南〜高岡線)で田野まで行きそこ から
国道269号線を行く山越えルート、
田野から先は、宮崎市民文化ホールのそばに直接抜ける ルートもあれば、
県道28号線をそのまま高岡町花見まで走り国道10号線を越 えて
生目の杜球場の脇を通り抜け平和台大橋方面へ抜けるルート、等々があります。
ルート
その「日南〜高岡線」を田野に向かって走る途中、北郷から
三股・都城方面 へ抜ける県道33号都城北郷線へ
分岐する場所に橋が架かっております。
田野方面に向かって橋を渡ると川の上流に写真の様な状態の橋があるの です。
おそらく新しい橋が架かる以前の旧道をつなぐ橋だと思うのですが、
台風14号の増水によってこのようになってしまったのですね。
壊れた橋1
コンクリート製の橋がどのように組み合わさって出来ていたのかがよく わかります。
右側の橋脚が倒れてそれがあった場所に向かって
V字型に落ちて、すぐ左側のパーツはそのまま真下に落ちてしまっていますね。
どういう順番で崩れ落ちたの か気になるところです。
壊れた橋2
とりあえず新しい橋が問題なく機能しているので当分はこのままなので しょうか。
傍に行ってみるとなかなか怖い光景です。
壊れた橋近景1 壊れた橋近景2
北郷側のすぐ手前には道路上に崩土があった場所があり、
現在も片側交 互通行を余儀なくされております。
北郷から三股・都城へ抜ける県道33号線は片側通行ですが通れる ようですね。
飫肥から県道28号線に直接抜けられる広域農道「黒潮ロード」 は、
台風14号によって土砂崩れがあり、未だ復旧されておりません。
これが通れると10分違うので早く通れるようになって欲しいので すが・・・。

 最後に宮崎県内の道路規制情報を得られるサイトを紹介します。
http://roadi.pref.miyazaki.lg.jp/roadinfo/public/index.htm
災害による規制以外でも主立った道路の情報が網羅されているので参考 にしてください。

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2005年10月14日

高千穂鉄道復興存続支援 鎌倉研チャリティライブ [ 災害 ]

■10月7日(金)〜TR高千穂駅ホームにて開催
 主催:大川塾(川登地区青年連絡協議会)

 台風14号により甚大な被害を受けた高千穂鉄道・・・「もう一度、鉄道の勇姿を!あの車窓から見える渓谷美を!」そんな思いを胸に、高千穂鉄道の復興・存続を願う500名にのぼる人々が「高千穂鉄道復興・存続支援 鎌倉研 チャリティライブ 」に集まりました。会場となったTR高千穂駅ホームは今まで見た事のないような熱気に包まれていました。早速ですが当日の模様をご紹介したいと思います。
(レポート:アンちゃん)

乾杯 お客さん

このライブは、高千穂町の「大川塾(田崎仁志塾長、約70名)」皆さんが主催され、前日の準備も取材させていただきました。収容人数500名の立派な会場が完成しました。
前日作業風景 会場全景

午後6時30分 開場。おどろくほどたくさんの人がやってきた!改札口では、来場者にステッカー「がんばろう!高千穂鉄道」のプレゼント!ちなみにこのステッカーは、高千穂鉄道鉄道の復興支援にカンパをするともらえます。一口1,000円からです。
問い合わせ先(大川塾事務局 佐藤 TEL 090-3884-7966)
改札口 ステッカー

午後7時開演 高千穂鉄道トロッコ列車の汽笛を合図にライブスタート!久しぶり聞いた汽笛に感動(T_T)。
来場者

まず、大川塾・田崎塾長から「私たちの取り組みが火種となって、復興・存続の気運が高まってほしい」とあいさつがあり・・・
田崎塾長

次に、高千穂鉄道の小川専務が「台風14号で甚大な被害を受けました。復興には莫大な費用がかかり、会社存続の危機をむかえていますが、高千穂鉄道は沿線市町の財産です。暖かい支援の言葉もたくさんいただいており、大変感謝しています。関係機関に復興を働きかけて存続へ向け努力していきたい。そして、大川塾の方々、鎌倉研さん、高千穂小学校の生徒の皆さん、ご来場の皆様に感謝申し上げます。支援の輪が広がっていくことを期待しております。」とあいさつ。
小川専務

高千穂小学校6年生による合唱。「翼をください」、「世界に1つだけの花」を歌ってくれました。
高千穂小学校

そして、鎌倉研さんのライブが始まりました。まずはみんなで「かんぱ〜い」!こちらの画像は一番上のメイン画像をご覧ください!さてここで「鎌倉研さんってどんな人?」という方のために、ちょっとした紹介をしたいと思います。

鎌倉研1

■鎌倉研プロフィール
(1956.10.15生.B型。本籍:延岡市)
79年、大学時代山梨放送DJを機にライブ活動を始める。82〜83年アメリカ・東 南アジアを放浪後、83〜85年みなみらんぼう事務所に勤務。塾講師の傍ら音楽活動 を継続。86,87年大川塾主催の産業祭に出演。89年4月10日大川塾プロデュー スでカセット「ガンバレ!ぼくらの高千穂線」を発表。01年大阪へ。03年アルバム発表。
○鎌倉 研 オフィシャルサイト「鎌倉研劇場」 http://kamakura.musik.jp/
最初に歌ったのは「ガンバレ!ぼくらの高千穂線」廃線となった国鉄高千穂線が第三セクター高千穂鉄道に生まれ変わるときに、鎌倉研さんと大川塾の皆さんがこの歌でエールを送りました。そして、災害にあった高千穂鉄道のため、またこの歌を歌いに帰ってきてくれたのです。

鎌倉研2 鎌倉研3

鎌倉研さんは、この曲を発表した当時の思い出なども話してくれました。(ほんとに楽しい方でした)

1部終了。休憩の間は、商工会青年部、商工青年会議所のバザーを楽しみました。
バザー

ライブは2部構成。2部のスタートは、UMKテレビ宮崎アナウンサーの巨典さんが、高千穂鉄道に対する思いを伝えに、そして、鉄道に寄せられたメッセージを代読してくれました。内容は「JAGA天宛てにもたくさん応援のメールをいただいています。鉄道の野田次長と番組の取材中、亀ヶ崎駅に昼間なのに電灯が1つ灯ってました。これは復興への灯火ではないかと感じました。今日のこの時間、この気持ちを皆さんと共有できたことを心からうれしく思います」との事でした。他にもメッセージがたくさんきていましたが、下記のメッセージを抜粋して代読していただきました。
・宮日「高千穂方言掲示板」管理人 鬼八 さん
・漫画家 赤星たみこ さん
・からから(方言BBSの中心的存在) さん
巨典さん

ライブに戻ります・・・次に登場してくれたのは、シンガーソングライターの工藤 桂さん(1983.5.17生、東京都在住)です。今年から本格的に活動をはじめた工藤桂さん。このライブで持ち歌2曲を歌ってくれました。なんと、高千穂町出身のノンフィクション作家・高山文彦さんのご長男だったのです!(後日一緒に飲んだのですが、焼酎好きな気さくなイケメンシンガーです)
工藤 桂さん

そして最後は、鎌倉研さんの登場!大山塾の皆さんと同じはっぴを着て、「ガンバレ!ぼくらの高千穂線」を熱唱。「会場の皆さんも一緒に〜」鎌倉研さんの呼びかけに、会場は最高頂。フィナーレをむかえました。大山塾の皆さんお疲れさまでした。ありがとうございました。鎌倉研さん、高橋巨典さん、工藤桂さん、ほんとにありがとうございました。そして、ご来場の皆さん、遠い地から応援くださっている皆さん、ありがとうございました。この支援の輪がもっと広がっていき、大きなうねりとなっていくことを願ってます。
フィナーレ

■最後に高千穂鉄道の応援サイト情報を紹介しレポートをおわりたいと思います。
・高千穂方言掲示板
http://www.miyanichi.net/hougen/takachiho_bbs/yybbs.cgi
・高千穂鉄道私的応援サイト Take The Train
http://homepage3.nifty.com/tr-club/
・最近気になる高千穂鉄道
http://blog.goo.ne.jp/kagemati-st
・ファイト! 西臼杵郡・高千穂鉄道・宮崎!
http://ganbare-miyazaki.ohta2000.com/

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2005年09月13日

台風14号被害状況〜延岡・須美江 [ 災害 ]

パワナビ☆木原(サウンドビーチすみえ実行委員長)

 今週の週末17、18日にサウンドビーチ須美江というイベントを開催します。
私、パワナビ☆Kはこのイベントの実行委員長として、10ヶ月以上活動をしています。
会場など、延岡市の施設を利用させてもらっているので
行政が主催しているイベントと勘違いされている方もいらっしゃるようですが、
このイベントはあくまでも民間の若者が有志であつまり、
みんなでアイデアをもちよって委員会を進めています。
そんなわけで彼らとはもう10ヶ月近く様々な話し合いをもちながら、
開催まであと数日となりました。
しかし、今回の台風14号のもたらした被害はあまりにも大きく
私達が暮らす延岡にも大きな被害をもたらし、スタッフの中にも
被災を受けた人、どうにか受けなかった人と様々でした。
そして私達が「全国に自慢したい延岡の風景」という事でこだわって
イベント会場としている、美しい須美江海水浴場にも、
たくさんの流木が溢れ、会場としてまったく機能できない状態です。
もちろん、毎年急な雨天時のために延岡市総合文化センターも押さえてあります。
しかし、今年に限っては、この須美江の浜でイベントが開催されなければ
まったく意味がないのです。自分は、実行委員長という立場から、
イベント開催・中止についてかなり悩みました・・・。
ただ、最低条件として、須美江海水浴でなければ開催はありえない・・・。
それだけはイメージできるのですが、頭は真っ白になっています。
今まで毎日夜中まで付き合ってくれた実行委員会の仲間達の顔と、
自分がパワナビとして被災現場でみてきた被災地の風景が交互に浮かび、
情けない事にいくら考えても、自分なりの答えが出せませんでした。
「こんな時こそみんなで話し合おう・・・」と思い、台風事後処理中の
実行委員会のみんなに集まってもらい、開催か中止かを話し合いました。
被災者に対する気持ちももちろんですが、さらに、現在の須美江の浜は
下記の画像のようになっているのです。ここがイベント会場なのです。
どう考えても、この大量の流木がなくならない限り、開催は不可能なのです。
そして、悲しい事に、業者を呼んで片付けてもらうお金もないし、
このような事態で、苦しんでいる人がたくさんいるのに、
たとえお金を持っていたとしても業者を呼ぶ事はできません・・・。
wakame.JPG  wakame2.JPG

 実行委員会のみんなは延岡人です。被害の大きい地区に関係する人もいます。
台風通過後の作業が忙しい時期なのです「こんな時に呼び出しやがって!」
と思われるているのは覚悟の上で、みんなを呼び出してしまいました。
とにかく集まった実行委員会のみんなに、携帯電話のカメラで撮った
上の画像を見せ現状を把握してもらい、質問してみました。
「今年の開催は被災者などの事を考えると微妙なのはみんなもわかってるはず。
逆に、このイベントを利用して、俺達が被災者に何かができるかもしれない。
イベントを開催するなら、もう一度みんなで考えて意味のある事をしたい。
しかし、どちらにせよ、この大量の流木やわかめを取り除かない限り、開催は不可能。
ステージ設営まであと1週間しかない、自分の家の事もあるだろう・・・どうする・・・。」
自分では強気強気の実行委員長とは思っていましたが、
さすがに台風直後のこの状況では「みんなで片付けろ!」なんていえません。
実際にそれどころではない人もいるんです。
少しの沈黙でしたがとても長く感じました・・・。
すると実行委員会の誰かが「自分達の手で全て片付けよう!」と言い出しました。
誰だったかはよく覚えていませんが、それにならうように
また誰かが「どの道、須美江の浜も誰かが清掃しなければいけないのだから、
どうせだったら、いつもお世話になっている俺達でやろう」
この特殊な状況でのみんなの言葉に実行委員長として感動しました。
ただ単に天候不良のために開催中止か否かを決めているのではないのです。
苦しかった胸のうちがパッと晴れたように感じられましたが、
しかし、直ぐに現実に戻されてしまいました・・・。
実行委員長としてこのままでは、イベントの内容に納得がいきません。
なぜかというと、台風通過前と今とでは状況がまったく違ってしまったのです。
もし、今イベントを開催するなら、いくらたくさん人が来てもらっても、
ただ楽しいだけの若者イベントではまったく意味の無いものになってしまうのです。
それほど台風14号の災害は深刻であり、先週とはまったく状況が変わっています。
これらを含め、あと10日ぐらいで準備ができなければイベント開催はできません。

延岡市や宮崎市の現場をパワナビに取材を通し、この目で確かめ
または直接被災された方とお話をしてきた自分としては、
被災された方・・・というより、彼らを支えていく側の人々の理解や
認識が必要だと、強く感じました。
被災された方達は、1にも2にもなく、ひたすら復旧作業をしなければ
自分の家で安心して暮らす事ができません。
とにかく状況やまわりがどうあれなりふりかまわず頑張っています。
しかし被災者を支援する立場の側にいる人々の受け止め方はどうでしょう?
親身になってお手伝いをしている人もいれば、
まったくといっていいほど人ごとで、もはや忘れさっている人もいます。
きれい事を言うつもりはありませんが、こんな小さな町だからこそ
「被災者でない人にも身近な問題として受け止めてもらう事ができないか?」
そんな事を表現できるアイデアをみんなで考えてみました。
そしてみんなのアイデアをまとめたのが以前に
パワナビ災害情報掲示板に書き込みした内容です。


以下が掲示板に書き込みをした内容です。


台風から約1週間。各地とも甚大な被害が出ています。
被災した方々には、心よりお見舞い申し上げます。
この一週間、被災現場の取材やボランティア活動を通して、
今回のサウンドビーチすみえの開催内容は、
このままじゃいかんと強く感じました。委員会内でも「中止にすべきじゃないか」
とかいろんな意見が飛び交いましたが、イベントを通して被災者の方や
我々支援していく側に、いろんなことを発信できたら…と思い、
イベントは開催することにしました。
災害復興に関する部分の内容は、被災してしまった方達へ頑張ろう!
というメッセージを送るのはもちろん、自分も含めた今回被災しなかった、
支援していく側の方達に対して、今回のこの出来事を風化させないためにも
いろんな展示物や行動で支援を呼びかけしていくことです。
まず、募金箱の設置し、イベント終了後に、延岡市災害対策本部に寄付します。
それからメッセージボードの設置。これは、このイベント翌日に
被災現場にて炊き出しを行なう予定になっていて、
そこにみんなからのメッセージを伝えよう的な主旨で行ないます。
あと、被災当日と現在の様子の写真の掲示。
災害復旧ボランティア参加のリスト作成。これは、イベント終了後
延岡市ボランティア協会に提出します。ボランティアが必要になった時
(今回はまだ必要ですが…)に活用してもらおうという主旨です。
ぜひご記入を…
そしてイベント翌日、被災現場での炊き出し。(場所などは現在調整中です)
これに絡んで皆さんへお願いなんですが、
もし今回のイベントに行こうと思っていた方がいたら、
少しで構いませんので「お米」を会場に持ってきてもらえませんか?
そのお米でおにぎりを作って、現場で食べてもらおうと思っています。
今回のテーマは、つながろうや宮崎 です。
ビーチクリーンも大きな意味で言えば、復旧作業です。
みんながつながれば、どんな難関も克服できると思います。
イベントは、今週の土曜日曜と2日間、延岡市の須美江海水浴場一帯にて行ないます。
メインステージはチケットが必要ですが、それ以外は無料で入場できます。
ぜひ、たくさんの方のご来場、そして災害復旧ボランティアへの参加をお願い致します。
昨日は、イベント会場の延岡市須美江海水浴場内で清掃活動をスタッフと一緒に行いました。
大量のワカメや魚が海岸に打ち上げられていて、終わるかどうか心配でしたが、
地元の方達も手伝ってくれてどうにか終了しました。ありがとうございました。


 台風14号通過後の須美江海水浴場は本当に悲惨な状態でした。
例年の台風災害より遥かに悪い状態になってしまいましたが、
自分が見てきた被災地区の事を思うと複雑な気持ちになります。
彼らは自分の大切な自宅に大きな被害を受けているのです。

 そして9月11日(日)雨が降る中、朝8時に延岡市内に集合し
須美江海水浴場へと向かいました。
実は昨年の台風後にもビーチの清掃に行ったんですが
打ち上げられた流木やわかめなどの数が、今年は半端なく凄かったです。
はっきりいって、作業前に、この浜におりたった時
「自分達でやると言ってはみたものの・・・」と思いました。
そして、須美江家族旅行村の職員さん達の協力も
いただきながら作業を開始しました。
oreki.JPG  oreki2.JPG

浜の方には流木と大量の海草、そして魚の死骸が打ち上げられ、
携帯電話の画像に写っているのはほんの一部ですが、
海岸のほぼ全域がこの状態でした。
今年ほどの被害はそうあることではないのでしょうが
地元の方や須美江家族旅行村の職員の方達は毎回
台風の度にこのような浜の復旧をされているそうです。
私達が普段目にしている美しい自然というのが、
こういった形で守られているという事に気づかされた瞬間でもありました。
シーズン中に安心して自然の中で遊べるのも当たり前のことではないのです。

 昼過ぎには、まだ細かい流木や海草類が残っていましたが、
午後5時過ぎ、みんなもかなりへとへとになってきた頃になると
やっと綺麗な砂浜が蘇ってきたかのように思えるまでになりました。
sagyougo.JPG  sagyougo2.JPG

 集めた海草等はゴミ袋に入るだけでもこれだけの量になりました。
このほかに流木などがたくさんありましたが、これらは須美江家族旅行村の
職員さんがトラックなどに積み込み処理してくれました。
最終的には10時間以上かけての清掃活動となりました。
gomi.JPG

そして下の画像は、2日後の13日(火)の須美江海水浴場の風景です。
晴天の効果もあり、今までの黒いく湿った砂から、
さらさらの白い砂が顔をだし、美しい須美江の表情が帰ってきました。
あれほどにごっていた水も綺麗な色にかわり、
これなら、県外の人にも自慢できるものになったような気がします。
とにかく、時間がかかってでもコツコツと作業すれば、いつかは
元の綺麗な風景に戻るという事を実感できました。
091301.JPG  091302.JPG
umi2.JPG  umi1.JPG

今回、本当にたくさんの方のご理解、ご協力で須美江の復旧、そして
イベント開催に至る事ができました。是非、イベント開催の経緯、趣旨等をご理解頂き、
皆様のご協力をお願い致します。jこの須美江の浜のように、
延岡の町並みが元通りになるように、心より祈ると同時に、
上記の文面でも書いてありますが、自分達にできる事を諦めずに実行するのみです。
このイベントの終了後も、私達サウンドビーチ須美江実行委員会は
自分達のできることを探し、被災地復興のお手伝いができればと考えています。
そしてゲストアーティストケアの方の話では、東京や横浜から、
アーティスト達が「延岡どうなってる?」と気にしていたそうです。
そうした、ゲストアーティストのみなさんにも、現地の声を届けたいと思います。

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2005年09月12日

台風14号被害状況〜延岡・桜ヶ丘 [ 災害 ]

☆パワナビ松田

 9月12日、6日の台風14号接近から約1週間がたった・・・。
もう過去のものになりつつあるのだろうか?
いやたった1週間である・・・被災地では、まだまだ問題が山済みだ。
少し前に、パワナビ☆オオタヒサヤの叔父・叔母夫婦が
被災した宮崎市の現場”小松”
に取材に行ったが、
そこには現場に行かなければ絶対に知りえない光景が広がっていた・・・。
延岡市も小松同様に被災からの復旧に時間を費やす地区がある。
岡富、古川、細見、小川、そして私の叔父・叔母が住んでいる
延岡市の桜ヶ丘地区も大きな範囲で床上浸水の被害にあっている。
6日の深夜、台風の通過をまって、炊き出した白飯をかかえ
私の自宅である行縢から桜ヶ丘に向かった時の事を思い出してみる・・・。

あれから約1週間がたった。被災にあった人、被災を免れた人・・・。
それぞれに時間の経過は違うのだろう・・・。
「もう1週間もたってしまったんだな〜」そんな風に思えればいい、
しかし被災地区の住民は、今だに不自由な生活が続いているのが現状だ。
「あと何日が過ぎれば元の生活に戻れるのだろう」・・・。
指折り数えるのも馬鹿らしくなるほどやるせない毎日をおくっている。
精神的にも肉体的にもかなりまいっているのは確かだ・・・。
下の画像は、私の叔父・叔母の自宅だが、1週間が過ぎてもこの状態、
2人はたった2畳のスペースで睡眠・休息をとっている。
右の画像にある右奥に見える2畳分だけが睡眠をとれるスペースである。
さらに昼間は復旧作業で通常より体力を使っているのだから
普通に考えても、これでは休まるどころかストレスがたまる一方だ・・・。
2畳分の生活スペース以外は左の画像のように床板を全てはずし、
綺麗に洗浄してから天日で乾燥させている。
これは何処の家庭でも同じだ。町内には乾燥中の床板がズラッと並ぶ。
sakuragaoka01.JPG sakuragaoka02.JPG

 「とにかく洗濯ものが多いのよ・・・」
開口一番、叔母はつぶやいた。何せ洗濯物を干すスペースがなく
車で20分かけて行縢にある私の自宅まで洗濯物をもってやってくるのである。
コレだけの洗濯もの・・・私は直ぐに宮崎市で直面している水問題から”節水”の
2文字を思い浮かべてしまった。不思議なもので、コレだけ節水、節水と
言っていれば、頭に”節水”がこびりつき片時も離れない・・・・・。
しつこくても”節水”を呼びかける事は必要だと、ふと感じた。
たまたまだが水に関して言えば延岡市は恵まれてはいるが、
ここでも通常より多くの水が使用されているのは確かである。
小松地区でも、町に溢れた泥を洗い流す作業をしている光景を見かけたが
復興には多くの水、それも飲料水ではない”水”が大量に必要である事をしらされた・・・。
宮崎市の方達が、生活用水がなくて困っている意味がよくわかる。
この生活用水がなければ、それがたとえ人間であれ物であれ、
やっとの思いで、泥の中から引きずり出せても、次のステップへ進めないのである。
復興にはどうしても生活用水、とにかく大量の水が必要なのだ。
だから今は贅沢な水の使い方をしてはいけない。
たとえ水が止め処もなく出てくる地区にいても、むやみに使う事はできない。
被災からの復興を1日でも早くするために”節水”の努力は必要なのだ。
水が出ているか、出ていないかで復興の速度が大幅に変わってくる。
だから今はとにかく”節水”と叫ぶしかない・・・。
「節水っていってもうちらは関係ない地域だし・・・」
今だけはこのように思ってもらいたくはない・・・。
パワナビのトップページにも”節水にご協力お願いします”と大きく出しているが、
効果が有る無いに関わらずとにかく叫びつづける。
また、宮崎市近隣地域からは水の供給が始まっているようだが、
この叔母の「とにかく洗濯ものが多いのよ・・・」という言葉から、
県北などの遠い地域からはせめて「出前洗濯サービス」ぐらいできないだろうか?
こういった地区では洗濯機事態が使い物にならなかったり、
付近のホコリっぽい環境から乾燥ができないなどがあるだろう。
また、近くのコインランドリーまで、重たい洗濯物を持って行くことができない
老人や障害者もいるだろう・・・。今しばらく水問題が続くなら、
この大量の洗濯物の問題は当たり前のように出てくるはずだ。
・・・コレについてはちょっと考えて見たいと思うが。
逆に、当たり前のように既に実施している団体があるのだろうか?
できれば教えてもらいたいし、現実的にやっていく上での
具体的な方法などあれば教えていただきたい。
sakuragaoka03.JPG

 さて話を戻して、叔父・叔母との会話でも災害ボランティアの話がでた。
こちらも先週末に小松地区の災害ボランティアの取材をパワナビ☆Kが行い
レポート以外にも様々な話を聞き「この時期の被災者に喜ばれるもの」
という事で、情報を元に本日、叔父と叔母には、
業務用の厚手の90リットルゴミ袋、乾燥剤セット、タオルセットなどを持っていったが、
これらが非常に喜ばれた。どうも薄手のゴミ袋は直ぐに破けて使い物にならず、
何だかんだとタオルは重宝するらしい・・・さらに、洋服ダンスが水没し、
家屋自体にまだまだ湿気があるため、せっかく乾かした衣類がまた駄目になる。
そこで乾燥剤があると厚手のビニール袋に丸めて衣類を詰め込み、
ガムテープなどでしっかりと防水対策をし、中に乾燥剤を入れておけば
しばらくの間は衣類や布団類の保管ができる。
下の画像は、水没したタンスの底を全てはずし、乾燥させているところだ。
sakuragaoka04.JPG

 思えば叔父・叔母とゆっくり話ができたのは、台風通過後初めてだった。
台風接近当日はお互いに余裕すらなく、台風通過後の深夜に
「ご飯がないのでは」と叔母に連絡を取ったところ、案の定だった。
行縢から車を走らせ停電で街中真っ暗な桜ヶ丘へ向かったが、
出てきたのは疲れはてた顔をした従兄弟だった・・・。
叔父・叔母は肉体的・精神的な疲れと停電、空腹でぐったりしていたようだ・・・。
この日は従兄弟に白飯を渡すのが精一杯だった。
台風接近当日は私も家で家族と過ごしたり、時折、近隣の状況を
見て回ったりしたが、途中、叔父・叔母の自宅の直ぐそばに住む
叔母の兄(私からすればまた別の叔父だが)から連絡があったのを覚えている。
電話の向こうから聞こえる大声!
「あいつらは避難できたじゃろうか・・・今うちは2階に避難しよる・・・
ああ・・・商業の体育館なんて行けるもんかい・・・もう年じゃ。
いきなり膝の上まで水がきよる・・・歩いていけるわけがないじゃろ。
いくらなんでも2階までは上がるもんか!わしらは大丈夫。
でもあいつらは平屋じゃし、心配じゃね・・・。」
結局こちらの叔父達の自宅も床上浸水たわけだが、上の会話からもわかるように
高齢者にとっては、若者が何とかたどりつける距離でも無理だ。
結局、叔父・叔母は水が上がるのが早かったらしく、
避難するので精一杯・・・自宅をどうこうしている暇などなかったようだ、
とりあえず体一つで飛び出し、近所の2階立ての家に避難したらしい。
最終的には、70〜80cmぐらいまで水が上がったという。
ある程度状況が落ちついてから、少し高台にある従兄弟(息子)
の家に行ったが、この地区全体が長い停電に陥っていた。

 この桜ヶ丘は全体的に土地が低く、近くには祝子川をはじめ、
祝子ヶ内川、蛇谷川などが流れる事から、浸水の経験は何度となくある。
しかし、今回のような大規模な浸水には少々戸惑っている様子だった。
それにしても、その後の長い停電にはさすがにまいったと言っていた。
いくらなんでも1日半という長い停電はなかったという。
その間、作業状況の情報などもまったくといっていいほど連絡が入らず、
そのためTVを見ることができない、ラジオをつけても
「只今復旧作業中です」といったメッセージが時折流れるだけだ。
住民達はみんな、かなりヤキモキしていただろう。
「電気そのものが流れていなくても、どういう原因で電気がこないのか等を
車で巡回し説明するとか、地区の代表者に連絡する等があってもいいのでは?」
こんな話を方々で聞いた。災害中はどんな小さな情報でもほしいものだ。
結局、24時間以上たっても説明がなかったらしいが、理由はわからない。

 あれから?1週間が立つが、桜ヶ丘はまだまだ1週間前と変わらない。
ばかりか被災者の疲労はピークを過ぎている・・・ストレスも相当なものだ。
こちらから見ていてもそれとわかるのだから、本人達はかなりのものだろう。
今日もずぶぬれの畳山と格闘している姿を見かけた・・・こうした畳を運ぶのも
かなりの重労働である。延岡でのボランティア活動募集も昨日11日の日曜日で
一旦打ち切りになったが、ある方面からの呼びかけにより、
再募集が開始された。
力仕事もまだまだたくさん有るのが現状だ。
これからもまだ一時は、災害ゴミとの格闘が続く・・・。
sakuragaoka05.JPG sakuragaoka06.JPG

延岡市でも確実に高齢化が進んでいるのは事実だ。
今回、延岡市だけでなく、他地域でも避難できないでいたお年寄りが多かった。
耳が遠くて避難勧告がわからない、少しの水でも歩行が困難になる・・・。
普通の事が普通でなくなる災害時は、一般の若者の動きも何パーセントかダウンする。
明日はわが身、今回の被災を経験に、今後どのような対策がうてるのか?
その前に、今、目の前にある現状を、たとえ被災していなかったとしても
もっとよく見る事が大切かもしれない。よく見ていると、
次第に自分にもできる事が見えてくる・・・。

 さて、最後に本日、ブログの書き込み欄に、中越地震のボランティアに参加した方より
「最もお伝えしたい事」として書き込みがあったのでご紹介する。
この中にもきっと、今から直ぐにでもできる事があるはずである。

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〜名古屋の日向もんさんより

謹啓
 初めて、メールさせて頂きます。私は宮崎出身の男性、40代です。
遠方(名古屋市)に住んでいますと、故郷 宮崎の情報が初期的・断片的で歯痒い思いです。
今般の台風14号災害に見舞われた皆々様に、心よりお悔やみ申し上げます。
 さて 私は、幸い(?)にも昨年10月23日の「中越地震」の
復興ボランティアに参加させて頂きました。震源地(震度7強)の新潟県川口町
ボランティアセンター(全国から自発的に、勝手に?集まった個人集団の中心基地)
の立ち上げから、そのセンターを社会福祉協議会へ、バトンタッチするまでの
「お手伝い」の為に、延べ1か月間 現地に滞在しました。
(川口「町」といっても人口 僅か5,600余名の田舎村。有名になった「山古志村」の隣です。)
 沢山の貴重な経験をさせて頂きましたが、その1か月間を語るには、数時間を要しますので割愛します。そこで…

「最もお伝えしたい事」 

1:実際の被災地の惨状は、新聞・テレビ報道の5倍!、10倍!!であること。
又、新潟の場合余震が続き、自分自身の身の危険を五官で感じることが度々あった。

2:民間ボランティアは、純粋な「何か、お手伝いをさせて下さい。」の気持ちで
全国から勝手に?来ているので、宮崎の被災者の皆様にも、
『どうぞ、ボランティアに甘えて下さい。』と申し上げたい。
※注…新潟には、悲しいかなボラを装った火事場泥棒が一部、徘徊したようです。

3:今般の台風災害についても 自治体は、近隣地区からのボランティアのみを
求め勝ちであるが、「お手伝いをしたい人」は、手弁当(テントや自家用車を含む)
で行くのであり、遠方からのボラお断り的な報道・通知は、行うべきでない。
余計なお役人の気配りである。本当に困っているのは、被災者の皆様であり、
あなた方お役人さんでは無い!
(新潟での経験上、『非常時に役人は、何の役にも立たない!』…を実感しました。)

4:罹災現場には、多くの無償労働者へのニーズ(声なき声)がある。
例えば…。
>医療関係者
>老人、子供の精神的ケアの経験者
>マッサージ、鍼灸師
>理容、美容師
>建築、電気、水道技術者
又、ご参考までに
 日本道路公団は、災害ボラに対し「無料高速通行証明書」を発行してくれる。
現に、私は名古屋IC〜川口IC間の5往復、約10万円を無料で走行しました。

 ところで、中越地震のボラ活動には、偶々 行くことが出来ましたが、
諸々の事情で、今般の故郷宮崎の災害復興ボラには、誠に申し訳ないのですが、
赴くことが出来ません。一日も早いご復興を、心よりお祈り申し上げます。
又、貴グループが益々、『美しき日向の復興』に ご貢献されますように…。

敬具
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投稿者 blogpawanavi : 20:24 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月11日

台風14号被害状況〜宮崎市小松ボランティアレポ [ 災害 ]

パワナビ☆Kの状況レポートの前にP☆ヒデより。

今日(10日)はP☆ヒデとP☆Kの両名で宮崎市内へ向かいました・・・。
「小松地区の現状が予想以上に悪い」という、
毎日現場で復旧活動をしているパワナビ☆オオタヒサヤからの話しもあり
この日は小松レポートと市内打ち合わせの二手に分かれ、
P☆ヒデは打ち合わせへ、小松地区へはP☆Kが行くことになりました。
極力無駄な駐車はしたくないので、P☆Kを小松でおろし、
また別の取材先に向かう途中、先日見た(個人的には2回目)
道路沿いに出された家財道具などが再び目に飛び込んできました。
よく見ると先日の物とは違うもの・・・。
災害ゴミ運搬用トラックなども多く見られ、搬出が続いているにもかかわらず
まったくといっていいほど追いついていない状態なのです。
今日も現場で作業中のパワナビ☆オオタヒサヤの親戚宅がある路地などでは
積み上げられたゴミなどで軽自動車がギリギリ通る程の道幅でした。
宮崎市災害ボランティア本部でも”人手が不足”との事でした。
そして、小松地区を離れ、高千穂通を宮崎駅前に進み、信号待ちをしていると
ガソリンスタンドにある張り紙が目に入りました。
「節水の為、しばらくの間、洗車をお断りしています」
もし、目に入ってきたのがフル稼働している洗車機だったら・・・。
本当にホッとした瞬間でした。

それでは、ボランティアの方々からのお知らせもありますので
ここからはP☆Kにバトンタッチいたします。

パワナビ☆Kです。
台風14号が、宮崎県内に甚大な被害をもたらしてから今日で4日目。
各市町村では、復興に向けた動きが着々と進んでいる一方で、
断水の実施や交通網の整備等克服しなければならない問題が
まだまだ山のようにあると感じます。
自分も、延岡市役所や社会福祉協議会等に問い合わせ、
「今自分達に、復興に向けた動きとして何ができるのか?」
ということを考えながら行動しています。
今日は宮崎市小松地区の取材を自分がする事となり、
何に着目したレポートにするかを宮崎までの道中ずっと考えました。
今回、たまたま自宅が災害にあわなかった自分は、
被災者の方々を支援していく立場にあると思い、
今日のレポートは宮崎市の災害ボランティアの方々の生の声を聞かせて頂く事にしました。

松田編集長やP☆ヒデ、オオタヒサヤさん等から
小松地区の被災状況は聞いてはいたのですが、

実際にこの目で見たのは始めてでした。道路脇に固められた、
泥水により使い物にならなくなった家具や電化製品の数々、
泥によってうっすらと白く見える道路…。
自分の想像をはるかに越えた風景が広がっていました。
現場に到着後、まずこの地区の災害対策本部を訪ねました。
下の写真で拡声器を使い学生達に指示を出しているのは、
応対して下さったボランティアコーディネーターの川越さんです。
ボランティアコーディネーターとは、災害復興の為に集ったボランティアのみなさんに、
仕事を割り振ったり、復興状況を確認しながら指示をだしていく責任者の方です。
gakusei.JPG

■ボランティアコーディネーターの川越さんのお話

P☆K:「まずボランティアのみなさんの大まか動きを教えてください?」

川越さん:「今日は土曜日という事もあって、中高生や大学生、個人の方や団体さんなど、
合せて約1300名のボランティアの方々が駆け付けてくれました。
また、ゴミを搬出するためのトラックも30台程個人の方や企業のほうから貸して頂きました。
今日の動きとしては、学生さん達は主に各家庭をローラー作戦で回って頂き、
重たいものを外に搬出していただいています。
一般の方はそのゴミをトラックに積んで集積地まで運んで頂く事をお願いしています。
今の目標は、各家庭からまだ出てくるであろうこのゴミを、
一刻も早く処理して復旧作業がよりスムーズにできる状況を作る事です。」

P☆K:「いろんな場所から救援物資等が届いてると思うのですが、
救援物資を送る上で最も足りないものはなんですか?」

川越さん:「そうですね、本当にこの地にいろんな救援物資を御提供して頂いている皆さんには
心からお礼を申し上げたいです。神戸や名古屋、新潟からも届いています。
ただ、今日の段階でいえば、絶対的に欲しいのが"ビニール袋"と"ブルーシート"です。
先程も申しました通り、現在の作業は主に各家庭内のゴミ出しです。
ただ今回の場合、普段の生活では考えられない程のゴミが出ています。
普段用意している数のゴミ袋では足りないのが現状なんです…。
そしてゴミ出し後は、部屋の中を消毒する作業が必要になってくるのですがその際、
一度部屋の中をからっぽにするんです。その時に外に必要なものを一度出すのですが、
その下に敷く物がいるんです。それをブルーシートで行なうんです…。
是非、その2点を提供していただければ幸いです。」
unpan.JPG

P☆K:「今回の活動は、一旦19日(月)で終わるとお聞きしたのですが、
支援内容としてはどの辺りまで考えてらっしゃるのですか?」

川越さん:「19日というのはあくまで目安で、もちろんまだかかる場合には日程を伸ばします。
目標は、ゴミ出しの完了。住居内の消毒。そして床ふき等清掃まで行えたら…と考えています。
特に一人暮らしのお年寄りのお宅はそこまで行きたいです。
ただし、あくまで我々の動きはボランティアなんです。支援なんです。
最後まで、ずっと一緒には居てあげられないんです。また、逆にそこまですべきでもない。
被災された方には本当に心から頑張って欲しい。
だからこそ前を向いて歩いていくための"自助努力"が出来る所まで、
我々が共に歩いていくようにしたいんです。」

P☆K:「最後に、これからボランティアに参加される方に何かお伝えしたい事はありますか?」

川越さん:「はい。これから復興ボランティアにご参加される皆さん、
本当に御協力ありがとうございます。皆さんの活動されている姿が、
今回被災された方々の力になり、また励みにもなると思います。
ただ皆さん、決して無理はなさらないで下さい。頑張って頂くのは大変有り難いのですが、
それによってご自分のお身体を壊されては元も子もありません。
怪我等に十分お気を付けた上で、活動して頂くようお願い致します。」
four.JPG

川越さんにはお忙しい中、インタビューをお受け頂き本当にありがとうございました。
その後、今日参加していて、休憩中だった高校生2組と話をする機会がありました。
宮崎農業高校と大宮高校の生徒さん達でした。どちらも今日始めて参加されたとのことでした。
学生達口々に同じような内容をコメントしていたのが印象的でした。

■ボランティアに参加した学生のコメント
「今日ここに来るまでは、テレビの中の出来事だと思ってました。
でも、私達の住んでるとこからあまり離れていない、この場所に来た時、
すべてが現実だという事が分かりました。
明日学校にいって、今日のことをみんなに伝えます。」

「今日ボランティアに参加して、以前のような風景になるには、まだまだ
時間も人も足りないと思いました。時間のゆるす限り、
またここに来てボランティアに参加したいと思っています。
なんか、みんながつながっているような気がしました。
学校のみんなにはそれを伝えたいと思います。」

今日、ここに来るまでは今回の災害は他人事と思っていた学生達が、
被災された方達の家を訪問する中で自分の事として認識し、
皆さんの力になりたいんだという学生達の思いが、物凄く伝わってきました。
なにより、現場を自分の目で確かめることでやっと心から
「誰かにこの事をつたえなければ」となるのだとおもいます。
取材していく中で、いろんな光景を目にしました。
ゴミを荷台に積んで走っているトラックと、作業を行なっている人が「お疲れ様です!」
と声を掛け合っている姿。学生達と一般の方が年齢や立場に関係なく
力を合わせて作業をしている姿・・・。この光景を見ていて感じたのは
今回の災害を他人事と考えるんではなくて、自分の事として考られる・・・。
子供達がたくさんいるという事です。むしろ大人達より子供達の方が多いかもしれません。
子供達が自発的に「自分も何かしたい」と思っている事にとても感動させられると同時に、
自分達大人のあり方についても考えさせられました・・・。
大人達が率先し、復興に向けて本当に自分のできる事をやっているのか・・・?

まだまだ県内には被災された方々が沢山いらっしゃいます。
でも決して、それはテレビの中の出来事ではありません。
今回、被災された方、被災されなかった方、共に協力し歩いていく事で、
きっと以前のようないつもの町の風景が戻ると思います。
お時間のある方や、何かしたいけど、どうしていいのか分からない方は
ぜひ被災現場に足を一歩進めてみて下さい…。


投稿者 blogpawanavi : 03:30 | コメント (0) | トラックバック

2005年09月09日

台風14号被害状況〜のぞみ宅より [ 災害 ]

パワナビ☆のぞみ

只今パワナビ事務所から直接、私自身でレポートを書いています。
私の実家は、延岡市でも被害の大きかった地区のひとつ
南方地区でお寺を営んでおります・・・。
昨年の16号でもお寺の本堂までは水がきませんでした。
本堂自体かなり高く造っているのです。
しかし、今年は信じられないぐらい水嵩が増して、
本堂どころか、2階の床までびしょびしょ・・・。
たまらず、自らレポートを書いてしまいました。
数日前、このブログのコメントにこんな書き込みをしました。

今度の16号(間違い14号ですね)はすごかった!
ホンっとに怖かったよぉ(ノД`。)
パワナビ☆南方軍団の一人である私の実家は、床上浸水しました・・・。
1階が車庫になっていて、自宅が2階にもかかわらず、
その2階まで水が上がってきたのです щ(ll゚д゚llщ) オーマイガーッ!!
本当にこわかった!そして、これからがまた大変(>_<)!
みなさん、大丈夫でしたか?

それからというもの、私は毎日後片付けに追われる毎日・・・。
おかげでようやく人が住めるところまで復旧してきました。
実は台風の当日、私は自宅にいなかったのです・・・。
遠く高崎町で台風をやりすごし、通過を共に実家に戻りました。
そんな台風の最中、私の妹ユッコは、お寺に生まれた娘ならではの
非常な運命と共に、避難も出来ず、画像を撮り続けたのです。
nozomi0909.JPG nozomi02.JPG

〜ここからは妹談(撮影:妹ユッコ)

想像以上に早い増水で、避難勧告が出され、続いてすぐに「避難指示」に変わりました。
しかし、うちは「お寺」なんです!避難よりも、檀家さんやみなさまからお預かりしている
大切なものを守らなければならないのです・・・。
遠くに見えていた川が物凄い勢いで自宅の庭までせまってきました・・・。
そして、あっという間に庭全体を飲み込んだのです。
下の画像(右側)は、本堂の正面を横から撮影したものです。
調度水がどんどん浸入してきたところです。この後、まだまだ増水しました。
さらに下には同じアングルから撮影した、水が引いた後の画像を用意しましたので
上と下でよく見比べてみてください。
kogawa01.JPG kogawa02.JPG

最終的には、全てのお骨などを高いところに避難させ
私達は2階に避難したのですが、2階の床まで水が上がってきました・・・。
お堂の階段は流され、家具や位牌壇も倒れ、ヒドイとしかいいようがありません。
もうどうする事もできずに、ただただ写真をとるしかできませんでした・・・。
本当に怖かったです。われながら、よく撮ったな〜とおもいますが、
万が一の事を考えて、とにかく、何かに残しておこうと思ったのです。
下の画像は恐怖しつつやっとの思いで携帯電話で撮ったものです。
さすがに2階のベランダまで水が来たときはダメかとおもいました・・・。
kogawa01.jpg kogawa02.jpg

そして雨がおさまり、水が引き始める・・・と思ったら、
水の逃げ場がないらしく、ずっとその場に留まっていました。
そのために畳や床はもちろん、その下の内部までも水が入り込んでしまいました。
ようやく水が引いた後は、台風の残骸が残るだけ。
何もやる気が起こらず、しばらくの間は、ぐちゃぐちゃの我が家をみながら
ただたただ、呆然としているだけでした。
kogawa03.JPG kogawa04.JPG
〜ここまでが妹:ユッコ談&撮影

やっと重い腰をあげ、お掃除に取り掛かりました。
電気もつかず、水も出ない。
どうしていいかわからない。
しかし、すぐに近所の方や、ボランティアの方が手伝いに来ていただき、
励まされながら、作業をすすめ、今ようやく家の形を取り戻しつつあります。

先の見通しはまだ立ちませんが、家族全員、近所の方々などと協力し合いながら
がんばって行こうと思います。

被災されたみなさん、つらいと思いますが、がんばりましょう!

パワナビ☆のぞみ&妹でした


投稿者 blogpawanavi : 20:26 | コメント (0) | トラックバック


その他のエントリ

台風14号被害状況〜延岡内 2005年09月07日 15:15


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