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2007年04月16日
3・20 ピース・アクション〜レポート [ 文化 ]
2007年3月 20日・21日。宮崎市の中心地では、世界平和の祈りがこめられた‘‘3・20 ピース・アクション‘‘(同実行委員主催)というイベントが行なわれました。このイベントは今から4年前の2003年3月20日にイラク戦争が開始されたことをきっかけとして、宮崎市の中心地で毎年3月20日に催されているものです。特に今回はイラクに落とされている劣化ウラン弾の被害と、11月には本格稼動するといわれている六ヶ所村核燃料再処理施設の問題に焦点をあて、‘‘世界のすべての場所から被爆による苦しみがなくなりますように‘‘との願いをこめてのイベントとなりました。また3月20日の夜には、宮崎市にあるカリーノ宮崎8階 gaga-8(ガガエイト)にて、イラクでの劣化ウラン弾の被害の状況をまとめたビデオ『劣化ウラン弾の恐怖』(ジャーナリスト豊田直巳)上映会があり、核燃料再処理施設誘致に揺れる六ヶ所村を描いたドキュメンタリー映画『六ヶ所村ラプソディー』(鎌仲ひとみ監督)予告編もあわせて上映されました。その後、大平直也さん(NGOイラク救済基金・代表)、中村隆市さん(スロービジネススクール校長)、てんつくマン(NGO MAKE THE HEVEN代表)の講演会が開かれました。大平さんはイラク戦争について、中村さんとてんつくマンさんは「六ヶ所村核燃料再処理施設」についてお話をされました。さらに21日には、若草通りでイラクの写真展が開かれ、ハイカラ通り沿いの‘‘PureHouse‘‘という学童保育施設で、ミュージシャンの大野勇太さんをゲストに迎え、平和への祈りを込めたコンサート(右下)が開かれました。
(レポート:藤木テツロー)
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●実行委員 大平直也さん(NGOイラク救済基金・代表)
〜3・20ピース・アクションについて〜
2003年3月 20日にイラク戦争が始まって、それから一年経った頃、何か宮崎でも平和のための取り組みをしようと思ったのがきっかけで、イラクの平和とイラク戦争を人類史上最後の戦争にしようという願いをこめて、毎年3月20日に‘‘ピース・アクション‘‘という形で取り組んできました。今回、イラク戦争と六ヶ所村核燃料再処理施設という二つの問題をテーマとしたのは、広島・長崎から原子爆弾という兵器で放射能被爆による苦しみが始まり、アフガニスタン・イラクと劣化ウラン弾という兵器によって被爆による苦しみが続いていて、日本でも原子力発電所から排出される放射能により被爆して亡くなった方がいるなど、放射能被爆という共通の苦しみがあり、一般の人たちに知らされない事実があるということが危険で問題だというのは、イラクでも日本でも共通していることだと思ったからです。特に今回の場合は、イラクの核の問題に触れたときに、日本の核の問題にも触れたいという学生の実行委員の強い声があり、その子たちが中心になって、中村隆市さんやてんつくマンを招いて、今年の11月に本格稼動するといわれている六ヶ所村核燃料再処理施設の危険性を考える場にもなりました。
◆大平直也さんプロフィール
本名(児玉直也)
1971年生 宮崎県清武町在住
96年から、諫早湾の干潟やナホトカ号重油すくいなどの環境ボランティアに関わり、97年沖縄県名護市海上基地建設運動に仕事を退職して参加。03年からイラク支援をはじめ、大きな平和を願い、自身の名前を大平直也に。現在、写真展や講演会を通じてイラクのことを伝えている。
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●実行委員 大谷怜美さん
〜イラクについて〜
もともとのイラクの状況っていうのを私達が知らないままに戦場の様子がテレビから流れてきて、爆撃があったとか、自爆テロがあったとか、日本のメディアは伝えているんですけど、私がこの写真(アイスクリームをおじさんが食べている写真)を見たときに、自分と同じようにアイスクリームを食べているおっちゃんがイラクにいて、そういう普通の人たちが爆撃にあったり、劣化ウラン弾の被害に苦しんでいて、このおっちゃんもいつ爆撃にあうかわからない状態でこうやって過ごしているということを考えると、凄く心をうたれました。
イラク戦争が始まって4年が経ちましたけど、テレビではイラクの状況とかはあんまり報道されなくなりましたよね。昨年も‘‘ピース・アクション‘‘は、やったんですけど、劣化ウラン弾で苦しんでいる子供やお母さんがいたり…、そういう部分を伝えていくところが無いから、自分たちのやっている企画というのは重要だと思っています。やっぱり、戦争は終わってないんですよね…。ここにも色んな写真があるんですけど、その一つ一つが日本のメディアが伝えてこなかったことで、実際に現地に行かれたフリーのジャーナリストの方々が撮ってこられた写真を一般の人にこうして見て貰う機会というのが、すごく重要だと思います。私もこういう写真を見るまでは、イラクのことを考えたことが無かったし、イラクのことと言ったら自爆テロとか、過激な人たちがいる危険な国だと思っていたんですけど、イラクの日常の写真をみて、私たちと同じように明るい人たちが平穏に暮らしていることも知れて良かったし、知らないと何も始まらないと思いました。イラクに住む人たちが米軍からの攻撃や、核の恐怖から解放されることを願っています。
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●中村さんと、てんつくマンさん
中村隆市さんと、てんつくマンさんは、2007年6月22日の夏至の日に、地球温暖化の現実、六ヶ所村核燃料再処理施設のこと、世界で起こっていること、そして、未来が希望に変わっていくライフスタイルを伝える号外を日本全国に4900万部(日本の世帯数)配ろうという取り組みをしています。この取り組みには、音楽家の坂本龍一さんを始め、多くの著名人が賛同し、参加されています。
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●中村隆市さん(スロービジネススクール校長)
〜六ヶ所村核燃料再処理施設について〜
簡単に言うと、原子力発電所からでる使用済みの核燃料に含まれている、燃えるウラン、燃えないウラン、プルトニウム、死の灰というものをそれぞれ分離するのが核燃料再処理工場です。その分離する際に工場から放出される放射能があり、この工場から放出される放射能の量を分かりやすい例えで、「原発一基が放出する放射能の一年分を核燃料再処理施設は一日で放出する」といわれています。空に放出される放射能で代表的なものがプリクトンで、チェルノブイリの原発事故に出た量に比べてだいたい10倍くらいの量が放出されます。海に放出される放射能で一番多いのがトリチウムという放射能です。核燃料再処理施設が11月に本格稼動すると二日に一回、600トン放出されます。青森県は海の魚が300ベクレル、お米が90ベクレル汚染されるということを認めています。青森県がこういう事実を分かっていて認めたのも信じがたいし、国が認めているということも信じがたい。そして、こういうことをマスメディアが報道しないんですね。だから、一般の人が知らない。その中で、すでにテスト的に稼動していて、11月には本格稼動をするというとんでもない問題があるということです。
◆中村隆市さんプロフィール
1955年生 福岡県出身
19歳で水俣病と出会い、公害問題、環境問題に関心を持ち始める。環境保護の市民運動に関わりながら、80年から7年間、生活協同組合にて有機農産物の産直運動に取り組む。86年、チェルノブイリ原発事故をきっかけに生協を退職し、有機農産物産直センターを設立。その後、中南米の有機コーヒーやアジアの有機紅茶などをフェアトレードで輸入する(有)有機コーヒーと(株)ウィンドファームを設立。2000年、ブラジルに初めてのオーガニックカフェを開店。ビジネスの展開と並行して、原発事故被害者の医療支援を行う「チェルノブイリ友の会」「非電化・有機工業運動」「ワールドエコロジーネットワーク」などのNGO代表を務める。04年、スロービジネススクールを開校する。
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●てんつくマンさん(NGO MAKE THE HEVEN代表)
〜豪快な号外『Team Go Go 2007』について〜
まず、事実を事実として伝えるっていうことが大事やな〜と思うんです。例えばね、毒が入っている水があるとして、それに対して「それは毒が入ってますよ」とちゃんと言わないといけないと思います。それを言わないで毒を舐め続けながら生きていくっていう生き方もありやな〜とは思うけど、でも僕は、それは‘‘愛‘‘では無いな〜と思うんです。それが毒やと思ったら、「それ、毒、入ってるで〜」って言いたいし…、原子力発電所にしてもエコだと思って作ったんでしょ。でも、エコじゃなかったんでしょ。本来なら、エコじゃなかったら「エコじゃありませんでした御免なさい」って謝らなければいけないと思うの、でも本人らがそれをできないのであれば、違う人が伝えていかないといけないと思います。よく「その人たちの生活が…」って言うけど、その人たちだけのことしか考えていないっていうことは怖いし、俺らは御先祖さんから、ずっ〜と引き継いできた命があって、これから何十年、何百年、何千年っていう未来の子供たちのことを考えんといかんと思うわけ。今の日本を誰が作っているのかっていったら、日本人みんなでつくっているわけでしょ、日本人が変われば、当然、日本が変わるわけでしょ。政治家が何かをしてくれるとか、行政が何かをしてくれるとか、親が何かをしてくれるとか、誰かが何かをしてくれるって思う人よりも、私が何とかしようって思う人が圧倒的に増えたら、すごい大きなことになるの。号外にしても大事なのは一人でも多くの人が、日本や世界や地球でおこっていることをみんなに知ってほしいっていう思いで届けること、一人で出来なかったら仲間に声をかけて一緒にすることで、繋がっていくっていうことが出来ると思うんです。日本には4900万世帯あるから、全世帯に配れるのであれば配りたいな〜と思います。ただ、刷っても配られなければただのゴミになるので、縁のないところには配られない。本当に無力と微力は違うので、僕らは微力かも知れないけど無力では無い。微力でも何でもいいから、自分らがやれることをやれば、本当に世の中が大きく変わっていくだろうな〜と思います。昨年は600万人以上の人が参加したキャンドルナイトを今年も6月22日の夏至の日にします。夜の8時から10時まで電気を消して、ろうそくの灯りの中で号外を見ていただいて、「私に出来ることって何かな〜?」「家族のために何が出来るかな〜?」ってみんなで考えて、その日、1000万人以上の人が心を一つにして未来の子供たちのことを考えるっていうことをやっていったら、すごい意識改革になると思います。「省エネをしないといけない、しないといけない」ではなくて、実際に省エネをする人が圧倒的に増えるな〜と思います。2007年から本当に日本から何かが変わりだすっていうきっかけを作り出すことが出来るな〜って思っています。これは、誰かが言い出したからということではなく、一人の人間として、自分が愛する人のために、自分のために、動いていくっていうことになればいいな〜と思います。
◆てんつくマンさんプロフィール
本名(軌保博光)
1968年生 兵庫県出身
元吉本興業でTEAM 0(相方:山崎邦正)としてダウンタウンの番組で活躍中に、映画制作という夢を見つけ、引退。98年より路上に座り筆と墨を使いインスピレーションで言葉をかき始める路上詩人となる。02年、名前を"てんつくマン"に改名。03年、7年半追い続けた夢である映画「107+1〜天国はつくるもの〜」を製作 自主上映という形でありながら観客動員5万人を突破し今尚ロングラン上映中。06年 小豆島を舞台に次回作の映画「107+1〜天国はつくるもの〜part2 ちょっと天国つくっちゃいました編」の撮影を開始。現在は環境問題や海外支援にも感心を持ち「NGO MAKE THE HEAVEN」をつくり日本国内に留まらず海外まで飛び回る。
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●参考リンク
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NGOイラク救済基金 代表 大平直也
http://www.iraqhelp.jp/index.html
中村隆市公式ホームページ
http://www.windfarm.co.jp/kazenotayori/
てんつくマン公式ホームページ
http://tentsuku.com/home.shtml
(豪快な号外)『Team Go Go 2007』ホームページ
http://www.teamgogo.net/
『境界線の記憶』豊田直巳 Webサイト
http://www.ne.jp/asahi/n/toyoda/
青森県六ヶ所村役場 ホームページ
http://www.rokkasho.jp
六ヶ所村ラプソディー 鎌仲ひとみ監督
http://www.rokkasho-rhapsody.com/
大野勇太SPECIAL SITE
http://pdrec.web.fc2.com/
投稿者 blogpawanavi : 2007年04月16日 13:47
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