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2006年09月17日
台風13号突風に関する現地レポート [ 災害 ]
☆パワナビ木原
9月17日(日)の今日の日記では、延岡市、日向市、日南市などで大きな被害をもたらした台風13号の影響による突風(竜巻とみられる)に関する被害状況の報告を私、木原が被災現場に行き、現地の方達にご協力をいただき、お話を聞きながらレポートしました。
まず、今日の午後3時00分頃、自分が実行委員長を務める"サウンドビーチすみえ"の現場となる延岡市須美江海水浴場へ、会場設営用の資材が飛ばされていないか?確認に、現場へと向かいました。本来なら明日18日に開催を予定していたのですが、台風による影響のため、次の日曜日となる24日に開催を延期をしました。そのため、設営用の様々な資材や道具などを置いてありました。
須美江の海は、うねりを上げてはいましたが、砂浜には昨年の台風14号時ような酷さはなく、海草や死んだ魚などがたくさん打ち上げられているという事はありませんでした。それでも、かなりの突風が時おり海側から吹き上げていました。現場においていたイベント会場設営用資材関係も対策をとっていたので、特に問題ない事を確認し、延岡市内へと戻りました・・・。そして午後3時30分頃、友人より電話が入りました。友人の口調が慌てていたので、直ぐにただ事ではないと察しました。電話の内容は次のようなものでした↓
『船倉町・瀬の口町が竜巻(突風ではなく竜巻と言っていた)で大変な事になってる!』
自分は学生の頃まで瀬の口町で暮らしていて、あの辺りには今も知り合いや友人がたくさん住んでいるのでとても心配になり、急いで現場へ向かいました…。
現場近くでは停電となっていたようで、信号機も電気が付いていない状況。かなりの渋滞を抜けて船倉町に到着後、まず目に入ったのがこの電線に引っかかった屋根。近くの建物の屋根が飛んできたということでした。
お店の中を覗くことはできませんでしたが、お店の屋根は3箇所に飛び散っていて、今にも電線を切って落ちてきそうな状況でした。突風の発生した時間に営業していたカフェの店長に突風が発生した時の話を聞くと↓
『2時20分頃だと思う?あれは明らかに竜巻の形をしていた。それがこっちに向かってきているのが見えた。ヤバイと思ったときには、店のガラスが割れて、通り過ぎていった。駐車場に停めてあったお客さんの車の窓ガラスも割れてるよ。』
そのお店の近くにあるホテルも玄関のサッシがへし折れていて、ガラスも客室や玄関などほぼ全て割れていました。その後周辺を回っていると、1Fの天井が剥ぎ取られているビル(ここも窓ガラスが割れてます)や、看板が倒れオートバーの折れてしまっている駐車場(停めてあった車のガラスはほぼ割れています)や、ドリンクの自動販売機も無残に倒れています。
更に、近くの花屋さんの横の電信柱が傾いています。古くから知り合いのこの花屋さんに話を聞くと↓
『店の横の電柱も傾いてて怖いけど、さっき納品しててちょうど近くの橋の上で、竜巻に遭遇したよ!急に車が横に2回転して・・・本当に死ぬかと思ったよ…。』
その後、幸町・栄町周辺も被害を受けていると聞き、その現場に向かいました。そこにある大型スーパーに到着すると、近くのパチンコ屋さんの屋根は落ち、看板が剥ぎ取られていました。また近くのアーケードは無残にも風で倒れていました。
そして、栄町の路地がかなりひどい状況だと聞き、少し歩いてみました。いきなり目に入ったのは倒れかけた電柱と、その周辺に落ちている風で剥ぎ取られた木材やガラス片…。まるで戦争でもあったのか?と目を疑うほどでした。更に進むと、今にも崩れそうな住宅が…。ここは、自分が幼い頃から存在していた家で、見た瞬間唖然としてしまいました。その奥に目に入ったのは、倒壊してしまった住宅と瓦が飛び去ってしまって、もはや半倒壊といっていいほどの家屋…。近くに住む人に話を聞くと、一瞬でこの状態になったそうです。いかに今回の突風(遭遇した方々は竜巻と表現している)の勢力が強かったかが、想像できます。
その後、紺屋町にあるホテルに向かいました。五ヶ瀬川に向いた1階の窓ガラスは全て割れてしまい、店内にもガラス片が落ちていました。宿泊客の方もいたようで、ホテルスタッフの方も今後の対応にも追われていました。
そしてちょうどこの時、取材で宮崎市にいたパワナビ松田も、このホテルの方や、現場の方と電話で状況を確認し、私に現場の様子を聞きに電話がはいりました。松田の話によると、特に宮崎駅周辺地域では、午前中に強い雨と風、一部雷があった程度で、夕方頃からは少し落ち着いているとの事でした。延岡の現状を聞き、方々に電話連絡をしていたようです。この時、松田が延岡から受けた電話でも、被災者からは「竜巻」という表現がされていたとの事でした。市内のホテルに勤務する方からの電話での内容は次のとおりだったとの事です↓
『そっちは大丈夫!今こっち(紺屋町)に竜巻が来て、ホテルのガラスが全滅したんだよ。今のところ、自分のまわりにどれだけ怪我人がいるかわからないけど、一瞬よ、一瞬!あの勢いだと、竜巻が通ったところは壊滅的だね・・・何処に行ったんだろうか?船倉町の方角から来たから、むこうもすごい事になってるはず。とにかく気をつけてね!』
さらに、たまたま外出をしていた時に竜巻の通過を通りがかりの店舗内でどうにかやり過ごした方の話しによると↓
『紺屋町から幸町にかけて車で移動していたんだけど、グオオオオオという音にビックリして振り返ったら、雨の降る角度が異常でグルングルンまわってたから、コレはただ事じゃないと思い、近くの雑貨屋さんに入れてもらった。ちょっとしたら、店自体がガタガタいいだして、一瞬停電・・・・・その後、自宅が心配で、紺屋町方面に移動したんだけど、まるで戦争でもあったかのような風景に変わっていて唖然とした・・・・・。だってさっき通ってきた時は、いつも通りの道だったんだから・・・。後で竜巻だと知って、竜巻の威力の凄まじさに驚いたよ。』
その後、現場を歩き回っていると↓
『突風の影響でJR日豊線が脱線した!』
との情報を聞き、現場へ向かいました。5両編成となっていた電車の前から2両目までが脱線していました。この近くに住む友人に話を聞くと↓
『風の音が一瞬凄かったんだけど、まさか電車が倒れていたとは…。その風の音と同時に、自分の家の玄関先がパリンと言って、瓦やガラスが部屋の中に飛んできた。』
とのことでした。JRの職員の方も現場に多数いらっしゃいましたが、話を聞くと↓
『まだ突風の吹き荒れている状況なので復旧しようにもできない』
と悔しそうな、困ったような表情で話をされていました。
■被災地区付近の方のブログより
竜巻が通りぬけた緑ヶ丘の方のブログ内に、その日の模様が克明に記されています。また、ブログの管理人さんは今回亡くなられた三人の方のうちの、お一人とお友達だったようで、その悲痛な叫びが文章からも伝わってきます。特に
「大事な仲間を失った大きさは計り知れない。心の傷は復旧できない。私達は風が吹くたび、台風が来るたび、彼を思い出すことだろう。」
という部分はまともに読む事ができません。亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
(ブログ管理者了解済↓)
http://sdoc.seesaa.net/article/23977103.html
さらに浜町の友人から↓
『浜町や別府町のほうも大変なことになってる』
と聞いたので、脱線の現場からそのまま国道10号線、浜町方面に向かいました。10号線の海側はほぼ停電している状況で、少し車で南に進んでみると、店舗が道路側に倒壊していました。店内にあった様々なものが散乱していました。また、向かい側の看板も、今にも倒れそうになっていました。
今回の被害状況をこの目で見て思ったのは、被災にあった場所が一つの線となって繋がっている事です。被害のひどいビルの横の建物が無事だったりしていて、表現的には「突風」が吹いたというより、むしろ現場の方達からのお話のように「竜巻が通り過ぎていった」ような感じです。それにしても、現場は大変な被害状況でした。本当に、戦争の現場と見間違えるほどに散乱した、瓦礫や瓦やガラスの破片で足の踏み場もないほどでした。親戚の経営するお店も被害に合っていて掃除の手伝いもしましたが、その時↓
『今日は孫の誕生日だったんだけど、それどころじゃなくなったよ。』
と疲れ果てた表情で話していたおじさんの顔が今でも離れません。昨年9月の台風14号のときにも感じましたが、本当に自然の力はすさまじいものがあります。そんな人間の力では太刀打ちできない猛威の後ですが、一刻も早い災害現場の復興に、少しでも多くの方々との協力で、力になれればと感じました。
今回の災害で被害にあわれた方々にお見舞いを申し上げると共に、現場の復旧作業が1日も早くできることをお祈りいたします。私にはこのようなレポートを書くことしか出来ませんが、被災をされなかった方にも、出来る限り被災現場の状況を知っていただきたく掲載しています。
よろしければ下記のコメント欄なども、家族やご親戚の連絡ツールとしてご利用いただけたらと思っております。
投稿者 blogpawanavi : 2006年09月17日 23:59
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