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2005年09月09日
台風14号被害状況〜宮崎市小松の現状 [ 災害 ]
☆パワナビ松田
「この地域の住民は一瞬にして全てを失ったんです・・・。
泣こうが笑おうが、またゼロから出発するしかないんです。
今頑張れるのは地元のみなさんが、頑張ろう、続けよう、
と声をかけあっているからなんです。」
・・・・・小松地区、洋菓子屋オーナー
「私はもう年老いています・・・しかし、またいつか同じような事が
起る可能性が考えられます。この経験を踏まえて今後、行政を含め、
本当の災害対策ができるのなら、今頑張っているかいもあるのですが・・・。」
・・・・・小松地区、80代男性
9月8日(木)そんな現場の声が本当に胸にしみた・・・。
昨日は昼から夜まで、宮崎市内では最も被害が大きかった小松町に行って、
現場で復旧活動をしている方々に直接現場の生の声を聞いてみた。
この小松という地区は、宮崎市内を流れる一級河川”大淀川”の西側に位置し、
その大淀川に直角に交わるように流れている支流”大谷川”が南端となる。
大淀川の西と東を結ぶ大きな橋が”平和台大橋”で東側は霧島町、祇園町となる。
小松の最南の大谷川に架かる小さな橋を”下小松橋”といい、この橋を越えると
この地区の非難場所”小松台小学校”がある小松台東・西・北、桜ヶ丘
といった地区になる。下の画像は大淀川に架かる”平和台大橋”からの画像。
坂の一番下付近”小松交差点”は泥が乾いて真っ白になっている。
左は”平和台大橋”から見た大淀川。画面右側が小松地区となる。
上記で上げた2つの川を挟みこの一帯で”小松”という地区だけが
完全に壊滅状態に陥ってしまった・・・。
まるで、毎日テレビで放送されているアメリカをおそった大型ハリケーン
”カトリーナ”の被災地の映像の再現VTRを生でみせられているような
なんとも心苦しい錯覚に陥ってしまう・・・。
しかし、それとはまったく違う事に直ぐに気づく・・・
”平和台大橋””下小松橋”の向こう側はまるで違う風景が広がっているのだ。
小松とその他の周辺地区との差はまさに天国と地獄だった。
小松には”潤和会記念病院”もあり、只今機能が麻痺している・・・・・。
復旧作業に加え入院患者の食料確保や、重症患者の他病院への搬送など、
半端ないいそがしさだ。ボランティアの方の姿も多い。
このような惨事となっている原因を地元の人々はそれぞれに上げる。
肝心な排水ポンプの水没停止や行政の不親切な避難勧告、
堤防の設計と防災対策の甘さ、など様々な要因があるようだ。
原因に関して調べ上げたわけではないので、
実際のところは私にはわからなかった。
しかし、この目の前にあるのは全て現実である・・・。
こういったポンプの問題など、莫大な税金を使って造ったはずの設備が
まったく使い物にならなかったとは、はっきり言って言葉にならない・・・。
同じような事が延岡市の218号線古川町付近でもあり、
この地区も壊滅的な打撃をうけている。住民は「近年造られたあの設備はどうした」
とやり場のない怒りを訴えかけている。
このレポートに行く8日の朝、パワナビの「日々輝コーナー」を主に担当している、
パワナビスタッフ、オオタヒサヤから電話と同時に災害情報掲示板に書き込みがあった。
内容はこうである↓
〜ここからオオタヒサヤの書き込み
宮崎市 小松(スパーレ21健康ランドがある場所/平和台大橋付近)も
台風の影響で床上浸水した家屋が多数あります。
その地区の方々は現在、小松台小学校の体育館へ非難されているそうです。
私の親戚も(叔父と叔母の二人暮し。もう若くはありません。)
台風の影響で床上浸水して、家の中がすべてメチャクチャになってしまいました。
昨日7日夕方の時点で皆さん必死に家の中の物を外に出す作業をされており、
これから迅速に室内の片付け、清掃、そして屋外へ出した荷物の洗浄、
消毒なんかをやらなくてはなりません。早くその作業を済ませないと、
これからまた何時雨が降るか、そして地区全体の衛生面が心配です。
被災された方々には老人だけで暮らされている世帯もあります。
宮崎県の沢山の被害にあわれた方々は少しでも早くその作業を
終わらせてしまいたいと考えているはずですので、
被災地区近隣に住んでいらっしゃる方々で、手の空いた方、
時間のとれる方々がいらっしぃましたら、現場に行き、被災された住人の方々に
「何かお手伝いできる事はありませんか?」と声をかけてあげてください。
どうぞよろしくお願いいたします。
※ちなみに小松は様々な方々が車でやってきていていますので、
実際これ以上車の数が増えると、消毒車や広報車、清掃車などの
重要な車の移動を困難にする恐れがあります。なるべく、
徒歩、自転車、バイクなどで来られてください。
※小松の人達だけを助けよう!という気持ちでこの書き込みをしたわけでは無い事を
御了承下さい。沢山の被災された地区の近所に住んでいらっしゃる方々、
近所の方々の力が今、必要だと思って、この書き込みをさせてもらいました。
どうか宜しくお願いいたします。
〜ここまでがオオタヒサヤの書き込み
というもの・・・もともと彼はカメラマンであることから、
前日7日の朝には「親戚を手伝いながら現状をレポートしてきます」といって連絡をくれた。
この時点で彼はまだ現場の情報を入手しつつも現場に入っていない・・・。
しかし、7日まる1日小松の現場で泥だらけになり手伝いをし、
8日の朝この書き込みをしたあと、現場に向かう前にまた連絡がはいり、
「すいません松田さん、レポートとかいいましたが、
あの現場でオレは写真なんかとれません・・・。
自分の親戚も頑張っていますが、誰もがみんな必至です・・・。
そんな中でも子供達が遊んでいる姿とかを見ると、
本当にホッとできるんです。
こんな状態でも心の底から笑っている子供達の笑顔、
そんな瞬間に出会うと綺麗だな・・・撮りたいと思ったりしてしまいます。
はっきりいって理不尽です。だからカメラは持っていきません。」
「わかった、わかった、とりあえずオレもそっちにいくから
とにかくはやく現場に行って!どうするかは行ってから決めればいいから」
「でも、今回は僕や親戚の画像はNGにしてください。そういうのじゃないから・・・。」
「それもわかった・・・とにかく今日はcobaさんの取材、ラジオもあるから
どの道宮崎にはいくんだ、甲斐・木原・照屋と手分けしてそれぞれの現場に行くから
おれは小松に行くよ!それじゃ・・・」
とそんなやりとりをし、宮崎市の小松に向かった・・・。
現場に着いてまず驚いたのが、その凄まじいゴミの山と、それらが発する臭いだ。
さらに、急激に気温が上昇し、泥がホコリをなって舞い上がり、
この地区一帯が真っ白く煙っている。所々まだ泥がぐちゃぐちゃのまま残っており
下記の画像のように直ぐに足も埋まってしまう・・・そしてこの泥自体が純粋な泥ではなく
油や科学製品といった様々な物質が混ざっているのだろう?異常にベタついており
異様なギラツキをおびている・・・こんな泥がホコリとなって舞っているのだから
体に良い訳がない・・・。オオタヒサヤも2次災害どころか、これらが発するものからの
3次災害を非常に心配しており「一刻もはやく消毒できる体勢にもっていかなければ
、気力、体力共に低下している市民に肉体は直ぐに犯されてしまうだろう」と言っている。
まずは、現地で泥だらけで作業していたオオタヒサヤ談をおとどけする。
「僕は今日で2日目の作業となりますが、まずはお願いから
とにかく近隣からの人は車ではなく自転車とかで来てください・・・
作業車両の出入りの邪魔になる事が頻繁に起こっています。
今回の浸水の状況を叔父に聞いたのですが、叔父は避難勧告の段階で
小松台小学校に避難したそうです。それも、特に深い意味があったわけではなく、
毎年川が氾濫する事はないから、とりあえず大げさなものは何も持たず
軽い気持ちで避難したそうです。するとアッという間に浸水し、なにも出来なかったそうです。
あれほどの人が取り残されてるとは実際におもわなかったそうです。
とにかく民間ボランティアの方の対応がはやく、救出でも貢献していたそうです。
避難所では食事は初日がカンパンとオニギリ、よく日はお弁当が配られたそうです。
水がひいてからは、親戚と一緒になって、使えるもの、捨てるものを分けて
綺麗に泥を洗いながします・・・。全て泥の中に埋まっています。こんなに
悲惨な光景に直面した事は今までに一度もありません・・・。
叔父達が長年かけて集めた思い出が全て泥と化しているのです・・・。
僕もはじめはレポートする気で松田さんに連絡をいれたのですが、
今、オレが出来る事・・・ってまじめに考えたら、体を動かす事だけなので
カメラの事なんかはいっさいわすれて作業する事にしました。
レポートぶっちぎってすいません。」
そして、オオタヒサヤと別れて、変わりに私がレポートする事にした。
まず地元の方に話しを聞いたところ「とにかく、この先の”下小松橋”の向こう側を見てきなよ」
といわれ、行ってみた。驚くのが”大淀川”にほぼ垂直にぶつかる支流”大谷川”に架かる
小さな橋”下小松橋”から南側の地区の被害の少なさである。小松地区と比べると
橋一つで正に天国と地獄なのである・・・。この橋(坂の頂上付近)から小松交差点方面を
見ると、真っ白なホコリが舞い上がり、信じられないような光景が広がっている。
”下小松橋”は”大淀川”の西側を平行して走る国道17号線上にある。
この橋は小松から見ると坂の上にあたる。国道17号線”下小松橋”を越えた部分から南側を
大塚東通りといいそのまま数百メートル進むと国道10号線にぶつかる。
北側は小松橋通りといい、そのまま数百メートル北上すると突き当たりに
コンビニエンスストア、セブンイレブンがありT字路”小松交差点”となる。
ここを東側に右折すると一級河川”大淀川”にかかる”平和台大橋”となり、
対岸は霧島町や祇園町となる。こちらの地区も小松地区とは天と地ほど差がある。
どちらの橋からみても、この小松という地区は坂の下なのである。
逆に西側に左折すると遥かに田園風景が広がる。
水田の多さから水が出やすいといえる。こうした水に囲まれた地形に位置するのが
小松であり、一番水がたまりやすそうなところに住宅地が密集している。
しかし、これほど対岸と被害状況に差があれば、地元住民がいう様々な問題が
地形だけの問題ではないというのもうなずける・・・それほど、この地区だけが
壊滅的な被害を受けているのだ。
下の画像は、1階がガレージになっているお宅の玄関、高さ的には1階半分ぐらいあるが
水が上がってきたであろう部分が汚れている・・・かなりの高さまでのぼった事になる。
下の老人(足だけだが)は80代。逃げる時に足に怪我を負ったと言っていた。
なんでも民間のボランティアに助けられたそうだ。
この老人は、避難勧告などはわからなかったという・・・。
「だって考えてもみなよ・・・耳もよくない老人が、あの雨と風の中
雨戸を閉め切って家の中にいるんだよ、川なんか見にいけるわけも
ないじゃないか・・・水が出てからはあっいう間だよ・・・5分で10cm
上がってくるのに、老人の足では避難もできないよ。しまいには
首まで水が上がってきて、1階の天井まで水がきたよ。
かろうじて私のアトリエのみがガレージの上にあったから
そこに避難していたところ、民間ボランティアの方がボートで駆けつけて
くれたんだよ。この傷は脱出するときに出来たもの。
私はもう年老いてるが・・・しかし、またいつか同じような事が
起る可能性が考えられる。この経験を踏まえて今後、行政を含め、
本当の災害対策ができるのなら、今頑張っているかいもあるが・・・。
体の不自由な人間もたくさんいる事を考えてほしい・・・。」
そう言いつつ老人は足の傷を見せてくれた。
最後のコメントは、被災しているにも関わらず冷静である。
しかし、このような現場で言われるこの一言はかなり重い・・・。
いや重たすぎる・・・決して忘れてはならず。県民は楽しい時でも
決して忘れてはならないという事を強く感じた。それにしても
屋根まで水が迫っている中、下の画像の小さなアトリエの窓から逃げるとは
さぞかし大変だったことだろう・・・両足の傷が脱出の凄まじさを物語っている。
老人の自宅前にはたくさんの家具や小物が詰まれていた。
ほんの昨日までは、この家に何年もの間、飾られていたり、使われていたりしたものだ。
こちらは洋菓子屋さんのご主人、当日は店舗に近づけず、
水がひいてから、変わり果てた自分の店を見たという・・・。
「この地域の住民は一瞬にして全てを失ったんです・・・。
泣こうが笑おうが、またゼロから出発するしかないんです。
自分も必至の思いでオープンした店舗がこのような姿になり
正直いってやる気を失いました、でも地元のみなさんが、
絶対にやめないでね!頑張ってね!と声をかけてくれるから
なんとか踏ん張る事ができています。自分はこの道でしか食っていけない!
だから、今はやるしかないと思っています。今思えば、以前、
神戸の震災を受けたお菓子屋さんの講習を受けた時の言葉が
よみがえってきます。彼もその当時は、ただ、やるしかなかったと
言っていました。そしてなにより、迅速に対応した民間のボランティア
の動きは凄かったですね!ジェットスキークラブ?の方達が
凄い勢いでジェットスキーを飛ばし、救出していくんです。
あの姿は素晴らしかったです。逆にどうにかしてほしいのが、
こんな時にやってくる選挙カー!そんな事してる暇があったら、
こっちに来て、一緒に泥だらけになって手伝ってくれ!といいたい
そうすれば1票どころか何票でもはいるだろう・・・。
この現状を見ながら手を振る立候補者は人の心がわからない人間だ。
とにかくそんな人間の事はほっといて
またこれから少しずつ取り戻していきますよ・・・。」
と復旧作業に戻っていった・・・。
今回、この選挙カー問題をかなり多くの、いやほとんどの被災者から苦情を聞かせれる
、私自身も何度となく、車から「被災者のみなさん復旧頑張ってください」的な言葉
を車中から投げかける選挙カーを、延岡でも宮崎でも目撃した。
これから市や県を代表し、街づくりをしていこう!という人間のする行為ではないとは
私も感じた・・・。「今回は大変な選挙となっております」そういう人もいる。
立候補者か後援者かわからないが「こんな時でも自分かよ!」
これは私の素直な感想だ・・・このような人達が担う宮崎に誰が希望をもてようか・・・。
もちろん今までに、選挙運営にかけた莫大な経費もあるだろう・・・・・。
個別訪問云々という事情から、下車できないかもしれない。
しかし、この現場ではそんな事は通用しない事ぐらいわかりそうなもんだ。
あきれたというより、心から悲しくなったのは確かだ・・・だれに1票を投じればいいのだろう?
下の画像は国道17号線、小松橋通り沿いにある”潤和会記念病院”の一角に設けられた
”災害ボランティアセンター”である。仮設の本部の後ろに山積みされた、残骸が痛々しい・・・。
○災害ボランティア本部TEL0985(22)0261
○県ボランティア協会TEL0985(29)2949
夜になった・・・どうやら電気は来ているようだ。しかし、まだもう少しだけ日がある。
誰もが時間を惜しむように作業を続ける・・・。いや、作業を続けていないと精神的に
まいってしまうのではないか?とも思われる。自分なら、現実から逃れるために
懸命に体を動かすかもしれない・・・。唯一開店しているであろうラーメン屋に
子供達が集まっている・・・ふと、自分も空腹を感じたが、目の前にある
悲惨な状態のコンビニエンスストアをみて、その気がうせた・・・・・。
気がついたら足が泥でグチャグチャだ・・・口が裂けても
「足を洗いたいから水を分けてください」なんていえない。
しかし、この後、打ち合わせがあるこのまま行くわけにはいかない・・・・。
小松での取材を終えて、近隣のスーパーに行っては見るが水が売り切れてる・・・。
そういえば宮崎市は全体的断水している地域が多いのだ・・・・・・。
意識的に小松からかなり遠くに離れた、ある店舗のトイレで足を洗おうとした・・・。
しかし水道の蛇口をひねる勇気がなかった・・・先ほども、ラジオで
切実に節水を訴えている主婦がいた・・・子供のミルクは・・・自分にも子供がいる。
どう考えても出来ない・・・しかしこのまま行くわけにはいかない・・・。
考えた挙句、大きなお茶のペットボトルを買って、それで洗った・・・・・。
今まで、足を洗うことでこれほど悩んだことはなかっただろう。
なかなか落ちにくい、しつこい泥だった・・・。
これから何年もかけて、失ったものを取り戻していかなければならない
彼らに「ガンバレ」はあまりに無責任な言葉だが、他に適当な言葉が見当たらない。
あとは自分に出来る事を少しでもやるだけである。
今回の延岡の細見・小川地区、古川地区の取材と、この宮崎の小松地区の取材を通じて
情報に関しても、投げっぱなしの事が実に多いと感じた。
確かに通達をしたのかもしれにが、イベントPRではないんだから、確実に情報が伝わっている
事が大切である。そしてあいまいな情報が大きな命取りに繋がる
「GO」と「STOP」この指示をしっかりとできるシステムが無いとだめだ。
それに紛らわしい表現も、本当の災害時はダメ!「逃げろ」なら
ハッキリ「○○小学校まで今直ぐ逃げろ、死ぬぞ」と言わなければならない。
人が多くなればなるほど、微妙な表現はだめだ!
まだまだ、この台風14号との闘いは続いている・・・。
断水停電以外にも、新たな病気が発生するかもしれない、
コチラのほうが死者が多くなる可能性が高い、みんな弱っている、物資がとどかない、
ちょっとした伝染病でも死にいたる。汚いのに水がない、手が洗えない、
フロにも入れず、うがいもできない、現場にとってこれからが一番苦しい時だろう。
誰かも言っていたが、まだまだ「台風の爪あと」なんて表現は早すぎる。
逆に言えば、そんな事だから危機感が無いと一般の方から怒られるのだ。
本当におそろい爪あとをのこされないように、今自分に出来る小さな事をやっていこう。
”今、自分に出来る事”ということで、「災害情報掲示板」をパワナビに設置した。
どういった形でもかまわないのでぜひ利用してもらいたい。
どんなに小さな事でもかまわない。
携帯電話からでも書き込みはできる。
宮崎市の隣にあたる高岡町も同様に壊滅状態である・・・。
そちらのほうの詳細な情報、困っている事なども書き込み願いたい。
ここからは小松から離れ、延岡市から宮崎市に向かうまでの道中、
に撮影した画像を紹介する。
■先日お世話になった門川の卓球ドーム・・・・・。
屋根が吹っ飛んで、シャッターがボロボロに・・・。
自慢の床をふきあげるのに苦労したことだろう。
オーナーの奥さんは
「ショックだった・・・翌朝、昨日の事が夢だったらと思った・・・」
と語っていた。
床・・・若干つなぎ目がそって浮いている。さらにテントがちぎれてしまった。
■下の左側は伊勢ヶ浜、右側が金ヶ浜・・・巨大な流木が多い。
宮崎県の浜は何処もこんな感じだろう・・・清掃が大変だ・・・。
画像は撮らなかったが延岡の須美江海岸もヒドイ状態である・・・。
■泥水が流れこんでいる美々津・・・かなり沖まで濁っていた。
普段は釣り船が沢山繋ぎとめられ、泥なんてまったく見ることのない。
右の画像で手前と奥の色の違いがわかるだろうか?
ここは砂浜ではない、全てコンクリートだ。水の色もまるでミルクコーヒーのようだ。
投稿者 blogpawanavi : 2005年09月09日 09:47
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