月別アーカイブ: 2014年2月

2月23日(日)の夜は、テラコハウス補習授業*『バヌアツ共和国・タンナ島と高千穂の村の暮らし』をします。

テラコハウス補習授業*『バヌアツ共和国・タンナ島と高千穂の村の暮らし』

◎テラコハウスとは?

新しい働き方や暮らし方を実践している方を担任の先生としてお招きして、そのノウハウを生徒の皆さんにシェアしてもらう、現代版寺子屋企画です。

今回の担任:藤木哲朗(通称テツローさん)

授業内容:

宮崎のローカルマガジン「日向時間」の生みの親であるテツローさん。22歳の時にバヌアツ共和国のタンナ島を旅する中で電気もガスも水道もない自給自足の暮らしを通し、人間の根本的な幸せを見つめました。現在は地元・高千穂町で地域と心地よく繋がりながら様々な仕事をしています。
バヌアツの旅や高千穂の村的な暮らしの中で感じた、「今の時代に忘れかけている大切なこと」を、みなさんと一緒に共有します。

日時:2月23日(日)19:00~

場所:ハタラクラス(宮崎市中村西2-2-41 松田ビル3F)

定員:20名

参加費:ハタラクラス月会員:1000円
          非会員:1500円

交流会:講義終了後、担任を囲んで行います。
    参加の場合は別途500円いただきます(食事あり)

宿泊:交流会参加の方はプラス500円で宿泊も受け付けております。

お問い合せ:080-3476-8163(とごえ)

《担任プロフィール》

藤木哲朗(通称テツローさん)

日向時間舎 主幹
特定非営利活動法人ひめしゃら倶楽部 理事長

1976年  誕生。高千穂町出身
1996年  大阪ビジュアルアーツ専門学校 写真学科卒業
1996年   北海道でカメラマン、ホテルのウェイターのバイトをする
1997年   ~1998年9月ニュージーランド、バヌアツ共和を旅する
1998年  福岡で一人暮らし
1999年  帰郷。高千穂で母が営む小僧寿し店で5年間働く
      毎年、1、2ヶ月ほど休みをとり、海外を旅し撮影する
2006年   日向時間舎を設立
      フォトメッセージマガジン「日向時間」を創刊、全4巻
2007年  中九州・横浜情報サイト「パワナビ」レポーター
2011年  特定非営利活動法人 ひめしゃら倶楽部理事長就任
2014年、 『テラコハウス』で高千穂の暮らしの文化を伝える「タカチホタマテバコ」の展開。県内を中心に、高千穂の農ある暮らしの写真展を開催予定。長男コウタロウ(2歳)、長女ミウ(1歳)と仲良く遊ぶ。

現在、写真、執筆業の傍ら、高千穂尾谷集落の農家や、五ヶ瀬町のお茶農家(宮崎茶房)と提携し、友人、知人の“ほぼ顔の見える”範囲で、お米、お茶の販売、繋げる活動をしている。ひめしゃら俱楽部では、農、染織、森づくりなどを柱に、組織の確立を進めている。商工会青年部では地域コミュニティ創造の実践に取り組んでいる。

2月23日(日)は、川南町トロントロン軽トラ市に出店

  2月23日(日)は、宮崎県川南町で毎月第4日曜日に催されているトロントロン軽トラ市に、高千穂・尾谷集落のニコマル米と、五ヶ瀬・宮崎茶房のお茶、紅茶類をもって、初出店します。お近くの方は遊びにきて下さい。たぶん、びびってますので。

川南町トロントロン軽トラ市
http://ktora1.com/index.html

建国祭の日に

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【日向時間エッセイ】

 建国祭の日に、高千穂神社の鎮守の杜を歩いた。前日に降った雪が木々に残り、それが日の光に照らされ、舞い落ち、杜は光と音で賑やかだった。

 その光と音の賑やかさは、今の時代の目覚めのような賑やかさに似ている。多くのものが壊れて行く中で、その輝きは際立って見える。

 異常な世界を軽やかに賑やかに踏み越えて行く人たち。

 高千穂で大雪が降れば、外なる活動は止まってしまう。人の暮らしとはそういうものなのだろう。太陽が隠れてしまったときのことを、日本神話はアマテラスの神話として伝えている。

 人は人と傷つけ合う。人は人と愛し合う。その導きを光に預けてしまえたら、どんなに楽だろう。

 大いなる太陽がいつも心に輝いているような、大らかな光がどこまでも遠くを照らすような。

 自分たちで、自分たちの世界を閉ざしてしまってはいけない。大いなる太陽は、誰のものでもなく、大らかな光は、世界を隅々まで照らす。

 世界中を照らす太陽は、その役割を終えるまで、いつまでも、どこまでも、照らし続ける。

 僕らは最後の瞬間まで、その光の存在を感じ続ける。そしてそのときが来たときに、与えられた命をかえすのだ。

まつりの復活

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 2月8日、高千穂町上岩戸日向集落で、いつ途絶えたかもわからない神楽が復活しました。若い奉仕者の力で復活させた神楽を、集落のおじいさんや、おばあさんはとても楽しんでいました。女衆も、ふるまいの煮しめやオードブル、ぜんざいをせっせと出してくれて、外ではカッポ鶏や、カッポ酒をおじさんたちがつくってくれました。

「来年はもっと大きくするからね」と、ほろ酔いのおじさんが話しかけてきたり、昔はよその神楽を見に行って「神楽せり」というおしくらまんじゅうをした思い出を話してくれるおじさんがいたりして、村祭のとてもよい雰囲気でした。

 こんなに楽しいのに、なんで100年以上も途絶えていたのだろう?という疑問はわきますが、しきたりであったり、暮らしの厳しさであったり、人の意識であったり、時代時代で色んな理由があったのでしょう。

 今回は若い人たちが動いたので、そういったものをポーンと飛び越えて行きました。変わらないものはないですね、上岩戸日向集落の神楽復活、100年以上途絶えていた光が差し、氏神様もさぞ喜んでいることでしょう。 

 写真は、御神体の舞いを最前列で見て、みんなの笑いを誘う少年。少年が奉仕者になる日も近いのかもしれませんね。