2008年01月12日
ランジェリー&レースデザイナー"瀬田えま"さん [ スペシャル ]
※レポートの最後にトークショーのペアチケットプレゼントがございます
今回ご紹介するのはランジェリー&レースデザイナー"瀬田えま"さんです。過去においても「光るランジェリー」「究極の見せブラ」などは、全国規模で次々に話題のヒット商品となり、様々なメディアなどにも出演!そして近年、企画・デザイン担当を手がけた「bodyc ブランド」は「楽天市場・女性デイリー総合売り上げ1位を獲得」。瀬田さんがデザインする機能的でありながら優れたデザイン性をもつオリジナリティー溢れるランジェリーは、年齢を問わず多くの女性に受け入れられ、現在もリピーターの支持率が高く、次なる瀬田さんの商品を心待ちにしているファンが大変多いのです。そんなランジェリーデザイナー瀬田えまさんのトークショーが2008年2月9日(土/宮崎市)、10日(日/延岡市)に決定(詳細はレポート最下部)!ナビゲーターに冨永千香さんをむかえ「"ボディ革命"ボディの力・目覚めよ!いい女」と題し「“愛”をテーマに、着る栄養素(コラーゲン&ゲルマニウム)と女性を美しくする機能的なランジェリーデザインに取り組むデザイナーファミリーの私生活を含めたトークとボディアドバイス講座」という内容で徹底的にみなさんと語り合います。そこでパワナビでは、プロモーションのために延岡市に訪れた瀬田えまさんにお会いし、ランジェリーの世界へ入ったきっかけや、ご自身がデザインされる商品、さらに仕事と家庭についてなど、詳しくお聞きしましたので、インタビューをご覧いただき興味の沸いた方は、ぜひトークショーに足を運んでみてください。
(インタビュー:パワナビ松田秀人 協力:ホテルメリージュ延岡)
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▲左:ランジェリー&レースデザイナー瀬田えまさん
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◆プロフィール
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彼女が手がけるランジェリーには、女性のラインを美しく整え、又、女心をくすぐるデザインの秀悦さはもちろんのこと、女性が本来持っている魅力を内面より引き出し、輝かせるパワーを持っている。その理由は、彼女がランジェリーに対する深い想い…。「本来下着は見えないもの。だからこそ、最も自由でメンタルな部分にも影響を与えると言えるでしょう。肌に一番近い部分であるランジェリーを自分が気持ちよく着けることが出来れば、精神的にも潤い、女は女であるという気持ちが常に心に張りを保ち続けるに違いありません。そして、もう一つのテーマは“愛”。まず自分を愛しく思い、他人を包み込めるような…そんな愛のある人になってほしい。いつでも愛に満ち溢れている人は、心から美しく輝いているはずです。女に生まれ、女性にしか感じえない魅惑的な官能の世界を私の作るランジェリー達を通して表現していきたい。」そんな彼女の姿勢を全面的に押し出した、革新的かつ女性が求めていた新しいランジェリーブランドを是非ともご注目していただきたいです。
☆1964年6月 東京生まれ。
☆1981年 17歳の時、「恵麻(えま)」と題名を付けた自分の裸体(ヌード)
を油絵で描き ヌーベル主催 全国高校生コンクール 受賞
☆1983年〜1986年 文化服装学院時代「装苑賞」主催「おしゃれ賞」
卒業時文化服装学院「デザイン賞」受賞。
☆1986年〜1990年 (株)ワイズ勤務(ヨウジ・ヤマモト パターン担当)
ワイズ社で技術を学んだ後、かねてからやりたかったランジェリーの世界へ転身
☆1993年 (株)アンコールショップ勤務
(ランジュ ド フェ ブランド デザイン・パターン担当)
☆1998年〜2005年1月 ラブロン(株)勤務
(ヒミコ ブランド デザイン・パターン担当)
☆2002年9月 「光るランジェリー」でメディア・読売新聞等にて掲載。
☆2004年4月 「究極の見せブラ」で日本テレビ『@サプリッ!』に番組出演!
☆2004年6月 第2弾「光るランジェリー」でTBSテレビ『サンデー・ジャポン』に番組出演!
★2005年 (株)ビューティプランニング社 「bodyc ブランド」 企画・デザイン担当
boducスリミングショーツでは楽天にて女性デイリー売上げランキング1位を獲得
bodycグラマラスブラでは楽天にてインナーデイリー売上げランキング1位を獲得
bodycキャミ 2007年2月発売
現在フリーの人気ランジェリー&レースデザイナーとして今後の活躍を注目されている。
★URL:http://www.pawanavi.com/love/
※宮崎でのトークショーが実現したきっかけ
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▲左:ランジェリー&レースデザイナー瀬田えまさん
▲右:共にbodycブランドの企画に参加した延岡出身の加来さん
パワナビではいつもライブレポートなどでお世話になっているガクオンユニティフェイスの加来社長ですが、この「bodycブランド」には瀬田さんと共に企画から製品化に携わり、その後も瀬田さんとはビジネスパートナーとして、常に行動を共にされています。今回のトークショーも加来社長が「どうしても東京ではなく私の地元宮崎でやりたい!」との事から実現したものです。ちなみにライブでの大々的なトークショーは全国でも「初」との事!
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◆インタビュー
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・子どもの頃からアートに囲まれて育った
松田:プロフィールの中で「1981年、17歳の時、自分の裸体を油絵で描き"ヌーベル主催・全国高校生コンクール"で佳作を受賞」とありますが、子どもの頃からアートに興味を持たれていたのですか?
瀬田えま:私は東京の下町で生まれたのですが、両親が共にグラフィック関係の仕事をしていたので、家の中にもアート系の道具や書物がたくさんありました。だから小さな頃から絵本代わりに画集を見たりしていたのを記憶しています。中でもお気に入りはルネ・マグリット(シュールレアリスムの画家/1898年〜1967年)でした。シュールレアリスムに関してはその後も好きだったので、常に画集を見ていましたね。そして小学校3年生の時には「デザイナーになりたい」ってはっきりと言っていたはずです。もちろん絵も上手くなりたかったので習ったりもしていました。
松田:小学校3年生とは早いですね・・・。たぶんその頃の私は、上手に漫画を描くことに一生懸命だったと思います(苦笑)。たとえ興味があっても「デザイン」とか「仕事」とか「シュールレアリスム」を意識するなどとても・・・。
瀬田えま:ただ私の生活空間には、子どもの頃からそうしたものがゴロゴロしていましたから・・・・・。思われているよりもずっと当たり前の事だったのです。男の子だったら、野球が好きなお父さんの影響で「野球選手になりたい!」と思う事もあるじゃないですか?小さいのに選手の名前をよく知っているし・・・それと同じだとおもいますよ!
松田:たとえばその当時「自分は他の同世代の女子達とどうも趣味が合わない」なんて感じられた事がありませんか?特に女の子は洋服などには気を使うと思いますし、みんなが着ている流行ものに共感できないだとか・・・?
瀬田えま:洋服ですか・・・本当に好きでしたね・・・今でもですけど(笑)。そういえば小学校から大人に混ざってミシン教室に通っていたんですよ・・・ちょっと子どもっぽくないですけど!だから小学校4年生の段階で"総裏仕立てのスカート"が作れるようになっていたんです。とにかく人と同じものを着るのがいやだったので、自分でデザインしたり作ったりするのがとても楽しかったんです!洋服を買いに行くときも「絶対自分で選びたい!」って、わがままを言って大人の洋服屋さんに行ったり・・・母から「そんな大人っぽい服で修学旅行に行くの?」なんて言われたのを覚えています。流行に関しては、あえて意識したり、逆にしなかったりということはありませんでした。ただ「人と同じは嫌!」というのはものすごくありましたね!なんとなくではありますが当時から「自分らしさ?」についていつも考えていまし・・・。これもデザイナーである両親の影響かもしれません・・・。
松田:そんな少女時代を経て、17歳の時にインタビューの初めにふれた「自分の裸像を描き・・・」に行き着くのですが、当時の時代背景を考えると、一般的にはかなり思い切った事をしたように感じられます。できればきっかけを教えてもらえないでしょうか?
瀬田えま:特に賞を取るための戦略として狙ったりしたのではなく、純粋に女性の体がもつ曲線・・・独特の丸みが美しいと感じたから題材にしました。おっしゃるように、女性の体・・・特にヌードに関して言えば、当時はインターネットなんかもありませんでしたし、今ほど資料は手にはいりませんでした。17歳の少女からすれば「書きたいなら自分の体をつかう」事しか思いつかなかったのです。当然みんなの前では恥ずかしい訳ですから、夜中に鏡を見ながらこそこそ描いていましたよ・・・他人が見たら滑稽な風景かもしれませんが、私としては真剣でした(笑)。でも、急にそれを思いついたわけではなく、母の影響が大なんです。母は美術大学を出て絵を描きつつデザイナーになったのですが、その視点でアートに関するアドバイスは常日頃からくれました。「まるで少年のようだった体が、だんだん大人の女性に移り変わる瞬間を何かに収められたらいいのにね」って、前々から言われていたので、心のどこかにいつもその言葉があったのかもしれません。もしかしたら「収める」という事に関しては写真でもよかったのかもしれませんが、やはり私の武器は絵だったので、そのようになりました。
松田:その後、大好きなデザインと洋服の勉強をするため「文化服飾学院」に進まれ、社会人になると同時に服飾関係のお仕事に就かれたわけですね。
瀬田えま:はい、私はヨウジ・ヤマモト(株式会社ワイズ)さんの元でパターン(型紙)を担当し、パリコレなど様々な経験をさせてもらいました。彼の仕事ぶりを近くで見れるのは本当にラッキーでした。もちろん彼は天才ですから、その技術をどうこうすることはできませんが、モノを見る視点や感じ方などを教えてもらった事は、私にとってかけがえのない財産です。今の主人(デザイナー瀬田一郎氏:この日えまさんが着ている服はもちろん瀬田一郎氏によるもの)と出会ったのもこの頃です。その後、結婚、出産などで一時、仕事をお休みすることになりました。
・子育て・・・家庭と仕事
松田:少し話がそれてしまうのですが、瀬田さんとしては、子育てや家庭と仕事に関してはどのように考えられているのですか?今は子どもさんも大きくなり、ご自身もバリバリお仕事をされていますが・・・。
瀬田えま:私はず〜っと前から、仕事もしたいし家庭も持ちたい、さらに子どもも欲しいと思い続けていました。仕事と家庭の両立については、高校生の頃からずっと真剣に考えていたんです。もしかしたら「高校生で?」と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、小さい頃からデザイナーである私の母は、働く女性の見本のような存在で、日々「女性も旦那さんや子どもの他にも自分の人生をもっていなければならない、誰かの為にではなく自分の為に生きる時間も大切」と言われてきたので、子どもができた時も「仕事を辞める」ということは全く考えませんでした。もちろん母親として子どもと接する時間も重要だと感じているので、集中する時はしっかり集中しますが、「何時、どういうタイミングで復帰するか?」は常に考えていました。働きはじめたら、とにかく時間を無駄にしてはならいと、常にノートを持ち歩き、いつでも開けるような状態にして、保育園のお迎えでも買い物でも、電車の中でも、時間さえあればいろいろとアイデアを書き込んだり、パターンを描いたりしていましたね。
・ランジェリーデザインは天職!
松田:さて、ランジェリーの世界へは何時ごろ、どのようなきっかけで入られたのですか?
瀬田えま:27歳頃に職場復帰できるようになり、それを機に兼ねてからやりたかったランジェリーデザインの世界に行くことにしました。ランジェリーは私が子どもの頃から大好きだった女性の曲線美と、その曲線を美しく演出する一番重要なアイテムじゃないですか?だから何時かランジェリーのデザインがやりたいと思っていました。ランジェリーも大好きで、絶えず様々なものを買っていましたし・・・まさにこれこそ天職ではないかと!今思えば「どうしてはじめからやってなかったんだろう」って感じです(笑)
松田:ランジェリーに関する勉強などはされていたのですか?また直ぐに独立されたのですか?
瀬田えま:直ぐに独立は無理なので、まずは会社に入りました。ランジェリー専門学校などは無かったし、勉強するにしても、下着ってそれぞれに自由な発想でパターン(型紙)を作る事がないんです。素肌に直接つけるものだから、苦しかったりしたらダメですし、体に優しくないと商品にはならないので、それぞれの会社が独自に研究したパターンベースにデザインをのせていくわけです。だから全て現場で覚えていかなければならないし、基本的なベースが決まっているので、どうしてもデザインに制限があったり・・・いざランジェリーの世界に入ってみると「一筋縄ではいかないぞ」と思いました。
松田:人と一緒はやだ」という瀬田さん的にはあまり面白くはないですよね・・・。
瀬田えま:だから、私がパターンから作る事にしました。とはいっても先ほども言ったようにランジェリーの専門学校などはなかったので、約7〜8年は会社に勤めて現場で基礎的なパターンの勉強をしました。そう簡単に独立はできません(苦笑)。
松田:その間にも「光るランジェリー」や「究極の見せブラ」などを発表され、テレビや新聞などのメディアでも話題となったようですが、機能的にも非常に優れていたようですね。
瀬田えま:実際に、それまで「肩紐付きブラは肩がこるからダメ」と言われていた方に、私がデザインした肩紐付をプレゼントしたら全然こらなくなったという声も聞かせていただきましたし・・・。たとえばスカートやジャケットなどは、少々着心地が悪くてもデザイン重視もありえますが、とにかくランジェリーは美しさに機能が備わっていないとダメなんです。だからこそやり甲斐もあるのです。ブラに関して言えば、若い頃はとにかく大きくかっこよく見せたいというのが一番かもしれませんが、年齢を重ねるごとに、それだけではなく、さらに付けた時の感触が重要になってきます。
松田:ところで日本と海外のランジェリー事情を比べるとどうでしょう?
瀬田えま:最近は日本の女性も外国人のような体型をされた方が増えてきたので、何十年も前のように「体型が?」というのは少しづつ気にならなくはなってきているのでしょうが、体型よりも大きいのは精神的な部分ですね・・・。それも女性ではなく原因は男性なんです。今までは「○○歳になったらこういう格好はするもんじゃない」とか、過去から日本の男性達が作り上げてきたイメージに縛られていたようです。今では当たり前になった黒の下着も、ちょっと前までは勝手に変なイメージを付けられたりしていましたし、人前に出るときは胸元は引き締めてというのもありますし・・・まあ、それが日本ともいえるのですが、やっぱり下着を自由に愉しむという事に関して男性はかなり遅れているので、女性と比べたら意識的な部分でかなりのギャップがあるのは仕方ないかもしれませんね・・・。下着へのこだわりは女性の特権でもありますから!ただ男性の見方も、元気な女性達のパワーによって少しづつ変わりつつあるのではないかと感じています。
・美しさと機能を兼ね備えたニューブランドbodyc
松田:そしてさらに美しさと機能と、様々な個性的なアイデアを盛り込んだランジェリーを手がけるため、2005年に(株)ビューティープランニング社「bodycブランド」の企画・デザインを担当し、現在はフリーのランジェリーデザイナーとしてご活躍されていらっしゃるとのことですが、その瀬田さんが手がけた「bodycブランド」がなんとものすごい大ヒット!「bodycスリミングショーツ」が楽天女性デイリー売上げランキング1位を獲得し、さらに「bodycグラマラスブラ」が楽天インナーデイリー売上げランキング1位を獲得!これは凄いですよ。
瀬田えま:ここまで私は、様々なメディアでも紹介されたようなデザイン性の高いものをどんどん手がけてきたのですが、ちょっと立ち止まって考えてみる事にしました。私を含め、時代と共に女性達にも今までのよりも多くのストレスがのしかかり、リラクゼーションなど癒しを求める方が多くなる中、「着けているだけで気持ちよくなれる」「着けていると何かいいことがある」そんなランジェリーが作れないかな〜と思いました。直接素肌に触れるものだから出来る「内面から美しくなれる着る栄養素」をテーマに取り組んだところ、糸にゲルマニウムを織り込んだ新素材「チオクリーン糸」と出会いました。そして本物の高純度のゲルマニウム入り繊維を「チオクリーン糸」で作られたのがこの「bodyc」なんです。
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※bodycショッピングページ→http://www.pawanavi.com/love/bodyc.html
松田:制作過程において一番苦労されたのはどの部分ですか?
瀬田えま:やはりデザイン面ですね。機能を充実させれば「お腹も隠そう」ということになりますし、様々な健康下着や暖かい肌着など機能重視のものは、当然デザイン面は重視されていないので、その上に着る洋服にも制限が出来てしまいます。でも売る側としたらデザイン性を重視した機能下着を作るのは物凄く冒険なんです。やはりどちらなのかはっきり分からないと消費者も困りますし、コストの問題も当然出てきます。それでも私としては「機能・健康下着=ダサい」というイメージを排除したかったので、たとえばショーツなら、思い切ってヒップハンガーのパンツを着用した時にも履けるようなデザインにし、若い年齢層の方達にも受け入れられるようなものにしました。もちろんゲルマニウム効果だけでなく、ヒップアップ効果のあるカッティングや、耐久性にも優れた本格志向の製品に仕上がっているのでとても満足していただけると思います。ブラに関しても本来バストがもっている自然な丸み、膨らみを重視し、グラマラスさを強調しつつ、肩紐もスタンダードとクロスを使い分けることが出来るので、胸の谷間をさらに強調したいときはクロスにするなどが出来ます。もちろん楽チンさを忘れていない優れものなので、着け心地も抜群です。
・真剣に女性のことを考え、作りはじめた
松田:瀬田さんにとって「bodyc」はどういう位置づけになるのですか?
瀬田えま:単にデザインとか機能だけとか、大きく見せる、引き締めるというのではなく、真剣に女性のこと考え、作りはじめた第一歩になります。
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▲左:ランジェリー&レースデザイナー瀬田えまさん
▲右:共にbodycブランドの企画に参加した延岡出身の加来さん
松田:最後にこれからの目標をお聞かせください。
瀬田えま:何歳になっても女性は美しくなりたいということに対して諦めてもらいたくないのです。私は仕事柄ランジェリーを通してという事になりますが、今後も女性達が内面・外面共に美しくなれるよう、なりつづける気持ちを持てるよう、商品開発だけではなく、時には言葉をつかったりもして訴えかけていきたいと思います。本来下着は見えないもの・・・だからこそ自分のメンタルな部分に影響を与えるともいえます。人の肌がまず1番最初に、それもまる1日着けている下着を気持ちよく着けることができれば、きっと気持ちよくなれると思います。そして永遠のテーマでもある「愛」。まずは自分を愛しく思い、さらに他人を包み込むような愛のある人になってほしい・・・。そんな女性達がいつまでも輝いていられるようなモノづくりにパワーを注いでいけたらと思います。
松田:今日はお忙しい中、わざわざ東京からお越しくださりありがとうございます。
瀬田えま:2008年2月9日(土)、10日(日)は宮崎市、延岡市とそれぞれでトークショーを行います。ゲルマニウムショーツとホテルランチ券が付いておりますので、皆様ぜひいらしてくださいね!
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◆瀬田えまトークショー(宮崎・延岡)のお知らせ
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ランジェリーデザイナー瀬田えまトークショー
“ ボディ革命 ”『 ボディの力・目覚めよ!いい女 』
ナビゲーター:冨永千香
URL:http://www.gakuon.co.jp/2008/seta/index.html
●入場者全員に ヒット商品bodycゲルマニウムショーツ(¥3980〜¥4980)と
ホテルメリージュランチ券(1ヶ月間有効)も付いた超お得なチケット!
◆宮崎公演
日時 :2008年 2月9日(土)
開場 14:00 開演 14:30
自由席 \4,500(tax in)
*ゲルマニウムショーツ・
ホテルランチ券付(1ヶ月間有効)
場所 : ホテルメリージュ宮崎
・チケットぴあ/ファミリーマート TEL0570-02-9999
0570-02-9966(Pコード:611-019)
・ローソンチケット/ローソン TEL0570-084-008(Lコード:88866)
宮崎山形屋/ホテルメリージュ宮崎・延岡/ベルリン
◆延岡公演
日時 :2008年 2月10日(日)
開場 14:00 開演 14:30
自由席 \4,500(tax in)
*ゲルマニウムショーツ・
ホテルランチ券付(1ヶ月間有効)
場所 : ホテルメリージュ延岡
・チケットぴあ/ファミリーマート TEL0570-02-9999
0570-02-9966(Pコード:611-020)
・ローソンチケット/ローソン TEL0570-084-008(Lコード:88867)
宮崎山形屋/ホテルメリージュ宮崎・延岡/ベルリン
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◆瀬田えまトークショー"ペアチケットプレゼント"
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◆プレゼント応募詳細
上記のトークショー(延岡公演/2008年2月10日開催分)をペアで2組の方にプレゼントいたします。チケットがご利用できる会場は「ホテルメリージュ延岡のみ」となっておりますのでご注意ください。チケットにはbodycゲルマニウムショーツプレゼントの特典もございます。(但しホテルメリージュランチ券は付いておりません)
応募期間は2008年1月31日(木)まで
・メールでの応募のみ有効
・応募先「瀬田えまトークショー」
・当選者数 ペア2組4名様
・応募メールアドレス→info2@pawanavi.com
(よろしければレポートに関するご意見やご希望などをご記入ください)
・本名、ハンドルネーム、住所、電話番号、メールアドレスは必ず明記してください。
・ご当選者様にはプレゼントチケットをご郵送いたします。
・ご当選者の発表は2月はじめのマンスリープレゼント当選者発表と共に行います
投稿者 blogpawanavi : 18:15 | コメント (0) | トラックバック
2007年02月21日
筑紫哲也さんに聞いた!スローライフと日向時間 [ スペシャル ]
2007年1月、南国宮崎に新しい県知事が誕生しました。それから早1ヶ月が過ぎ、"そのまんま東"さんは"東国原(ひがしこくばる)知事"となり、その知名度から宮崎県は連日連夜に渡り、テレビ番組や新聞・雑誌等をはじめ、様々なメディアに取り上げられています。さらに季節がら春のスポーツキャンプシーズンとも重なっているため、メディア各社は宮崎に大挙し、東国原知事の追跡報道はじめプロスポーツチームのキャンプ取材で大忙しのようです。思えばこれほどまでに宮崎が注目されるのは昭和30年代の新婚旅行ブーム以来ではないでしょうか・・・・?ということで、その余波が確実に『宮崎県情報サイトパワナビ』及び『日向時間』に携わる私めにも伝わり、なんとTBSテレビ系『筑紫哲也NEWS23』のメインキャスターとしてもお馴染みの"筑紫哲也さん"に直接お話を聞かせていただけるという貴重な機会をいただきました!
(レポート:藤木テツロー)
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●筑紫哲也さん
1935年大分県生まれ、早稲田大学政治経済学部卒業
TBSテレビ系「筑紫哲也NEWS23」メインキャスター
ジャーナリスト、NPO「スローライフ・ジャパン」理事
◆TBSテレビ系『筑紫哲也NEWS23』
http://www.tbs.co.jp/news23/
◆マンデープラス
http://www.tbs.co.jp/news23/onair/monday/index-j.html
◆スローライフ―緩急自在のすすめ(岩波新書)
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/4310100/top.html
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●きっかけ・・・
まずはじめに、なぜこのような機会が訪れたのか?を少し説明させていただきます。2月16日(金)の午後、たまたま宮崎市の平和台公園内にあるとあるレストランで、藤木テツローが発刊しておりますフォトメッセージマガジン『日向時間』の「スライドショー+お話し会」の打ち合わせをしていたところ、知り合いの女性が「明日、筑紫哲也さんが宮崎に取材に来るみたいだけど、取材の後に交流会のようなイベントが企画されてて、イベントスタッフの方がテツロー君にもその会に参加して欲しいみたいなこと言ってたよ・・・」なんてことを言うのです・・・。いきなりの事だったので詳細がはっきりしなかったのですが、どうやら筑紫さんが東国原知事の取材をするために宮崎を訪れるという情報が入り、「みやざきみらいフォーラム」スタッフの"武井俊輔さん"を中心とする若手有志が、「綾を中心に宮崎に関心の高い筑紫哲也さんに宮崎の様々な分野で活動する若者を紹介したい!」とお願いをしたところ、それを快く受け入れてくださった筑紫哲也さんが、挨拶だけでなくお話しができる時間まで作ってくださったとのことでした。 「細かいスケジュールは明日・・・」ということだったので、翌日連絡がくるのを待っていると、夕方5時過ぎにイベントスタッフの方から「山形屋のスターバックスコーヒーに筑紫さん入りましたけど、お時間ありますか?」と電話がありました。「それは早速行かねば!」と思い、急いでスターバックスコーヒーに行って見ると、山形屋店内側の一番目立つところに筑紫さんが座っていました。ガラス越しに見る筑紫さんは、テレビで見る筑紫さんそのもので、「あ、筑紫さんだ」と思わず呟いてしまいました・・・。僕が到着した時はすでに話し合い(交流会)は始まっており、筑紫さんはたくさんの人に囲まれていました。ちなみに会場に集まったのはどういった人達だったかといいますと、宮崎大学や宮崎公立公立大学を中心とした大学生を中心に、公務員、自営業などさまざまな分野の若者たち。そして宮崎のメディア関係者も数人いらっしゃいました。
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●筑紫哲也さんに聞いた!
※僕が会場に到着した時、筑紫さんはすでに下記のようなお話をされていました。
筑紫哲也さん
ユネスコが子供たちの幸福度っていうのを調べた統計があってね、世界中で一番孤独な子供が多いのは日本なんですよ。三人に一人の子供が孤独なんです。家族がいたって携帯電話でコミュニケーションしていて、とにかく生の声でのコミュニケーションが少ないんですよ・・・・・孤独になるんですよ子供たちが・・・。 (また前記とは別な話題→)たとえば日本の医者は病気は治すけど患者は治さないって言われるんだよね。病気そのものを治すレベルは高いんだろうけど、病気が治った患者がすぐ死ぬ場合も結構あるわけですよ・・・。医療の現場では境界領域の縦割りがひどいでしょ。それぞれにすごい専門家がいるんだけど、そこがうまくリンクしていないんだよね・・・。人間の体はみんな関係して色んな症状が出てるわけじゃないですか・・・。だから社会科学っていうか世の中の仕組みから離れすぎてる日本のお医者さんは「やばい」って言ってるんだよね・・・。お医者さんになる人ほど本当は知らなければいけないよね・・・世の中のことを・・・。実際はそうなってないよね。(医学部の学生も参加していたのでこのような話にもなりました)
※ふむふむと、納得しながらも筑紫さんの話を聴いていると、筑紫さんの目の前に座っている人が僕に席を譲ってくれて、スタッフの武井俊輔さん(下画像)が筑紫さんに僕を紹介してくれました。
武井俊輔さん
彼は高千穂町在住で『日向時間』という写真雑誌を作っている藤木さんです。「日向時間」という言葉に関して宮崎では5分、10分、時間に遅れても「日向時間だからいいよね!」みたいな時間にルーズなことで、あまり良い意味で使われないのですが、ゆったりした宮崎らしいというイメージの良いところもあるんです。
藤木テツロー
藤木と申します、宜しくお願いします。宮崎県の様々な情報をウェブで発信してる『パワナビ』というサイト内で特に「宮崎人」にスポットをあてたコーナーを担当しています。今回は「宮崎人」という切り口ではないのですが、ぜひご紹介させていただきたいと思います。また武井さんからのご紹介にありましたように、県北の高千穂町で『日向時間』という写真雑誌を作っています。(『パワナビ』と『日向時間』の名刺と、フォトメッセージマガジン『日向時間』を手渡させて戴きました)
筑紫哲也さん
これがそう?『日向時間』へ〜!あっ、そういえば今日、東国原知事と話してたらこっちが何にも喋ってないのに知事が「スローライフ」っていう言葉を使ったわけ・・・。僕は「NPOスローライフ・ジャパン」の理事をもやっているし、岩波新書で『スローライフ―緩急自在のすすめ』っていう本を出しているから、知事が「スローライフ」って言ったのに驚いたんだけど、、これ(スローライフ)が『日向時間』と関係があるわけなんだよね・・・。僕は昔沖縄に住んでいたんだけど、日本に返還される前の沖縄には『日向時間』に似た言葉で『沖縄タイム』っていうのがあって、約束事なんかするとね、みんないつも一時間遅れなんですよ・・・わりあい正確に一時間きっかり遅れてやってくるの(笑)。・・・今、日本はご存知のように世界で最長寿国ですよね。その中で沖縄県が日本一だってことは、世界一の最長寿国が沖縄だっていうことですよ。いや、だったんですよ・・・。平均寿命に関しては全国46都道府県の中で、沖縄の女性は依然として1位なんですけど、近年男性が1位からいきなり26位に落っこちたわけ・・・。早い話が急落したわけね!じゃぁ、何故そんなに急激に落ちたのかが大問題なわけで議論はいっぱいあるんだけれども、一つの理由としては"時間"があげられるんですよ・・・。沖縄が日本に返還されて本土化されて、昔にくらべて沖縄の人が時間を守るようになってきたの!たとえば、僕は沖縄に住んでいた人間だから沖縄との関わりが多くて、今でも沖縄に講演しに行くんですけど、面白い事に講演の開始時間があんまり遅れないで始まるようになったわけ・・・。だんだん正確になるどころか「早めに始めましょう」って言うわけ・・・。僕は沖縄が好きな理由の一つに「沖縄は時間がゆったり流れてるから」というのがあるだけに、以前「こんなに時間が正確に真面目になったら沖縄は大切なものを失うよ」って言ってたんだけど・・・でも、それが平均寿命なんですよ。沖縄はおばあちゃんのことを「おばあ」っていうんだけど、その「おばあ」が強いわけよね!"家父長制"じゃなくて"家母町制"っていうくらい家の中で"どすん"とお母さんが構えているんだよね!だから女性は自分たちのペースを今でも守っているんですよ。逆に、うまく息抜きができないまじめな男性達は近代化した途端にストレスですよ・・・。女性に比べ男性は不器用だし真面目であるから、近代化した途端にストレスですよ。それで、1位から26位まで急落したわけね。
藤木テツロー
僕が考える宮崎の『日向時間』というのは、自然に寄り添って生きてきた生活の時間、郷土に根付いた時間だと思うんです。時間が、きちっ、きちっと守れるのは人間が造ってきたものの中だけのことだと思うんです。
筑紫哲也さん
人類は産業革命の前までは、日が昇ったら働いて、日が沈んだら寝たわけよ・・・。ところがね、イギリスで産業革命っていうのがおきて工業化していくわけだけど、工場を造るときに工場主が最初に大事だと思って造ったものは何だか知ってる?・・・・・それは時計台ですよ。今まで農業をやっていた人たちや色んな人たちが工場で働きはじめるわけでしょ、最初に教えなきゃならなかったのは「仕事は日が昇ったら初めて日が沈んだから終わる」んじゃなくて「仕事は時間で始まって時間で終わる」っていうことだったの。つまり、人間は時間で・・・時計で働くということを教えることが産業革命に人をならす最初だったの。そうして近代は始まったわけですよ。だけど、どっかに不自然なとこがあって…。だから今日、「東国原知事と宮崎県は何を目指すのかを考えないといけない」という話をしたときに、「なんの物差しで宮崎の価値を計るのかということが大切」といった話をしたんだよね。経済でばっかし数えると350億円削れなかったとか、会社が100社来なかったとか・・・そういった数字だけを見て「お前は何をやってる!」っていう話になるんでね・・・だから知事には「もっと違う物差しを持たないと本当に宮崎を変えることにはならないんじゃない?」っていう話をしたら、彼は「スローライフ」って言ったから、僕はびっくりしたんだよ。スローフードっていうのはイタリアで出来たんだけど、ようするに地元のものをゆっくり食事をすることで、「我々はガソリンを補給するようにジャンクフードや、ファストフードを食べて走るようなものではない、人間は自動車ではないんだ!」と宣言したのがイタリアのスローフード宣言なんだけど、食べ物だけじゃなくて、人間の文化には"衣食住"っていうのがあるんだから、じゃあ"住 "のスローフードは何だろうか?"衣 "のスローフードは何だろうか?と考えていくと身の回りにたくさんあるんだよね・・・。君の言うように宮崎に生きている人が宮崎の流れの時間の中に生きて、「あ〜ここに生きているのが幸せだな」と思えれば、知事さんが何をやるにしろ一つの目標を達したことになる。その物差しでみんなが数えてくれるならそれはいい事だよね!逆にそうじゃなくて、経済効率でGDPの計算を始めると、それと反する部分が出てくるよね。
藤木テツロー
宮崎県が一年間に福岡に本社のある電力会社に払っているお金が1,300億円以上あるそうなんです。例えばそれを太陽光発電等の自然エネルギーに変え、1/3でも宮崎の中でお金を回せることができれば350億円は簡単に削れるし、宮崎は世界に誇る太陽光発電の基地となるんじゃないかと思うのですが?
筑紫哲也さん
簡単に削れる・・・か・・・。あっ、そうだ、もう一つ知事とお話しをしたのがね、宮崎が最初から持ってるプラスのことがあるんだけど、日本列島で南向きにバッ〜と横っ腹出しているのは日本全国で宮崎県だけなんですよ。こんなに県の海岸線そのものが南に腹をだして、自然が残っているところは日本で宮崎以外ないわけですよ。君は太陽の話をしたけど、こんなに天然のプラスがあるのに、そんなことをみんなGDPなんかに換算しないでしょ。それをもしブータンの王様が言い出したような、GNH(国民総幸福)という「幸福指数」で表わしたらバッ〜と上にあがるわけですよ。
藤木テツロー
太陽だけでなく、宮崎は"水"にも恵まれているんです。水の循環というのは平均で十日だそうなんですけど、宮崎は宮崎の自然の中でほぼ完結されていて、宮崎の山に降った雨が宮崎の川を通って宮崎の海に流れ着いてまた、宮崎の山に帰ってくる。それだけでも恵まれていることだと思います。だから、一つの色々なモデルにはなりやすいだろうなと思んです。
筑紫哲也さん
うん、そうだね〜。
藤木テツロー
スローライフについてですが、田舎は6月から8月まで、日曜日以外の夜の20時から22時までは、消防団の訓練がずっとあるんですよ。日曜日は地区の草刈があったり、忙しくて全然ゆっくりはしてなんですよね。だから、都市の人がどれだけ田舎の現状を理解しているのか疑問ではあるのですが・・・。
筑紫哲也さん
田舎がスローライフというようなイメージにつては、以前、歌手の加藤登紀子さんともそういう話になったことがあったんだけど、加藤さんのご主人が亡くなられて、ご主人がやっていた農園を多少は加藤さんも面倒みなければいけないと思って田舎に戻って生活してみたそうで、その時の体験から「スローライフなんてとんでもない!スローライフどころか、田舎の方がよっぽど忙しくてやらなきゃならない事がたくさんあるわよ!」って言ってたんだよね。まあ都会の暮らしになれている人が、実際に田舎で生活するとなればそう簡単にはいかないですよ・・・。だから実はね、スローとファーストっていうのは時間だけで計るのは間違えだなと思ってるし、僕が初めから言っているのは、「ファーストをあまりにも価値にしすぎる世の中だから、ファーストに対してスローの効用を考えましょう・・・どっちを選ぶかは自由にしましょう」と、こういう運動なんですよ!単に時間だけが早ければいい、遅ければいいという問題ではなくて、時間の使い方だと思うんですよ。
藤木テツロー
時間の使い方ですか・・・・・?
筑紫哲也さん
これは、なかなか難しい問題だというのは分かっているから、せめて「世間がそうだからそうしましょう」って自分で決める事をしなで、自分が無駄だなと思いながら使う時間はなるべく少なくしようっていうこと。だから、「緩急自在」って言っているのは、「自在」っていうのが大事で、「自ら」が「在る」って、書くわけ。つまり自己決定なわけよ。
(なるほど〜!)と歓心感心していたら、後ろから肩を叩かれ交代の合図・・・。できればもう少し、話したいと思いながらも、「本当にありがとうございました」と筑紫さんにお礼を言い、僕の持ち時間は終了しました。
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●藤木テツローの感想
筑紫さんは、サーファーが中心となって反対運動をおこしている大淀川下流に広がる赤江浜の人工リーフ建設問題の現場である赤江浜にも昨年の二月に訪れ、「海のことをやるには、山の人と繋がりなさい」とサーファーたちにメッセージを残しているし、また綾の照葉樹林を世界遺産にする活動にも賛同されているように、宮崎県にはとても好意を持たれているようです。筑紫さんは、参加者達からのたくさんの質問に対して様々な引き出しから色々な話を取り出し、とても分かりやすく丁寧に答えてくれました。一緒に座っていた大学生たちも、その知識の量に驚いたと言っていました。僕が筑紫さんに伝えたことは、この一年間で『日向時間』を通し、ご協力いただいた皆さんから学なばせていただいた事です。太陽光発電の話はNPO法人(市民ソーラー・宮崎)副理事長の中川修治氏に(冬・迎春号にて執筆)、水の循環の話は農学博士・竹下伸一氏に(秋号にて執筆)、筑紫さんが仰っていた経済とは違う‘物差し‘の話も、五ヶ瀬町の夕日の里づくり代表の後藤福光さんは ‘心の物差し‘という言葉で仰っていました(冬・迎春号にてインタビュー)。う〜ん。確かに、僕としてはそれらの内容は受け売りではありましたが、とにかく宮崎の良いところを筑紫さんのような有名なジャーナリストに伝えられたのは良かったと思っています。宮崎に好意的な筑紫さんだけに『日向時間』を読んでくれれば(きっと)感動してくれるはず!と勝手に思っています。
筑紫さん、貴重なお話を聴かせて戴き、誠にありがとうございました!そして関係者の皆様、このイベントにお招きいただきまして誠にありがとうございました!
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●参加された宮崎大学医学部のみなさんから一言
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▲宮崎大学医学部のみなさんと筑紫さん
竹内昭博さん:一生の思い出です。
馬場美由紀さん:貴重なお話が聴けて光栄でした。
紀愛美さん:とても貴重な経験で、嬉しく思いました。
平井雄喜さん:筑紫さんのような方とお話しができて、身に余る光栄です。
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●関連情報とお知らせ
◆みやざきみらいフォーラム
http://www.geocities.jp/miyazakimirai/index.htm
◆綾の森「日向時間・秋号、綾の森(参照)」
http://www.hyuugajikan.com/backnumber/2006_aut/02.html
◆『日向時間』創刊号、宮崎の砂浜の行方(参照)
http://www.hyuugajikan.com/backnumber/2006_spr/akae.html
投稿者 blogpawanavi : 14:40 | コメント (7) | トラックバック
