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2008年1月12日

東京”美”職人 〜 ランジェリー・レースデザイナー 瀬田えま [ インタビュー, スペシャル, 東京”美”職人 ]

◆最近、真剣に女性のことを考え、作りはじめました。

 これまでに「光るランジェリー」「究極の見せブラ」などが全国規模で次々に話題のヒット商品となり、様々なメディアなどにも多数出演した実績をもつ、ランジェリー界のパイオニア、瀬田えまさん。近年では自身が企画及びデザインを手がけたブランド『bodyc』が「楽天市場・女性デイリー総合売り上げ1位を獲得」。
 彼女がデザインする機能的でありながら優れたデザイン性をもつオリジナリティー溢れるランジェリーは、年齢を問わず多くの女性に受け入れられ、現在もリピーターの支持率が高く、次なる商品を心待ちにしているファンも多い。
 そこで今回のインタビューでは、元々絵画の世界で活躍していたという瀬田えまさんが「ランジェリーデザインは天職だと感じている」と語るその理由。そしてご自身がデザインされる商品への想い。さらに「一児の母」という立場から見た仕事感などを詳しくお聞きした。
(取材・文:松田秀人 協力:Kinu〜美のカリスマ〜

瀬田えま
▲左:ランジェリー・レースデザイナー瀬田えまさん

★URL:http://www.kinu-s.com/emaseta/

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☆瀬田えま プロフィール

 彼女が手がけるランジェリーには、女性のラインを美しく整え、また女心をくすぐるデザインの秀悦さはもちろんのこと、女性が本来持っている魅力を内面より引き出し、輝かせるパワーを持っている。
「本来下着は見えないもの。だからこそ、最も自由でメンタルな部分にも影響を与えると言えるでしょう。肌に一番近い部分であるランジェリーを自分が気持ちよく着けることが出来れば、精神的にも潤い、女は女であるという気持ちが常に心に張りを保ち続けるに違いありません。そして、もう一つのテーマは“愛”。まず自分を愛しく思い、他人を包み込めるような…そんな愛のある人になってほしい。いつでも愛に満ち溢れている人は、心から美しく輝いているはずです。女に生まれ、女性にしか感じえない魅惑的な官能の世界を私の作るランジェリー達を通して表現していきたい。」そんな彼女の姿勢を全面的に押し出した、革新的かつ女性が求めていた新しいランジェリーブランドを是非ともご注目していただきたいです。

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1964年6月 東京生まれ。
1981年 17歳の時、恵麻(えま)」と題名を付けた自分の裸体(ヌード)
 を油絵で描きヌーベル主催の全国高校生コンクール受賞
1983年〜1986年 文化服装学院時代に「装苑賞」「おしゃれ賞」「デザイン賞」等を受賞。
1986年〜1990年 (株)ワイズ勤務(Yohji Yamamotoにてパターン担当)。ワイズ社で技術を学んだ後、かねてからやりたかったランジェリーの世界へ転身 
1993年 (株)アンコールショップ勤務(ランジュ ド フェ ブランド デザイン・パターン担当)
☆1998年〜2005年1月 ラブロン(株)勤務。(ヒミコ ブランド デザイン・パターン担当)
2002年9月 「光るランジェリー」でメディア・読売新聞等にて掲載。
2004年4月 「究極の見せブラ」で日本テレビ『@サプリッ!』に番組出演!
☆2004年6月 第2弾「光るランジェリー」でTBSテレビ『サンデー・ジャポン』に番組出演!
2005年 (株)ビューティプランニング社 「bodyc ブランド」 企画・デザイン担当。bodycスリミングショーツでは楽天にて女性デイリー売上げランキング1位を獲得。bodycグラマラスブラでは楽天にてインナーデイリー売上げランキング1位を獲得。bodycキャミ2007年2月発売

 現在フリーの人気ランジェリー&レースデザイナーとして今後の活躍を注目されている。

★URL:http://www.kinu-s.com/emaseta/

※bodycショッピングページ→http://www.kinu-s.com/shop/

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☆インタビュー

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◆子どもの頃からアートに囲まれて育った


-------プロフィールの中で「17歳の時、自分の裸体を油絵で描き……」とありますが、子どもの頃からアートに興味を持たれていたのですか。


「私は東京の下町で生まれたのですが、両親が共にグラフィック関係の仕事をしていたので、家の中にもアート系の道具や書物がたくさんありました。だから小さな頃から絵本代わりに画集を見たりしていたのを記憶しています。中でもお気に入りはルネ・マグリット(シュールレアリスムの画家・1898年〜1967年)でした。シュールレアリスムに関してはその後も好きだったので、常に画集を見ていましたね。もちろん絵も上手くなりたかったので習ったりもしていました。そして小学校3年生の時には『将来はこの道のプロになりたい』ってはっきりと言っていたはずです」


-------小学校3年生でプロを意識するとは早いですね。


「ただ子供の頃から私の生活空間には、両親の影響からそうした意識やものやがゴロゴロしていましたから……。きっとみなさんが思われているよりもずっと当たり前の事だったのです。たとえば男の子だったら、野球が好きなお父さんの影響で野球選手になりたいと思う事もあるじゃないですか?小さいのに選手の名前をよく知っているし。それと同じだとおもいますよ」


-------その当時自分は他の同世代の女子達と「どうも趣味が合わない」と感じられた事がありませんか?


「趣味ですか……。女の子だから普通に洋服は本当に好きでしたね。まあ今でもですけど(笑)。でもそういえば小学校から大人に混ざってミシン教室に通ったりはしていたんですよ。だから小学校4年生の段階で『総裏仕立てのスカート』が作れるようになっていたんです。今にして思えばこんなのってちょっと子供っぽくないですよね(笑)。子供ながらに、とにかく人と同じものを着るのがいやだったので、自分でデザインしたり作ったりするのがとても楽しかったんです!洋服を買いに行くときも『絶対自分で選びたい』って、わがままを言って大人の洋服屋さんに行ったり……。母から『そんな大人っぽい服で修学旅行に行くの?』なんて言われたのを覚えています。流行に関しては、あえて意識したり、逆にしなかったりということはありませんでしたけど、ただ『人と同じは嫌!』という意識がものすごくありましたね。なんとなくではありますが当時から『自分らしさ』についても考えていましたし……。これもデザイナーである両親の影響かもしれません。


-------そんな少女時代を経て、「自分の裸像を描き……」に行き着くのですが、当時の時代背景を考えると、一般的にはかなり思い切った事をしたように感じられます。


「それに関しては、誤解されたくなのですが、決して特に賞を取るための戦略として狙ったりしたのではなく、純粋に女性の体がもつ曲線、独特の丸みが美しいと感じたから題材にしたんです。おっしゃるように、女性の体……。特にヌードに関して言えば、当時はインターネットなんかもありませんでしたし、今ほど資料は手にはいりませんでした。だから17歳の少女からすれば書きたいなら自分の体をつかう事しか思いつかなかったのです。当然みんなの前では恥ずかしい訳ですから、夜中に鏡を見ながらこそこそ描いていましたよ。他人が見たら滑稽な風景かもしれませんが、私としては真剣でした。でも急にそれを思いついたわけではなく、いろんな意味で母の影響が大なんです。母は美術大学を出て絵を描きつつデザイナーになったのですが、その視点でアートに関するアドバイスは常日頃からくれました。『まるで少年のようだった体が、だんだん大人の女性に移り変わる瞬間を何かに収められたらいいのにね』って、前々から言われていたので、心のどこかにいつもその言葉があったのかもしれません。もしかしたら収めるという事に関しては写真でもよかったのかもしれませんが、やはり私の武器は絵だったのでそのようになりました。


-------その後、絵画からファッションの世界に移られるわけですが。


「私としては特に、移ったという感覚はありません。先ほども話ましたように、子供の頃から自分で縫うほど洋服がすきだったし、両親がデザイナーだったから、そうした職業のほうが私にとってはOLなんかよりもむしろずっと自然だったと言えます。そして文化服装学院で本格的に洋服の勉強をするとますます洋服が好きになっていったので、卒業後は山本耀司(やまもとようじ)さんのブランド『Yohji Yamamoto』の母胎である『株式会社ワイズ』に入社し、そこでパターン(型紙)を担当させていただくことになりました」


-------強く印象に残っていることはありますか?


「『Yohji Yamamoto』時代はパリコレなど様々な経験をさせてもらいました。中でも彼の仕事ぶりを近くで見れるのは本当にラッキーでした。もちろん彼は天才ですから、その技術をどうこうすることはできませんが、モノを見る視点や感じ方などを教えてもらった事は、私にとってかけがえのない財産です。今の主人(ファッションデザイナー瀬田一郎氏) と出会ったのもこの頃です。その後、結婚、出産などで一時、仕事をお休みすることになりましたけれど。


◆子育て……。そして家庭と仕事。


-------子育てや家庭と仕事に関してはどのように考えられているのですか?


「私はず〜っと前から、仕事もしたいし家庭も持ちたい、さらに子供も欲しいと思い続けていました。仕事と家庭の両立については、高校生の頃からずっと真剣に考えていたんです。もしかしたら『そんなことを高校生で?』と思われる方がいらっしゃるかもしれませんが、小さい頃からデザイナーである私の母は、働く女性の見本のような存在で、日々『女性も旦那さんや子どもの他にも自分の人生をもっていなければならない、誰かの為にではなく自分の為に生きる時間も大切』と言われてきたので、子供ができた時も仕事を辞めるということは全く考えませんでした。もちろん母親として子どもと接する時間も重要だと感じているので、集中する時はしっかり集中しますが、何時、どういうタイミングで復帰するか?は常に考えていました」


-------実際に復帰されてからは?


「とにかく時間を無駄にしてはならいと、常にノートを持ち歩き、いつでも開けるような状態にして、保育園のお迎えでも、買い物でも、電車の中でも、時間さえあればいろいろとアイデアを書き込んだりパターンを描いたりしていました。『よくそこまでできるね』と言われることもあったけど、でも私にとってそれは別に特別なことではありませんでした。まあそれほど好きだったといえます」


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◆ランジェリーデザインは天職!


-------さて、ランジェリーの世界へは何時ごろ、どのようなきっかけで入られたのですか?


「27歳頃に職場復帰できるようになり、それを機に兼ねてからやりたかったランジェリーデザインの世界に行くことにしました。ランジェリーは私が子どもの頃から大好きだった女性の曲線美と、その曲線を美しく演出する一番重要なアイテムじゃないですか?だから本格的に洋服に携わるようになってからというもの、何時かランジェリーのデザインがやりたいと思っていました。ランジェリーも大好きで、絶えず様々なものを買っていましたし……。まさにこれこそ天職ではないかと!今思えば『どうしてはじめからやってなかったんだろう』って感じです」


-------ランジェリーに関する勉強などはされていたのですか?また直ぐに独立されたのですか?


「直ぐに独立は無理なので、まずは会社に入りました。ランジェリー専門学校などは無かったし、勉強するにしても下着ってそれぞれに自由な発想でパターン(型紙)を作る事がないんです。素肌に直接つけるものだから、苦しかったりしたらダメですし、体に優しくないと商品にはならないので、それぞれの会社が独自に研究したパターンベースにデザインをのせていくわけです。だから全て現場で覚えていかなければならないし、基本的なベースが決まっているのでどうしてもデザインに制限があったり……。だからいざランジェリーの世界に入ってみて感じたのは『一筋縄ではいかないぞ』でしたね」


-------そうした決まり事って「人と一緒はやだ」という瀬田さん的にはあまり面白くはないですよね。


「だから、全ての元となるパターンそのものから私が作る事に決めたんです。とはいっても先ほども言ったようにランジェリーの専門学校などはなかったので、約7〜8年は会社に勤めて現場で基礎的なパターンの勉強をしました。そう簡単に独立はできません」


-------会社勤めの間にも「光るランジェリー」や「究極の見せブラ」などを発表され、テレビや新聞などのメディアでも話題となったようですが、機能的にも非常に優れていたようですね。


「実際にデザイン性だけでなく機能的だったんです。それまで肩紐付きブラは肩がこるからダメと言われていた方に、私がデザインした肩紐付をプレゼントしたら全然こらなくなったという声も聞かせていただいたりもしましたし……。たとえばスカートやジャケットなどは、デザイン重視で少々着心地が悪くてもどうにか我慢することができますが、とにかくランジェリーは美しさに機能が備わっていないとダメなんです。絶対にイライラさせてしまってはいけないんです。だからこそやり甲斐もあるのですが……。特にブラに関して言えば、若い頃はとにかく大きくかっこよく見せたいというのが一番かもしれませんが、年齢を重ねるごとに、それだけではなくさらに付けた時の感触が重要になってきます」


-------日本と海外のランジェリー事情を比べるとどうでしょう。


「最近は日本の女性も外国人のような体型をされた方が増えてきたので、何十年も前のように『体型そのものが?』というのは少しづつ気にならなくはなってきているのでしょうが、体型よりも大きいのは精神的な部分ですね……。原因は女性ではなく原因は男性なんですよ。今までは『○○歳になったらこういう格好はするもんじゃない』等、現代の女性であっても、知らないうちに過去から日本の男性達が作り上げてきたイメージに縛られているのです。今では当たり前になった黒の下着も、ちょっと前までは勝手に変なイメージを付けられたりしていましたし、人前に出るときは胸元は引き締めてというのもありますし……。まあそれこそが日本ともいえるのですが、やっぱり下着を自由に愉しむという事に関して日本男性はかなり遅れているので、女性と比べたら意識的な部分でかなりのギャップがあるのは仕方ないかもしれませんね……。下着へのこだわりは女性の特権でもあるのですから、活き活きと美しく生きる女性達のパワーによって、日本の男性達の意識も少しづつ変わりつつあるのではないかと感じています。


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▲bodycスリミングショーツ


◆美しさと機能を兼ね備えたニューブランド『bodyc』


-------そしてさらに美しさと機能と様々なアイデアが盛り込まれたランジェリーを手がけるため、2005年に(株)ビューティープランニング社のブランド『bodyc』」の企画・デザインを担当し、現在はフリーのランジェリーデザイナーとしてご活躍されていらっしゃるとのことですが、その瀬田さんが手がけた商品が大ヒットしているとうかがいました。


「おかげさまで、『bodycスリミングショーツ』(上画像)が楽天女性デイリー売上げランキング1位を獲得し、さらに『bodycグラマラスブラ』(下画像)が楽天インナーデイリー売上げランキング1位を獲得しました。ここまで私は、様々なメディアでも紹介されたようなデザイン性の高いものをどんどん手がけてきたのですが、『bodyc』シリーズに関しては、ちょっと立ち止まって考えてみる事にしました。私を含め、時代と共に女性達にも今までのよりも多くのストレスがのしかかり、リラクゼーションなど癒しを求める方が多くなる中、着けているだけで気持ちよくなれる、着けていると何かいいことがある、そんなランジェリーが作れないかなと思いました。直接素肌に触れるものだから出来る『内面から美しくなれる着る栄養素』をテーマに取り組んだところ、糸にゲルマニウムを織り込んだ新素材『チオクリーン糸』と出会いました。そして本物の高純度のゲルマニウム入り繊維を『チオクリーン糸』で作られたのがこの「bodyc」なんです」


-------制作過程において一番苦労されたのはどの部分ですか。


「やはりデザイン面ですね……。機能を充実させれば『お腹も隠そう』ということになりますし、様々な健康下着や暖かい肌着など機能重視のものは、当然デザイン面は重視されていないので、その上に着る洋服にも制限が出来てしまいます。でも売る側としたらデザイン性を重視した機能下着を作るのは物凄く冒険なんです。やはりどちらなのかはっきり分からないと消費者も困りますし、コストの問題も当然出てきます。それでも私としては『機能・健康下着=ダサい』というイメージを排除したかったので、たとえばショーツなら、思い切ってヒップハンガーのパンツを着用した時にも履けるようなデザインにし、若い年齢層の方達にも受け入れられるようなものにしました。もちろんゲルマニウム効果だけでなく、ヒップアップ効果のあるカッティングや、耐久性にも優れた本格志向の製品に仕上がっているのでとても満足していただけると思います。ブラに関しても本来バストがもっている自然な丸み、膨らみを重視し、グラマラスさを強調しつつ、肩紐もスタンダードとクロスを使い分けることが出来るので、胸の谷間をさらに強調したいときはクロスにするなどが出来ます。もちろん楽チンさを忘れていない優れものなので、着け心地も抜群です」


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▲bodycグラマラスブラ


◆最近、真剣に女性のことを考え、作りはじめました。


-------瀬田さんにとって『bodyc』はどういう位置づけになるのですか?

「単にデザインとか機能だけとか、大きく見せる、引き締めるというのではなく、真剣に女性のこと考え、作りはじめた第一歩になります」


-------最後にこれからの目標をお聞かせください。

「何歳になっても女性は美しくなりたいということに対して諦めてもらいたくないのです。私は仕事柄ランジェリーを通してという事になりますが、今後も女性達が内面・外面共に美しくなれるよう、なりつづける気持ちを持てるよう、商品開発だけではなく、時には言葉をつかったりもして訴えかけていきたいと思います。本来下着は見えないもの……。だからこそ自分のメンタルな部分に影響を与えるともいえます。人の肌がまず1番最初に、それもまる1日着けている下着を気持ちよく着けることができれば、きっと気持ちよくなれると思います。そして永遠のテーマでもある『愛』。まずは自分を愛しく思い、さらに他人を包み込むような愛のある人になってほしい……。そんな女性達がいつまでも輝いていられるようなモノづくりにパワーを注いでいけたらと思います」

投稿者 blogpawanavi : 2008年1月12日 18:15

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