料理が好きでたまらない・・・・・だからこそ
あらゆる角度から料理と接したかったんです。
2005/07/26 更新
社団法人 全日本司厨士協会西日本地方本部宮崎支部長
ホテルケンジントン宮崎料理長
*** 関屋 誠 さん ***

関屋さんの手がけるオーガニック料理↑
撮影:ホテルケンジントン宮崎 CAFE倫敦 にて

http://www.kensington.jp/
 今回ご紹介するパワーアップな宮崎人は、全日本司厨士協会西日本地方本部宮崎支部長であり、ホテルケンジントン宮崎の料理長でもあります「関屋 誠」さんです。「料理のつくり方だけじゃなく、仕入れや店舗の事など、私がもっているノウハウなら喜んでお話します!みなさんぜひ気軽に会いに来てください。」という、ウェルカムムードたっぷりな関屋さんに、宮崎の食材や食文化、さらに、関屋さんが考えるオーガニック料理について伺ってみました。関屋さんは、全日本司厨士協会西日本地方本部宮崎支部長という立場から、そして一料理ファンとしての目線から、常に宮崎の食文化を見つめ、様々な活動をしているパワフルな方です。現場サイド、経営サイドの両方から客観的に店舗を見つめ双方が意見を出し合うという事は当たり前のようで中々難しい事ですが、関屋さんがまとめる厨士協会宮崎支部では、そのような会合も行っているようです。普段は食べるばっかりのパワナビですが、今回は少しだけ、裏方さん達のお話に耳を傾けてみたいとおもいます。
司厨士協会のおこり
 日本と西洋料理の出会いはというと16世紀末。キリスト教伝来と共に日本に西洋料理がもたらされ、明治以後、日本における外国人の人口増加に伴い、長崎、横浜、東京、札幌を中心に、西洋料理を提供するホテルや食堂も増加し、それと共に 西洋料理に従事する調理人の数も増え、日本でも西洋料理の調理人達の集合体ができはじめます。今回とりあげている司厨士協会の歴史は古く、元々はフランスが発祥の地といわれ、全世界に存在する団体です。日本では、大正14年に東京で「全日本司厨士共同会」が発足されました。がしかし、昭和にはいり世界大戦開戦と同時に自然解散を余儀なくされ、戦後昭和31年に「全日本司厨士連合協議会」として新たに活動を再開し、昭和34年、公益法人の認可が厚生省(当時)よりおりて現在の「社団法人 全日本司厨士協会」という形態となったそうです。
(参考資料: 社団法人 全日本司厨士協会ホームページ

”司厨士”とは「厨房を司る料理人のこと」
●わが国の西洋料理業界で唯一厚生省より社団法人の認可を得ている司厨房士 (コック)の全国組織団体です。
●会員数は約27000名。12地方本部、43県本部、80支部を有し国民の食生活 向上推進の為、全国的、組織的な活動を行っています。
●西洋料理の発展、普及を図ると共に、調理技術の研究・改善・栄養の確保に勤め、国民の健康増進・向上に寄与する事を目的としています。
●優良調理師の海外派遣及び国際交流活動(国際友好運営委員会)
●世界司厨士連盟加盟・国際大会出場活動
●調理師と経営者との定期的懇談会の開催(企画事業運営委員会)
●店舗・厨房・設営の改善に関する相談・指導(料理指導運営委員会)
●調理技術全般に関する基本的指導(教育指導運営委員会)
●食品衛生の普及向上に関する指導、講習会の実施(教育指導運営委員会)
●各商社の食品、食材に関する研究会講習会、共同仕入れ機構の実施
●各職種別料理教室の定期開催(料理教室運営委員会)等
関谷 誠さんインタビュー

子供の頃から友達に料理を作って食べさせていました・・・。


パワナビ:
まずは関屋さんが料理の世界に入ろうとした切っ掛けを教えてください。

関屋さん:私は高校に入学する前から、料理を仕事にしようと考えていましたね・・・。とにかく食べる事に関しては貪欲でしたね・・・。そうだな〜中学校の頃からかな〜・・・よく家族と一緒に、ラーメン屋さんとかレストランにいくと、毎回「あ〜もう少しここをこうしていたらもっと美味しくなるのにな〜」とか「なんでこんな味付けにしてしまっているんだろうか・・・」などと本気で考えてしまう子供だったんです(笑)。

パワナビ:学生時代はどちらかというと食べるばっかりで、調理方法の話などする仲間はいなかったのではないでしょうか?

関屋さん:そうですよね・・・。でも私は小さい頃から料理を作るのが好きだったので、普通に晩御飯とかも作ってたんですよ!休みの日などは、近所の中学校の仲間に声をかけて、みんなにラーメンとか食べさせてたんです。みんなが「美味しい」って喜んでくれるのが嬉しくて・・・ただそれだけでしたね。そういえば、最近も古い友人に「昔、大人になったら俺の作るラーメンいっぱい食べさせてやるって約束したじゃないか」とかいわれるほど、当時の仲間には評判よかったんですよ。そういうわけで高校は地元宮崎の日章学園高等学校調調理科に進みました。

パワナビ:卒業されてからその後はどうされたのですか?

関屋さん:とにかく料理に関するあらゆる事が知りたかったので、東京にいきましたね。もちろん料理関係ですが、最初は宮内庁ご用達の食品会社で1年間勉強し、すぐに六本木・赤坂で和食の勉強をしました。東京には5年ぐらい滞在しましたが、当時の私の仲間達は料理会でとても有名になられているようですよ(笑)。それから私は、すぐに東北にいきましたね。
パワナビ:なんで一流の料理人が集まる東京から、わざわざ東北に行かれたのですか?一流の料理人を目指すのならそのま、東京にいるほうがよくなかったですか?
関屋さん:いやいや、元々、一流の料理人になるのが目的ではなく、とにかく大好きな料理をいろんな角度で見たかったんです。というか見れる人間になりたかった・・・だから時期的にも、そろそろ洋食がやりたくて、当時のオーナーに相談したんですよ。すると、オーナーが当時、北海道で3本の指に入るといわれていたレストランのシェフを紹介してくれて、そのシェフが弟子にあたる人の店を紹介してくれると言う事になり「洋食が出来るなら」と東北は仙台に行きました。仙台には1年半ぐらいいたかな〜、それから一旦、宮崎に帰ってきて、いろいろと準備をし、今度はフレンチを勉強しようと東京に行きました。とにかくいろんな事が知りたかったんです。そして本で読むだけじゃなく実体験したかったんです。

宮崎にも腕のいい料理人はたくさんいる。
美味しいものたくさんある。
○○一筋何十年・・・等、いろいろ考え方はあるだろうけど、
料理をあらゆる角度から見る人間がいてもいいと思った。


パワナビ:
食品メーカーから、和食屋さんに洋食屋さん、そしてフレンチ専門店様々なお店で修行されたようですが、最終的に宮崎に帰る切欠となったのは・・・?

関屋さん:当時でいう”シーガイア(現フェニックス・シーガイア・リゾートとは異なる)”のシェフがたまたま六本木時代の私の先輩と兄弟分だったという縁があって、洋食担当として、宮崎観光ホテルを紹介してくれたんです。そこで3年間働き実績を積み、その実績を見込まれてレマンホテルで11年間厨房をあずかりました。私が司厨士協会に入会したのも丁度この頃ですね・・・。その後、当時の司厨士協会会長から「巨人軍の料理と作ってくれないか」とたのまれ、キャンプシーズンに巨人軍が宿泊するグランドホテルで働きました。今でも思い出に残っている事があるんですけれど、巨人軍のディナーともなれば毎晩様々な料理が並ぶのがあたりまえで、メインも毎日変わります。選手達を飽きさせてはいけないと、毎日いろんなボリュームのあるメニューを考えました。今日は河豚料理で明日は焼肉など・・・そんなある日、私は自慢のハンバーグを出したのですが、某コーチに「ゴメンね、今日はハンバーグみたいだけど、僕は全国の美味しいハンバーグをたくさん食べているから特にハンバーグはほしくないんだ、あなたの作るハンバーグが美味しくないといってるわけではない事をわかってもらえるとたすかるんだけど・・・」まあ、そんなふうに言うものですから・・・そりゃ少しは「エッ」と思いましたがそこは「わかりました」といことで終わったのですが、しばらくすると、その某コーチも気が引けたのか「すいません、やっぱり1枚焼いてもらえるかな〜」と言ってきたんです。その時も「もし残したらゴメンね・・・本当に気を悪くしてほしくないんだ・・・自分がいろんなところで食べ過ぎているだけなんだよ・・・」と気を使ってくれたのですが、自分としては自慢の料理だったので「食べてもらえればきっと分かってもらえる」と思ってハンバーグを焼いたんです。そると面白いことに「美味しい、美味しい」って言って、あっという間に3枚もたいらげてしまったんです。こっちがビックリしましたよ!でも、その時ばかりは本当に嬉しかったですね。そのコーチは、よほどそのハンバーグが気に入ったらしく、後から「あなたのレシピを教えてください」といわれたのがとても印象的で忘れれられないですね・・・今でもそのハンバーグは出していますよ。
パワナビ:それでは、今、ホテルケンジントン宮崎にくれば、そのハンバーグを食べる事ができるんですね・・・・。
関屋さん:あまり、おおっぴらには告知していませんが、そういうことです(笑
パワナビ:話はかわりますが、関屋さんを紹介してくださった方から、あらかじめ、料亭からフレンチ、ホテルだけではなく、宮崎医大等の病院給食まで手がけられていたと伺ったのですが・・・。
関屋さん:はい、先ほどのグランドホテルの後になりますが、宮崎医大の病院給食のお話をいただきました。個人的にその内容を聞かされたとき「患者さんの食事が作れる」ってメチャメチャ嬉しかった記憶がありますね。なんでかっていったら、患者さんの楽しみといえば食べる事ぐらいじゃないですか・・・。そんな環境で、俺みたいな人間でも、なんとか料理で会話ができるのではないか?と思ったんです。決して派手な仕事ではないですけど、ここでの経験は自分の人生において、とても大きかったですね。本当に勉強になりました。そして司厨士協会の宮崎支部長になったのもこの頃ですね。そんな経験を経て、今ではここ”ホテルケンジントン宮崎”の料理長をやらせていただいております。実際はここでは名前の上がっていない店舗などもあるので、かなり動いている事は確かです。おかげで様々な生産者の方や業者の方に知り合いが多くなりましたけど(笑)。
パワナビ:前にも「あらゆる角度から料理を見れる人間になるために」と言われていますが、関屋さん自信、いろいろと職場を変わられる事に抵抗はなかったのですか?上下関係の厳しい世界だと聞いているので、特に料理人を目指す人などは、少々無理してでも1つの職場で長く続けて、それなりの地位を築こうと考える方もいますよね・・・。
関屋さん:そうですね・・・。でも、どんな事にも苦労はつきものですから(笑)。たとえどちらのスタイルであれ、料理が好きな気持ちを持ち続ける事ができれば、最終的には料理に恩返しが出来るのではないでしょうか?私個人的には、いろんな角度から料理を見れる人間になりたかったので、1つの職場にいるよりは、ちょっとでもチャンスがあればいろんな事に挑戦したかったというわけで。腕のいい職人になる事が目標だったわけではなく、トータルで料理の事を理解したかった。そのためには本の知識だけでなく、実際にいろんな世界に入って体で感じたかったという事です。たとえば名選手になってヒーローになるより、トータルで強いチームを作るにはどうしたらいいか?考えたかったというか・・・?そんなスタイルのどちらが有利か不利かと言うのは、こればかりはなんともいえませんよね・・・・・だからと言って、料理の基礎はしっかり学ばなければならないと思いますし、それを後輩達にしっかり伝えなければならないという使命感はもっています。でも、それ以上上のレベルでの”味”的な面では、しっかりとした技術を持たれている方がたくさんいますし、好みの世界にも入ってきますので、それは別な人にお任せするとして、逆に僕にしか出来ないノウハウや、僕しか体験していない経験とかを後輩達に教えてあげたいんです。そうする事で宮崎全体の料理のレベルが上がるわけですから・・・。とにかくこだわって頑張っている人や腕のいい料理人は宮崎にもいっぱいいます。しかし、地域が全体的に底上げしていかなければ、物産にせよ、店舗にせよ、せっかくいい素材がたくさん転がっている宮崎県でも意味がなくなってしまします。あとは地域としての特色をどういうコンセプトをもって表現していくか?とかそんなところですかね?でもそれは一店舗だけではなく、意識的にみんなでやらないとね・・・。

宮崎のよさを知り、そして地場の良いものは積極的に使っていく、
それが次第に文化となり、県外へのPRにも繋がる。


パワナビ:いや〜関屋さんは、料理を作るとか、食べることだけでなく、料理文化そのものが大好きなんですね・・・。それに何より宮崎が好きだということも分かりました。
関屋さん:ええ365日料理の事だけでもいいくらいですから(笑)。そして、なんといっても、宮崎ですよ!このままじゃいけませんよね!いい店がいっぱいあるんだから県外の人にも、宮崎は本物の素材が楽しめる町だってアピールしないと!
パワナビ:そういえば、先ほど「地域の特色」といった事を挙げられましたが、具体的にはどのような事があげられますか?

関屋さん:”地産地消”という言葉がありますが、地元の人には地元の食材の素晴らしさをわかっていただき、ぜひ地元のものを「いいものだから」という理由で積極的に使っていただく・・・みんなが何気なく利用することで、それが次第に「いいもの」として県外にひろまるんです。たとえば観光宮崎として考えた場合、県外から来る人達にとってはせっかく宮崎にきたのだから宮崎でしか口にできないものを望むはず。そんな時、どこの店に入っての安心してたべられるようなスタンダードたりえるレシピ作りなんかは必要かな・・・。「宮崎人なら誰でも当たり前にこんな風にしていているよ!」みたいなもの、大げさにいえば誰かの自宅で食べても美味しいみたいな・・・。やっぱり宮崎の看板料理ぐらいはどこで食べても美味しくないとね!そうだな〜宮崎ということで”チキン南蛮”だとすると、必要最低限まもらなければならないスタンダードな宮崎のチキン南蛮の内容を決める!とか、そうじゃなかったらチキン南蛮と呼べないぐらいのなにか(笑)。完璧は無理かもしれないけど、しっかりとした観光都市には、そういうのがあるとい思うんですよね!そして、それが食べられるお店の分かりやすい掲示をする等も必要。さらに宮崎はいい水も豊富でこの土地自体が生み出す素晴らしい素材がたくさんあって、都会では貴重とされるものが身近に手に入ったりもするし、海や山が非常に近い事から、肉・魚・野菜のどれをとっても、都会に比べて鮮度自体で負ける要素は無い・・・だから、作る側も食べる側も、もっとその辺を意識できるようなガイドラインを作らなければならないと思うんです。高額の魚を買っては見たものの、なんとなく味がイマイチ・・・ところが、安いけど近海で獲れた新鮮な魚を刺身にしたら事のほか美味かった・・・なんてどこにでも良くある話じゃないですか?宮崎には凄い魚がいっぱいいるんですよ、こんないい魚、都会ではめったに食べられないよ!ていう・・・でも宮崎の人にとっては単なる安い魚になってしまったりするんです。ほんとうに当たり前って怖いですよね。宮崎県は、肉も魚も野菜も全国に誇れる素晴らしい品質のものが、身近に多くあるとても贅沢な土地なんです。だから、ただ単に料理をするだけでなく、そういった事をうまくPRしながら、県内外の方に、宮崎地場産のものの素晴らしさを分かってもらえるような演出を料理を通して考えていかなければならないんです。ただ、悲しい事ですが、県内で獲れる最高のものは高い値がついて都市部の一流店などに流れてしまうし、せっかく近くに住んでいながら、獲れたてのままで購入できるとは限らないのがなんとも残念な事ですね・・・システム上しょうがない部分でもありますが。特に野菜なんか獲れたてのものと一晩たったものでは全然違いますから。それでも、そのワンランク下の食材、普通に宮崎のスーパーなどで売られているものでも、都会のスーパーなんかと比べたらいいものがたくさんならんでいますよ。それほど食に関しては恵まれている土地だということです。
パワナビ:わたしも30年以上横浜に住んでいましたが、宮崎に来て最初におどろいたのが、毎日普通にたべるご飯やおかず類がとても美味しい事だったのを5年たった今でも感じています。特に魚や野菜は大きく違いますね。自分の家で獲れる白菜やニンジンを食べて、アレこんなに甘くて美味しかったっけ?と思いました。さらに都会は野菜が以上に高いですし・・・。
関屋さん:作る側も、食べる側も、当たり前の中にあるありがたいものを意識しなければいけないですよね!時間があればそういう話もぜひしたいですね!市場にいたこともあったし、大手の食品メーカーにいたこともありますから(笑)。
パワナビ:それでは料理に関する事なら「味」以外の部分でもいろいろとアドナイスをしていただけるということですね!
関屋さん:そう!ということで前にも話しましたが、美味い料理を作る腕のいい料理人はたくさんいる!だから料理人の中には、私のように、料理を作る以外の事を真剣に考える人間がいてもいいのではないかと思っています。今まで、たくさんの料理人と接して、たくさんの料理を食べてきたのですが、どこの町にも、有名じゃないけど本当にこだわって料理をされている人や、美味しいものなどがあります。でも、何か一つ歯車が噛み合わずに、中々表に出れなかったり、出す機会がなかったりという事もよくある事なんです。だから私は、自分で料理を作るよりも、すぐに「あ〜もうっとこうしたらこのくらい良くなるのにな〜」とか、大人になった今でも、そんな事を考えてしまうんです。それは子供の頃からかわりませんね・・・。だから料理人というよりは総合的にプロデュースが出来ればいいなぁと思うんです。ありとあらゆる事を経験してきてるので、大よその料理関係の事なら、メニューやレシピの事から、仕入れ、店造りなど何でも相談に乗る事ができると思います。何かアクションを起したいけど何からはじめたらいいかわからない・・・とか、どこを改善したらスムーズに店舗が動き出す等、私がお話できる事ならなんでもお答えしますので、ぜひ、気軽に声をかけてほしいですね!逆にまってるくらいですよ(笑)!
オーガニック料理
ホテルケンジントン宮崎 CAFE倫敦

オリジナルオーガニック料理コース \4,000
1日10人程度まで 要予約お願いします
(季節により内容は異なります)
パワナビ:続いて、こちらのホテルケンジントン宮崎 CAFE倫敦で関屋さんが力を入れているという地場産品を生かしたオーガニック料理について、お話を聞かせてください。
関屋さん:わかりました。最近はみなさんもよくオーガニック料理という言葉を耳にすると思いますが、オーガニック料理とは、有機栽培、無農薬の素材を使用した料理の事です。先ほどは、宮崎に来た観光客達が安心して宮崎の食材が楽しめるものをつくらなければならないといいましたが、もう一つ、子供達が安心して食べられるもの、本当に美味しいものはどんなものなのか!を伝えなければならないと思います。
パワナビ:最近は、様々な調味料やジャンクフードのせいで味覚音痴や極度な変食の子供が増えているようですね・・・。野菜の育て方にしても技術の進歩と同時にいい面、悪い面もあり、こんな時代だからこそ、あえてオーガニック料理なんていう言葉がでてきたりとか・・・。

関屋さん:いや、いや、でもね、間違って受け止められると困るんだけど、オーガニックが良くて、それ以外はダメって言ってるわけじゃないんだよ。有機栽培、無農薬以外のものでも、美味しくていいものもあるし、最新の技術にしても、瞬間冷凍の等の技術のおかげで助かっている事、瞬間冷凍だから美味しくたべらるものも多いわけだから・・・。さらに現状では、一部オーガニック○○を使用というメニューは多いですが、本当のオーガニック料理は数も限られており、そんなに多くの人が口出来るものではないんです。しかし、私としては少しでも多くの人が楽しむ事が出来なければ、私が考える料理ではなくなってしまうのです。結果的には、都会で何万円もかかる料理を誰もが口にできないのと同じ事になってしまうでしょ。ですからその辺が今後の課題ではあるわけです。誰もが気軽に低価格で食べられるようなシステムや環境を作らなければならないですよね。それには料理作りだけしていてもダメなんです・・・。


四国、阿波踊りの照り焼きと
オーガニック野菜


無菌サーモンと
オーガニックのマリネ




←酒健美豚(西都)
オーガニックピーマン(海老野)

右下はヒマラヤの岩塩・紅塩、ヒマラヤ
山脈・チベット高原で採掘される約3億8千万年前の塩で、食べるとほのかに硫黄っぽい風味があり、生野菜にそままつけて食べるだけで、とても美味しい、ある意味、天然の味付き塩なんです。


オーガニックトマトと
オーガニックコーンスープ

地獲れの魚を使った
グラタン

次世代を担う子供達に何かメッセージを残してやりたい。


パワナビ
:今までの話を踏まえて、関屋さんの考えるオーガニック料理とはどんな意味合いのものですか?

関屋さん:そうですね・・・ただ単に有機栽培・無農薬栽培という事ではなく、次世代の子供達に伝えるメッセージがどれだけ込められているかだと思います。特に地方では農業を営んでらっしゃるご家族も多いわけで、急速に時代が移り変わる中、こらからの子供達が農業をささえる上で、農業に対するロマンがなければ興味も沸かず、愛情も注げないと思います。だから、オーガニック料理を通し、次世代を担う子供達に少しでも農業に対する夢を持たせてあげる事が出来ればと思っています。私達が子供の頃に感じた獲れたて野菜の美味しさとかは今だに覚えています。だから契約農家の方などに、よくお願いするんです。「この獲れたての白菜の芯の部分の甘さや美味しさを近所の子供達にもわけてあげてください」・・・私もあえてオーガニック料理というものを手がけてはいますが、本当はそんな単純な食べ方や感動こそがいつまでも記憶として残っていくのかもしれませんね・・・。昔は、自分の家だったり、隣の人だったりが育ている姿から目にし、大根などを引き抜く様子まで目に浮かぶもの食べるのですから、食材に関する不信感なんかないわけです。常に生産者の顔を思い浮かべながら食べるわけです。

パワナビ:逆に単に無農薬だから有機栽培だから・・・という表示にたよって生産者の顔も見ぬまま作ったものが、はたしてオーガニック料理といえるかというと、そこでまた疑問がわいてきますね。毎度のことながら、○○が何%未満なのでオーガニックと認定されました・・・を鵜呑みにして、実は違っていたとか。現代は大手の食品メーカーにも、消費者が不信感を抱いていますよね。

関屋さん:やっぱり、食べ物は人間の体内に取り入れるものだから、作る側、と食べる側の信頼関係というのはとても重要な事だとおもいます。たまに食品を製作しているサイドや厨房から、おかしな台詞を聞くことがあります「あれを作っているところをみたら食べる気をなくす」これこそおかしな話ですよね。私自信、様々な角度から料理を見つめきましたが、なんといっても大切なのは、食材を作る人、料理を作る人、食べる人、これらの人の人間関係だと思います。オーガニック料理は「食べる」という日常当たり前の行為として現代人がおざなりにしていた、食を通じた人と人との信頼関係を思い出させてくれるものなのではないでしょうか?有機栽培・無農薬栽培といったことだけにとらわれると、またこのオーガニック料理事態意味のないものになってしまうかもしれませんね。
パワナビ:関屋さん今日は貴重なお話をありがとうございました。



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