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2006年08月14日
作家・高山文彦〜「ミラコロ」朗読会 [ 延岡市 ]
8月11日(金)、延岡市幸町にありますお菓子屋さん「日向の国・虎屋」さんにて、今年の6月に出版された、長編小説〜「ミラコロ」(ポプラ社刊/1,365円)の作者、「高山文彦」さんの朗読会とトークショーが行われました。ノンフィクション作家として有名(大宅壮一ノンフィクション賞・講談社ノンフィクション賞受賞)な高山さんは高千穂町出身で現在は東京都に在住しており、昨年の台風災害後、地元の深刻な被害状況と様々な復興活動を知り、作家という立場から、高千穂鉄道再生の願いをこめて、同鉄道をモデルに、それにまつわる様々な人々の奇跡的な出会いを描いた作品を、ご自身初の書き下ろし長編小説(フィクション)として発表されました。会場には、高山さんの生の声を聞こうと幅広い年齢層の方達が訪れましたが、そんな中には、この小説中で「斉藤運転士」として登場するキャラクターのモデルとなった、「斉藤」さんご本人や、高山さんが会長を務める地元高千穂町で昨年11月に発足された「山参会」のメンバーの顔もありました。 さらに、会場には、朗読する高山さんを囲むように、今年の春撮影された、パワナビ「日々輝」コーナー担当、オオタヒサヤ撮影による、「台風災害から半年後の高千穂鉄道沿線の風景写真」(写真展8月12日〜8月25日・同会場にて)が飾られ、朗読会を盛り上げました。
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●高山文彦さんプロフィール
・1958年宮崎県高千穂町生まれ
ノンフィクション作家、
・高千穂高校卒業後、法政大学文学部に入学
・1981年法政大学中退後、TV映像製作会社に入社
・1992年独立
・1995年双葉社から『いのちの器』を処女出版
・1995年と1998年に雑誌ジャーナリズム賞作品賞を受賞
・2000年ハンセン病と闘いながら23歳の若さで逝った作家
「北条民雄」を描いた『火花』」で
大宅壮一ノンフィクション賞と講談社ノンフィクション賞をダブル受賞
・2006年6月高千穂鉄道再生を願いポプラ社より『ミラコロ』を出版
同書が初の書き下ろし長編小説となる。
・その他代表著書としては
高千穂の天孫降臨神話をテーマにした 『鬼降る森』(幻戯書房)や、
神戸でおきた酒鬼薔薇事件を追った『少年A 14歳の肖像』(新潮社)、
松本治一郎と部落開放運動をテーマにした『水平記』(新潮社)、
などがある。
・高千穂「山参会」会長、宮崎県オペラ協会「鬼八」脚本家
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●ミラコロ
ミラコロとはラテン語で奇跡(ミラクル)を意味する。
タイトル:ミラコロ
著者:高山文彦
出版社名:ポプラ社
出版年月 :2006年6月
ISBNコード:4-591-09268-2
税込価格:1,365円
(ミラコロより)
■大人は泣かない、と思っていた。
空と谷のあいだを列車はゴトゴト走ってゆく。しずかに、優しく、人間の哀しみを脱がせながら。たまらなく暖かい、大人の「奇蹟」の物語。
疲れた男をつき動かしたのは一通の手紙だった。記憶の底へ封じ込めた故郷の町から届いたそれは、廃業が決まった映画館の最後の上映会を報せる懐かしい百合子からの手紙だった。あの百合子が、なぜ?男は峡谷を走る小さな鉄道に乗り込んだ。
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●その後の高千穂鉄道写真展
(パワナビ日々輝 フォトグラファー・オオタヒサヤ写真展)
朗読会会場には、背景として8月12日〜8月25日に同会場(虎屋ギャラリー)にて開催される、パワナビ日々輝コーナー担当のオオタヒサヤによる「台風十四号被災から、その後の高千穂鉄道沿線風景」の写真展が、「寸断された時間と生き続ける時間」と題し、1日早く披露されました。今回、展示している写真は、今年の春に撮影されたものです。展示されている作品はWEB上でも公開しておりますので、下記よりご確認ください。また、撮影後記なども下記より紹介しております。
(左:写真展会場風景)(右:高山文彦さんとオオタヒサヤ)
■写真展の画像はこちらからご覧いただけます↓
hibiki vol 1 hibiki vol2 hibiki vol3
■その後の高千穂鉄道沿線風景撮影後記↓
http://www.pawanavi.com/blog/info/archives/2006/04/post_280.html
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●お客さん達を紹介
(左:会場となった日向の国 虎屋)(右:虎屋・上田社長夫妻と高山さん)
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今回の朗読会と写真展を企画実行された、「日向の国 虎屋」の上田社長(右上)も、高山文彦さん同様に、高千穂線再生を願い様々な活動を行っています。なかでもユニークなのは、お菓子屋さんならではの発想で、「美しいTR高千穂鉄道の復活と、沿線の町々の復興を応援するお菓子」として、パッケージイラストを日之影町出身の漫画家「赤星たみこ」さんに依頼し「香る山々」(下画像)という名前で売り出しています。売上金の25%をTR高千穂鉄道復活の支援金として貯えているとの事!この日も、各テーブルには「香る山々」とお茶が振舞われました。
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(画像提供:日向の国 虎屋)
お客さんの中には、冒頭でご紹介した、作品中にも登場する「斉藤運転手」の実物↓や
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高千穂町で昨年11月に、高山さんを中心に、「高千穂を素晴らしい天地にしていこう」という志にあふれた者達の集まり「山参会」のメンバーも、高千穂から延岡に駆けつけ、高山さんを熱く見守っていました。ちなみに「山参会」の主な目的は「高千穂鉄道の全線復興と活性化を実践する」「山々の復興と再生をめざす」「五ヶ瀬川の復興と再生をめざす」「癒しの里づくりを実践する」で、会員規則の中には「想像力を失わない」「百年後をめざす」などが上げられていました。
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そして、客席には、高千穂鉄道写真展の中で、モデルを務めてくださった、「ゆきこ」さんの姿もありました。ゆきこさんは昨年の台風14号で御自宅が床上浸水の被害にあわれた事から、高千穂鉄道沿線の風景やミラコロの内容にも特別な思いがあった事かと思われます。
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他にも、年齢や性別に関係なく、沢山の方が虎屋ギャラリーに訪れ、高山さんの朗読に耳を傾けたり、質問や意見を言ったりして、楽しいひと時を過ごしました。
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さらに、この日は特別に、高山さん直筆のサインとメッセージが書かれた「ミラコロ」が販売され、会場においてあった本は直ぐに売り切れてしまいました。
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●朗読会風景
物語は、故郷を捨て、全てを過去のものにしようと都会の荒波にもまれながら生活する、TV映像製作の仕事に携る主人公「敬介」が、故郷の幼馴染み「百合子」から送られてきた一通の手紙がきっかけで故郷に舞い戻るところから始まります。内容は「故郷にたった一つだけ残っていた、みんなの思い出がたくさん詰まった映画館がいよいよ閉館になるから、最後の上映の日に故郷に帰ってこい」というものでした。地名は記載されていませんが、高千穂を連想できるようなキーワードがところどころに見え隠れします。
手紙を受け取った主人公「敬介」は、台風災害で運行がストップし、地元の人々の努力により運行が再開されてまだ10日目という列車の始発駅にやってきます。この「ミラコロ」という作品は、とても身近な近未来を描いた作品です。小説の中では高千穂鉄道がモデルと思われる(実名は記されていません)列車は既に運行が再開され、実際にレールの上を走っています。一部の区間はバスで移動し、ある駅からまた列車に乗りかわり、線路の上を走り終着駅をめざします。始発駅は海が直ぐそばにある工場町。そして敬介が目指す映画館がある故郷は、長いトンネルの向こう側にある、山の上の終着駅です。高山さんは、「どこから始めましょうかね?まったく何も決めずにこの会場にきたもので・・・。」と言いながら、「ここにしよう」と朗読を始めたのが、始発駅の場面でした。
斉藤運転士から様々な事を聞かれても、偽名で答えたり、はぐらかしたり・・・と、敬介は二十年以上たった今でも自分自身の故郷を素直に受け入れられずにいます。列車の中で一人でぼ〜っと座っている時でさえ、あまり思い出したくないような過去が頭をよぎります。いい思い出として唯一、強く印象に残っているのは、敬介に手紙をおくった百合子との事ばかり・・・しかし、故郷の地を踏んだ今でも、何故か敬介の気は晴れず戸惑っているようです。そうこうしているうちに、列車は走りだし、琵琶をもった盲僧や酔っ払い、老人と付き添いの若い女性、一人、またひとりと様々な人々が乗車してきます。
時折、高山さんが自分の記憶をたどりながら、時代背景と共に川の名前や土地の名前、花の名前などを例にあげてリアルに語ってくれました。物語の中に登場する「吐合」と言う駅は実際に存在する駅で、日向岡本と曽木の間にある駅です。吐合駅は延岡市から高千穂町に向かって走る国道218号線の右側にあり、左手には大きな五ヶ瀬川が流れ、ちょうどこの駅の前で国道と共に左にカーブしています。そして右手から流れてくる小さな曽木川がカーブ付近で合流しています。列車は国道や五ヶ瀬川とは全く逆方向(右折)に進みます。吐合駅の入り口は、地元の床屋さんのわき道となっており、ホームには小さな小屋とベンチがあるだけの無人駅です。吐合(はきあい)という少々変わった名前の駅の由来を、高山さんは「川(五ヶ瀬川)と川(曽木川)が合流する・・・川の流れが出会う場所の事を吐合というんです」と説明してくれました。小説の中で、実際に実名として確認できるのはこの駅だけなのです。しかし、なにか偶然の力に引き寄せられて、一人、またひとりと列車に吸い込まれるように人々が合流するところは、川ではなく、人間ですが、まさに「吐合」といった感じがします。
また、高山さんは、朗読の合い間にこうも語っていました。「小説の中では、一部がバスでの連絡となっていますが、やはり全線復興を願っています。高齢者の通院等を考えて見ても、乗車する人が少ないから・・・とか赤字が出せないから・・・というのは違うと思います。今後の高齢化社会を考えても、誰も彼もが自分で車を運転してどこまでも行けるとは限らないんです。赤字だからこそやってやろう!みんなの力でのりこえよう!という発想の転換も必要ではないかと思います」
朗読はさらに進みます・・・。奇跡的な運命で列車に合流した人々の中に、少しづつドラマが展開して行きます。始発駅から終着駅までの短い時間内に明らかになる乗客達の持つ小さなエピソードが敬介がかたくなに閉ざした堅いカラを打ち破っていきます。もの心ついたころから、何十年も敬介が抱えていた胸の奥底にある青黒い塊は、たとえ故郷を捨て大都会に行ってもそう簡単に消えるものではなかったのです・・・・・。が、勇気?をだして自分が目を背けていたルーツに真正面から向き合う事で、いや向き合う破目に陥ってしまった事で、青黒い塊が少しづつ小さくなっていくのがわかるから不思議です。それも何十年もかけて出来上がった塊が、たったの数時間で・・・。なんといっても、ひとつ屋根の下で、「同郷」だけをたよりに、様々な職業や年齢層の人々が語り合うのも面白い部分です。
本当に身近な近未来を描いた「ミラコロ」を読み、高山さんの朗読を聞きながら、オオタヒサヤが撮影した写真や昨年の台風災害の様々な場面を思いかえしてみました。今まで高千穂鉄道再生などのの話はよく耳にしましたが、この作品のような形で、近未来の人々の出来事を具体的にイメージすることはできませんでした。こういう設備がある・・・とか、これだけお金がかかる・・・。と言う前に、自分なりに、もし鉄道が再生したら、人々や環境にどのようなドラマが待っているか?などの事もしっかり考えなければなりません・・・。さらに自然と共に生きて行く上で、高山さんが会長を務める高千穂町の「山参会」(上記参照)の会員規則にある「百年後をめざす」といった事を念頭に置き、未来をイメージできる人が増えていかなければならないとも感じました。これは、高速道路や中心市街地の活性化などでもいえる事だと思います。人間誰しも、今やった事は直ぐに結果が出ないと不安になるものですが、もっと遠くに視点をおきつつ、直ぐに結果はでなくとも、自分を信じて今を頑張れないといけないと感じました。そして高山さんのお話によると、只今、「ミラコロ」の映画化の話などもあるとの事でしたので、その日が来るのを楽しみに待っていたいと思います。
投稿者 matsuda : 2006年08月14日 18:53
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コメント
今回の朗読会には参加できなかったのですが、『ミラコロ』読みました。
高山さんの書かれた文章から、実際に高千穂鉄道に乗車した時に見える景色が思いうかべられました。
物語に出てくる「喜楽館」も高千穂に実在した映画館です。父、母にとっては、青春時代を過ごした時の思い出の場所。この物語で喜楽館という名前がよみがえったのはとてもなつかしく感じられたと思います。
たしかに、復旧するには大変な時間、資金が必要です。「復旧、復旧」と言うけど、なかにはどう動くべきなのか、どう動いたらよいのかわからない、または、再生への関心がまだまだ浸透していない部分もあると思います。
『ミラコロ』で、高千穂鉄道復旧への関心がもっともっと高まる。関心が高まれば、良い方向へ進めるひとつのきっかけになると思います。
投稿者 美樹 : 2006年08月17日 01:21
>美樹さん
返信が遅くなって申し訳ございませんでした。
「喜楽館」・・・・・私は見た事がないのですが、
どんな映画館だったのですか?
小説「ミラコロ」の中で紹介されている
イメージのままなのでしょうか?
登場人物達が目指した劇場が
実際にはどんなところだったのか
非常に興味があります。
投稿者 パワナビ松田 : 2006年08月29日 21:07
8月25日に虎屋さんサロンでの僕の生まれて初めての写真展を無事終了いたしました。
パワナビユーザーの方々で、もし写真展へ足を運んで下さった方がいらっしゃいましたら、この場をかりてお礼を申しあげたいと思います。
「ありがとうございました」。
まだまだ未熟者な自分ですが、「日々輝」はこれからも続けてゆきたいと思います。またいつか写真展ができる機会がありましたら、もう少し腕をあげた作品を皆様に御覧いただけることと思います。「どうぞこれからもよろしくお願いいたします」。
投稿者 オオタヒサヤ : 2006年08月30日 05:18
