遊歩百選 選定記念イベント 「小椋 桂」 歌談の会

2003/07/07更新

6月13日高千穂町武道館にて開催(高千穂町)
小椋 佳 「遊歩百選記念イベント」実行委員会主催
 6月13日、高千穂町武道館にて「小椋 佳 / 歌談の会」が開催されました。このイベントが開催されるきっかけはというと、「高千穂・野仏の里と神話」が「遊歩百選」に選ばれ「高千穂で遊歩百選選定記念イベントがしたい!」と地元の有志によって実行委員を結成、そして「遊歩百選」の審査員でもあった「小椋 佳さん」に協力を呼びかけ、了解をもらい「歌談の会」開催が決定されたとのことです。
遊歩百選と浅ヶ部「野仏」八十八ヶ所霊場めぐり
「遊歩百選」
 読売新聞社大阪本社の呼びかけで始まった「地域が誇る観光資源をもとに、自然と歴史の再発見を目指し、歩きながら健康づくりが楽しめるエリア」として、全国800余りの候補から「高千穂・野仏の里と神話(浅ヶ部〜本組神話史跡〜高千穂峡)」が選ばれたそうです。
「浅ヶ部の里」(パンフレットより)
 山腹に広がる浅ヶ部の里は、古くは麻の栽培が盛んで、岩戸坂越えの峠にある寛政3年(1971)健立の先祖供養碑には麻香部村と記されている。浅ヶ部の「氏神まつり」は毎年旧暦11月11日に行なわれる。土・土による祭日といわれ、豊作を祈願し、夜を徹して33番の神楽を奉納する浅ヶ部の村まつりは、舞はもとより、道行きから祭場のしつらえ等に古いしきたりが継承され、町内外から多くの人々が一夜氏子として訪れる。
 浅ヶ部八十八ヶ所霊場の開場に至る経緯は、天保3年(1832)から5年にかけ大飢饉にあい、老人・子供はもちろん、多くの里人が死亡したため、当時の庄屋佐藤万九郎は延岡藩に訴え、肥後米の買い付けを行い大飢饉を乗り越えたという。この時に支給された残金と、甲斐常吉ら有志が天保4年に宮水代官所の許可をとり、近郷から得た浄財により、四国八十八の寺院の土をもらい受け、天保6年(1835)3月21日、開眼・開場されている。霊場八十八体の御本尊はすべて同一寸法で、原石は田原村有志の寄進といわれる。製作者利吉は延岡・舞野の石工職で、高千穂地方に数多くの疾甲塔(青面金剛像)や仁王石像を刻している。

「八十八ヶ所霊場の主な仏様」
・釈迦如来 ・阿弥陀如来 ・大日如来 ・千手観世音菩薩 ・薬師如来
・地蔵菩薩 ・不動明王
歌談の会へ・・・
会場となったのは高千穂町武道館!今回のイベントは高千穂のみなさんが実行委員を組織し運営しているそうです。実行委員会のスタッフのみなさんは、下の図のようなパスをつけていました。「なにせ素人の手作りなので・・・」とうのは実行委員長の佐藤さん(右上画像の右側)!さてさて、この武道館という広〜い会場にどのくらいお客さんが詰め掛けるのでしょうか?
さてさて、武道館の中はといいますと、これが凄い!!一階席、二階席ともに満員!熱気ムンムンの会場にびっくり。遊歩百選選定記念イベントに小椋 佳さんが駆けつけたということもあって、高千穂町民にとっても特別な夜になったようです。
ご自身も高千穂・野仏の里を歩かれたという小椋 佳さんの「歌談の会」は歌とトークで構成されていて、代表曲「シクラメンのかほり」「「夢芝居」はもちろん、遊歩百選のイメージソング「訪ね歩けば」等を熱唱!中でも印象的だったのは、ラジオ劇を思わせるような、自然を通し鬼の子供と人間の子供の触れあいを描いた、歌と物語「鬼羅の風」!高千穂の風景にぴったりの素敵な物語でした。さらにトークも旅の話や大病との戦いなどを中心に様々な曲作りに関する面白いエピソード聴かせてくれました。
「なにせ素人の手作りなので・・・」とちょっぴり心配そうな、実行委員長の佐藤さんでしたが、終ってみれば満員のお客さんと一緒に「遊歩百選選定記念」を祝うことができて「大成功」となりました。最後に高千穂の皆さん!「野仏の里と神話・遊歩百選選定」おめでとうどざいます。そして関係者のみなさんお疲れさまでした。
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