2008年02月11日

エド・ウッド [ ビデオ/DVD/ヒューマンhuman ]

Ed Wood
1994年/米 2時間3分 モノクロ
ビデオ・DVD
(ブエナ ビスタ インターナショナル ジャパン )
監督:ティム・バートン
製作:デニーズ・ディ・ノヴィ/ティム・バートン
製作総指揮:マイケル・レーマン
脚本:スコット・アレクサンダー /ラリー・カラツェウスキー
音楽:ハワード・ショア
出演:ジョニー・デップ、マーティン・ランドー、サラ・ジェシカ・パーカー

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■パワナビ松田 レビュー (DVDにて鑑賞)

評価:★★★★★

 以前から気になっていたものの、何故か鑑賞する機会を逃しつづけていた映画「エド・ウッド」を、DVDにてやっと見る事ができた。1994年、ティム・バートン監督のモノクロ作品で、主演はティム・バートンといえばおなじみのジョニー・デップである。内容は「史上最低の映画監督」と言われた実在の人物「エドワード・D・ウッドJr」の伝記的映画で、その内容はオープニングからエンディングまで見事に救われないのである。

 映画会社の下働きをしながら日夜一流映画監督を夢見るエド・ウッドをジョニー・デップが好演!オーソン・ウェルズにあこがれるエドは、映画にかける情熱には物凄いものがあるが、その内容たるや散々で、映画関係者ならまだしも、素人目に見てもまるでトンチンカンものばかり・・・。製作過程などはとても見れたものではない。おまけに女装趣味ときているからプライベートにおいてもトラブルが耐えない。出来上がった作品の評価はどれも最低最悪・・・。ある人などは「悪い冗談」と受け取ってしまうほど・・・。しかし、どんな状態に陥っても自分の映画をを撮り続けるエネルギーだけはなくならない。人生の何もかにもを燃料とし躍進するも、最後まで評価を得られず54歳の若さで、アルコール中毒に基づく心臓発作で死去してしまう。

 と、ストーリーはこんな感じなのだが、この内容とは裏腹に、作品からは悲壮感は感じられず、常に暖かい。ある恋愛の達人は「片思いが最高の愛の形」などというが、このエド・ウッドもあきれるほどに映画界からそっぽを向かれるも「誰になんといわれようが好きなものは好き!」と、常にあっけらかんとしているのだ。この映画と同時に「スカイパーフェクTV」で「101回目のプロポーズ」を連続でやっていたのを見たが、まるで「僕は死にましぇん」の武田哲也のよう。皮肉な事に、彼(エド)が作る作品より、彼自身の人生を追いかける方が興味深いのだということがこの作品からうかがえる。

 エド・ウッド・・・彼と接するものは何も報われない、そして誰も救われないのに、何故かなにもかも、誰も彼もがカラッとしている。確かに、他人との価値観に関してはかなりのズレがあるのだが、少なくとも彼は、たとえ自分の子どもや友人が他人から見てダメな奴だったとしても、自分自身の価値基準を信じ、決して「あの人がこう言ったから・・・社会一般的に見ればこうだから・・・」という、そういう類の偏見はもたないだろう。悲しいかなそういう人ほど世間では変人扱いされてしまう・・・。

 とにかくティム・バートン監督の映画への思いや、様々なメッセージが感じられる作品であり、あまりお目にはかかれない奇妙な暖かさを感じさせてくれる映画だった・・・。

投稿者 blogpawanavi : 15:10 | コメント (0) | トラックバック

2004年08月23日

ギルバート グレープ [ ビデオ/DVD/ヒューマンhuman ]

What’s eating Gilbert Grape
1993年/米 1時間57分 カラー
ビデオ・DVD
監督 :ラッセ・ハルストレム
原作・脚本 :ピーター・ヘッジス
音楽 :アラン・パーカー、ビョルン・イスファルト
出演:ジョニー・デップ、ジュリエット・ルイス、レオナルド・ディカプリオ
※レオナルド・ディカプリオがアカデミー&ゴールデン・グローブ賞
助演男優賞ノミネート、LA批評家協会賞ニュー・ジェネレーション賞受賞

 実は私、ジョニー・デップの大ファンなんです!だから、ジョニー・デップの作品は結構見てるとは思います。でも、この作品を最初に見たのは、私がまだ中学生くらいだったかな?まだジョニー・デップって知らなかったんですよね。レオナルド・ディカプリオも、この作品では、まだまだ無名だったでしょ☆でも、あの大ヒット作「タイタニック」ではアカデミーにノミネートすらされていないレオ様がこの作品でアカデミー賞&ゴールデン・グローブ賞にもノミネートされています。さらにLA批評家協会賞ニュー・ジェネレーション賞を受賞しています。既にご覧になっている方はうなずけると思いますが、納得の熱演ですよね!

■タマキさん(ストーリー&レビュー)

■ストーリー
 アイオワ州の小さな町エンドーラを舞台にした物語。ギルバート・グレープ(ジョニー・デップ)はスーパーマーケットの前でひっそりと商いをしているよろず屋で働きながら、知能障害の弟アーニー(レオナルド・ディカプリオ)や、夫が首をつってからはソファーに腰掛けて一日中テレビを見ながら食べつづけとうとう鯨のように太ってしまった母を、姉、妹と共に世話をやく日々を送っていた。彼は、この街を「音楽のないダンスのような街だ」と嫌悪してはいるが、弟アーニーをはじめ「家族」をほっておけない事情から、イライラしたなんとも中途半端な気持ちが続く・・・。そして医者に10歳までしか生きられないと言われていたアーニーの18歳の誕生日パーティーを開くことが決まったそんなある日、ギルバートはアメリカ中を旅する少女・ベッキー(ジュリエット・ルイス)と出会う。まるでこの町に欠けている音楽のような彼女・・・ギルバートは次第に惹かれ始めていくが、その一方で彼の頭からは家族のことが離れない・・・。


■レビュー
 この話はギルバートが自分の生き方を模索していく・・・という内容で、上記のような生活環境からどちらかというと明るいものではないのですが、その中にあってアーニーの変わらない太陽のような笑顔が見ているだけで癒されます。実は、アーニーは18歳まで生きられないと宣告されていて、その為に悩み過食症で動くこともままらないほど太ってしまった母にとっても、可愛いくて仕方のない存在なんです。そんな弟アーニーをお荷物だと感じる反面、家族の宝物である事を認識し毎日を送っているギルバートですが、なんだかんだいいながらも、なんの変哲もない田舎暮らしから脱却できず悩んでいます。
 ジョニー・デップって華やかな顔だちをしていて、女性ファンも沢山いるのですが、こういう地味な役もとっても上手ですよね!ギルバート・グレープの原作は、ピーター・ヘッジス原作の小説で、監督のハルストレムは友人から情報を仕入れ、出版と同時に読み、すぐに映画化のオファーをしたそうです。そして、監督自身が脚本を執筆、すでに原作を読んでいたというジョニー・デップも出演を快諾したと聞きました。「映画の出演は吟味する」と言われている彼も充分納得の上で役作りをしているため、どちらかというとシザー・ハンズやパイレーツ・オブ・カリビアンなどビジュアル的にも派手でキャラクターもかなり個性的なインパクトのある役とはちがいギルバート役はかなり地味系かもしれませんが、数あるジョニー・ディップの出演作品の中でも1・2を争うハマリ役といってもいいでしょう!
 さて、そんな田舎生活で、家族のために稼ぎ、家族のために生きてきたギルバートが、自由奔放に生きる少女・ベッキーに出会った事によって、少しずつ家族と離れたところで「自分」を考え始めるわけなんですが、今の環境に不満を抱き、彼自身「音楽のないダンスのような街だ」と嘆く中に現れたベッキ−はさぞ光り輝いて見えたことでしょうね!彼女のような人間もいる事を目の当たりにすれば、誰でも「自分ってなんだろう?」と嫌気が差してしまうような気がしませんか?私だったら、そう思うでしょう・・・。すべてを投げ出して、同じように自由奔放に生きたい!って思うだけでなく行動に移してしまいそうです・・・。ギルバート青年も、もちろん思い通りにならない人生に悩み、イライラするのですが、そんな微妙な感情がリアルに描かれています。迷い苦しみ、最終的には「自分らしい生き方」を見つけていくわけですが、彼の選んだ「自分らしい生き方」とはいったいどのようなものだったのでしょうか・・・?それは見てからのお楽しみということで!
 この映画の中で特に印象に残っている「いい人になりたい」というギルバートのセリフがあります。「いい人」っていう言葉は、今の時代では、ともすれば敬遠されて誉め言葉にもならない言葉になってしまっていますが、この映画の中で「いい人になりたい」って言ったギルバートがあまりにも素敵で、とても素直にストレートに受け取ることが出来ました。「いい人になる」のも「自由奔放に生きる」のも同じ位に難しく、そしてすばらしいことですよね・・・どちらを選ぶにしろ、生活環境と人との出会いは人生の分岐点においてとても重要な要素になりますので、自分の事を考えつつ、ギルバートの選択を興味深くおっかけてしまいました。
 その他にも、いいセリフが沢山でてきています。オープニングの「音楽のないダンスのような町」というセリフも、しょっぱなからやられた!って思いましたし、ラストの「anywhere(どこへでも)」っていう一言には、これまでは黄昏の中にいるように感じたギルバートが、一気に朝焼けの中に飛び出して行ったような希望を感じました。
 ストーリー自体は、すごくシンプル。でも、シンプルだからこそ、ごまかしのきかない人間世界がこの映画の中にはあります。あどけないアーニーの笑顔の横にあるギルバートの視線・表情が巧みにそれを物語っています。そして、演技だけでなく、こんなに美しい映像のアメリカ映画って他にないんじゃないかなって思うほどに、素晴らしい映像と、映像にピッタリマッチした音楽にも、是非注目して下さい(^O^)/

投稿者 blogpawanavi : 20:51 | コメント (1) | トラックバック

2004年07月02日

カッコーの巣の上で [ ビデオ/DVD/ヒューマンhuman ]

ONE FLEW OVER THE CUCKOO'S NEST
1975年/米 2時間9分 カラー
ビデオ・DVD
監督:ミロス・フォアマン
音楽:ジャック・ニッチェ
原作:ケン・キージー
出演:ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー、マイケル・ベリーマン
アカデミー「作品・監督・脚本・主演男優賞・主演女優賞」を受賞

 アカデミーでは、作品・監督・脚本・主演男優・主演女優の各賞を受賞している作品。のっけから、手錠をかけられたジャック・ニコルソン演じるマクマーフィの登場!もともと様々なジャンルの映画に出演し、演技力には定評がありましたが、ここでも彼の圧倒的な存在感のある演技は本当に必見です!

■タマキさん(ストーリー&レビュー)

■ストーリー
 刑務所に服役しているマクマーフィ(ジャック・ニコルソン)。彼は、強制労働を逃れるため、精神病者のふりをし、オレゴンの精神病棟に送られる。しかし、強制労働を逃れてやってきた精神病棟は刑務所以上に自由が無く、徹底的に統制された世界だった。さらに患者たちにとって神の如く君臨する婦長ラチェッドが病棟を支配していた。そんな中マクマーフィは婦長ラチェッドに抵抗していくことになる。そしてこれまで従順に規則に従い生きていた患者たちもマクマーフィの姿に影響をうけ、新たな活力を得、自我を取り戻していこうとする。

■レビュー
 そういえばジャック・ニコルソンと聞いて、私が思い出す作品はやはり「シャイニング」です!あの有名なドアを叩き破るシーンは、撮影の前から役に入り込んでいて恐いくらいだったという話も聞いたことがあります・・・。「シャイニング」の役どころとはうって変わり、潔癖症で嫌われ者のベストセラー小説家を演じている「恋愛小説家」も印象的でした、女性にはおすすめです!
 さて話をもどしまして、ジャック・ニコルソンの演じた役の中では、このマクマーフィ役が一番素の彼に近い気がします。普段の彼はこんな感じじゃないかなって思って序盤は見ていきました。それにしても、ショッキングなシーンが多いんですよね〜・・・。1975年の作品なので、今からおよそ20年も前の作品です、20年前の精神病棟ってこんな感じなんだな〜ってかなり衝撃的でした!その衝撃度は実際に映像をみてください、いがいと衝撃を受けない方もいるかもしれませんので・・・(笑)。
 他にも精神病棟を扱った作品といえば「17歳のカルテ」があります。こちらは、1999年の作品で、舞台は1967年なんですが、受ける印象は全然違うんですよね。「17歳のカルテ」は、ウーピー・ゴールドバーク演じるあたたかい婦長さんに支えられて、少女たちが徐々に見失っていた自分自身を取り戻していく様子が描かれていました。2つの作品は、捉える視点が全然違っていて、どちらともとってもリアルですが、「カッコーの巣の上で」の方は、徹底的に統制させた病棟で、患者を人と扱わない治療。本当にこういう病院が存在していたわけなので恐ろしいですよね。でも、ショッキングなシーンだけでは、この映画はここまでの評価は受けることはなかったと思います。やはり、特殊ともいえる閉鎖的な環境の中に現れたマクマーフィの存在が患者たちに徐々に自意識を持たせ、みんながそれに同調しはじめる瞬間をゆっくりと何の不自然さもなく描き出されてるところが味わいがあっていいんですね〜。そしてマクマーフィとチーフの心の交流や友情などを描きつつ物語はすすむ中、患者たちが「電気ショック治療」という名の罰をうけなくてはならなかった時に、マクマーフィがチーフにガムを渡すシーンがあるのですが!このシーンは必見ですお忘れなく!
 さらに、ここから物語は壮絶になっていき賛否両論のあるラストになっていくわけなんですが、現在ではもう絶対に行なうことができない「前頭葉の一部を切り取ってしまう手術」ロボトミー手術が行なわれるシーンがあります。ロボトミーは、最大の汚点とも言われていますが、実際は、精神医学会では数少ないノーベル賞を受賞しているとの事で、こういう技法が実際に過去において行なわれていたというのも目をそらしたらいけない事実です。なんだか暗い話題ばかりの映画のようですが、最後には「お〜」って言いたくなるような結末が待っているので!途中で見るのを辞めずに、最後まで是非見ていただきたいです。ちなみに、「カッコーの巣の上で」というタイトル。一般的には、カッコーという鳥は、他の鳥の巣に卵を産み付けますよね。病棟という巣にやってきた異質な存在のマクマーフィそのものを現しているって言われてます。「カッコーの巣の上で」「17歳のカルテ」ともに、原作の本があるので、それを読んでみるのもいいかもしれないです!

投稿者 blogpawanavi : 20:30 | コメント (0) | トラックバック

2003年10月30日

アメリカンヒストリーX [ ビデオ/DVD/ヒューマンhuman ]

American History X
1998年/米 2時間00分
モノクロ&カラー
監督/撮影監督:トニー・ケイ
脚本/共同製作:デイヴィッド・マッケンナ
音楽:アン・ダドリー
キャスト:エドワード・ノートン 、エドワード・ファーロング 、ビバリー・ダンジェロ

 今では「ファイト・クラブ」や「レッド・ドラゴン」といった話題作でお馴染みとなったエドワード・ノートンですが、この作品はそれら以前に出演した作品で、「アメリカンヒストリーX」を観てエドワード・ノートンが好きになったという人も多いのではないでしょうか?それほどこの作品でのノートンは魅力的です。なにを隠そう、私も「好きになった」うちの一人で、映画の内容はともかく、この作品でのエドワード・ノートンはとてもカッコイイです!まるで昔のロバート・デ・ニーロ(タクシー・ドライバーのトラビス)を思わせるような危なさと、ショーン・ペンをインテリっぽくしたマスク!特に笑った時の目が印象的です!劇中ではマッチョなスキンヘッドから、学生、青年までこなし、中々の役者ぶりを見ることができます。まあ、それだけでも見る価値はあると思いますが、さらにターミネーターで一躍有名になった美少年、エドワード・ファーロングも今ひとつ煮えきれず、なにかに縋ることで自分を主張している憂鬱そうな少年の雰囲気をいい感じで出しています。ノートンとセットで見ることができる「ダブルエドワーズ?」のスキン・ヘッド?ぶりも上々です。

パワナビ松田(ストーリー&レビュー)

■作品関連事項紹介 アメリカンヒストリーX
1999年アカデミー賞最優秀男優賞ノミネート
(エドワード・ノートン)
1999年ゴールデンサテライト賞ドラマ部門最優秀主演男優賞受賞
(エドワード・ノートン)
1999年サウスイースタン映画批評家協会賞主演男優賞受賞
(エドワード・ノートン)

エドワード・ノートン (1969)
ミニミニ大作戦(03) 2003年
レッド・ドラゴン 2002年
スコア 2001年
僕たちのアナ・バナナ 2000年
ファイト・クラブ 1999年
アメリカン・ヒストリー X 1998年
ラウンダーズ 1998年
真実の行方 1996年
世界中がアイ・ラヴ・ユー 1996年
ラリー・フリント 1996年

1998年
アカデミー賞主演男優賞 アメリカン・ヒストリー X ノミネート
1996年
アカデミー賞助演男優賞 真実の行方 ノミネート

エドワード・ファーロング (1977)
アニマル・ファクトリー 2000年
デトロイト・ロック・シティ 1999年
I LOVE ペッカー 1998年
アメリカン・ヒストリー X 1998年
グラスハープ 1995年
判決前夜/ビフォア・アンド・アフター 1995年
リトル・オデッサ 1994年
母の贈りもの 1993年
アメリカン・ハート 1992年
ペット・セメタリー2 1992年
ターミネーター2 1991年

■ストーリー
 カルフォルニアのベニス・ビーチ高校に通っているダニー・ビンヤード(エドワード・ファーロング)は提出した国語のレポートの題材について「問題がある!」と黒人の校長に呼び出される。ヒトラーの「わが闘争」を題材に選んだダニ−は頭を剃り上げ、自分の部屋もナチス一色に飾りたて、校内では黒人学生と対立しにらまれている存在。そんなダニーが唯一尊敬するのは兄のデレク・ビンヤード(エドワード・ノートン)!彼は白人至上主義のリーダーで、鍛え上げられた肉体にはハーケンクロイツのタトゥーがデカデカと掘り込まれている。グループ内にはデレクを崇拝する人間も多く、仲間達の間で、もはや「神」のような存在と化している。だが、現在彼は対立する黒人グループのメンバーを殺し、殺人罪で捕まり服役中の身!もともと聡明で優秀だったデレクが黒人を憎むようになったのは「父を黒人に殺された」ということと同時に、それ以来付き合うようになった白人至上主義グループの黒幕キャメロンの影響がつよかった・・・。そのデレクが3年ぶりに出所することになった!この兄弟をよく知る黒人校長は荒んでいくダニーの今後を心配し、またダニーは必ず更正と信じ「ヒトラーはもういい・・・。お前は兄キの影響を強く受けている、今度は兄弟をテーマしたレポートを書いて来い、そしてデレクが投獄された経過を分析してみろ!それが現代のアメリカにおける君の生き方を、どう変えたのかを・・・そう、レポートのタイトルはアメリカンヒストリーXだ!明日までに書いてこなければ即退学だ、わかったな!」と厳しく課題を与える。
 やがてダニーは出所した兄デレクと再会、喜ぶダニ−、そして「またいつものように暴れようぜ!」とはしゃぐ仲間達!しかしデレクはまったくの別人となっていた・・・。生まれ変わったデレクは、家族を大切にしたいと願い、白人至上主義グループからの脱退を決意。しかし、それを喜ばない人間が多かった!グループでは「神」のような存在だった兄の言葉を疑い、失望するダニ−。「これは裏切りだ!」と罵る旧友達・・・。しかし、なぜデレクは変わってしまったのか?服役中の3年間に果たしてどんな出来事がおこったのか?そしてダニ−の「兄さん、僕たちの物語は憎しみの歴史にピリオドを打てるだろうか?」という言葉の意味は・・・。

■レビュー
 さて、まず最初に製作での一幕から・・・。もう知っている方もいるかもしれませんね!実はこの映画、監督のトニー・ケイが映画の編集途中で映画会社と衝突し降板・・・。最終的にはエドワード・ノートンとスタッフに編集がまかされ、さらに降ろされた監督が映画会社を訴えたというお騒がせ映画なのです。そんなことから、最終的な味付けはエドワード・ノートンにバトンタッチ!作品も「アメリカンヒストリーX エドワード風」となっております。
 さて、この作品はストーリーなどからもわかるように、「白人至上主義グループ」なども出てきたりして、人種差別問題と密接な関係があるのがわかります。でも、ただ単に「人種差別はいけないですよ」といったものには見えないですし「人種の壁を乗り越えた美しい友情が見せたい」といった趣向とも少し違うように思われます。どちらかというと人種に関係なくとても身近に、それも頻繁に起こっていて、とても根っこの深い、人間の持つ「偏見がもたらすあやまちの繰り返し」のようなことが表現されているように感じられました。最近起こったアメリカNYのテロ事件などもメディアからの情報はどれも「偏見」の塊です。この映画のコピーにある「憎しみの歴史にピリオドを打てるのか?」なんて考えるのもいやになるほど荒んでいます・・・。
 私達の住んでいる日本では特殊な地域を除き「人種差別」とか「レイシスト」などの言葉とはあまり縁がなく、物語でも壮大な「人種差別」をテーマにした作品に対して感動や衝撃を受けることはあっても想像の世界でしかありえません。あたりまえですが、やはり様々な経験をした人でないと中々その作品の真意を理解することはできないものです。私も「人種間」の様々な問題はよく理解できていないと思います。思想にしても、海外では雑多な人種が様々な宗教や生活環境が及ぼす考え方の違いから、街中で死者が出るほどの抗争がおこるといったケースもありますが、同じ人種が多い日本ではそこまで過激なことにはなりません。たぶん「日本」という大ざっぱな「くくり・枠」のなかでは、となりのあいつが宇宙人に見えてしまうほどの極端な感覚のズレはなく、あったとしても我慢できる程度で殺し合うほどでは無いのでしょう。しかし同じ日本、同じ人種同士でも「くくり方」をかえてしまえば、隣の宇宙人は我慢できてもこいつだけは我慢ならないという、はっきりとした「偏り」がでてきます。人間は他人と比べて自分がどこの「枠」に属するかを凄く気にします。たとえば失礼な言い方ですが、都会者と田舎者や、貧乏人と金持ち、などのくくり方をすれば、具体的になればなるほど偏り度や偏見は増していきます。ある「くくり・枠」の中で発生する「偏見・偏り」は、それが正しいとか正しくないとかではなく、多数派意見に便乗しなければそのくくり(グループ)にいることが出来ないという環境のなかで生活をしていくうちに、自然とそれを常識と思うようになってしまうことでできる他グループとの常識感覚の歪みだとおもいます。「くくり方」は様々です。家族・友人・村・市・国・宗教、「人種」もその「くくり」のうちの一つです。そんな「くくり」の中で、特殊な「例外」がでないように、いつの間にかルールといった鎖ができあがり、保護と引き換えに枠の外には出れないようになります。何本もの鎖で繋がれている人もいれば、長さも様々、そして何より問題なのはそれはいつでも、自分の意志で取り外しが効くことです・・・。
 「アメリカンヒストリーX」を観て感じたのは、そうした様々な生活環境の違いから生まれる「くくり・枠」の中で生きていくうちに自然に出来上がってしまう、誰もがもっている「偏り」に対して「自分のもつ偏りとは異なる偏り」に免疫力のない人間達が生み出す「異なる偏りへの恐怖心」から発生する偏見と、それらが引き起こす惨劇への怒り、そして終わりの無い報復好意に対する虚しさです。「偏り・偏見」はウイルスのようなもので、1回でも経験のある人には免疫ができ、受け入れることができます。しかし、簡単に経験のできることでも、その周りをとりまく環境がそうさせなかったりすることでまったく「偏り」に対する免疫力の無い人間ばかり育ててしまうことの怖さを感じました。
 兄デレクが何故黒人を殺し、刑務所送りになったのか?それを思い出すべく過去を振り返る弟ダニー・・・。デレクが必要以上に個人ではなく黒人という「くくり」を敵対視する原因はなんなのか?もし父親を殺した犯人が黒人でなく白人なら、個人が憎いのではなく「白人が憎い」という考え方になっていたのか?そこにはただ単に人種の問題だけでない様々な理由が隠れている・・・。「父と子」という小さな「くくり」中の日常会話で出来上がる「ほんの些細な偏り」が、やがてデレクに大きな間違いを引き起こさせるきっかけとなることを殺された父親は知るはずも無い・・・。そして「仕事上での相棒」という、とても小さな「くくり」の中で出来上がる「たった2人だけの常識(偏り)」が間違ったデレクの偏りを正してくれることをデレク自信知るよしもない・・・。誰も1人では生きられない以上、なにかに「くくられ」て生きていて、その結果、何かしらの偏りや偏見をもって生きています。ただ偏見や偏りの多くは自分一人で作り上げるものではなく、自分を含めたそれをとりまく仲間や環境が作っていて、そんな偏見をすてるには自ら鎖を外し保護区外へと出るしかなく、そして保護区外は障害がとても多いという、あたりまえであって、目をそらしたい部分でもあることをショッキングに再確認させてくれる映画です。劇中で黒人校長が獄中のデレクに話し掛けるシーンがあります。

 「私も怒りをためて生きてきた、君と同じだ!若い頃全てに腹を立てていた。私たち黒人に対する差別や、侮辱、いわれのない苦しみ、私は白人を恨んだ・・・。神や社会を憎んだ・・・。だが、いくら怒っても答えは出ない・・・。怒りは君を幸せにしたか?」

 人間関係には切っても切ることができない様々な偏見があります!しかし自分はあたりまえだと思っている偏見が時として人に必要以上の怒りや恐怖を抱かせることになったり、あいてを深く傷つけてしまうことがあります。女だから、男だから、金持ちだから、貧乏だから、○○人だから、ただそれだけのことで、自分を含め多くの人は勝手なイメージをもってしまいます。自分自身、必要なときには鎖を外し「くくり・枠」の外にでていかなければ、その人「個人」がいい人なのか悪い人なのかを判断することは難しいです・・・。なぜならそうしないと相手も「くくり」の外に出てきてくれないからです・・・。いきなり相手のくくりの中に飛び込む豊臣秀吉のような裏技もありますが、これは危険すぎますしフェアでないので、いい答えはなかなか導き出せません。どこまでいっても裏技です。やはり相手にも「くくり・偏見」の外に出てきてもらうのが一番です。おたがい「くくり」の中に隠している武器は持たず、素手でなければいけません。きっと本当に相手を理解しようとする人は、相手が出る前に自ら自分の「くくり」を飛び出して「素」の状態で相手と向き合うことができる人なのかもしれません。この映画に出てくる刑務所の洗濯係りの黒人青年は、やせっぽちで、殺しもしていないし、一見凄みは感じません・・・とても勇気のあるタフガイのイメージではないのです、実際デレクも「お前じゃ人も殺す度胸も無いんじゃないか?」そんな目で黒人青年を見ています(これも偏見です)。しかし彼が、自ら「黒人グループ」という「くくり」を飛び出し、個人としてデレクと向き合っているということがわかった時、デレクに変化が起こります。デレクを白人男性としてでなくデレク個人として接する痩せっぽちでなさけなさそうなこの黒人青年が、実は刑務所内で一番勇気のある人だと、身をもって理解した時、デレクの中での偏見がくずれさり、あれほど頭から離れなかった怒りや憎しみが消えていきます。

 さてそんな訳で、この「アメリカンヒストリーX」!なんとなく重苦しそうな内容に受け取られそうですね!まあ、派手なアクションシーンがあるわじゃないし、ラブロマンスが折り込まれているわけでもありません、観終わった後もすっきり爽快!というわけには行かないでしょう・・・。でも、まだ観てない方はぜひ1度観てください、そしてもう一度、小さな偏見について考えてみてください。たとえば「ここはつまらない町だ!なんにもないじゃないか!」もしこんな台詞をいいかけた時は、もう一度自分に問い掛けてみてください、それは本当に自分が心からそう感じているのかを・・・もしかしたら、それは、ある「くくり・枠」なかで定番になっているオヤジさんか友達が言っていた言葉じゃないですか・・・?あまりつまらないつまらないといっていると、気が付いたら、つまらないことが常識でないと安心できず不安になってくるかも、そしてそこには同じような「偏り・価値観」をもった仲間しか集まってこなくなるかもしれません。やがて「この町は楽しいよ!」といっている人達が非常識に見えてきて、挙句の果てには敵対視し、最後は憎しみすら抱くようになる・・・。と、まあ、これは大げさかもしれませんが、いろいろと考えさせてくれる映画ではあります。さすがに細かいディテールなど突っ込めばきりが無いですが、エドワード・ノートンの演技だけでも充分見物ですし、きっとファンになる人もいるはずです。これを見てから、「ファイト・クラブ」や「レッド・ドラゴン」を観るとまた一味ちがうと思いますよ!「アメリカンヒストリーX」おすすめです。

投稿者 blogpawanavi : 20:03 | コメント (1) | トラックバック


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