2007年04月21日
東京タワー オカンとボクと、時々、オトン [ 劇場/邦/ヒューマン ]
■タイトル 東京タワー オカンとボクと、時々、オトン
■監督 松岡錠司
■出演 オダギリ ジョー、樹木希林、松 たか子、内田也哉子、小林 薫
■作品詳細 シネマセントラル延岡作品情報へ
みんなの平均点→4.333点(5点満点中)
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シネマレビュー↓
※評価は5点が最高です!点数間隔は0.5点です。(平均が3点)
※コメントはあくまでも主観に満ち溢れていますのでよろしくお願いします。
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■パワナビ松田・40代 男性 (評価:3.5点)
2005年の原作単行本発売からすでに200万部を突破している大ベストセラー、リリー・フランキー原作の「東京タワー」が止まらない・・・。2006年には書店員が推奨する本の中から選ばれる「本屋大賞」(2004年、博士の愛した数式受賞など)を受賞し、発売からわずか1ヶ月で10万部を突破!さらに2年弱の間にドラマ2本に映画、舞台と様々な形で発表されており、数多くの役者達がそれぞれにボクやオカン、オトンを演じている。ちなみにその内容は、2006年11月にはスペシャルドラマ、2007年に入ってすぐの1月からは月9(ゲツク)の連続ドラマがスタートし3月で終了、続けて4月は今回鑑賞した映画版の公開、さらにこの後には舞台公演も予定されているというから、この「東京タワー現象」はまだまだ続きそうである・・・。残すは漫画ぐらいのもので、ここまで、矢継ぎ早に「これでもか」と繰り出されると、少々節操が無いようにも感じられのだが、ともかくも、一時の「セカチュウ/世界の中心で愛を叫ぶ」のごとく、もはや知らない人いないのでは?と思われるほどの作品である。
まずは少々長くなるが、映画の感想の前に、原作について触れておきたい。私も原作を読ませてもらったが、話題になっていたわりには、とっつくのが遅く、2005年夏の発表とともに読んだのではなく、1年が過ぎた昨年(2006年)の夏頃に"やっと"読むに至った・・・。きっかけは、知人の女性から「面白いから是非読んでください」と薦められ、本を渡されたことである。その時手にした本はしっかりとした作りで、ずしりと重かった・・・。タイトルを見て「ああ・・・」と思った。私も「東京タワー」という書籍の存在は知っており、また、ベストセラーであることも知っていた。まったく興味がなかったわけではない。しかし、あえて遠ざけていたのである。だから、「読むに至った・・・」という変な言い方をしたのだが、何故かといえば、正直いって「ものすごく泣ける」という噂と、多彩な才能を発揮している、やり手の業界人「リリー・フランキー原作」というのが相まって、誠に失礼ながら「きっと仕掛けがいっぱいあるのだろう」と勝手に決め付け、「そういった現象には乗せられないぞ!」と変な意地を張っていたからである・・・。ヘソ曲がりと思われても仕方ないが、作品の出来に関係なく、最近よくある、テレビドラマの流れの一部に映画を挿入するなどの手法が、特に嫌いな私としては、映画の本編を見る前に、予告編だけでなく必要以上にサイドストーリーが出来上がっていたり、ものすごく予習をしなければその世界観についていけなかったり・・・その辺がちょっとなじめず、まわりが盛り上がれば盛り上がるほど、妙にさめてしまうのだ。だから「本」とはいえ、はじめの1ヶ月で10万部突破というあまりの急激な加熱ぶりに、なんかそれらしい臭いを感じてしまい、距離をおいてしまった・・・。そんな事から、本を借してくださった女性には申し訳ないが、たぶん借りてから数ヶ月間は放置していたハズだ。とにかく、私からすれば、よくも悪くもリリー・フランキーは、作家・芸術家とは違うところにいる、いわば業界人なのである。テレビにラジオ、書籍、さらにたまに子どもと一緒に見る事がある、NHK教育テレビの「おでんくん」に至るまで、様々な分野でその才能を発揮している、いわば日本のサブカルチャー文化の代表者の一人であることから、この「東京タワー単行本」の大ヒットも、今後動き出すはずの大きなプロジェクトの第1段階と受け取ることができ、読む前からドラマや映画の影が見えてしまうのが、敬遠していた理由だった・・・あくまでも勝手な想像である。
とはいうもののせっかく本を借してもらったのに、読まずに返すわけにはいかない・・・と、数ヶ月たった頃、ようやく重い腰をあげ、立派な作りの本のページをペラペラとめくりはじめた。なんとなく目を通しているうちに、そんな仕掛けの事など忘れてしまい、あれよあれよという間に読みきってしまった。実際に読んでみると、以外や以外・・・最近このような純文学的作品から遠ざかっていたせいか?リリー・フランキーのイメージとは異なる、商業性ない気持ちのいいものだった。本来なら、自分自身の内側にしまいこんでおきたいような、恥ずかしい感情なども、言葉を飾らずストレートに書き綴っており、まるで、人に見せる事のない、中川雅也(リリー・フランキーの本名)の日記を盗み見しているような気分になった。内容的には「母と息子の絆」をテーマにしているが、ストーリーも決して、現実にはありえないような数奇な運命を描いたものではないし、作品の中に描かれている主人公の中川雅也(ボク)は、どこにでもいそうな中途半端な人物で、完全なドロップアウトを決めることもできず、かといって優等生にもなれず、なんとなく好きな事をやりながら、親のスネをかじってダラダラと学生生活をおくり、とりあえず流されるまま社会人になってしまったように見えるが、実は流されていないぞ!という・・・まあ、このように簡単に書き表せば、あまりにも普通な青春物語なのだが、その実はなんともいいがたいドロドロとした、まるで闇鍋のような独特の体験をしており、その辺は原作に詳しく描かれているのでそちらを見ていただくとして、にしてもとりわけてドラマチックなものではない。時代背景としては、"昭和バブルのストライクゾーン外角やや高め"に多感な時期を過ごしており、同世代(現40代)の人々の中には、彼と同じような境遇におかれ、両親を癌でなくされた方も数え切れないほどいるであろう事は容易に想像できる・・・。私は横浜育ちだが、都会にはそうした若者が溢れており、私のまわりですら、似たような知人が何人もいたぐらいである。しかし彼らの話が面白いかといえばそんなことはないし、どちらかといえば「ああいう風にはなりたくない」という見本のように言われていた連中である。もちろん、そうした仲間うちで、現在リリー・フランキーのように華々しい活躍をしている者はおらず、才能を食いつぶしてしまった奴のほうが多い・・・。そんな事から、この本を最後まで読ませたのは、ドラマの面白さではなく、メディアの世界を縦横無尽に駆けめぐり、遺憾なく才能を発揮している、リリー・フランキーの意外な素顔・・・"中川雅也"の自問自答がたくさん詰まっていたからであり、あたかもリリー・フランキーが私の目の前に現れ、独占インタビューに応じてくれているようなワクワク感が感じられたからである。
確かに、ありとあらゆる事をネタにし、消化していく業界人だけに「はじめは自分の家族までネタにするのか?」と思ったりもしたが、いざ読み進めていくと、全然そんなことはなく、リリー・フランキーと同世代の誰もが抱える問題を、母と息子の絆を中心に家庭、友人、親戚、仕事、その他、彼のまわりに息づく全ての事柄を全部ひっくるめて、「こんなとき私の場合はこういう決断をし、こういう行動をとったら、こういう結果がうまれました」と、自分なりの筋を通し、今まで挑戦してきた事とそれに対する結果を、はずかしいぐらい正直に描き出しているのである。私も今年40歳になり、リリー・フランキーと同世代となった。また病気こそ違うが体が利かなくなってしまった母親がいる身として、さらに老人の介護や、高齢者の問題が問いただされる現代においては、作品中での彼の決断や行動は、大いに参考になる部分もあるし、共感させられる部分もある。しかし、様々なメディアの中で「母と息子の絆」や「オカンの闘病生活」の部分がクローズアップされているせいか?何故か巷では「泣ける」が前提にあり、「ものすごく泣ける」とか「思ったより泣けなかった」などといった感想がたくさん耳に入ってくる・・・。それが、いいとか、悪いとか言うつもりはサラサラないが、私としては「泣けるか」「泣けないか」などはどうでもよく、テレビやラジオで見る"あの"リリー・フランキーが、業界人リリー・フランキーではなく、家族にしか見せることのない中川雅也としての素顔をさらけ出し、挑戦や失敗、人間関係、時にはエロ話までをリアルに表現していることで、彼の文章を読み進めるうちに、境遇は違えど何故だかそれらの出来事を自分の立場に自然と置き換え、自分の事として自問自答が出来るのが面白いのだ。
ということで、いざ読んでみると、まず原作を「読まず嫌い」していた事を反省しなければならない・・・。しかし、原作はともかく、やはり、はじめに感じていたように、矢継ぎ早で過密な「東京タワー合戦」がはじまった・・・。確かに商業的にはよくもあるのだろが、「東京タワー」本来の価値はどんどん薄れ磨り減っていくだろう・・・。上記で触れたように、原作からドラマ・映画に至るまで、全てが計算のうちかもしれないと思いはじめると、心なしかまた「読みたくない」と思っていた頃の振り出しにもどるのだが、しかし、まったく同じ作品を作家を目指すサラリーマンの中川雅也が発表したからといってもこういう現象にはならないのも確かで、私自身も原作を楽しいとは思わなかったはずである。著名人であるリリー・フランキーだったからこそベストセラーになったというのは誰にでもわかることで、そのため、どうしても作品から商業臭を感じるのは仕方の無いことなのだ・・・と納得をしてみる。逆にいえば、一方に商業臭がプンプンするスタイリッシュでやり手なリリー・フランキーを思い浮かべ、また一方に「オカン・オカン」と泣き叫ぶ、お金の匂いどころか泥臭いまでの中川雅也をイメージし、その落差を感じながら、読みすすめるのがこの原作の醍醐味であり、その二面性こそが、誰にでもある普通の出来事に独自性を持たせているのだと思う。だからこそ、なんだかんだいいつつも、しっかりと最後まで読みきれてしまったのかもしれない。ただ、それが、ドラマや映画の世界になり、リリー・フランキーと中川雅也、さらに役者というもうひとつの素材が入った時にはややこしくなってくるだろう。リリー・フランキー、もしくは中川雅也のどちらかの影が薄くなるのではないだろうか?
この「東京タワー」の原作は「泣ける」という口込みで、あっという間にベストセラーになったようだが、私からすれば、リリー・フランキーならではの、ユーモアや涙や笑いがふんだんに織り込まれたとても面白い内容のもので、号泣するためのものとは認識していない。近頃は感動の延長線に涙があるのではなく、泣ける事が大前提で劇場に足を運んだりするようでもある。確かに過去においても「会場には必ずハンカチをおもちください」的なキャッチコピーを聞いたこともあるが、その頃とは泣かせの質が少々違うような気がする・・・。だから、「泣ける」というイメージがついてしまうと、100発100中で泣かせないといけない。そのため、あえて泣かせようとしていることが見え見えの演出をよく見かけるが、この映画版「東京タワー」はその辺、あっさりしているので、個人的には好感がもてるのだが、逆に、あえて力技で泣かすような事をしていないのに対して、ものたり無さを感じる方がいるかもしれない。確かに近年では「エステティックサロン」ならぬ「涙サロン」へ足を運ぶ感覚のごとき作品が流行っており、下手に金をかけたハリウッド大作よりも、そうした韓流映画などのほうが意外に強いのも事実ではある。
さて、オダギリジョーと樹木希林が主演を勤めたこの映画版だが、両ドラマ版と比べると、トータルでの雰囲気は映画版のほうが原作に近いと思われるのだが、内容面では薄くなったと思われても仕方がない。特に連続ドラマと比べてしまうと、キャラクターやエピソードなどにかけられる時間が少ないだけにキツく、映画版の公開時期が、連続ドラマ完結のすぐ後ということもあり、この作品が好きな人なら、無理にでも比べてしまうだろう。かりに、ドラマで泣きまくったという方にとっては、少々薄味に感じるかもしれない。さらに比べると、映画版は意図的に淡々とした流れで作られている上に、メインでとなる役者達(オダギリジョー&樹木希林&小林薫)が、あまり大げさではないリアルな演技をするものだから、見方によってはメリハリが感じとれず、頭っから「泣ける」という事を過剰に意識してしまうと裏切られたように思われるかもしれないのでご注意を・・・。だからといってまったく泣けないわけではなく「さあココで泣きなさい」と言わんばかりの、過剰な演出がなされていないだけで、私が鑑賞したときも場内のあちこちから鼻水をススル音が聞こえてきたように、自分自身で泣き所をもっている方は大いに泣ける作品であることは事実のようである。
それはさておき、確かに、原作に比べると、ボクとオカン以外の人々との関わりが、深く描かれておらず、どちらかといえば、そうしたボクとオカンをとりまく人間関係の描写が好きだった私としてはちょっと残念だった。きっと原作を読まずに、映画版だけを見れば、涙の質もかなりストレートな「ボクとオカン味」になるのではないだろうか?まあ、それはそれで悪くはないだろう。続いて作品の雰囲気を大きく左右する俳優陣の好みでいえば、スペシャルドラマ版の大泉洋&田中裕子&蟹江敬三、月9の連続ドラマ版の速水もこみち&倍賞美津子&泉谷しげる、といったドラマ版の組み合わせよりも、オダギリジョー&樹木希林&小林薫の映画版の組み合わせのほうがシットリとしていて好感がもてる。特に、作品の雰囲気を大きく左右するであろうオトン役は、他のドラマのオトンと比べても小林薫がピッタリだと感じられた。何故なら、自分の中では「ボク」や「オカン」はそれぞれ役者によって多少カラーが変わってもいいと思うのだが、オトンだけはブレてはいけない!都会と田舎、過去と現在、環境の変化、そんな事はお構いなしで、唯一わが道を行き続けるキャラクターだからこそ、カラーはひとつでなければならないのだ。やりすぎ・しゃべりすぎはNGだし、無骨・大げさすぎるのもNG、ルックスも微妙に洒落ていなければならなず、チャーミングでなければならない。そして、ここぞという時に、味のある一言をポロッというのである。そんなことから、だまっていても絵になる小林薫の存在感は大きいし、ブレがないのがいい。もちろん蟹江敬三や泉谷しげるにも味はあるのだが、あくまでも個人的にはオトンは小林薫である。それだけに、オトンの登場シーンが少ないのと、オトン語録?が炸裂していないのに少々不満がのこる・・・。なんといっても、オカンを輝かせているのは、ボクではなく、オトンなのだから・・・原作の中でも「ああ、なんだかんだいってオカンはオトンにほれてるんだな〜」という節が心地よい。タイプは違うが、「麻雀放浪気」のドサ健的存在ともいえる。「麻雀放浪気」も主人公である"ぼうや哲(映画では真田広之)"よりも、むしろ脇役の"ドサ健(映画では鹿賀丈史)"の出来次第で雰囲気が変わってしまうからである。ちょうど、ドサ健の彼女である"まゆみ(映画では大竹 しのぶ)"もオカンのような女性だった・・・。雰囲気といえば、樹木希林が演じるオカン役の若い頃を、樹木希林の娘である内田也哉子(本木雅弘夫人)が演じることで、リアルな雰囲気づくりに大きく貢献しているし、なんとなく子どもの目線を大切した感のある背景や小物、色合いなどもいい味を出している。そんな事からも、映画「東京タワー」は原作の雰囲気はバッチリ抑えられていると思うので、私としては、映画版ならではの斬新さが、もっとあってよかったと思うのだが、原作を読んだ人達にとっては、むしろ余計な贅肉がはぶかれ、さらりと原作をなぞっている分、ビジュアルを楽しみながら、原作を回顧するにはドラマよりもむしろいいのかもしれない。あとは役者が好きか嫌いかである。
とまあ、いろんな事を書いてみたものの、結局おわってみれば、原作からドラマ、映画を何らかの形でチェックしてしまっているのだから、私も立派に「東京タワー現象」の一端を担っているといえるといえる・・・。よって、映画の点数は3.5点だが、まんまと乗せられてしまった原因となる原作には、少なくとも5点満点はつけなければならない。とにもかくにも流石にリリーさんである・・・私の想像の及ぶところではない。
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■パワナビ甲斐・30代 男性 (評価:4点)
自分が、リリー・フランキーと聞いてイメージするのは、おとぼけキャ ラのイラスト。みなさんもどこかで目にしているはず・・・今はおでん くんでしょうか?そして、「エロイ?」ということでしょうか?そこら へんは映画本編にもオチ的に登場します(笑)。そんな、イメージのリ リー・フランキーが原作を書いた「東京タワー」。原作は冒頭部分だけ 読んで、読めずじまいのまま映画を見ました。ボクとオカンとオトンの 「小さな話」・・・この「小さな話」というのがなんかキーになってい るように感じました。すべてではなくても物語のどこかには必ず自分と ダブるところがあるような感じです。実際に同じ時を過ごしてきた人に は懐かしい出来事もあるのではないでしょうか?自分も高校卒業して京都の専門学校に通っていた頃の母親とのやり取りなんか思い出しました。アパートの斜め前に吉野家があるのに小包で吉野家のレトルト牛丼の元を送ってきたりとか(笑)部屋に野郎共がたまってうだうだとくだらない話なんかしてるシーンは、もうそのまんまでした・・・そんな「小さな話」がギュッと沢山この物語には詰まっています。みなさんも重ね合わせてみてしまうところがきっとあるはずですよ。その「重ね合わせ」がきっかけで物語にすっかりと入り込んでしまうんですけどね。
そして、ちょうど物語の中に入り込んだ頃から「ボク」が生まれ変わっていきます。すべてが上手くまわり始め徐々に「ボク」から現在のリリー・フランキー像が浮かび上がってきて・・・「オカン」病気。ここからが原作を読んだ人たちが「泣いた」部分ではないでしょうか?「ボク」「オカン」「オトン」が持つそれぞれの愛情がたっぷりと描かれています。この3人以外の人々とのやりとりも涙を誘います。ここまできたらもう自分の中の「リリー・フランキー像」は完全に壊れていました。 映画を見終わった後、沢山のリリー・フランキー物を改めて見ました。イラストだったり、インタビューだったり。とくに「ほぼ日刊イトイ新聞」の原作に関してのインタビューを以前に読んでいたんですが、今回改めて読んでわかる話もありました。物語がさらに身近になった感じもしました。映画を見る前でも、見た後でも一読を!「現実は小説より奇なり」という事を強く感じました。自分も自分の半生を書けるような濃い人生を送りたいと思います。
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■Sさん 女性 (評価:4.5点)
原作同様泣けました。ドラマなども見ましたが映画が一番雰囲気があっ てよかったですね。リリー・フランキーさんは名前は知っていましたが原作で初めて知ったと言ってもいいくらいでした。ラジオとか聞いたら 引いちゃうかもしれませんが(笑)とにかくいろんな愛の形みたいなも のに共感できました。映画の長さも気になりませんでした。
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■Jさん 40代 男性 (評価:5点)
原作は読んでいません。でも、自分とはまったく同世代で、同じような学生時代を過ごし、就職で東京に行き、母を癌で亡くしていることから、見ていてとても人事とは思えませんでした。そんなことから、映画の中でも、病床の母親を見守っているシーンは脳裏に焼きついてしまいます。なかでも、オカン役の樹木希林が冷蔵庫の中のものをひとつひとつ話すシーンが印象的でした。また、若い頃のオカン役を樹木希林の娘である、内田也哉子が演じたのはよかったと思います。とても自然でした。あと、オトンの小林 薫がいい味を出していましたね!
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■3Lさん 30代 女性 (評価:5点)
原作は読んでいません・・・。オダギリジョーさんのファンなので見にきました。とにかくSFものや、時代劇などでは見ることのできない、ライフカードのCMのような彼らしさが随所にみられ、流石だなと思いました。実はもっと涙涙の映画なのかと思ったのですが、意外に淡々としていて、かえって気持ちいいくらいでした。せっかくのオダギリジョーさんの好演がワザとらしい派手な演出に邪魔されなかったのは、ファンとしてうれしいばかりです。
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■耕作さん 40代 男性 (評価:4点)
原作、ドラマ、どちらも見たのですが、映画は映画で味があっていいんじゃないですか?とくにオカン(樹木希林)とボク(オダギリ ジョー)の組み合わせは映画版が一番ぴったりじゃないですか!まあ、残念だった点といえば、原作のダイジェストを見ているように思えたことです。個人的に、東京タワー関連の作品はすべて抑えていたので、特に映画で細かく描写されていなくても、いろいろと想像できたのですが、原作もドラマも知らない人にとって、入り込みやすいものだったのかといえば疑問です。
投稿者 blogpawanavi : 15:59 | コメント (1) | トラックバック
2006年06月12日
THE WINDS OF GOD 〜 零のかなたへ&KAMIKAZE [ 劇場/邦/ヒューマン ]
■あのTHE WINDS OF GODが全編英語で海外向け映画に!
■昨年に続き10月22日(日)宮崎公演が決定!
今井雅之(作・演出・主演)の「THE WINDS OF GOD 〜零のかなたへ〜」の宮崎公演が昨年に続き10月22日(日)宮崎県立芸術劇場・演劇ホールにて行われる。さらに、全編英語で米国向けに製作された「THE WINDS OF GOD - KAMIKAZE -」も今秋(詳細は後日)宮崎にて上映予定だ。そんな中、2006年5月26日(金)、作品プロモーションのため、映画では監督・主演を務めた今井雅之さんが来宮した。今回のパワナビシネマコーナーでは、映画「THE WINDS OF GOD - KAMIKAZE -」の話題を中心に今井雅之さんの共同記者会見でのインタビューや宮崎公演(舞台)情報などを合わせてご紹介する。
(レポート:松田秀人)
(取材協力:ガクオンユニティフェイス エルカンパニー)
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●参考ホームページおよびレポート
■THE WINDS OF GOD 公式ホームページ(エルカンパニー)↓
http://www.ceres.dti.ne.jp/~elle-co/
■今井雅之インタビュー(2005年パワナビ)↓
http://www.pawanavi.com/human/2005/thewindsofgod/index.htm
■THE WINDS OF GOD 〜零のかなたへ〜 宮崎公演レポ(2005年パワナビ)↓
http://www.pawanavi.com/topics/2005/08/17/index.htm
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●THE WINDS OF GOD 〜零のかなたへ〜(舞台)
※作品詳細は昨年の宮崎公演レポートをごらんください↓
http://www.pawanavi.com/topics/2005/08/17/index.htm
■宮崎公演 (只今チケット発売中!)
開催日時 :10月22日(日)
開場 17:00 開演 17:30
開催場所 : 宮崎県立芸術劇場(演劇ホール)
http://www.miyazaki-ac.jp/
全席指定 ¥5,800
★ローソンチケット : TEL 0570-084-008 (Lコード:86895)
★チケットぴあ : TEL 0570-02-9999/9966 (Pコード:369−194)
各地域のプレイガイドはこちらをご覧ください
大分、熊本公演などの詳細はこちら↓
http://www.gakuon.co.jp/2006/wog/index.html
チケット取り扱い・お問い合わせは「ガクオンユニティフェイス」まで↓
http://www.gakuon.co.jp/main/
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●THE WINDS OF GOD - KAMIKAZE - (映画)
※今秋、宮崎公開予定〜後日詳細発表
監督・主演・原作・脚本:今井雅之
音楽:宗次郎
出演:今井雅之、渡辺裕之、千葉真一、松本 匠
企画・製作:エルカンパニー
全編英語(日本語字幕上映)
※映画詳細・ストーリー等は公式ホームページをご覧ください↓
http://www.ceres.dti.ne.jp/~elle-co/
9.11翌日、アメリカの新聞に“カミカゼ・アタック”と書かれた時は悔しかった・・・
1988年から13年間続けきた舞台「THE WINDS OF GOD 〜零のかなたへ〜」。一時は2001年9月9日の沖縄公演で終了するつもりだったが、その直後に起こった9.11アメリカ同時多発テロにより、その計画は大きく変わった。舞台では作・演出・主演を手掛ける今井雅之はこう語る。「9.11翌日、アメリカの新聞に“カミカゼ・アタック”と書かれた時は悔しかった・・・お前ら本当に当時の日本の若者の事を分かっているのか・・・・・」そんなやるせない思いを胸に抱きつつ「このまま公演を終わってしまうわけにはいかない」と、4年ぶりに公演を再開したのが昨年の事!上記のレポートにもあるように宮崎をはじめ全国的にも大好評だった。特に若い世代を中心に「生きる勇気をもらった」との熱い応援メッセージが届くという。さらに今井氏は「時代と共に忘れ去られるべき題材なのに、何故か時代がこの作品に近づいているような気がする・・・今、まさに平和のありがたさを認識しなければならない」と語る。そんな中、今井雅之自らがメガホンを取り、全編吹き替え無しの英語で、本当に訴えかけたい相手に向けて、海外向け作品として作られたのが、映画「THE WINDS OF GOD - KAMIKAZE -」である。“カミカゼ・アタック”の報道以来、熱い思いを胸に秘め様々な困難を乗り越え出来上がったこの作品。今、フィルムとなって海を渡る。
映画版では現代のニューヨークから1945年の鹿児島へ
なにせ18年間という長いスパンで公演されている作品だけに、既に舞台版のストーリーをご存知の方も多いと思われるが、全編吹き替え無しの英語版(日本語字幕)という他、ストーリー的にはある一点をのぞいてほぼ変わらない。しかし、そのある一点が需要である。舞台では、「お笑い名人大賞」を夢見る漫才師、アニキ(今井雅之)とキンタ(松本 匠)が交通事故にあい、気がついたら1945年8月1日太平洋戦争末期の日本海軍にタイムスリップ・・・・・。というものだが、今回は海外向けという事もあり、2人の設定は、「エミー賞」を夢見る売れないコメディアン、ドイツ系白人のマイク(ニコラス・ぺタス)とアメリカ人と日本人のハーフ、キンタ(ウェイン・ドスター)のバイク事故がきっかけでタイムスリップ・・・というように変更されている。タイムスリップしてからの役どころは舞台と同じく、岸田中尉を今井雅之が、福元少尉を松本 匠が演じているが、タイムスリップする前の主人公達が、日本人かアメリカ人かでストーリーから受ける印象がかなり違ってくる。舞台では、いくら過去にタイムスリップしたとはいえ、同じ日本人という事もあり、どこかで「変わらぬ血が流れているのではないか?」という目でストーリーを追いかけ、次第に同じ日本人として感情移入をしてしまうのだが、映画版はアメリカ人がいきなり日本人になってしまうことから、単なるタイムスリップとはいえない、時代の落差だけでなく人種の格差も乗り越えなくてはならない、一風変わった設定となっている。なにせ、自分達を殺しにやってくる奴らは全て自国アメリカ人なのである。逆に、タイムスリップ後のアメリカ人を演じる今井雅之と松本 匠は日本人でありながら、言葉は全て英語、心やジェスチャーはアメリカ人になりきらなければならない・・・。そういう事からも、同じ役柄でありながら、舞台とは全く違う演技をしなけけばならないので、さぞかし苦労をしたことだろう。そんなことから表情や身振り手振りなどに注目すると面白いかもしれない。また、アメリカではまだまだ生々しく、撮影すら困難なグランド・ゼロ(世界で初めての映画撮影)からはじまるオープニングシーンは今井監督の思いいれとこだわりが強く感じられる・・・。さらに国際的に活躍している千葉真一や、渡辺裕之などのベテラン俳優陣がしっかり脇を固めていることから、舞台とは一味違ったエンターテイメント性を感じさせてくれる。また、舞台でお馴染みの”顔”も多く出演しているので、スクリーンに大きく写し出される表情をみながら、「こんな顔してたんだ・・・」との新発見があるかもしれない。できれば、舞台と映画の両方を見比べると面白いのだが・・・。
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●今井雅之インタビュー
※試写会および共同記者会見(ホテルメリージュ)
-----☆この作品(映画)に対する思い入れを聞かせてください。
今井雅之:毎回この話をする事になるのですが、2001年の9月9日の沖縄公演で、この舞台は終わりにしようと計画し、その日を迎えたちょうど2日後におこったのが「9.11アメリカ同時多発テロ」でした。特にショックだったのがアメリカの新聞で報じられた"カミカゼアタック"という表現で、テロの報道に日本語が使われたことがとても悲しかったです・・・。私もたくさんの取材を重ねてこの舞台を作り、当時は13年間にわたり公演してきたわけですから、当然"カミカゼ"という言葉の意味や重さも分かっています。それなのに、テロ行為を表現する手段として"カミカゼ"が使われた事が悲しかったし、そのような認識しかもたないアメリカ人達、そして今の日本の若者達・・・いや今の日本を支える世代の方達に、神風特攻隊の本質を、そしてテロとは違うんだ!という部分を見てもらい、理解してもらいたくて、一度やめた舞台も再度行っているし、今回はアメリカ人にもよく理解してもらえるように、全編吹き替え無しの英語版として海外向け作品にしています。さらに舞台なら自分が演じるべきところの"現代の主人公役"も白人という事にしています。しかし、それでも理解してもらえず、神風特攻隊が"テロ行為"だというのならば、自分はアメリカでもしっかり質疑応答にもこたえるつもりです。
-----☆アメリカでの公開に関して、手ごたえはありますか?
今井雅之:少しでも多くのアメリカの映画館で上映してもらえるよう、これから売り込みに行く予定です・・・。手ごたえ・・・・・ん〜アメリカでは、アジアンムービーというだけで敬遠されがちなので・・・・・。そういえば4月にアメリカに行った時、現地の人から「この作品は素晴らしいが、この内容をアジア人がやることは大きなリスクを伴いますよ」とも言われましたが、とにかく自分としては「アメリカでの上映」という事が重要なんです。まあ、これからが勝負といったところですね。
-----☆鹿児島が舞台となっていますね?
今井雅之:舞台といえば、宮崎にも陸軍の航空隊があるので、宮崎の方から「なんで宮崎じゃないんですか?」といわれるんですが、もともとこれは海軍の話なので宮崎ではないんですよ。ちなみに、そのころ日本には空軍はありませんでした・・・。ということで、国分海軍航空隊があった鹿児島の地で撮影しました。イメージだけなら他の地でのロケもありえるのかもしれませんが、俳優達に国分の地を踏んでもらいたかったので、国分にはこだわりました。さらに、この映画で飛んでいるゼロ戦は世界に1機しかない貴重なものです。主なロケ地としては、霧島市、大口市、湧水町、曽於市、錦江町、鹿屋市、です。
-----☆海外向け作品製作において苦労した点を教えてください・・・。
今井雅之:前にも触れましたが、アメリカではアジア映画自体が受け入れられていないので、「アジア人が全編英語で・・・」というだけで、様々な方面から敬遠されましたね。さらに内容が内容なだけに企画を理解してもらうことが非常に厳しかったです・・・。もう二度とあんあな思いをしたくないと思うぐらい大変でした。そしてアメリカでの公開を意識する上で「主演がアメリカ人でなければ・・・」などという問題もありましたし、グランド・ゼロでの撮影というのにもこだわっていたので、撮影許可をとる上で、制約が多く大変でした。まあ、ここ数年で日本国内でもこういった内容の作品に対する偏見はやわらかくなってきたかに見えますが、実際に日本人達の理解度は?といわれれば、まだまだ厳しいのが現状です。そんな中での資金集めだったので様々なトラブルもありましたが、どうんかそれを乗り越え製作にこぎつける事ができました。そんなことから製作に協力してくださった方達にはどうにか恩返しがしたいですね。
-----☆今回は全編英語(日本語字幕)ですが・・・。
今井雅之:英語に関しては、全く吹き替えなしで自分達で行っています。叩かれるのも覚悟でやりました。特にアメリカ人は字幕スーパーを見る習慣がないので・・・・・。ほんとうはメチャメチャ関西弁でやりたかったんですけどね。でも、「同期の桜」を歌うシーンと、「ありがとう」というシーンは日本語にこだわりました。あのシーンだけは日本語でなければなりませんでした。
-----☆どういった人に観てもらいたいですか?
今井雅之:ぜひ、アメリカの方達に観てもらいたいですね。当時の日本の若者達がどのような気持ちで敵艦に突っ込んでいったのかを知ってほしい。そして、日本人の方には、今の日本がいかに平和かということ・・・平和の尊さ、平和への感謝の気持ちを伝えたいです。そして"生きる"という意味を感じてほしい。だから俳優達には、敵艦に突っ込む時も「死ぬ演技はするな!生きる演技をしろ!」と言っています。そして、世代的には「いまの若い奴らは・・・」と言っている大人達、なんでも子どものせいいにしているオッサンとよばれる世代に観てもらいたい。なんだかんだいっても、今の日本を引っ張っているのはこの世代・・・。日本を悪くしているのは子供達ではなく、大人達なんだから。
-----☆この作品とは長い付き合いになりますが、変化を感じますか?
今井雅之:まずひとつに自分も年をとったって事かな?声のかれ方や、足も上がらなくなったし・・・。18年間、全国をまわり感じたのは、こういう内容の作品に関わることで、世界情勢に敏感になってきたということですね。初演から現在に至るまでに、ベルリンの壁崩壊や湾岸戦争が過ぎ去り、日本においての戦後の距離感は薄らいでいくはずなのに、今の時代がこの作品に近づいているのが怖いですね。もしかしたら戦後60年ではなく、戦前かもしれないという危機感をもっています。それほど今の若者達、日本人は戦争に対してうとくなっていると思います。僕の発言だって、80年代ならもっとピリピリしていたはずなのに、今は鈍くなっている・・・。世界情勢も日々変わっているし、激化しているのに、そんなことの全てが、知らないうちに決まってしまっている事を知らないで生活をしているのが怖いです。相変わらず、ひっきりなしにワイドショーが流れているが、時代はどうなるの?という事に関してはあまり関心をしめさない。そういったことを、会社でも学校でも、教科書でも、どこでも触れていないのも怖い。平和があっての遊びという事がわかっていなさすぎる。いろんな勉強も必要だが、今、国際情勢を語らないで、いつ語るのかとも思う。88年にこの作品を作ったときにはそこまで感じなかったが、今は切実におもいますね。あの時代に何がおきていたのかを再確認してもらいたいです。
-----☆この作品を一言でいうと・・・?
今井雅之:・・・・・「生きる」・・・。この作品を制作するにあたり、様々な取材をした中で、感じた事は「死ぬ」ではなく「生きる」ということ。本当に生きようとしている事。アンケートをみても「生きる勇気を与えてもらった」という声が多いです。こんな平和な時代に「生」を与えてくれたことにほんとうに感謝しなければならないと思います。「いいぞ!現代は、みんな思いっきり生きろ!」と言いたい。「がんばろうぜ!」という言葉はダサくないですよ!
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2006年05月19日
あおげば尊し [ 劇場/邦/ヒューマン ]
5月13日(土)、宮崎市民プラザ・オルブライトホールにて、市川 準監督作品、映画『あおげば尊し』の 試写会及び、この作品の宮崎上映を記念し、主演のテリー伊藤氏による全国初のトークショーが開催された。トークの相手は宮崎ではお馴染みのDJポッキーが務め、テンポのいいトークで会場を盛り上げた。大のジャイアンツファンということもあり、宮崎へはもう何十回となく来ているという、テレビでは既にお馴染みのテリー伊藤氏だが、映画での主演は今回が初!作品の内容も、人間の生と死、親子関係、教育問題などがテーマになっているため、バラエティー番組などでは見ることのできないテリー伊藤氏の、リアルな演技を見る事ができる。そこで今回のパワナビシネマレポートでは、作品の紹介と共に、共同記者会見、及びトークショーの画像を交えながら、テリー伊藤氏のコメントを紹介する。また、今回のトークショーの模様は、宮崎ケーブルテレビより、チャンネル1で特別番組として放送することになっている。(最下部に番組スケジュール有り)
(レポート:パワナビ松田)
5月20日(土)より宮崎キネマ館にて上映開始!
宮崎市橘通東3丁目1番11号アゲインビル2F
TEL:0985-28-1162
■宮崎キネマ館公式HP
URL:http://www.bunkahonpo.or.jp/cinema/
■取材協力:JOY FM エフエム宮崎、MCN宮崎ケーブルテレビ
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●作品プロフィール
タイトル:あおげば尊し(87分)
脚本・監督:市川 準
原作:重松 清「あおげば尊し」(新潮社刊「卒業」より)
出演:テリー伊藤(光一)、薬師丸ひろ子(麻理)、麻生美代子、加藤 武
配給:株式会社テンプリント/スローラーナー
(C)2005AZOTH 株式会社
URL:http://www.aogeba.com/
■ストーリー (パンフレットより)
・・・・・「父は黙ったまま、僕らに最期の授業をする」・・・・・
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(C)2005AZOTH 株式会社
末期のガンで病院に入院していた父に、余命が宣告された。長くてあと3ヶ月。やれるだけのことはやった。これから僕ら家族ができるのは、父の望むような日々を過ごさせてやることだけだろう。いい思い出を作ってあげてください------主治医の言葉をあとに、一家で父を自宅に連れ帰る。「これからね、本当に大変なのは。在宅で看取るって、相当覚悟いるから」妻の麻理は、僕よりはやく親を亡くしている。冬。庭の桜はまだ、つぼみさえ見せない。
小学5年生のクラス。光一は子供たちにパソコンの授業をしていた。ふいに、教室の一角が騒がしくなる。光一が歩み寄ると、田上康弘の画面に死体の写真が写し出されていた。「消しなさい」光一は強い口調で言った。そして、斎場からまた苦情の電話。田上が葬式に寄り道をしている。「なんで死体をみちゃいけないの?先生いつもいろんなことに興味を持ちなさいって言ってるでしょ?じゃあ死体だっていいじゃん」「・・・とにかくやめろ」真顔で訊ねる田上に、モラルだの常識だのを持ち出しても、あまり意味がないように思える。じゃあ、どうすれば・・・。
父も僕と同じ教師だった。冷たくて頑固で、誰よりも厳しい教師だった。「ガキのうちはいいんだ、どんなに恨まれたって。彼らが大人になったときに俺の教えが分かってくれれば、それでいい」 それが父の口癖だった。そんな父には、教え子から年賀状さえ来たことがない。こうしている今だって、誰ひとり見舞いになんて来ない。
父の体調は日ごとに悪化していった。僕は、母が父に見せていた古い卒業アルバムを見て、思わず言った。「父さん、会いたい人がいるなら教えて、来てもらうから」父は小さく首を振る。「じゃあお父さん、うちのクラスの子供たちに会ってくれる?ずっと一生懸命生きてきた父さんが、年をとって、今こうして自分の家で命を見つめている姿を、見せてやって欲しいんだよ・・・」」「やめなさい、光一!」母が声を震わせた。父は苦しそうに呼吸しながら、「み、せ、て、や、れ」確かにそう、言った。
はじまった光一の課外授業。けれど、興味を示したのは結局田上だけだった。でも、それでもいい。父さん、僕らに教えてほしいんだ。死とは、生きることとは、いったい何なのかを。もうすぐ春。庭の桜は間もなく満開になる。
■感想
人間の生と死や家族間の人間模様、さらに教育問題などが背景にある作品なのに、じめじめとした暗さがなく、淡々としていながらも、心に熱いものを感じさせてくれる映画・・・。手持ちのカメラから写しだされるドキュメンタリータッチな映像は、光の加減からアングルに至るまで、まるで自分がその部屋にいるかのようなリアルな空気感が伝わってくる。主人公・光一を演じるテリー伊藤や、その妻・麻理を演じる薬師丸ひろ子、また病床の父役の加藤 武、母を演じる、サザエさんの磯野フネでお馴染みの麻生美代子も、重たい役を演じているにもかかわらず、まったく力が入っておらず、何処にでもいる本当の家族のような、さりげない温かみが常に広がり、観ている側を落ち込ませたりはしない。そして、死に対して純粋に興味を持つ生命力に満ち溢れる子供達と、死に直面し、死の扉の手前にいる老人との狭間で、どうやって死と向き合ったらいいのかを思い悩む中年教師・光一を演じる、テレビ番組で見るそれとは、まったく違うテリー伊藤の演技は見もの。自身が「本当の自分に近い」という今回のキャラクターは、彼のプライベートを垣間見ているかと思われるほどナチュラルなものだった。
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●テリー伊藤 プロフィール (パンフレットより)
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(C)2005AZOTH 株式会社
1949年東京都生まれ。テレビ番組制作会社"IVSテレビ"にて「天才たけしの元気が出るテレビ」(NTV)「ねるとん紅鯨団」(CX)などヒット番組の演出を手掛ける。その後独立し、「ASAYAN」(TX)を総合演出、「サッポロ生搾り」「ユニクロ」「プロピア」等数々のCMも演出。最近では、バラエティ番組でユニークな発言をするコメンテーターとしても活躍。日本のテレビ界になくてはならない存在となっている。また、「お笑い北朝鮮」(コスモ出版)「君は長島茂雄と死ねるか!」(メディアワークス)「テリー伊藤の遊びベタのための成功法則」(青春出版)「間違えっぱなしクルマ選び」(ロコモーションパブリッシング)「給与明細」(ロコモーションパブリッシング)等、ヒット著書も多い。その他、雑誌、ラジオ等、マルチな才能を発揮している。このたび「あおげば尊し」で、初の映画主演をつとめた。
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●共同記者会見・トークショー(テリー伊藤/DJポッキー)
(会場:宮崎市民プラザ・オルブライトホール)
-------今回が映画初主演となりますが
テリー伊藤:市川監督から作品への出演以来があった時はびっくりしました。どちらかといえば、私はバラエティーよりなので「うるさそう」というイメージがあると思うんですよ。そんなことから映画を見る方の先入観や市川監督の作品イメージから考えると思わず「僕でいいんですか?」と聞いてしまいました・・・。市川監督とはCM等で何度か仕事をしたことがあるので、TVとプライベートではかなりギャップがあり、控え室などではあまり喋らないという、本来の僕のことを理解した上でのお話だとは思ったのですが、市川監督いわく「はじめは有名俳優も考えていたんだけど、テリーさんならまったく違ったイメージで作品ができるのでは?と思ったんですよ!」と言ってくださったので、出演する運びとなりました。そして脚本を読んで、僕自身に重なる部分が多かったのも出演を決めるきっかけのひとつになったような気がします。僕の父も病気で倒れ、個室で闘病生活をしていました。5人の兄弟が交代で看病していたのを覚えています。でも、自分が看病している時、父と何を話していいのかわからず、「平気?」とか「大丈夫?」という事ぐらいしか声をかけてやることができず、思えば、最後まで父とは腹を割って話す事ができなかった・・・・。それだけが残念でなりませんでした。そんな、事もあり、今回の作品では、その時の事を思い出しつつ演じています。
-------出演後、死に対する考え方に変化はありましたか?
テリー伊藤:日本人は、学校に行くことも、恋人をつくることも、進学も全て、自分自身で決めますが、とりわけ死に関わる問題については、できるだけ触れないようにようにする習慣があるようです。予め家族で葬儀場を決めたりする事は不謹慎である・・・そんなことからか、結婚式に関してはは盛り上がっても、死に関する問題はあまり話題にはのぼりませんね・・・人生においてはどちらも重大事ではあるのですが・・・。そんな事から、リアリティを感じないまま死んでいくことが多いと思われます。この作品のテーマでもある「死に対して素直に接する事」で、死というものをもっと身近に考えてみたいと思いました。
-------教育と地域についてどうお考えですか?
テリー伊藤:TV、ラジオ、ITという、即効性があり日本中何処にいても同じものを見聞きできる今日に地域性というものはないようにも思えます・・・。しかしそんな現代でも、本当の教育と言うものは即効性を求めるのではなく、時間をかけて、真心をこめて接することで、10年、20年後に子供達が社会にでてから、先生の言葉が心のどこかで思い出されるようなものなんだと思います。
-------淡々とした演技をされていましたね
テリー伊藤:いや、演技というより、素の僕に近いんです。ドキュメンタリーなイメージもあり、ハンディカメラのブレすらも、心のゆれを表現したりといった中、あえて演技をするという事は、僕自身にとって嘘っぽい感じがしたのです。テレビで見る僕とはイメージがちがうかもしれませんが、友人達からすれば、テレビの僕ほうが「やりすぎ」「嘘っぽい」と見えるようです。
-------ところで市川監督はどんな監督ですか?
テリー伊藤:非常に貪欲で厳しい監督ですね。撮影は朝から始まって夜の11時ぐらいに終わるので、僕達の睡眠時間はとても少ないのですが、そんな中、作品を少しでもよくしようと、翌日の台本を、撮影終了後に書き直したり・・・「いったいいつ寝ているんだ?」と思うほど頑張っていますね。
-------監督・役者として今後も映画に取り組む予定は?
テリー伊藤:おかげ様で、この作品も、インターネットの満足度ランキングなどでもベスト3にランクしたりと、よい評価をいただきましたので、機会があれば取り組みたいと思います。ただ役者としては呼ばれなければ出れないので・・・・・。でもバラエティー番組とは違う顔で出たいですね。監督の話などもあり、それっぽいことも考えているところです。本当は近いうちにそれらの事もまとめたいのですが、レギュラー番組などのスケジュールも詰まっているので、ひと段落してからやっていきたいと思っています。
-------理想の教師像はありますか?
テリー伊藤:何か、子供達と一緒にできる事があるといいと思います。上に立って、何かを教えるという事に関しては親も教師もきっと同じだと思います。たとえば学校や家庭ではなく、会社でもそれはいえると思います。僕も会社をやっていて、様々なスタッフが入ってきますが、社長として「もっと経費を節約をしなさい!」という時は尊敬などされませんが、一緒に演出の仕事などをしている時は、そんなスタッフ達が尊敬してくれるんです。そんなことから、親や教師も、単に言うだけでなく、目線を一緒にし、目的が同じものを一緒にやって、みせてあげると尊敬や思い入れが沸いてくるのではないでしょうか?そして、人それぞれに持っている能力が違うわけだから、彼らの隠れた能力を感じ取り、それを高めてやるのが、教師であり、親であると思います。
-------最後に宮崎のみなさんにメッセージをお願いします?
テリー伊藤:この作品は様々な世代の人間達が死に対して素直に向き合っています。ご覧になられる皆様も、様々なポジションの役柄に入り込んで観ていただきたいと思います。そして、とてもいい作品に仕上がっていると思いますので、世代を越えて見てもらえたらと思います。
-------今日は忙しい中ありがとうございました
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●映画「あおげば尊し」上映記念トークショーin宮崎
(宮崎ケーブルテレビ 1チャンネル)
MCN宮崎ケーブルテレビ公式HP
5月21日(日) 午前8時00分 〜 午前8時30分
5月21日(日) 午後3時30分 〜 午後4時00分
5月21日(日) 午後7時00分 〜 午後7時30分
5月21日(日) 午後11時00分 〜 午後11時30分
5月22日(月) 午前11時00分 〜 午前11時30分
5月27日(土) 午後8時00分 〜 午前8時30分
5月27日(土) 午後3時30分 〜 午後4時30分
5月28日(日) 午前8時00分 〜 午前8時30分
5月28日(日) 午後3時30分 〜 午後4時00分
5月28日(日) 午後7時00分 〜 午後7時30分
5月28日(日) 午後11時00分 〜 午後11時30分
5月29日(月) 午前11時00分 〜 午前11時30分
6月1日(木) 午後4時30分 〜 午後4時30分
6月1日(木) 午後9時00分 〜 午後9時30分
投稿者 matsuda : 22:43 | コメント (0) | トラックバック
2005年12月27日
ライフ オン ザ ロングボード [ 劇場/邦/ヒューマン ]
〜俺の人生はまだロングボードの上に乗っている〜そんなキャッチコピーと主演の大杉 漣さんがロングボードに乗る画像(下)で話題となっている、喜多一郎監督の”南国三部作第2弾”!「ライフ オン ザ ロングボード」がついにサーフィンのメッカ、宮崎県にやってきた。定年男とサーフィンと南国をテーマにした、”南の島”で繰り広げられる優しい人間たちと自然の物語・・・・・。この作品は2005年の初秋から関東圏の劇場で公開されており、「年齢や性別を問わず明るく元気になれる」といった作品内容が評価され、東京より順次全国に上映館を増やし続けているロングラン間違いなしの作品である。今回のパワナビシネマレポートでは、12月31日(土)からの宮崎キネマ館での「ライフ オン ザ ロングボード」上映にさきがけ、12月20日(火)に宮崎県立芸術劇場中央イベントホールで開催された同作品の「JOY FM 招待試写会&トークライブ」と、原作・脚本も手がけている喜多一郎監督ならびに、愛子役の麻宮美果さんによる記者会見の模様をお伝えする。尚、「JOY FM 招待試写会&トークライブ」には300人を超えるファンが会場に詰めかけ、立ち見がでるほどの大盛況ぶりだった。
取材協力:JOY FM エフエム宮崎、MCN宮崎ケーブルテレビ、宮崎キネマ館
(レポート:パワナビ松田 撮影:オオタヒサヤ 作品参考画像:製作委員会)
12月31日より宮崎キネマ館にて上映!
■作品プロフィール
・・・・・「米倉一雄、55歳、この度、定年退職して、サーフィンを始めました」・・・・・
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タイトル:ライフ オン ザ ロングボード(102分)
監督:喜多一郎
出演:大杉 漣、大多月乃、小栗 旬、麻宮美果
URL:http://www.ntve.co.jp/lotl/lotl-top.htm#top
ストーリー
リストラや早期定年退職が当たり前のようにはびこり、団塊の世代と言われるオジサン達のテンションが下がりつつある昨今の日本・・・。株式会社マルカネフーズ経理部長代理の米倉一雄・55歳(大杉 漣)もそうしたオジサンの一人である。本日、ついに定年退職を迎える事となったが、今後の人生設計などはない・・・。ただただ、まじめ一本で会社のため、家族のために、あくせくと働く毎日の中で、コレといって情熱を傾ける趣味もなければ、3年前に妻を病気で亡くし、長女の瞳は結婚して家を出ており、唯一、家に残っている次女・優は目下就職活動中。
しかし不安定な精神状態から面接も上手く進まず苛立ちがつのるばかり・・・一雄と優の関係も妻が死んでからというもの溝が深まるばかりだ。そんなある日、暇をもてあまし実家の父を尋ね江ノ島をブラつく一雄の目に飛び込んできたのは、若者達がサーフィンを楽しんでいる姿だった・・・なんの気なしに、ぼんやり眺めていると、生前の妻との思い出がよみがえった。思い出の中の妻は一雄にこう語りかけた「へたくそだったけど、サーフィンをやっていた頃のあなたは輝いていてカッコよかったな〜いつか私にも教えてくれるっていってわよね」。
ふと、思いつたように実家の倉庫を物色する一雄・・・するとそこには、ほこりを被ったヴィンテージのロングボードが眠っていた。ロングボードを抱いていると様々事が思い出される・・・。そして一雄は一大決心をする!亡き妻に「いつか行こう!」と約束した種子島の綺麗な海でロングボードに乗ってみよう・・・。その直後、一雄は娘達に自分の気持ちを打ち明け、種子島にむけ妻の遺灰と共に都会をあとにするのだった・・・。
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種子島の美しい風景と、サーフィンを通して出会う様々な島人達によって、一雄の心は徐々に変化し、自分の人生をもう一度真剣に見つめなおすのだった。一雄の表情には何十年ぶりかで取り戻した生気がみなぎり、必至に生きる姿にうたれた島の人々も次第に一雄を受け入れるようになる。素晴らしき第二の人生を歩き出し、充実した日々をおくる一雄の元へある日突然訪問者がおとずれた・・・・・・・・。
■記者会見の模様
喜多一郎監督、麻宮美果さん(愛子役)インタビュー
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-------テーマにサーフィンを選んだ理由は?
喜多:昔、サーフィンをやっていた事があるんですよ!その当時みた”ビッグ・ウェンズデー”(1978年/米、監督:ジョン・ミリアス、出演ジャン・マイケル・ビンセント、ウィリアム・カット)というサーフィンの映画が大好きで、いつかサーフィンをテーマにした素敵な映画が撮れたらって思っていました。
-------舞台に種子島を選んだ理由は?
喜多:元々、南国を舞台にした作品”南の島3部作”を計画していて、「ライフ オン ザ ロングボード」はその第2作にあたるのですが、そんな事から舞台は南の島だと・・・・その中で種子島を選んだ理由としては、はじめは特に「ココにしよう!」といったイメージはなく、第1作目となる、前作(2003年/星砂の島、私の島 〜アイランド・ドリーミン〜 )との兼ね合いで、現役のサーファー達におすすめの場所を聞いたら種子島の名前が上がったというぐらい・・・。逆に、奄美大島か種子島かを迷っていたぐらいなんですけど、撮影前のロケハンに行ったとき、鹿児島から種子島に向かう高速艇”トッピー”の中で、たまたま島の情報を入手したところ、島にあるサーフショップ”ORIGIN”を紹介していただき、そのまま飛び込みで企画書を渡したところ、凄く協力的で、直ぐに「種子島だ!」という事になりました。
-------撮影期間は?
喜多:種子島でのロケが3週間、関東方面でのロケを含めて約1ヶ月です。
-------どのような世代に訴えかける作品か?
喜多:50歳を前に、僕のまわりも、リストラや早期退職をしている人間が多く、本来なら、この団塊の世代は今の若者達のリーダーシップを取る世代なんですが、時代の流れか?なんか元気がなく、むしろ若者のほうが元気があるぐらいで・・・・・。僕としては、今の日本を背負うべき団塊の世代に元気を持ってもらいたいんです。さらに、今の日本は夢や希望が持ちにくい時代ですが、1歩、いや半歩だけでも勇気を持って歩き出せば今とは違った明るい未来が見えてくるというのを感じてほしいです。これに関してはどんな世代にも言えることです。作品中では3世代による親子のぶつかり合いなども描いていますが、それぞれの世代でいろんな考え方をもっているので、お互いがもっとポジティブに相手を受け入れる事で、もっと明るく生きられるのではないでしょうか?僕はこの映画で、サーフィンという題材を通し、世代間の考え方の違いを受け入れる事や、自分と違った文化で生きてきた人間を受け入れることからはじまる友情や愛といった人間ドラマを描きたかったんです。この映画を見た若者から「久しぶりに父親に連絡がしたくなりました」と言われ、以外に若い子の視点からも面白いと思われる要素があるのかな〜と思いました。できれば四世代でも楽しめる作品が作りたいです。
-------サーフィン競技と人間社会の関連性は?
喜多:サーフィンと人生って、どちらもバランスが重要なんです。悪い意味にとると要領よく生きる・・・なんて事になりますが、そうではなく、人生において、人間関係において、バランスが重要だという事を、サーフィンに引っ掛けているんです。サーフィンを上手く乗りこなすにはバランスがとても重要ですから。
-------お二人はバランスを失いかけたときどう対処します?
喜多:僕は、能天気だから、考えるよりもまず前向きに行動あるのみですね!これは今までの経験上からそうしています。
麻宮:私もやっぱり行動します。やってみて初めて発見できる事も多いですし、受け入れる事で楽しくなれる事も多いはずです。そして、1日1日なんでもいいから、よかった事に対して喜びを感じる事ですね。
-------麻宮さん演じる愛子という女性について?
麻宮:私はそのままの自然体です。島に行ってからもいつもどおりでした(笑)。愛子という役は、大杉 漣さんと種子島の人々を結びつけ、大杉 漣さんに島のやさしさを受け入れてもらうきっかけを作る大きな役割をはたすのですが、島の人になりきるために特別な事はしていません。なんの予備知識もないまま島に入って、地元の人々と一緒に生活しているうちに、自然と愛子の役が身についてきました。
喜多:僕は基本的にキャラを作りこむタイプではなく、役者さん達が、一番自然体で演じられるように台本を書いているので、まさにそのままのはずです。
-------麻宮さんから見た大杉 漣さんは?
麻宮:とてもやさしくて、気をつかってくれました。撮影の時、私が緊張していても、冗談を言って笑わせてくれたりして、とてもリラックスできたのでたすかりました。
-------麻宮さん演じる愛子から見た大杉さん演じる一雄はどんなオジサン?
麻宮:一雄さんはとても素敵なオジサンだと思います。そういえば、この映画を撮ってからというもの、街で見かけるオジサン達が気になるようになり、なんとなく観察してしまうのですが、多くのオジサン達が下を向いて歩いているように感じられます。もっと一雄さんのように元気を出してほしいですね!おじさんブームがくればいいのに。
喜多:僕を含め、まわりのそうした年代の人達の多くが、まだバリバリやりたい事があるはずの年代なのに、なんでやる気がなくなってるのかな〜?そういえば僕らが子供の頃って、50代の学校の先生とか、精力が外に向かって溢れ出ていて、ギラギラしてたよね!怖かったし・・・。
-------麻宮さんから見た監督の印象派は?
麻宮:怖い時もありますが、監督の一言ひとことが愛のある言葉だと受け止めています。一緒にいい作品を作りたいという気持ちが伝わってきますので、厳しい言葉も、作品に対する愛だと感じます。役者として監督についていきたいと思っています。
-------出演者のみなさんのサーフィンの経験は?
喜多:いや、みんな無いですよ(笑)。ロケに入る前にみんなで千葉に行き、1ヶ月ぐらいトレーニングしてましたね・・・。大杉さんに至っては、サーフボードをに触れるのも初めてだったみたいです。でも、元々がスポーツマンで運動神経も発達していから、ボードに乗るシーンの撮影の時も、5〜6時間練習したら、本番では見事に立てましたね!いいタイミングで撮影できたので、そのまま本番で使っています(笑)。
麻宮:私は、千葉でのトレーニング時は全然乗れませんでした。でもまわりには初心者のサーファーも多く、一緒に頑張れたのがよかったです。
-------撮影で苦労された点は?
喜多:島でのロケは、どちらかというと体育会系のノリなんですが、個人的に現場は楽しくやろたいと思っているので、苦労という苦労はないですね・・・。地元の方達もとても協力的だったし・・・。でも大きな波を撮りたかったので、天気予報とニラメッコをしていたところ、台風が来るどころか2つも来てしまったのにはまいりました。おかげで大きな波は撮れましたけど。
-------この作品は宮崎でも12月31日から上映されます。
喜多:サーフィンのメッカでもある宮崎で上映してもらえるのはとても嬉しいですね!地元のみなさんが声をそろえて「サーフィンのメッカですから!」と言っていたのが印象的です。年末からの上映ということですよね!是非宮崎のみなさんに見てもらいたいです。そういえば昨日、地鶏?チキン南蛮かな?を食べました。あれはとても美味しかったですね!
麻宮:昨夜宮崎について、そのままラジオ番組にでて、今日はホテルから直ぐこちらの会場なので、私はまだ宮崎の海をみていないんです・・・。宮崎はサーフィンと綺麗な海のイメージが強いので早く時間を作ってみてみたいです。
-------最後にお二人の大好きなシーンを教えてください。
喜多:僕は海が好きだから、今回も海が綺麗に撮れた事がなによりでした。そんなわけで、海が背景に出てくるシーンは全て大好きですね!各シーンがどれだけ風景に溶け込んでいるかが大切だと考えているので、よく撮影を遠くからひいて見ているんです。今回はどのカットも風景にしっかり溶け込んでいるのでOKです。しいて言えば大杉 漣さんが浜を走るシーンのバックの海が好きかな?あまりに綺麗だったので、知らないうちに何100メートルも走らせてせまいました。そのままカットを使ったので、スクリーンで見る事ができる、大杉 漣さんの険しい表情は本物です(笑)。
麻宮:この作品は音楽とのバランスが素晴らしいんです。とても気持ちいいので、音楽と各シーンに注目して観てください!それと私が登場するシーンは全ておすすめです(笑)。
-------今日は忙しい中ありがとうございました
■「JOY FM 招待試写会&トークライブ」の模様
会場となった宮崎県立芸術劇場中央イベントホールには、300人を超えるファンが詰め掛けた。たくさんの応募の中から選ばれたラッキーなファン一人ひとりに写真集も手渡された。この写真集は、上記で紹介した麻宮美果さんの写真集で、喜多一郎監督が撮影を手がけているもの!尚、この写真集は既にvol 2が発売されており、12月31日の公開時に宮崎キネマ館にて先着300名にプレゼントされるとの事。
映画の試写が始まる・・・。美しい自然の中で、少しづつ人間らしさを取り戻し、たくましいいい顔になっていく一雄と、彼を取り巻く様々人物達がいきいきと動き回る。3世代が登場する作品だけあって、会場の誰もが、登場人物の誰かに感情移入でき、また舞台は種子島へ飛ぶものの、おおきなテーマそのものは私達の身近で起こっている事だけに、様々な問題がリアルなものとして受け止める事ができる。そんな中、やはり心を癒してくれたのは、種子島の人々の大らかさと、美しい島の大自然だった・・・。リアルといえば、一雄が住み込みで働く6畳間で腕立て腹筋などの筋トレするシーンは、つらそうな表情や、体のピクピク、プルプル感が笑いをさそっていた。
試写のあとはトークタイムに抽選会、そしてサイン&握手会が行われた。抽選会では全国で50枚限定で作られたオリジナルTシャツのうち10枚がプレゼントされた。さらに南国三部作のうち一部、二部と完成したところで「南国三部作の締めくくりは是非宮崎で!」とのファンからの問いに、喜多監督は「今、第三作目のアイデアを練っているところです。次もサーフィンがらみで行きたいとおもいますので、宮崎も考えておきますね」との答えが返ってきた。
2005年12月31日より、宮崎キネマ館にて公開
2006年01月20日上映終了予定。
2005年01月25日
北の零年 [ 劇場/邦/ヒューマン ]
■タイトル 北の零年
■監督 行定 勲
■出演 吉永小百合、渡辺謙、豊川悦司
■作品詳細 シネマセントラル延岡プレイバックシネマへ
みんなの平均点→4.000点
シネマレビュー↓
※評価は5点が最高です!点数間隔は0.5点です。(平均が3点)
※コメントはあくまでも主観に満ち溢れていますのでよろしくお願いします。
■パワナビ松田・30代 男性 (評価:3.5点)
2005年になった今でも”サユリスト”達は健在だった!取材日は平日の午前11時・・・。にもかかわらず劇場には結構お客さんが来ている・・・。確かに年齢的には50代、60代が多い・・・が、しかし、あの”せかチちゅう”でおなじみのヒット作”世界の中心で愛をさけぶ”で今や時の人となった「行定 勲監督」の作品であり・・・しかも”せかちゅう”とはまるで違うタイプのドラマを1968年生まれの若い監督が、1945年生まれの吉永小百合を主演に向かえ、壮大なスケールのロケを行い、168分という上映時間を使い、なんと吉永小百合を引き立たせる男優達といえば、これまた世界的な名優となりつつある渡辺 謙をはじめ、豊川悦司、柳葉敏郎、香川照之、吹越 満と個性的なキャスティングでタップリ魅了させてくれる事間違いなし・・・となれば、”サユリスト”ではない私も「ちょっと、どんな事になってるのか見てみようかな〜」とそんな気持ちにさせられる。そして私としては石橋蓮司みたさ?もあって興味深々で鑑賞してまいりました。
ストーリーにあるように、時代背景は幕末。腐りきった徳川幕府に任せておいては日本が諸外国の食い物にされると、薩長土を中心に倒幕〜新政府を樹立するも、明治維新で起こった様々な摩擦の焦げ後がもたらす、歴史の裏の人間模様を描いており、決して、吉永小百合演じる志乃と、渡辺 謙演じる小松原 英明のおしどり夫婦が手に手をとりあって苦労をのりこえる・・・などといったアドベンチャーファミリー的(古い?)な厳しくも陽気な話ではない。過酷な状況下におかれた中で生きようとする人間の心の葛藤を描いている作品が"北の零年"だ。
タイトルにも零/ゼロとあるが、もちろんゼロからの開拓に肉体的・精神的苦労はつきもの・・・。この作品を見ていると、人間というのは少し先でかまわないから、自分の進むべき道が見えさえすれば、少しの明かりが灯ってさえいれば、ほとんど肉体的疲れなどは忘れて仕事に励むことができる。また、少々の貧乏も「どうにかなるさ」と明るく笑顔で乗り超えられるものだが、精神的な疲労、特に人間関係のもつれから生じるものは、そうしたやる気さえ全て吸い取り、食事をすることさえ困難にさせるというのを画面を通してわかりやすく見せてくれる。
なにもない、ゼロとはいうものの、現北海道には先住民族が住んでいて、自然と共に日々の暮らしを営んでいる。あの豪雪を見ると自分などは震え上がってしまうが、床や壁に最新の設備がなくても、先住民達はなんとか生きていた。まさにゼロの人々だ・・・。一方、春には美しい花が咲き乱れる国で、○○石という手当てをもらい、当時でいえば文化的な暮らしをして生きていた人々が、突然北の大地に投げ出されたら本当にゼロぐらいですむのだろうか・・・?彼らの数値的にいえばマイナス100の人・・・ぐらいなのではないだろうか・・・?
なにを持ってゼロというかは重大だと思う。同じゼロの土地で同じように生きている以上、明治新政府にほっぽりだされた稲田家の人々も、先住民達もなんら変わりないが、様々な工夫でゼロからプラスに転じていった先住民達にとっては、厳しい日々の暮らしも、すでに実績としてプラスポイントがついているはず・・・。心はなえてないはずである。稲田家の人々の中にも、いい暮らしをしていたプラス100の人からプラス10の人と、淡路での暮らしには様々な評価はあるにせよ、マイナス100ではなかったと思う。そんな少なからず、一時はプラスの生活を営んでいた人々が、まったく新しいステージで生きる事を余儀なくされた時に一番必要なのは何なのかが、この作品を見ているとわかるような気がする。この作品にでてくるキャラクターの生活ポイントはどれくらいなのかを自分なりに考えてしまう。マイナス100に絶えられなかったものもいれば、これぞ神があたえてくれた大逆転の時とばかりに大幅プラスに転じようと考えるもの・・・実にいろいろだ・・・。まったく自分は登場人物の中の誰にあてはまるのだろう・・・・。
バブル崩壊、リストラ、などなど、そんななまめかしい事実すら今となっては死後になりそうな急激な時代の流れ・・・。この映画の中でも「時代の流れには逆らえない、しかたがない」とお偉いさんがいう。そして平成の時代になっても「誰かが時代の流れを作っていってるんだ、それが誰だかわからない」・・・時代の上流が見えない・・・。どんな事にもかつてはあったはずのゼロ地点がわからない。いまさらわかったところでなにも解決しないのか・・・・・?バブルから一転の大不況でマイナス地点に放り出された人、新天地でなにかをやらなければならない運命に逆らえなかった人、駄目になりそうな時人間に一番必要なのは何かが少しだけわかるはず!こんな時代だからこそ、観てそんはない映画だと思う。少し前に自分のブログでコミュニティ(共同体)について書いたことがあるが、こんな映画を観ると本当に軽々しく「TIでコミュニティを簡単に作りましょう」というのいが恥ずかしくなってくる・・・。そんなにお硬く受け取る必要もないが、自分を含め、簡単に「コミュニティ・・・」などといえる現代は、知らないうちに人間が人間の存在を無視しているように思えてしまう。コミュニティサイト、サークル、会社、市、国、どれも「新しく試みよう」という時は夢いっぱいでプラスエネルギーがたくさん発射されているが、いざ完成〜運営となると、いままでにエネルギーを使いすぎたのか?運営に必要な肝心のテンションが下がってしまい「お前がやれ」「いやお前が」という事もよくある・・・。実は完成するまではマイナスで、さあここから本格始動という大切なゼロ地点になかなか気がつかない・・・。この辺も、肉体的というよりは精神的な疲れが大半をしめているだろう。まるでゲートを待たずして、入れ込みすぎて、スタートした頃は走る気力をなくしてしまっている競走馬のよう・・・。もちろん肉体疲労からくる精神的ダメージも当然あるとは思うが・・・。そんな時、ゼロ地点を思い出せる事が重要なのかもしれない。初心に帰るとはよく言ったものだ・・・。なんとなく零/ゼロは何もないというイメージがあるのだが、実は零/ゼロは誰にでも必要なニュートラルポイントなのかもしれない。どんな事にも浮き沈みはある。マイナスでもなく、プラスでもない、良くも悪くも中間地点に戻れる女性を吉永小百合が演じているように感じた。
さて、印象に残ったシーンとしては、吉永小百合と渡辺 謙の夫婦の会話シーン・・・「こんな土地に連れて来て苦労をかけるな〜、俺はこれから・・・どうして・・・こうして・・・ここに新しい国を・・・そして俺の理想は・・・。」と自分の構想や夢を語る渡辺に、渡辺の汚い薄汚れた手を綺麗な手で握り締め吉永が「そんなことはないわ、私はうれしいいんです。だって、淡路にいた時は藩のお勤めに倒幕と、あなたは自分のことなんて私に話してくれなかったじゃないですか・・・こんな風にあなたの胸のうちを聞けたでけでもここに来たかいがあったわ。」と、このとき既に、精神的なポイントでは吉永のほうが大きく渡辺を上回っている。このシーンが後半どうなるかは観てのお楽しみ・・・。それにしても、実社会でもなんと女性達の現実的で行動力のあることか・・・。逆に男は体裁ばかり気にして、「なりふりかまわず」ということができない・・・。どんなに落ちぶれても、体裁だけはある・・・。つくづく人間としての女性の強さに脱帽する。
と、ここまでは好評価なのだが、マイナスポイントとしては、ストーリーがどうのという事でなく、やはり「サユリスト」的な作り方の部分か・・・。もちろん吉永小百合が主演なのだから、ファンにとっては120%の出来で、とても60歳には思えないワカワカしさで熱演し、美しくもあり。「風と共に去りぬ」のスカーレットを彷彿させるシーンなどもあれば、日本のビビアン顕在!と、ファンとしては満点でもおかしくはないが、サユリストでない自分にとっては、優等生すぎる主人公が見ていてじれったくもなってくる。ただ「貧乏でも、苦しくても明るく頑張っていこう」というキャラクターは1962年”キューポラのある街”からのカラーであるともいえなくはない。とはいえ、あともう少しでいいから泥臭くなってはもらえないだろうか?しかし泥になってしまっては吉永小百合でなくてもいいとも思え、わざわざ60歳の吉永小百合を使ったからには、これはこれでいいのだろう・・・と思わざるをえない。サユリストなる言葉のもつ意味は、今日の”あゆ”モー娘。”ウタダ”などとは比べ物にならないほど凄いものなのだ!”あゆ”はウ○コをするかもしれないが、”サユリ”はしない、せいぜい黒豆ぐらいだろう・・・。だって「吉永小百合はウ○コをしない」と昔勤めていた会社の営業部長が言っていた。だからサユリストになったつもりで4.5点と言っておこう。だが、この作品では石田ゆり子のドロドロ具合のほうが、生命力につながるのでは?とも思える。ということで、3.5点にしてみたものの、あの映像から役者を含めスタッフの事を考えるともっと点数を上げたくなってしまうが・・・・・。
PS:そうそう、肝心の石橋蓮司さんですが、最近のジョージアのCMのせいか、なぜかこの映画でも虐げられる上司の役です・・・。しかし、頭に鉢巻、手にはクワを刀代わりに八相に構える姿をみていたらうれしくなりましたね〜!さながら”浪人街”の”母衣権兵衛”のぶった切りを思い出し「えーいクワでも何でもいいから全員ぶった切っちまえ!」と心で叫びつつ・・・吉永小百合は年とらないのに、4つ年上のこっちはめっきり年とったな〜・・・・・。なんてことも思ったりしました。
■パワナビHIDE・20代 男性 (評価:4.5点)
吉永小百合111本目の映画「北の零年」いやいや、吉永小百合さん最高でした。今の日本で今回の役を出来る人は他にはいないんじゃないでしょうか?っていう位の大ハマリでした。どんなに辛いときでも人を思いやるこころ、他人から蔑まされても恨みもせずひたすら耐え抜く、母なる大地のような人。とはまさにこの人のような人でしょう。この役を演じきった吉永小百合さんは本当に凄いと思いました。若々しさ、美しさ、リアルタイムで吉永小百合さんを見てきた人だけでなく、若い人たちも絶対に引き込まれると思います。と、このように書くと吉永小百合さんの一人舞台のようですが、もちろん違います☆渡辺謙や豊川悦司を初めとする他の共演者も素晴らしかったですよ。役柄から豊川悦司の方に目がいきますが、渡辺謙も前半と後半のガラリとかわった人間を見事に演じていると思います。上映時間3時間弱、映画が始まってふと時間が気になって時計を見ると1時間が経過していました。「あと2時間かぁ...」と思いましたがその2時間はあっという間でした。完全に見入っていました。結果的に2時間位の感覚・・・些細な事ですが、とっても重要な事だと思います。冷めた目で見ればどこかの掲示板のように酷評が出るのかもしれませんがそんな風にしか見ることができない人達がかわいそうに思いました。脚色はあるにしろ、史実に基づいた映画、現代の人たちが未開拓の地に投げ出されたら何日間生きられるか・・・どれだけの人が生き延びられるか・・・そう考えると、当時の人たちの苦悩がちょっとだけ解る気がします、想像を絶すると思いますが・・・この映画を見て色んな事を感じました。吉永小百合が綺麗とかそういう事じゃなくて・・・あなたは、何を感じますか?何も感じませんか?どうしても裏が見えてしまうあなたは鑑賞前にHPのプロダクションノートでも見てスタッフの苦労を見てみてください。おそらくメイキングだけでも2.3時間のドキュメンタリー番組が出来ると思います。この映画、ある意味、このおかしくなった世の中を開拓する「地球の零年」かもしれません。わっ!くさっつ!GO!GO!夕張!国際映画祭が楽しみだ!タランティーノも真っ青だ!
■Sさん 40代 女性 (評価:4点)
吉永小百合さんがとっても良かったです!同じ、母として、女として共感できるところが多くとても泣けました。自分があの立場だったらどういう行動をとっただろう・・・色々と考えさせられる映画でした。冬のシーンはやはりどこも心に残りました。
■Yさん 50代 女性 (評価:5点)
各メディアで話題になっていたので、是非見てみたいと思っていました。評判以上のできに満点の5点です。大雪原のシーンは吉永小百合、60歳にしてよくやったと感心して観ていました。上映時間は3時間弱ありましたが立ち見でもOKなぐらいです。劇場はやっぱり年配の方が多いようですが、是非若者にも観てもらいたいですね。
■Mさん 50代 男性 (評価:4点)
しっかりと詰まった内容に満足しました。あのラストシーンは感動です。この映画でもそうですが、今も昔も官僚のやり方はなんとかならないのでしょうか・・・実ににていいますね。100年たってもなにも変わっちゃいない。明治維新もそうだが、なにもかも、その後がいけない・・・。
■よう子さん 40代 女性 (評価:4点)
この作品は、子を持つ母の立場でみるとなんともせつなくなりますね・・・。きっと女性と男性では、生きる事への価値観が違ったりするんでしょうね。この映画はどちらかというと女性の方が共感できるんじゃないかな?マイナス1点は男性の立場でみると、ちょっと鼻につくところがあるのでは?と考えての4点です。
■ひねくれもの 40代 男性 (評価:3点)
ロケを含め、金はかかっているんだろうな〜と思う。しかし”吉永小百合”ということで、全てがOKっぽい部分が多々あるのも事実・・・。その辺のシーンがどうしても頭に残ってしまい、壁となって素直に受け止める事ができない・・・。吉永小百合はかつてサユリストと呼ばれる言葉があるほどの女優だが、60歳となった今、もうサユリストでもないだろう。渡辺 謙や豊川悦司とラインをあわせるのなら別の女優がいい・・・。
投稿者 blogpawanavi : 17:55 | コメント (0) | トラックバック
