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2008年05月26日

ナルニア国物語〜第2章・カスピアン王子の角笛<日本語吹替版> [ 劇場/洋画/ファンタジー ]

原題:The Chronicles of Narnia: Prince Caspian
(2007年/米、英 2時間25分 カラー) 
配給:ウォルト ディズニー スタジオ モーション ピクチャーズ ジャパン
監督:アンドリュー・アダムソン
脚本: アンドリュー・アダムソン、クリストファー・マルクス、スティーブン・マクフィーリー
原作: C・S・ルイス
製作: アンドリュー・アダムソン、マーク・ジョンソン、フィリップ・ステュアー
出演: ベン・バーンズ、ウィリアム・モーズリー、アナ・ポップルウェル、
   スキャンダー・ケインズ、 ジョージー・ヘンリー、

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■パワナビ松田 レビュー (劇場にて鑑賞)

評価:★☆☆☆☆

 C・S・ルイス原作『ナルニア国物語』の映画シリーズ第2章『カスピアン王子の角笛』。物語の舞台となるのは前作『ライオンと魔女』でペベンシー4兄弟(長男ピーター、長女スーザン、二男エドマンド、二女ルーシー)が白い魔女を倒した事により平和が訪れたはずのナルニア国。しかし、1300年後のナルニア国は(ナルニアの1300年はこちらの世界の1年に相当する)人間であるテルマール人によって侵略され、平和で美しかった魔法の国は暴君ミラースに制圧されてしまった。今では生き延びたナルニアの民達は、テルマール人が忌み嫌う深い森の中でひっそりと暮らしている。そんなある日、テルマール人の王位継承者であるカスピアン王子(ベン・バーンズ)が暴君ミラースの策略にあい、命からがら暗黒の森に逃げ込んでくる・・・。戸惑うナルニアの民達。しかし『伝説の4人の王』を呼び戻すことができるという魔法の角笛を吹くカスピアン王子を目の当たりにしたナルニアの民は王子を救出する。そして王子の角笛に呼び戻されたペベンシー4兄弟が、久しぶりに見るナルニア国はすっかり荒れはてていた・・・。

 聖書の物語をモチーフにしているという原作『ナルニア国ものがたり』全7部作中、1951年に出版順では2番目に出版されたのが『カスピアン王子のつのぶえ』である。ちなみに出版順ではなくナルニア年表順に置き換えると次のようになる→『魔術師のおい』→『ライオンと魔女』→『馬と少年』→『カスピアン王子のつのぶえ』→『朝びらき丸 東の海へ』→『銀のいす』→『さいごの戦い』。原作上ではカスピアン王子はその他の作品にも登場しており、重要なキャラクターの1人にあげられる。そして今回の作品のキャラクターでもっとも目を引くのがこのカスピアン王子を演じているベン・バーンズである。映画での大役は今作品がはじめてのようだが、そのイケメンぶり(人による)は、影が薄い(あくまでも私的に)4人の主役達が霞んでしまうほど・・・。すでに続編での出演も決まっているそうである。

 それ(イケメン)はさておき、異常なほどにキャラクターが多いのもファンタジーものの特色であり、それが楽しみのひとつではあるのだが、主要な人物に限っては1人ひとりの重さがあまりに分散するのは考え物である。もともと影が薄かった4人の主役達の他にカスピアン王子が加わったのだからその存在は薄まるばかり・・・。まあ「顔が命」のベン・バーンズはコレといった活躍をせずとも、そこに立ってるだけで任務完了かもしれないが、あまりに普通な主役のペベンシー4兄弟はそうはいかない。なにより、前作では「魔法vs魔法」だったが、今回は「魔法vs人間」という、少々生々しいリアルで血なまぐさい戦いに身を投じることになるだけに、よほどの成長がみられなければ主役を印象付けることはできないはずである。ところがナルニア国にやってきたとたん、なんのためらいも葛藤もなくズバッと人を殺してしまうピーターやスーザンの勇士には、きっと拍手を贈らなければならないのだろうが、はっきり言っていただけない・・・。画面に血が噴出さなければ、人に剣や弓を引いてもいいというものではない。そんな安易な場面を見ると、体だけは成長しても、精神的な部分では成長していないように受け取れる。

 とにかく、この作品を見ているとどうも命のやりとりが軽々しく思えてならない。こども向けのファンタジーだけになおさらそう感じる。人間が人間と戦わなければならない葛藤や虚しさなどがまるで描かれていないことが、全ての物語を軽く感じさせてしまう要因といえる。テルマー人の暴君ミラースがいかに悪人だったとしても、かりにも今度の敵兵達は全てカスピアン王子の大事な国民であり、4兄弟にしてもナルニア国のリーダーなのである。たとえナルニア国の為だとしても、戦う意味や人(自国の民)を殺すことにもっともっと苦悩してほしかったというのがある。また、いくらファンタジーとはいえ「久しぶりに来てみたらアラびっくり、じゃあナルニアのために一肌脱ぎましょう」じゃ何がなんだかわからない。「何故こんな事になってしまったのか?」そうしたテルマー人とナルニアの民との確執を描いた上での戦いや人間関係であり、愛、友情、仲間であれば感情移入もできるのだが、その部分はまったくと言っていいほど欠落している。また「自然vs人間」という比喩として考えてみても、宮崎アニメの『もののけ姫』のほうが、まだ戦うことに対しての葛藤や覚悟、信念があり、戦う理由が存在するからブレが少ない。もし「自然vs人間」をちゃんと子ども達に見せる、感じさせるのなら、戦いに至るまでのプロセスの説明をきちんとしなければならない。「悪者がやってきた〜とにかく戦え〜負けそうだ〜神様おねがい〜じゃぁ最後は魔法の力でドッカン〜やった〜大勝利☆」これでは何も救われない・・・。

 「子ども向けのファンタジー映画」と言ってしまえばそれまでだが、逆に子ども向けだからこそ「単に視覚的な場面で血が吹き飛ばなければ教育的に安心」という安易さはむしろNGなのではないだろうか?戦いには痛みや血、多くの犠牲が伴うことをしっかりと教えなければならないし、むしろ何故血を流してまで戦わなければならなくなったのかという部分を伝える事は大切な作業である(ナルニアに血の表現が必要ということではない)。そこがはっきり描かれておらず、単に映像を派手に見せるためだけに戦争形式の戦いがはじまり「グロテスクなシーンさえなければ、直接的な死の場面さえなければ、裏ではどんどん死んじゃってもかまわない」というのはとても安易である。そうかと思えばなんでもかんでも薬で生き返ってしまうというのも、大きな間違いである。ロケ地であるニュージーランドの風景やコンピューターグラフィックスは美しいが、「戦う」ということや「生と死」に関する描写はまったく美しくない。「子どもが向けのファンタジー映画なんだから大人が深く考えちゃいけないよ・・・」いやいやそんなことは無い。作っているのは金儲けが大好きな大人だし、子どもむけだからこそ視覚効果こそ二の次である。戦闘シーンが見せ場で本当に夢のあるものができるのだろうか?私に限って言えば、目にとまる視覚効果はあれど、心を動かされる場面はまったくなかった・・・。少々辛口になってしまったが、最近のこの手の作品にはうんざりしている。よって評価は★ひとつ。もしかしたら原作には大切な部分がしっかりと刻み込まれているのかもしれないが・・・。

 最近は「原作をしっかり読んでディテールを把握し、映画では映像を楽しむ事に専念する」というのが主流なのかもしれないが、やはり映画と原作は別物であり、切り離して考えたい。

投稿者 blogpawanavi : 2008年05月26日 18:40

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