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2006年12月17日

007 カジノ・ロワイヤル [ 劇場/洋画/アクション ]

■タイトル 007 カジノ・ロワイヤル
■監督 マーティン・キャンベル
■出演 ダニエル・クレイグ、エヴァ・グリーン、ジュディ・デンチ
■作品詳細シネマセントラル延岡作品情報へ(1月6日より)

みんなの平均点→4.600点

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シネマレビュー↓
※評価は5点が最高です!点数間隔は0.5点です。(平均が3点)
※コメントはあくまでも主観に満ち溢れていますのでよろしくお願いします。

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パワナビ松田・30代 男性 (評価:4.5点)

 スパイ・アクション映画のリーダー的存在の007シリーズも1作目から数えて早45年の歳月が流れた・・・約半世紀である。日本で言えば「寅さん」や「水戸黄門」のごとく、文化ともいえるこのシリーズだが、長きに渡り築き上げてきたものだけに知らず知らずのうちに文化特有の堅苦しいお約束事が増え続け、気付いてみれば往年の勢いが感じられず、新世代との感覚のズレが出始めたようである。1作目が公開された当時18歳だった若者は60代になっている現実を考えればしょうがない。しかしついに「カジノ・ロワイヤル」で革命が起こった・・・。21作目となる最新作からは、文化継承というよりも、むしろ今までの形にとらわれることの無い自由な作品作りが展開している。単に目先を変えるだけのボンド役交代ならいざ知らず、今回のスタッフは実にチャレンジ精神旺盛だった。ではどのような部分がチャレンジだったのかといえば、たとえるなら「タコ社長が登場しない、Tシャツにジーパンの若い寅さん」「名乗りを上げて殴りこみをかける軽快な若かりし水戸黄門」を作ってしまったという点である。そういった作品に興味がわくタイプの方だったら、この「007 カジノ・ロワイヤル」は大いに楽しめるだろう。逆に「いつものノリ」がなければ絶対に嫌だという方は不満がのこるかもしれない・・・。少し前にバットマンシリーズでも「ビギンズ」が同じような形で話題となったが、たとえ同じような事だとしても、映画としての007シリーズはそんじょそこらのシリーズものとは訳が違う!いわば老舗中の老舗であり歴史がちがうのである。そんなことから今回は半世紀がかりの革命に注目したい。

 「007 カジノ・ロワイヤル」は、おなじみイアン・フレミングの原作第1弾(ちなみに映画としての第1作目であるドクター・ノオは原作では5作目にあたる)を映画化したもで、作品の内容としてはジェームズ・ボンドが007と呼ばれ始めた頃を描いていることから、誰もが知っているボンドのカラーやスタイルが形成される以前の話である。そのため毎回恒例となっているお約束はありえない・・・。その辺は徹底しており、たとえばオープニングの定番"ガンバレル"どころか"美女のシルエット"もなければ、ボンドカーや超ハイテク兵器も登場しない。さらに信じられないほどに武装化されたボスの隠れ家や何故か最後に出てくる軍隊の姿もないのだ。それとは裏腹に、お洒落なスーツというよりは、引き締まった筋肉を身にまとった新ジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)は、ハイテク機器に頼らず、肉体と頭脳と野生の感を駆使し、いつも血だらけになって走りまわっている。また時に悩み、時に苦しみながら、すこしづつ前進し誰もが知っている"007"に近づいていく・・・。そんな姿をできる限りリアルに描いているから、いつものような余裕たっぷりのボンドではなく、常に追い詰められているように感じられ、そこがまた画面の緊張感につながっている。そのせいかアクションシーンも気持ちいいほど肉体がはじけ飛んでいるし、見ているこちら痛くなるようなシーンも数箇所でてくる。もちろんジェームズ・ボンド愛好会があるとすれば「ボンドをこんな風にしてしまうなんて許せない」という保守派からの攻撃は覚悟の上だろう。キャラクターに関しては、私も保守派のように思えるが、中途半端でない潔さが気持ちいいから許せてしまうのだ。しかし、それでも納得がいかず・・・「たとえ車寅次郎がフーテンの寅さんになる前の話だからといって・・・徳川光圀が水戸黄門になる前の話だからといって・・・何十年にも渡る文化を無視しちゃいけないよ・・・これは別物だね!ベ・ツ・モ・ノ」と言いたくなる気持ちもわからなくはない・・・。しかし、ここで「いや、カジノ・ロワイヤルは昔から別物なんだよ!」と直ぐに反応できる方は、よほどのシリーズファンである。実は1967年にジョン・ヒューストン(その他5人)監督により、ピーター・セラーズ、デヴィッド・ニーヴン、ウディ・アレン、オーソン・ウェルズ、デボラ・カー、ウィリアム・ホールデン、その他といった豪華キャストにより「カジノ・ロワイヤル」は映画化されいる。しかし、内容のほうはといえばオースティン・パワーズの元祖のような翔んだ内容のもので、今考えれば当時としてはかなり先進的だった事からコアなファンも多く、誰もがイメージする007とは月とスッポンの差である。また権利うんうんといった事もからみ、あくまでも番外編という位置づけにある・・・。まあ、当時はまだまだ007文化が確立されていなかったので、そんなのもありということで、当時のお洒落な大人達は笑って見ていたのだろう。私も今でこそ「へぇ〜」と思える内容も、子供の頃にTVで見た時は「こんなの007じゃない、なんでこれが007なわけ〜」と両親に言った事を覚えている。とにかく、モンティ・ノーマンが作曲を手がけた有名な「ジェームズ・ボンドのテーマ」(この曲に関しては作者は誰かということでジョン・バリーともめ、裁判沙汰になっていたようだが、2001年にモンティ・ノーマンが勝訴したようである)からはおよそかけ離れた作品だった事はたしかである。だからこそあれから約半世紀が過ぎた今、様々なマンネリ化を打破すべく、起爆剤として「 カジノ・ロワイヤル」が選ばれたのも分かるような気がするし、原作としては1作目にあたり、過去にもシリーズの中では特別なポジションに位置するカジノロワイヤルだからこそチャレンジできたのかもしれない。ちなみに1954年に短編テレビドラマ化されていたらしいが私は見たことが無い・・・。

 とにかくも自分で半世紀と書きながらちょっとびっくりしている・・・。しかしこのシリーズが半世紀も続けてこれた要因のひとつとして「ジェームズ・ボンドのテーマ」という、上記の優れた楽曲があったからだと思う。まったく同じ映像でもこの曲が流れるのと、違う曲が流れるのでは雲泥の差だ。思えば私が劇場で007を見始めたのはロジャームーアが主演したシリーズ10作目にあたる「私を愛したスパイ(1977)」からだ。ちょうど10歳の時である。この作品と次の「ムーン・レイカー」には、リチャード・キール演じるジョーズという悪役キャラクターがボンド以上に人気を集めていたのを記憶している・・・。それまでの作品はテレビでしか見たことがなかったので、初めてスクリーンで「ジェームズ・ボンドのテーマ」を耳にしたときはものすごく興奮して死にそうになった(笑)。それから30年・・・10歳だった私ですら来年40歳になってしまうのである。最新作の「カジノ・ロワイヤル」が第21作目ということからすると、10作目の「私を愛したスパイ」はちょうど折り返し地点?になる。まだまだ続くであろうこのシリーズでありながら「折り返し」というのも変な話なのだが、個人的に「私を愛したスパイ」をピークに、自分自身の作品に対するテンションがどんどん下がっているように感じてならなかった・・・。だから、勝手に「折り返し」と思い込んでしまっているのだろう・・・。何故ならせっかく007をテレビではなくスクリーンで見ることができ、興奮していたにも関わらず。次作の「ムーン・レイカー/1979」は子供の目からしても、残念ながら心に残らなかった。前作に登場した悪役ジョーズがいい人になってしまったのにもテンションが下がったが、ラストシーンでは「スター・ウォーズ/1977」の第1作目公開直後だったのにも関わらず、お粗末なレーザーガンによる宇宙戦までやってしまい、スピード感のない宇宙服のボンドを見ながら「ダメジャン」と非常にがっかりした。たしか当時私は中学生1年生で、一緒に見に行った映画通の生意気な友人が「宇宙まで行ってスター・ウォーズみたいな事してたからもう次はないな〜007も終わったよ!」なんて怖い事を話していたのをよく覚えている。もしかしたら、「スターウォーズ」が公開されなければ、そういう事にはならなかったのかもしれない。さらに、この頃から続々を007シリーズを視覚的越える、アッと驚くような作品が増えているのも確かだ・・・。そんな事もあって「これはヤバイ」と思ったのか「ムーン・レイカー」の次の作品「ユア・アイズ・オンリー」(もともとシリーズ中のアクション監督をしていたジョン・グレン初監督作品、この後も数本シリーズ監督をしている)では、"スパイアクションの原点に戻る"という事で、かなりしっかりとしたアクションシーンがあったのを記憶しているが、今回の「カジノ・ロワイヤル」と比べれば、まだまだ文化圏に属してした。印象に残っているのはオープニングのシーナ・イーストンの美貌・・・。初めて歌手自身が顔出ししたという事で話題になっていたと思う・・・。後になっていろいろ考えると、私がテンションダウンと感じはじめた11作目のムーン・レイカーではスペースシャトルがクローズアップされたせいもあるかもしれないが、この頃からシリーズ全体の雰囲気が英国風から米国風に変わっていったような気がしてならない・・・。どんなに最先端な事をやっても、その他のアクション映画とは違い、ボンドからだけは同じ外人さんながら文化の香りがした。しかし折り返し以降は文明に振り回され、一生懸命に追いつこうとしているように感じられてならない。その間に様々な同系の映画が発表され、さらにボンドの米国人化(個人的なイメージ)が進むにつれ、その他のアメリカンなアクション映画の主人公とボンドが被りはじめ、誰もがボンドに見えてきてしまった。1967年の「カジノ・ロワイヤル」の中で「誰でもボンドになれる」ように受け取れる皮肉ったシーンが実際のものになってしまったような気がしてしまった。「私を愛したスパイ」以降、シリーズは毎回欠かさず見てはいたものの、やはり私のテンションは上がってこなかった。

 いつの時代も流行の最先端を歩み、期待されながら様々なアイデアを提供し続けてきた007シリーズだけに、きっと内容の充実と数字に追われ息つく暇もなかったことだろう・・・。上記で触れたように、1962年に公開された007の映画シリーズ第1作目となるショーン・コネリー主演「ドクター・ノオ」から数えると、2007年を数週間後に控え45年が経過したことになる。ただでさえマンネリ化に陥りやすいこのジャンルにおいて、手を変え品を変え半世紀にわたりシリーズを発表し続けていられている事自体脅威的である。映画の歴史を考えても、同一シリーズが半世紀も続くと、これはもうれっきとした文化になってしまっている。しかし文化には独特の約束事が存在するのも確かだ。おかしなことに、スケールアップを続けるジェームズ・ボンドの冒険とはうらはらに、作品そのものは冒険できなくなってしまっていた。特に文化は時として非合理的な行為に美しさを感じるものであるから、スタイリッシュに、そして超合理的な活動が主のボンドにとって、時代が経過していくほどに流行とのズレが大きくなり、まさに二ューヨークにたたずむ古きよき英国人と化していまう。きっとその感覚は私を含めた年配者には詩的に写っても、今の若い世代にはストレートにダサク写ってしまう事の方が多いのではないだろうか?

 このシリーズも、スパーハイテク機器に核兵器、最後は軍隊まで登場し、あるときは宇宙戦まで繰り広げたりと007という看板の元にやりたい放題やってくれたが、途中、多少の冒険心があったように思われる。しかしそれは文化が許せる許容範囲内のものであり節度はしっかりと守られていた。たとえ上っ面が変わっても、根本が変わっていないからこそ、半世紀もの間トップを走り続けてこれたのだろう。日本を例にとれば、フスマやショウジを開ける時には膝を折り曲げるのが美しいとされているが、フスマがドアに変わっても、きちんと膝をついて開ける事は忘れていないのが007である。ここで型破りな行動をとるとしたら、無造作に立ったままフスマを"ガラッ"と開けてしまう事である。もちろん蹴破るのもOKだ。しかし、そんな事をしたらジェームス・ボンドがアメリカのスーパーポリスになってしまうではないか・・・。たとえウィル・スミスが勢いよく蹴破ろうが、ブラッド・ピットが爆破をしようが、英国紳士のジェームズ・ボンドになった瞬間から、常に折り目正しく紳士的に膝をついてドアを開けなければならないのだ・・・。その辺が「寅さん」「水戸黄門」好きな日本人のファンの心をしっかり掴んでいるといっていっても過言ではないし、言い方が悪いがマンネリ好き・・・いや、マンネリが持つ独特の安心感が好きな人にとっては、心地よいジョークと受け取れるのだ。しかし、そういった感覚を今の若者達が素直に暖かくジョークとして受け止めてくれるかといったらこれまた疑問が残る・・・。やはりどこかで時代のニーズにあわせなければならないのだろうか?

 それでも、今まで消えずに長続きしてきた秘訣はいったいなんなのか?私の古い友人に、「年間を通じて映画をあまり見ないが007だけは必ず劇場でみる」という人間がいるので電話で聞いてみた。「でもどうして007なの?」という私の問いに彼はこう語ってくれた「俺にしてみれば年末に家族揃って紅白を見るようなもので、数年に1度007を見る事で自分がまだ生きていることを子供の時の心にもどって実感できる。俺は年をとったけどボンドは変わらないのがいいよな〜。きっと俺より年下でも、俺にとってはいつまでも憧れの大人なのかもしれないな!なによりマイ・ネーム・イズ・ボンド、ジェームズ・ボンドというセリフを聞くと妙に嬉しくなるんだよな〜・・・・・あ〜変わってないな〜って・・・。」さらに、こう付け加えた「そして貧乏くさくないリッチ感がいいね!ようするに女、金、拳銃、車そして権力という、男のロマンが全て入っているんだよ。まあ全てが馬鹿馬鹿しいくらいの、ちょうどいいさじ加減で進行しているから、バブルがはじけたのに無茶やっててもボンドなら笑ってゆるせるよ・・・。」・・・そういえばこのシリーズの特徴として世界各地で行われるリッチ感溢れるロケーションも欠かせない。この辺は日本国内とはいえ「寅さん」「水戸黄門」にもあてはまり、ある意味"さりげない旅情報"は長続きの秘訣かもしれない。そしてやはり重要なのは日常を忘れさせてくれる「リッチ感」だろう・・・。個人的に非日常的なシーンとして頭に焼き付いているのは、ハイテク機器や豪華ホテルなどではなく、ウエットスーツの下にタキシードを着ていたりする演出である。こういうコネタにワクワクさせられるのも特徴かもしれない。さらに最大のポイントは"Q"が発明するユニークな最新ハイテク機器だろう。"Q"がボンドに手渡したアイテムが何時、どういった状況で使われるのかはファンの最大の楽しみでもある。あとは毎回変わる事が前提のボンドガール・・・そういえばボンドガールが好みでなかった時ほど寂しいものはない。そう考えると、やはり長続きの秘訣は、日本にきたら日本らしく膝をついてフスマを開けて客人をもてなし、料理に至っても開業当初から変わらぬ味を守る事なのだろう・・・。

 しかしどんなに味にこだわって努力をしても、お客さんに飽きられてしまう事があるのは仕方が無いことだ。根強いリピーターはいるかもしれないが、右肩上がりは期待できない。そんな時はフスマを開ける人間を変えたり、フスマの柄や、料理を盛る器を変えてしまうリニューアルが一番手っ取り早く効果的である。毎回変わる美しいボンドガールもそのひとつだが、最も効果大なのがジェームズ・ボンドの入れ替えである・・・・・ショーン・コネリーに始まり、ジョージ・レイゼンビーにロジャー・ムーア、ティモシー・ダルトン(故ダイアナ王妃的には原作に一番イメージがティモシーダルトンだとか)。そして前作までのピアース・ブロスナン・・・。日本の「寅さん」「浜ちゃん」は終始一貫していたが、ジェームズ・ボンドは「水戸黄門」のように王位を継承するかのごとく、その名前を相続していく・・・。そして5代目ジェームズ・ボンドのピアース・ブロスナンの降板以降、次のボンド役はやれジュード・ロウだ、ヒュー・ジャックマンだクライヴ・オーウェンだユアン・マクレガーだ・・・と様々な噂が飛び交ったが200人を越えるといわれる候補者の中から選ばれたのは、イギリス出身の史上初となる金髪ボンド「ダニエル・クレイグ」だった。しかし今回の彼の役割は非常に重要である・・・。何故なら単にニューボンドに抜擢されただけでなく、それに伴い半世紀をかけて築きあげてきた巨大な007文化に自らメスを入れる仲間の旗頭に担ぎ上げられてしまったからだ。もちろん、映画は監督をはじめ様々なスタッフで作るものだが、全世界の一般ファン評価の大部分は彼にのしかかってくる事だろう。そして、彼が旗印の元、業界のマンネリ化を打破すべくスパイ・アクション映画の大御所が、自主的に今まで築きあげたの007文化を壊す姿を業界に見せつけるべく一旦はチャンピオンベルトを返上し、チャレンジャーとして熱い気持ちで作りあげた作品である。そんなことから、長続きの法則を一切無視したこの作品では、上記で上げたフスマの開け方でいえば、ニューボンド(ダニエル・クレイグ)はお行儀よく、膝をついてフスマを開けはしないし、料理にたとえても先代の味を大切に守る事もしていないし、駆け出しの頃の007という舞台設定からもする必要がない。だからこそ、今回の作品は簡単なリニューアルではない。今後、同系列の別店舗とするのか、新しいブランドとして動き出すのか、それとも、ニッサンのように会社そのものがガラッと変わってしまうのか?非常に楽しみである。

 それにしても今回のこの手法は本当に賭けである。今までの流れをプッツり断ち切ることで様々な相乗効果を呼び、007シリーズのマンネリに飽きた古いファンや、また最近のアクション映画そのもののマンネリ化に飽きてきた新しい世代のファンが飛びついてくれればいいが、きっと007に興味のない人にとっては、ジェームズ・ボンドがどうなろうが、ボンドカーがどうであろうが、どちらでもいいことだろうし、007やジェームズ・ボンドそのもの価値は年配者しか分からなくなってきている。30年前のように大人から子供までがジェームズ・ボンドという英国紳士に憧れを抱いていた頃とくらべ、今の時代は実に多様化されている。意外とだれでも1ツや2ツは昔でいうジェームズ・ボンドっぽいものを持っているのではないだろうか?さらにどう考えてもジャック・スパロウにはかなわないのも事実である。まあダニエル・クレイグには悪いがトム・クルーズやジョニー・ディップ、ブラット・ピットといった超有名俳優の名前で興味を引くもならまだしも、あくまでも007という看板で興味を引かなければならない事を考えれば、内容が本当に面白くなければまったく広がらないはずだ・・・。過去においては007の前に立ちはだかる巨大な悪、スペクターや麻薬王、テロリストといったスクリーンの中の犯罪組織をスタイリッシュにボンドらしく倒していれば自ずと結果(数字)が見えていたのだろうが、時代は変わり、もはやジェームズ・ボンドの敵はスクリーンの中から外に変化してしまった・・・。

 私も長きに渡り見続けた作品である事から、思い入れもあり長々と書き綴ってしまったが、とにかく、「カジノ・ロワイヤル」はいろんな意味でスタッフや関係者がチャレンジャーと化している作品である。しかし、勝負でいえば今回はまだ前半戦にすぎない。本当の勝負は次回作である。今回ニューボンドとなったダニエル・クレイグも、2008年公開予定のシリーズ第22作の続投が決定しているようである。次回作も今回のようなリアル路線で行き、新たなる007文化をコツコツと作り上げていく覚悟ができたのか?それとも、1967年の時のように「カジノ・ロワイヤル」はあくまでも番外編としてやりすごし、元の路線に戻していくのか?どちらにも取れる原作をえらび、どちらにも取れるエンディングでしめくくる・・・答えは2008年にならないとわからないが、今から楽しみだ・・・。

 さて今回の点数・・・。気付いてみたら半世紀が経過しているにも関わらず、今なお自らチャレンジの道を突き進むスタッフの熱い思いと、彼らに後押しされる形で、見事に出演1作目にして誰をまねする事もなく、自分流ジェームス・ボンドを演じきったダニエル・クレイグの好演に心を打たれ、次回作の事を考えると今まで沈んでいたテンションが上がってきた。いつもなら私自身も「ボンドらしさが・・・」などと考えてしまうのだが、今回に関してはそういうことはない。大げさにいえば250年続いた徳川政権を大政奉還してしまったような潔さが感じられた(笑)。もしかりに、シリーズが15年程度のものならそうは思わない。よって4点。さらになんだかんだいってもオールドファンが「やっぱりボンドはこうでなくちゃ」というラストシーンのあの決めセリフから、エンドスクロールまでがメチャメチャカッコよかったので、それだけプラス0.5点。合計4.5点とした。

PS:作品中、ボンドと敵がポーカーで勝負をするシーンがかなりありますが、出来ればルールを知っていたほうが、何倍も楽しめると思います。ここにポーカー用語を簡単に紹介しておくので参考にしていただきたい。

・ポット(テーブルの中央に集められた掛け金のこと)
・ベット(お金をポットに入れること)
・アンティ(小額のベットによる毎回の参加量)
・チェック(自分の前のプレイヤーがベットしなかったときの同意を表す)
・レイズ(掛け金を増加させること)
・コール(他のプレイヤーの掛け金に合わせること)
・オールイン(自分のチップをポットに全額投入すること)
・ショーダウン(全ての掛け金が出揃い勝者を決めること)

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パワナビ木原・30代 男性 (評価:3.5点)

 はっきりいって、今まで007シリーズをじっくり見た事がありませんでした。自分の勝手な思い込みで、なんとなく真剣に見るものではなく、なんとなく画面を見ているだけでいいような気がしていたのです。だから、はじめの頃の作品は見ていません。かなり後半からだと思います。今回はじめてじっくり見たのですが、自分がもっていたイメージとは違い、かなりリアルなスパイアクションでした。ただ残念だと感じたのは、個人的にギャンブルものが好きなだけに、メインとなるカジノのポーカーのシーン・・・それもポーカー勝負そのものにもうひとつひねりがほしかったところです。ただ、アクション映画なので、そこまで必要かと言われれば違うのかもしれませんが、ギャンブルシーンが好きなだけに、ポーカー勝負の演出がマイナスポイントです。


 
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■トトさん 40代 男性 (評価:5点)

 なんか、ここ数年・・・いやいや、ロジャー・ムーアからティモシーダルトンに変わったころから、めっきり面白くなくなっていたので、この「カジノ・ロワイヤル」は久々にきましたね〜!これぞスパイ映画の醍醐味って感じです。この手の映画をダラダラにしてしまった責任の一旦は007シリーズにもあると思うので、こういう形で原点に立ち戻ってくれるのはとても嬉しいです。ダニエル・クレイグのボンドは、良い悪いがかなり割れているようですが、個人的にはとてもセクシーでカッコいいと思いました。実際、あの体あってこそのボンドだとおもえるし・・・格闘シーンや追跡シーンも超リアルです。どんな巧みなCGもどんなワイヤーアクションも、体をはったリアルアクションにはかないません。

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■ぺぺろさん 40代 女性 (評価:5点)

 最初は、えっダニエル・クレイグってだれ?と思っていましたが、見慣れてくると、これほどボンドにはまり役はいないのではないかと思われるほどカッコいいです。これからしばらくこの人のボンドを見ていたいと思いました。今までは、ちょっと気取った感じのボンドばかりだったので、はなッからそういうものだと思っていましたが、人間味あふれるボンドもまたいいものです。そして、ボンドガール?を演じたエヴァ・グリーンも、ただセクシーで綺麗なだけでなく、ちょっと知的なのが素敵です。きっともう一度見る事になると思います。

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■よしえさん 20代 女性 (評価:5点)

 007シリーズを見るのがが初めてだったのですが、自分が見たことも行ったことも無い世界がとても美しく映像化されていて、みていて飽きませんでした。特にカジノなんて行ったことがないので、あのリッチな雰囲気の中で緊迫感のある戦いが繰り広げられるシーンは女でも憧れます。一度でいいから本当に行ってみたいです。そして私が一番印象に残ったのは、目から血の涙を流す悪者です。あれは絶対に本物の悪ですよ!

投稿者 blogpawanavi : 2006年12月17日 12:30

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