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2004年07月29日

青いパパイヤの香り [ ビデオ/DVD/ドラマdrama ]

L'ODEUR DE LA PAPAYE VERTE
1993年/仏・ベトナム 1時間44分 カラー
ビデオ・DVD
監督 ・脚本:トラン・アン・ユン
音楽 :トン=ツァ・ティエ
出演:トラン・ヌー・イェン・ケー 、リュ・マン・サン 、グエン・アン・ホア
※カンヌ映画祭カメラドール賞・セザール新人監督賞受賞の
フランス在住ベトナム系フランス人、トラン・アン・ユン監督のデビュー作。

 この映画、監督をはじめスタッフのほとんどがパリ在住のベトナム人で、撮影もほとんどパリでおこなわれたとのこと。だからヨーロッパからみたアジアという雰囲気が映画全体に漂う。映像の美しさを見るも良し、アジアンテイストのインテリアをチェックするも良しといった感じ。

■印さん(ストーリー&レビュー)

■ストーリー
 舞台は1951年ベトナム、サイゴン。10歳くらいの少女(ヌイ)が奉公先を訪れる。奉公先は布や糸を商い、家族構成は放浪癖があり趣味人の父、健気に家族に尽くし実際に店を切盛りする母、息子3人と父方祖母。家族は数年前、ヌイと同じ年代の娘を亡くし、落胆していた。そのため奉公先の母はヌイを自分の娘のように愛しむ。末っ子の少々?のイタズラはあるが基本的に悪意のない家族のなかで、ヌイは奉公を淡々とこなしていく。そんな中、ヌイは家族の長男の友人クエンに、ほのかな憧れを抱く。主人の死などを経て、経済的に窮し、家族構成も変わっていくなかで、ヌイの奉公先は、かつて憧れていたクエン宅に変わる。クエンは資産家の家に生まれ、パリ帰りの新進の作曲家というヌイとは違う世界に属し、美人の恋人がいた。しかし、ヌイが鏡に向かい口紅をさす仕草でクエンはヌイの存在に気づき、その後二人は結ばれる。


■レビュー
 まず映像で印象に残ったのは水。水はヌイの生活の中で台所仕事や水浴等各所で効果的に使われ、肌をつたう水がキラキラして美しい。個人的には思春期の頃、漠然と水のような人間になりたいと思っていた。夏目漱石の則天去私をテーマにした「明暗」の登場人物・明子さん、図書館の神様の垣内君、チェット・ベイカーのトランペット、ナットキング・コールのスターダスト等等のように体調、機嫌や状況に関わらず人、物のあるがままに対して反応する姿は形を持たず何物にでもなれる水のようだ。ヌイはあまり言葉を発しないし感情もあまり表さない。ただ淡々と物事に接し、対処する。まさに則天去私。感情をあらわにしたのは、悲しみは自分を娘のように育ててくれた奉公先の母と別れるとき、喜びは映画終盤のクエンに愛され、言葉を習うときだけだった。ちなみに最後の笑顔は妊婦の笑顔だという人もいるが男の僕にはそこまで読み取れなかった。
 子供の頃のヌイ役を演じている女の子(リュ・マン・サン)は大きな目をくりくりさせかわいらしいが、10年後とテロップが出て大人になったヌイ(トラン・ヌー・イェン・ケー)を見て、思わず?と軽い違和感を覚える。なんだか五輪真弓と鈴木杏樹そして篠原ともえをたして3で割ったようだ。しかし、スラリと伸びた手足、立居振舞の美しさで次第にそれにも慣れてくる。大人になったヌイが登場し、二度、ドビッシーの月の光が流れる。あの曲がもつ静と動が映画全体の持つイメージのようにも感じられた。
 映画の最後にヌイが言葉をクエンに習っている教材の詩、 「調和ある水の戯れの美しさにたとえ水が逆巻いても桜の木は凛と佇む」 はヌイの生き方そのもの。欲深き自分の毎日を恥じ、無欲の強さを実感した。しかし大人になったヌイ、特にクエンを自分の寝室に迎えるときは容貌の変化から若干、作為的な感も否めないがそれは監督の本意ではないと思う。いずれにせよ蒸し暑い夜の続くこの時期、クーラーのきいた部屋でゆっくりと眺める映画として、ちょとオススメです。
 どうでもいいがヌイの恋人役クエンを演じている俳優が僕の大好きな熊本市にあるバー・ヴェスパのバーテンダー「須郷さん」にそっくりだ。映画とともにこの方のカクテルをお薦めしたい。映画同様、カクテルがしっかり調和していて、お店の雰囲気

投稿者 blogpawanavi : 2004年07月29日 20:47

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