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2004年04月06日
過去のない男 [ ビデオ/DVD/ドラマdrama ]
Mies Vailla Menneisyytta
2002年/フィンランド 1時間37分 カラー
ビデオ・DVD
監督・脚本・製作:アキ・カウリスマキ
出演:マルキィ・ベルトラ、カティ・オウティネン、アンニッキ・タハティ
簡単にいえば、蟹江敬三と岸田今日子が主演の恋愛映画といえばいいのだろうか?見たいような、見たくないような気もするが、ただならぬ雰囲気が漂っている。
■印さん(ストーリー&レビュー)
■ストーリー
舞台はフィンランド。夜汽車に乗って男がヘルシンキに到着する。到着しベンチに腰掛けて途方に暮れていると突然暴漢に襲われ、記憶を喪失する。病院から抜け出し、辿り着いたのはコンテナを住居にしている貧しい人々が暮らす街の一角。そこで過去をなくした男が繰り広げるドラマティックな生活をあくまで淡々と描いた作品。
■2002年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞
■2002年カンヌ国際映画祭主演女優賞受賞
■サン・セバスチャン映画祭国際批評家連盟賞受賞
■ハンブルグ映画祭ダグラス・サーク賞受賞
■レビュー
まずタイトルを見て考えた。過去をなくす。過去は決して優しいものばかりでは無い。かつての思わず穴があったら入りたくなるような出来事たち、やり直せるものならやり直したい人生の分岐点。時には思い出すだけで不愉快になるようなあの一言。でも本当に過去を消去してしまったらどうだろう。あの頬をそっとなでるようなそよ風、大好きだった女の子の赤らんだ顔、夏に食べるソーメンの食感、ライトアップされた高千穂峡等々、これらを忘れ去るには、ちょっと惜しい。そんなことを考えながらこの映画を見始めた。なんの説明も無く、夜汽車に乗ったちょっと事情がありそうな男(マルキィ・ベルトラ)を見て、蟹江敬三に似てると思った。冒頭の男と男を助けた家族との会話がストーリーを象徴している。男が助けてくれた家族の妻にお礼を言うと、貧しい暮らしをしながらも「恵まれてるの。住む所も夫にも週に2日だけど仕事があって。」と語る。また夫の方も男が記憶を失ったことに関して「人生は後には進まん。進んだら大変だ。」と話す。毎日の生活をそれ以上でもそれ以下でもなく受け入れる、人々の逞しい生活が伝わってくる。やがて男は救世軍という慈善団体に属する女(カティ・オウティネン=岸田今日子似)と出会い、当たり前のように恋をする。再生したことを自覚した男は、やる気になる。ここでもあくまでも表情は変わらないが・・・。
順調に生活が動きはじめた矢先、男は事件に巻き込まれ素性が発覚し、自分には妻がいることを知る。男はコンテナ街を離れ、妻に会いに行くが、自分がギャンブル狂で妻とけんかが絶えず、家を飛び出したという現実に対面する。男は淡々と妻の新しい男に「愛し合ってくれ。自分を愛するように。」と妻を託し、過去を精算した後、コンテナ街に戻っていく。電車に乗って帰る途中、ここで日本人なら驚くだろうが、電車のビィッフェで男が寿司と日本酒を注文するシーンでクレイジーケンバンドの「ハワイの夜」がBGMとして流れる。全編を通じていえることだが、この監督(アキ・カウリスマキ)、BGMも台詞として利用しているフシがあり、日本語の歌詞に、つい笑ってしまう。日本人の曲はもう一曲、同クレイジーケンバンドのメンバーの曲が使用されているが、タイトルは監督が命名したMOTTO WASABI(もっとワサビ)。男が自分のコンテナを掃除する場面で流れている。
この映画は2002年カンヌ映画祭でグランプリと主演女優賞(カティ・オウティネン)を受賞しているが、この時の監督のエピーソードがもっと可笑しい。皆が饒舌に行う受賞のスピーチで「まず、自分に感謝、そして審査員にも。」という短いスピーチで観衆を驚かせたとのこと。加えて映画祭入りする赤じゅうたんも踊りながら登場したとのことで監督は映画以上に面白い人かもしれない。是非一度酒の席をご一緒したいものだ。
記憶を失うということに関しては以前読んだ小川洋子著「博士の愛した数式」での読後に感じたことにも通じるが、都合の悪い過去なんて忘れてしまえば、人は何度でも許しあい、幾度でも再生できるのではないだろうか。自分勝手だと責めを負うかもしれないが、忘れてしまったものはある意味イノセンスではないだろうか?
ちなみにこの映画の登場人物で一番好きなのは男が世話することになった、いかにもひ弱そうなハンニバル(食人鬼)と名つけられた犬。可愛かった。
投稿者 blogpawanavi : 2004年04月06日 20:36
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