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2008年09月19日

台風一過 ~ 実りの秋 ~ 彼岸花 ~ 愚痴

☆パワナビ松田

 昨晩は台風13号による影響で雨の量もかなり多かったが、台風一過、我が行縢町にも青空がひろがった。さらに秋の実りの黄金色と真っ赤な彼岸花の演出もあってか、美しい行縢山が何時もに増してキラキラ輝いてみえる。

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 実りの秋といえば、最近"汚染米(事故米)転売問題"のニュースが毎日のように流れているが、それらの内容を聞けば聞くほど、こうして目の前で育ち、収穫され、自分で精米した米を食べるという、昔から行われてきたごく普通の事がとてもありがたい事だと再確認させられる。もちろん米だけではなく野菜や果物、その他にも同様の事が言える。米から作られる赤飯にせよ、餅にせよ、他のものにせよ、田舎の家庭では自分達やまわりの仲間に分けるだけの量を手作りするのが当たり前。だから赤飯や餅、にぎり飯などで大儲けは出来ないが、少なくとも自分の知らないところで恐ろしい判断がくだされているような事はない。

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 ともあれ今回の事件は米に限定されているが、同じような事が資本主義の名のもと、あらゆる方面で行われているハズ。儲ける・利益を出すということを追求した結果が汚染米・事故米の転売的な発想に繋がるとは、終戦直後の闇市でもあるまいし、なんとも悲しいことである・・・。また産地偽装などもあまりに稚拙過ぎて話にもならないが、なにより至るところで当たり前のように行われているのには唖然とさせられる。米にせよ肉にせよ、出荷されてから人々の口に入るまで、様々な人間の前を過ぎ、さらに様々な機械を通りぬけるうちに、モノへの愛着が薄れるのはしかたない。生産者の情熱がベルトコンベアの前でルーティンワークをする人に伝わるわけもなく、わかったところでどうにもならない。生産者がそのまま手渡しするか、小規模ながらこだわりをもって管理している業者なら問題はないが、1のものを10、いや100、1,000にして利益を出すためにはそうもいかない・・・。しかし企業・行政に限らず、利益の前にまず自分達は人であるという事を忘れてはいけないような気がする。中には「焼酎の場合には、製造過程で無害化されるかも知れない・・・だからじたばたしていない・・・」「中国製ギョーザの時に比べれば、濃度は60万分の1と言われており・・・」などと訳のわからないことを言う農林水産大臣がいるが、問題は人体に被害がある無い以前の意識の部分だと思う。そういう意識ではこれからも同じ事を繰り返すだろう。

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 さて毎年"彼岸の入り"が近づくと、計ったようにしっかりと咲いて季節の移り変わりを知らせてくれる彼岸花。実は行縢町の隣町である舞野町が有名で、この季節になるとたくさんのカメラマンがやってくる。しかしこの彼岸花、見た目は美しいが有毒植物で、別名、地獄花、死人花、幽霊花などと呼ばれている。よく見かける場所としては田んぼのあぜ道や、墓のまわりだが、何故かといえばその毒素をもって、動物や害虫が米を食い散らかしたり、墓を荒らしたりしないように植えられているという。

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 この花が咲けば、たとえ南国宮崎といえど夏はもう終わりである・・・。

 しかし、日本国内における疑心暗鬼のムードは台風一過とはいかず、中々青空を拝むことができない。とにかく信頼がとりえのような機関や人々がああいう感じなのだから、"汚染米(事故米)転売""産地偽装"さらに"耐震偽装"に似たケースの問題はこれからも相次ぐだろう。

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 実は自分達のような仕事においても信じられないような出来事が起こっている。先日もある取材先で、何軒もの方から苦情を言われた(過去にも何回か聞いた)。内容は次のようなものだ。何処の誰でだかかわからないが、取材と称して写真などを撮り、あとから数万円の請求をするといういうもので、取材時には料金が発生するという説明は受けず、後日、いきなり請求されるそうである。請求された店主の中には「そんなの絶対に払わない!」と戦う人もいれば、しぶしぶ払う人もいるそう。もちろん自分がその現場に居合わせてたわけではなく、また証拠となるようなテープを聴いたわけでもないので、どのようなやりとりがされたかは定かでなく、単に営業マンの説明が下手なだけかもしれないが、数人から別の場所で似たような話を聞かされるので、きっとそのような事はあったのだろう。確かに厳しい世の中ではあるが、そんな世の中で生きているのは広告を出す側も出される側も一緒ではないか・・・。たとえそんな事をして今現金が入ったとしても、その営業は今後に繋がるものではないし、最終的には自分だけでなく原稿を掲載している大もとにも迷惑がかかる(上からの指示であれば目も当てられないが)とは思わないか?さらに、にっちもさっちもいかなくなった時にきっぱりやめられればいいが、そうでなければ行き着く先は、おおかた何らかのノルマ偽装だろう。そうした意識で動いている以上、早かれ遅かれそこには居れなくなるとはイメージできないのだろうか?かつてのソビエト社会主義政権の崩壊もノルマ偽装が原因の一つに上げられているが、数字の前にまず人であるはずが、いつの間にか数字に操られ、得体の知れないものに変わってしまうから数字は怖い・・・。人は根拠や過程、信頼性、縦と横の比較などそっちのけで、ズバッと数字を見せられるとそういうものだと思い込んでしまうところがある。とはいえ無機質な数字であっても、そこは人の目を通して何かを感じ取っていかねば取り返しのつかないことになるのでは・・・。様々な偽装問題などを含め、自分に都合のいい計算ばかりが先に立ち、事件に巻き込まれて被害を被る人たちの事などそっちのけなのが、なんともやるせないが、できれば農林水産大臣のような立場にいる人は、問題解決に向けて「じたばたしない」ではなく、いさぎ悪いくらいに「じたばたしてほしい」と思った。・・・と思ったら辞任してしまった・・・。責任をとって辞任する前に、責任をもって向き合ってもらいたかった。


投稿者 pawanavi : 2008年09月19日 15:52

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