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2007年05月22日
耳が痛い・・・。
☆パワナビ松田
あることを調べていて、たまたまフランスの歴史家であり、小説家である、「アンドレ・モーロワ」にたどり着いた・・。1967年没ということなので、ちょうど私が生まれた年に亡くなっている。作品としては、『シェリィ伝』『ディズレーリ伝』などが有名なんだそうだが、私は彼の作品を読んだ事がない・・・。個人的に、アンドレ・モーロワという名前から連想できるのは、どちらかといえば、小説よりも名言的なものである。様々な人の名言が掲載されている「名言集」などでたまに名前を見かけるのだが、世界的・歴史的大人物の名前がずらりと並ぶ中、アンドレ・モーロワは現代人であり特に身近な暮らしについて語ったものに面白いものがあるので、印象的である。
たとえば・・・
◆レストランで食事を一緒にしている夫婦達の様子を見たまえ。彼らが押し黙っている時間の長さが、夫婦生活の長さに比例しがちである。
◆洒落っ気があるだけでは十分ではない。持ちすぎないようにするのが肝心だ。
◆望み通りの幸福を得られなかった過去を否定して、自分のために、それをかえていこうという希望こそ、甦生した人間のもつ魅力なのである。
◆夫婦というものは、それを構成する二人の人間のうち、低いほうの水準で生活するものである。
◆老いることとは、忙しいものには身に付ける暇のない悪い習慣だ。
◆生きる技術とは、一つの攻撃目標を定めること、そしてそこに力を集中することである。
と、まだまだ、いろいろあるのだが、まあどれも、フムフム・・・なんて見ていたところ、ちょっと耳が・・・いや目が痛くなるような名言があった↓
◆もし、ある若者が私に向かい「何か長編小説を書きたいのです」と言ったとすれば、私はこう答える。「君は小説を書きたいのではあるまい。本気で書きたいののなら、今ここにはいない。机に向かっているはずだ」とね。
きっと自分もどこかで、同じような事を言っており、また、方々でよく聞くセリフである。グループや会社、はたまた政治や街づくりの場でも、現実として1歩でも前に進める力や実力のある人間は、たとえどのような内容であれ、すでに机に向かって最初の一行を書き始めている人であるということだ。本気で何かをやろうとしたときに重要なのはスケールの大きさではなく、できることでいいから、一歩目を踏み出しているということ。だから、私も「こんな事がやりたいんです」というのではなく、「こんな事をするために、今はこんな事をやっています」と言えるような進め方をしなければならない。
投稿者 pawanavi : 2007年05月22日 17:13
