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2006年04月15日

日々輝 オオタヒサヤ~高千穂鉄道を撮影

(文・撮影 ☆パワナビ松田)

 4月9日(日)の夜から「パワナビ・日々輝」のオオタヒサヤ(下青画像)が、宮崎市の自宅兼事務所を抜け出し、泊り込みで延岡市にあるパワナビ編集部に来ている・・・かれこれ1週間になろうとしている・・・・・。それというのもホームページ作成等の仕事を共同で行っているからなのだが、それと平行して「日々輝」の撮影もする予定になっていた。
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 昨日、4月14日(金)の朝、私とパワナビ甲斐がオオタヒサヤを乗せて「日々輝」のロケハンをしながら、国道218号線を車で走っている時、たまたますぐわきを通っている"高千穂鉄道"の話題になった。私と甲斐は延岡市の南方と呼ばれる地域に住んでいるので、以前は毎日のようにその姿を見かけていたのだが、宮崎市に住むオオタヒサヤにとっては、様々な話題こそ耳にする事はあっても、身近に触れる事はない。ご存知の通り、昨年の台風災害で大きな被害を受け、今は運行できる状態にない高千穂鉄道・・・。ところどころ寸断された、寂しげな線路を、3人で車の中から眺めながら、宮崎市に住む彼に高千穂鉄道の現状を話した。すると彼は、既に姿のない橋や、引きちぎられたガードレールを見ながら、昨年の9月の台風14号を振り返った・・・。彼の親戚も又、宮崎市では多大なる被害を受けた小松地区に住んでいる事から、数日間に渡って復旧作業を手伝っていた。「あの時、僕は小松地区の事で頭がいっぱいで、県北の事など思い浮かべる余裕がなかったですね・・・高千穂鉄道の事も、話には聞いていたけど実際に現場を見るのは初めてです・・・。できればもっとそばで見せてもらえないですか?」 という事で、とある駅に降り立った・・・。錆付いた線路や、人の気配が全くなくなった駅とは裏腹に、周辺には春を感じさせる草花が色づき、のどかな風景が広がっている。しばらく、アレコレ話しているうちに、オオタヒサヤが「今回の日々輝は高千穂鉄道の線路を撮らせてもらえないでしょうか?できれば延岡から高千穂までまわりたいです。もちろん人物も撮影するのでまる2日間ください」と言い出し、様々なアイデアを熱く語り始めた。早速、スケジュール調整をしてみたが、どうも今直ぐに始めないと無理のようだった・・・そこで大至急、高千穂鉄道の関係者の方に内容を話し、撮影許可をいただき、延岡駅から高千穂までの撮影が始まった・・・。
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 撮影現場には私とオオタヒサヤの二人で行った。私がおおよそのポイントを知っているので、撮影補助として動向、さらに熱心に撮影しているオオタヒサヤの姿を写した。「パワナビに参加するまで、撮る事はあっても、撮られる事はなかったので、自分の仕事風景を記録にのこしてもらえるのはありがたいです。」と喜んでいた。この日は「風景に集中したい」ということで、人物撮影は行わなかった。風景の撮影は延岡駅から順を追って、高千穂に登って行く・・・。私が「高千穂につく頃はきっと真っ暗だよ」というと、彼は「そのほうがいい」といった。彼は撮影しながらこんな事も言っていた・・・
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オオタヒサヤ談↓
 「台風14号から半年たった今でも、自然の力の恐ろしさが実感できますし、現場を見ていると、いろんな声が聞こえてくるような気がしますね・・・。僕もテレビや新聞などで、今、目の前にある風景を見ましたが、やはり現場にくるとズシッと重たいものを感じます。本来ならこの"重み"を強調して伝えるべきなのでしょうが、今回の僕のカメラマンとしての役目は、半年たった"今"を写真をとおして淡々と伝える事ができないかと考えているんです・・・。これだけの美しい風景の中にいると、言葉はわるいですが、ある種の説教めいた?写真にはしたくないです!今後、この鉄道が何処に向かっていくのか僕にはわかりません。でも、あたりまえですが、確実に人も風景も半年経過しているんです。線路は錆びて駅に人の気配はありません。でも、駅は存在し、花も咲き、周辺には、他の鉄道では見ることのできない美しい風景が広がっています。なんで、今さらのように、高千穂鉄道の路線を撮りたくなったかというと、災害の恐ろしさを伝えるためでなく、寸断され時間が止まってしまった線路の片隅にある、止まらずに行き続ける自然の力をたくさん感じる事ができたから、それを皆さんに伝えたかったんです。今、撮影しながら、こんなに力強く、美しい自然に囲まれた鉄道だったのか・・・と感動しています。」
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 結局全ての撮影が終了したのは20時過ぎだった・・・16日(予定)は人物撮影・・・。天気の関係で変更があるかもしれないが、撮影がスムーズに流れれば、今回の模様は近日中にアップできるだろう。しかし、カメラマンも大変だ・・・重たい機材を抱え、歩く歩く、走る走る・・・。高千穂に近づくにつれ、かなり肌寒くなり、私は革ジャンを着込んだが、彼はTシャツで飛び回っていた。日が落ちて、日之影温泉駅に入る頃「そういえば寒くなりましたね」なんていっていた・・・。
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注意:今回の撮影では、撮影許可をもらい、安全を考慮して作業を行いましたが、場所によっては、とても危険な部分があるので、決して立ち入り禁止区内には入らないでください。また、立ち入り禁止区域以外でも、危険と思われる部分には近づかないでください。


日々輝 / hibiki (高千穂鉄道編 撮影:オオタヒサヤ)
URL:http://www.pawanavi.com/hibiki/
オオタヒサヤ

今回のレポートはパワナビ松田でした。
ちなみに、下の画像は細見駅にある「細身」にみえる鏡↓
パワナビ松田


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●日向時間 2006 夏号
URL:http://www.hyuugajikan.com/
に、この時撮影した写真が下記の文章と共に掲載されています。
よろしければ、ぜひ、お買い求めください。

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■日々輝~高千穂鉄道編 編集後記
 (文:松田秀人/宮崎県情報サイト・パワナビ代表)

 宮崎県情報サイト・パワナビのコーナーとして、
日向時間創刊号より数ページのスペースをいただき、
毎号パワナビ関連の情報を掲載させていただいているのだが、
今回は、宮崎県の風景と人々を写真でつづるコーナー「日々輝」より、
昨年の台風十四号での被災から運行をストップしてしまった、宮崎県の北部、
高千穂町~延岡市間を走る高千穂鉄道沿線の"今"の風景をご紹介させていただいた。
前の三ページは「パワナビ・日々輝」を担当するカメラマン"オオタヒサヤ"の撮影によるもの。
そしてこのページは、高千穂鉄道沿線の風景を追いかけている彼を、私が撮影したものである。

 私達にもなじみのある高千穂鉄道の写真といえば、
美しい自然の中をトロッコ列車が駆け抜ける姿が思い出されるはずなのだが、
やはり昨年九月の被災時以後は、様々なメディアが取り上げた当時のショッキングな映像が、
あまりにも生々しく印象的だった為、今年も高千穂鉄道沿線にはいつもと同じように春が来ているのに、
まるで寸断されたレールのように、
私は沿線の美しい自然までもが止まってしまったかのような錯覚に陥ってしまっていた。

 しかし、沿線の風景をしっかりと見渡せば、錆びたレールの間からは小さな花や雑草が顔をだし、
止まってしまった時間のことなど、まったくお構い無しに元気よく空に向かって伸びている。
あれから半年以上もほったらかしにされているのだから雑草ぐらい生えていても驚きはしないが、
そんな雑草ですらキラキラと美しく輝いて見えるのは、
眩いばかりの春の陽射しを浴びて、隠れていた生命力達が剥き出しになってしまったからだろう。
もし過去のことなど何も知らず、この地に立って何気なく辺りを見渡せば
「なんとのどかで平和な風景だろう」と誰もが思うに決まっている。

 元々「日々輝」というコーナーは、
「宮崎県内にある、様々な風景や人々の輝いてる瞬間を、写真で切り取って紹介しよう」
という趣向のものである。
そんなことから、今回の撮影に関しては「被災の凄惨さを再認識してもらおう」
という趣向で撮影をしたのではなく、キラキラ輝く生命力がそこにあったからである。
錆びたレールと、直ぐその横に息づく草花からは、
「寸断された時間と生き続ける時間」の対比がとてもよく伝わってきた。
ただ、高千穂鉄道沿線にも、現場によってはまだまだ被災の後が生々しい部分もあることから、
もちろん写真の中にそういった風景が写りこんでもいるが、
それはそれで目を背けるわけにはいかない。

 さらに、ここに登場しているモデルの女性も地元(高千穂鉄道沿線付近在住)の方で、
台風十四号の再には、床上浸水という被害にあっている。
私も同日にその現場を見たが、地域全体が大きな湖と化してしまい、
所々に見える電柱や道路標識の上部、民家の二階部分だけが、
ポツリポツリと見えるだけの光景を目の当たりにし、言葉も無かったのを覚えている。
そんな彼女も今では春の光に照らされ草花と共に輝いているが、
元の生活に戻るまでには大変な苦労があったことだろう。

 そして、カメラマンのオオタヒサヤ・・・。
撮影は四月・・・春といえば春だが、気温そのものは低く、
特に宮崎県北部の山中は、日中といえど、日陰に入ればまだまだ寒い。
私などは分厚いジャケットを羽織って同行していたのだが、
朝から晩まで重たい機材をいくつもぶら下げ、
汗をかきながら半袖一枚で、なりふりかまわず走りまわる、
活き活きとしたオオタヒサヤの姿を見ていたら、
思わず予備で持っていた手持ちのカメラのシャッターを切っていた。
夢中になってファインダーをのぞきこんでいると後方から女性の声がした。
「毎年この季節になると○○駅のまわりに綺麗な花が咲くんですよ」
と、今いる場所からは少々遠い駅の名前を言った。
きっと私達の事を物好きな観光客か何かと思った地元の方が、
親切に声をかけてくれたのだろうが、
沿線がこのような状態になっていても、
この女性は毎年同じ場所に同じ花が咲く事を知っており、信じているのだ。
たったそれだけの会話だったが、なんとなく心が暖かくなったような気がした。

 この撮影に同行し再確認させられた事がある。
高千穂鉄道は、無機質な人造都市の真ん中を疲れきった人々を乗せて走っていたわけではなく、
生命力溢れる自然と共存し、自然の中でたくましく生きる人々を運んでいたのだ。
たとえ寸断されたレールは眠っていたとしても、その沿線に関わる多くの生命は日々、輝いている。

投稿者 pawanavi : 2006年04月15日 10:25

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コメント

曽木駅の藤の花,駅の看板を飾るように咲いていて,きれいですね。
これまで,ゆがんだレールや橋脚だけ残った鉄橋など,
高千穂鉄道の悲惨な風景を目にすることは多かったですが,
こんな素敵な風景があったとは知りませんでした。
自分も行ってみたくなりました。

投稿者 machako : 2006年04月15日 21:42

>machakoさん
コメントありがとうございます。
今回の撮影の目的を、ご理解いただけて嬉しいです。
>これまで,ゆがんだレールや橋脚だけ残った鉄橋など,
>高千穂鉄道の悲惨な風景を目にすることは多かったですが,
>こんな素敵な風景があったとは知りませんでした。

まさに、その部分が重要なんです。
上の画像はパワナビ松田さんのものですが(笑)。
僕も、現地に行ってmachakoさんと同じ事を感じたのです。
昨年の台風災害から半年が過ぎ、季節も巡りました・・・。
高千穂鉄道が今後何処に向かっていくのかは、
正直僕にはわかりません・・・。
しかし、現地にいると、止まってしまった時間と、
止める事のできない時間があまりにも生々しくそこにあるんです。
僕は県北の人間ではないので、
地元の方達ほど、深く鉄道に接してはいません。
でも、僕なりに感じた何かを日々輝のコーナーを通じて、
全国に発信できればと思い撮影しました。
中には「台風の爪あと」的な画像も使うかもしれません、
しかし無理やり過去に追いやろうとしているわけでもなく、
逆に何かを暗示させるものでもないのです。
次回の日々輝はそれをご理解いただきつつ、
ご覧いただければと思います。
先ほど、2回目の撮影が終了しました。
画像点数が多いので
、3回ぐらいに分けてのアップになるかも知れません。
只今編集中です、アップまで今しばらくおもちくださいね!

投稿者 オオタヒサヤ : 2006年04月16日 18:36

高校時代、TRを利用して高千穂まで通学していました。TRの沿線上で季節の移り変わりを感じたものです。深角駅の桜はとても綺麗でした。朝の通学時だけの満員電車など、とても懐かしいです。
今回オオタさんがTR沿線上を撮影されて感じた事、地元の人と同じものだと思います。これからどのようになっていくのかは誰しもわからない事ですが、素晴らしい風景が多くあるのに、これから先見られる事もなくひっそりと過ぎていくのは哀しい気がします。
今回オオタさん撮影のもと、パワナビでとりあげていただいて良かったと思います。やはり自分が過ごした場所などがとりあげられていると嬉しいですね。

投稿者 Nina : 2006年04月19日 22:41

> Nina さん

高千穂鉄道は地元の皆さんにとっては
様々な思い出がありすぎる題材だとおもわれます。
僕はそんな皆さんの記憶ほど高千穂鉄道に接していませんが、
撮影の中でそれらの思い出をイメージしながら様々な風景を切り取ってみました。
あまりにも目に留まる風景が多すぎて今回の「日々輝」は
数回に分けてのUPとなりそうです。
思い入れの深い皆さんの目からすると物足りない
かもしれませんが、できる限りたくさんの風景を御紹介したいと思います。またこれを期に高千穂鉄道のことを様々な角度から思い出して頂ければ嬉しいです。
まず第一段として「延岡駅〜上崎駅周辺」までの画像をUPしましたので是非御覧ください。

http://www.pawanavi.com/hibiki/

投稿者 オオタヒサヤ : 2006年04月20日 11:41

あの川水流駅近くの鉄橋のそばが私の実家です。写真を拝見させていただいてあの台風の日を思い出しました。鉄橋が流されていく瞬間、町が水没した時、とてつもない絶望感を感じていました。あの時の思いはだんだん薄れてきましたが、自然の怖さは忘れることはありません。
日頃の自己予防しか被害を最小限に収めることは難しいと思います。
しかし、このよきふるさとをずっと愛していくためにも今後とも自然とうまく付き合いそして何事にも前向きに取り組んでいきたいと思います。

このような写真を撮っていただいたことに本当に感謝いたします。ありがとうございました。

投稿者 しらごん : 2006年05月01日 20:11

> しらごんさん

しらごんさんがあの台風の日に目にされた光景を、そして恐怖や絶望感や虚無感を僕は想像することしかできません。
でも、『日々輝』の撮影をさせて頂いた日、川水流駅近くの壊れた鉄橋の上に立った瞬間に自分の体が震えはじめたのを覚えています。言葉がでませんでした。


そして今回しらごんさんから頂いたコメントを読ませて頂き、
しらごんさんの書かれている。

>このよきふるさとをずっと愛していくためにも今後とも
自然とうまく付き合いそして何事にも
前向きに取り組んでいきたいと思います。

というこの言葉で胸が熱くなってしまいました。
いろんなことを他人のせいにしながら生きてきた
自分自身のことを恥ずかしく思いました。

しらごんさんを見習って、前向きに生きて生きて生きていきたいと思います。
ほんとうにコメントして頂いて感謝いたします。
ありがとうございました。

投稿者 オオタヒサヤ : 2006年05月02日 03:33

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