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2005年09月07日

台風14号被害状況~延岡

☆パワナビ松田

 今日の日記では、台風14号の被害状況などのレポートを紹介させて頂く。
本日パワナビに設置した、画像添付可能な台風災害報告掲示板にも、
様々な書き込みをいただいたが、私達も出来るかぎり、
現状や生の声を伝えて行きたいと思っている、ぜひご協力いただきたい。
 只今、パワナビ事務所(延岡市粟野名町付近)は昨日からの停電で、
インターネット関係の仕事が一切不能。
しかし、私達の周りだけをパッと見渡しても、大変な状態を迎えている方が
たくさんいる。私達に出来るのはそれらを出来る限り正確に伝える事。
噂によると(これ自体に疑問がのこりますが)電力供給が可能になるには
まだまだ時間がかかるということで、明日や今日の夜中になってしまっては
遅過ぎて意味が無い!ということになり、急遽、パワナビ事務所から
パソコンを抜き取り、ネット環境の整っているパワナビ☆ヒデ宅で
これらの情報をアップすることになった。
下は、パワナビ仮説事務所「ヒデ宅」での作業風景↓
050907hide.JPG 050907matsuda.JPG

下記は延岡南方方面で最も深刻な被害を受けた細見・小川地区。
本日と昨日の画像を比較して頂ければどれほど凄かったかがわかるだろう。
中には2階の床にまで水が達したというから、五ヶ瀬川氾濫の凄さがわかる。
今日は、住民の生の声も聞いて来たので、下記よりさらに詳しくご紹介したい。

下は6日、台風直撃時の細見・小川地区の画像。電柱、標識の上部がみえるだけ。
050906hk01.JPG 050906hk02.JPG

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本日7日の画像、水は引いたが、飲料水・電気が来ていない
050907hk01.JPG 050907hk02.JPG

まずは上記の南方で一番被害を受けた細見・小川地区の詳細から。
確かにこの近辺は五ヶ瀬川から発生する水害を受けやすく、
毎年、被害の出る地区ではあるが、それだけに、様々な工夫もされていて、
故意に床を高くしていたりする一般住宅などもある。
しかし、今回の台風14号は、そうした住民達でも予想だにしない大きさだったようだ。
2階部分に座敷をもつ住宅でも、畳が水没するぐらいの水量にくわえ、
夜になっても電気はこない、避難所などには行くすべもなく2階に取り残される・・・。
その水の音、風の音、暗闇、その恐怖もただならぬものだったろうと想像ができる。
下の画像は、国道218線、高千穂鉄道ガード脇にある商店を営む方の住居だ。
この時はお昼すぎ・・・すでにあらかたの作業がすんでいた。
にしても、現場は凄い荒れようである。
hosomi001.JPG hosomi002.JPG

パワナビに本日より新設した災害報告掲示板に、メディアや行政の対応の悪さを上げる方が多いが、
ここでも現地の方達から同じ事を言われてしまった。
「おそいよ~もっと早く来てくれなくちゃ・・・電気が来ないばかりか
水もこないんだよ・・・去年は今頃水が届いたんだけどね・・・。」
そういわれても私達、個人の力で、できる事は限られているので、とにかく私は
「画像を撮ってなるべくはやく伝えます」
と、いうしかなかった・・・。「今頃来て・・・。」そんな視線を感じたのは言うまでもない。
hosomi003.JPG hosomi004.JPG

ぐちゃぐちゃの店内を見ると何も言えなくなる・・・。
昨日まで、普通にそこで暮らしていたことが信じられない。
この商店のご主人らしき方に話を伺った。
「いや~逃げる間なんてないよ。まあ、ウチは土台がしっかりしてるから、
2階にいればどうにかなるとは思ったけど、流石に2階まで水が上がってくると
こわいね・・・電気もきてないから真っ暗だし、雨がやんでも外にはでれない。
飲み水もないんだよ・・・。移動もボートが無い限り無理だしね。」
といいながら、指をさしてくれた。
「あの天井裏まで色が変わってるのがわかるだろ!
そして、こっちの店内は壁の所に泥がついてる・・・・・
隣なんて、完全に2階の床上まで来たんだから逃げ場もないよ」
hosomi005.JPG hosomi006.JPG

昨日の事を考えれば、彼ら住民の恐怖は相当なものだっただろう。
県内には同じようなところがたくさんあるはずだ、
とにかく、人の手は足りないだろうが、それぞれが、自分に出来る事を考えて
やっていく事が大切だとおもう。
停電といえば、昨日は我が家も停電だった。
ご飯は直火で焚き、子供達はろうそくの火であそんでいた。
うちは古い農家が多い地域で、外にでると、各家庭から、
本当に小さな、ろうそくの火がもれてくるのが見えた。
kodomo.JPG
そういえば、昨日は、夜中になっても(今日もだが)電気がつかず。
国道10号線の北方面で、最も水害がひどかった桜ヶ丘に住む親戚より
「ご飯がない」との連絡が入り、幸い裏道が通れたので、
私は、白飯をもって、行縢から桜ヶ丘まで、行ったのだが、
それにしても、町中が真っ暗で、国道10号線にも信号の灯がともっておらず、
不気味だった・・・。親戚達はかなり疲れていたようで、
とにかく、停電の理由だとか、その他地域の事だとか、情報をほしがっていた。
さらに、帰りがけパワナビ事務所が気になり、粟野名町によったが、
こちらも、一帯が真っ暗、おかげさまで事務所に被害は無かったが、
道路を挟んで向い側はどっぷり水没していた・・・。
そしてそのまま国道10号線、昭和町から海側におれていったが、
普段、近所の方が大切に管理している畑などは、完全に水没していた。
楽しそうに野菜を育てている姿を見ているだけに悲しかった・・・。
昨日はテレビでも、浸水の模様が写しだされていた祇園町を最後に帰宅したが、
祇園では深夜といえども、店舗には灯りがともり、水を掻き出す作業をしていた・・・。
誰もが「今までに無かった」という・・・。それもそうだが・・・。
昨日の画像といえば下記にあげたのが、国道218号線の小峰付近である。
ふだんは見渡す限りの田園が広がっているのだが、完全に湖と化した。↓
21801.JPG 21803.JPG

そして、下記が台風災害報告掲示板に書かれていた、警察官、または管理者のいない
交差点の画像だ。まさか・・・と思い調査に出かけた・・・するとどうだろう。
通行止め箇所には、誘導係がいるものの、国道10号線を含め、
かなり交通量の多い交差点にも、警察官はおろか、管理者さえもいなかった。。
これは、みなさんが怒るのも無理はないとおもった・・・。
近くの方に聞いてきたら、朝からこの状態で、車と人がごったがえしていたそうだ。
とても怖くて子供を学校に行かせられなかったとも言っていた。
ある人物に聞いてみたら、その辺の誘導は交通安全局が行っていて、
警察などは、調査などで忙しいのでは?と言っていたが、それにしてもいい加減すぎる。
私自身運転していて、オイオイという瞬間が何度もあったし、
台風の後処理と交通渋滞でイライラしている中、思わぬ交通事故などの
二次災害が起こる可能性が多いので、警察官でなくとも交差点毎に誰か担当者を
つけるべきだと思った。人手がない・・・というのは事故があってからでは
言い訳にならないはず。せっかく台風をやり過ごしたにもかかわらず。
つまらない事故で怪我をしたり、命をおとしたら意味が無いではないか。
下の画像も決して交通量が少ない交差点ではない↓
oioi01.JPG oioi02.JPG

最後に本日の模様を紹介して終わりにしたい。
一刻もはやく、通常どおりの生活に戻れる事をねがうと同時に
事後処理、災害情報の大切さを、あからさまに実感させられた。

本日7日の国道218号線祇園町付近
gion01.JPG gion02.JPG

本日7日の国道218号線小峰付近
gion03.JPG gion04.JPG


ここから先はまだ続く・・・。
先ほどパワナビに直接携帯電話で連絡があり、
今回の水害で一人、現場に取り残された、ある男性が
災害の中、デジカメで画像をとり続けていたという貴重な画像だ。
災害報告掲示板に「まちゃさん」からの書き込みで「古川町の友人」がでてくるが
まさにその人である。なんとか連絡をとり、話を聞こうとしたところ、
「画像も撮っている、取りに来て欲しい」との事だったので
さっそくパワナビ☆ヒデが現場に向かった・・・。
と、いうわけで、ここから先はパワナビ☆ヒデにバトンタッチ。
アップまでに少し時間をもらいたい・・・。


P☆ヒデ
先ほど画像をいただいて来ました。
五ヶ瀬川の氾濫でみるみるうちに水かさが増した古川町一帯。
近年、排水施設が出来たのにもかかわらずなぜ?と疑問の声も多いようです。
「降水量の問題だけじゃなさそうだ」と地元の方達は言っていた。
理由の一つにもちろん降水量がある、しかし、延岡道路の建設に伴い古川町から見た対岸の堤防が
グッと高くなっている。これでは一定水位を超えれば古川町側に水流が一方的に流れ込むのは明らか。
不測の事態と言われればそれまでだが、それでは済まされない問題だ。
しかし、今回の一連の取材で感じた問題は、起こりうる前の段階での行政その他の対応、
そして、起こってしまった後の対応だ。

以下の写真は延岡市内でBAR麒麟を営む一色さんから頂いた写真。
急激に流れ込んだ水流で避難する間もなく、何の情報も入らず、
自宅の2階で増える水流を前に「自分に出来ることを」と懸命に撮影した貴重な写真です。
小さい画像は携帯電話で撮影したもので、たまたまP☆ヒデの携帯と同じメモリーカードだったので
こちらのカードにデータを移してもらうことが出来ました。

まずは6日の夕方の画像。 まだ増水途中・・・
haitu.JPG mira.JPG

少し高い駐車場でもこの状態。  2階の位置からでも水面はこの近さ・・・
pajero.JPG nikai.JPG

そして、一番水位が上がる少し前の状態。
上のカーブミラーと同じ物だ・・・ 古川ハイツは文字の下のラインまで来ていたと・・・
mira2.JPG

救助?(調査?)がやって来たのは五ヶ瀬川の水位がすこし落ち着いた頃。
だが、一色さんの自宅周辺で見たのは3回程度だったとのこと・・・
kyuujyo.JPG kyuujyo2.JPG


そして、ここからは明けて7日の画像。
実際の水が増えている写真が無かったとしても、これらの画像だけで、どれだけの水嵩と勢いがあったかが
想像出来るのではないでしょうか?
haitu3.JPG haitu2.JPG


6日の画像で水没していた車。
ワイパーに付いた木くずで何処まで水位が上がったのかは想像が付く・・・
pajero2.JPG car3.jpg

シャッターに付いた泥。 この位置以上に水位が上がった事を物語っている
sinsui.JPG 

ここからはP☆ヒデが一色さんにデータを預かって仮設事務所に戻る途中に撮影した物。
これは、映画でもドラマでもなく現実・・・
fensu.JPG gareki.JPG


台風情報などはテレビやラジオで見たり聞いたりする事が出来る、しかしそれは、日本地図上での事
実際に必要なのは、周辺の河川の状況などだ、これは、各個人ではなかなか情報入手が出来ない。
情報が無いのでは、避難するタイミングもなかなか判断できないのが現実ではないでしょうか。
川の水や山間からの水は、何処からともなく、あっと言うまにやってくる。
今回の場合、暴風圏内に入る前にすでに河川がかなり増水していました。
しかし、皆が皆、河川の状態を見に行けるわけではない。
そういう場合に必要なのは、正確で確実な"周辺の現状"
ニュースでいつまでも「氾濫の恐れがあります」ではしょうがない。これはあくまでも広域に向けての情報。
情報を集められて、発信できるのは?
早い段階での"現状把握"と最悪の事態を考えての"情報発信"するのは?
隣のおじさんか?それとも県外の親戚か?答えは明らかです。

"やっていた"のかもしれないが"伝わっていない"。 この事実は変わらない。

皆さんからの生の声をお待ちしています。

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投稿者 pawanavi : 2005年09月07日 15:15

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コメント

お仕事お疲れ様ですp(^^)q
ってゆーか、まだお仕事中の様ですが、
お体には十分お気を付け下さいネ♪(^.^)b♪
私の会社も、停電したままで、
今日も仕事休みになりました…。
早く復旧してくれる事を祈っています☆彡

投稿者 サコ : 2005年09月07日 21:45

おつかれさま!写真提供者の一色です。あの日を振り返ると早々に停電したので頼る情報は友人からの携帯への電話とメール…あとは自分の状況判断だけでした。まじで命の危険を感じましたよ。まぁ警察や消防もあの風雨では救助なんて行くの恐いよね。救助に来たのは水がある程度引いた夜中だもん…しかも住民への呼びかけも無しだよ。ちゅうことはこちらが気づかなけりゃ黙って通り過ぎるんだよ…かたちんばの堤防のことも腹立つけど一番むかついたのは選挙カー…「被災地のみなさま復興ごくろうさま!頑張って下さい」だってさ…みんな頭から泥だらけ、流れてきた材木やゴミで傷だらけになって子供から年寄りまで頑張ってるのに車から降りもしないで「自民党の…を宜しく」だってさ!その気があるなら裏のばあちゃんは一人でがんばってんだからお前も泥かぶって手伝ってやれっつーの!ゆーばっかりならうどん屋の釜でもできるわい!投票日を楽しみにしてろ!!偽善者め…って感じでした。まぁオレは小心者だからそんなことよう言わんかったけど誰一人古川の住民は手なんか振らんかったよ。(;¬_¬)スマトラの地震津波やアメリカのハリケーンもそうだけどホントに頼れるものは自分と家族と近所の人だけってことだな…

投稿者 bar麒麟 : 2005年09月08日 22:18

>bar麒麟さん
貴重な画像とコメントありがとうございます。
本当に無事でなによりでした。
選挙カーにつきましては私も何度もみかけました。
同じ思いを感じました。
それと同時に、そのような人達に今後の地元を託していいのか?
と思えます。これはその時に感じた率直な気持ちです。
本当に悲しかったです・・・・・。
「きれい事で選挙は勝てないよ!」
とでもいいたのですかね・・・それが政治なんですかね?
本当に悲しい・・・。

投稿者 ☆パワナビ松田 : 2005年09月09日 17:13

自然災害の恐ろしさを改めて感じました。

「大きな台風がやってくる」
前もっての情報で、その事は分かっていました。

しかし、去年の台風の多さに比べて、
今年は初めての台風であったことなどもあり、
ここまでの被害が出るとは正直考えていませんでした。

台風に備えての、「3日分の食料・飲み物・衣服・薬」などの
非常用持ち出し袋をちゃんと準備できていたご家庭はどれほどだったのでしょうか?
避難勧告が出る前の早めの自主避難も呼びかけられていますが、
どれほど実行に移せたのでしょうか?

今までテレビ等で大地震や台風などの災害のニュースが伝えられるたびに、
心のどこかで「自分とは無関係だ」と思っていた事は否定できません。
この数日は、私にとって災害は本当に起きるのだと気付かされた日でもありました。


もちろん、いくら普段からの備えをしていても
今回のような大きな水害になってしまってはどうしようもなく、
財産が破壊されてしまうのが事実。
交通手段だけにとどまらず、電気や水などライフラインが遮断されてしまっては、
復旧作業・片付け等もままなりません。

今のこのときだけでなく、今後の自然災害に備えて、
私たちはどうしていかなければならないのか・・・
考えていくことを忘れてはいけないと思います。

現在も不自由な生活を送っていらっしゃる方々、
一刻も早い復興を祈っています。

投稿者 ぴゅあ : 2005年09月09日 22:25

謹啓

初めて、メールさせて頂きます。

 私は宮崎出身の男性、40代です。

遠方(名古屋市)に住んでいますと、故郷 宮崎の情報が初期的・断片的で歯痒い思いです。

今般の台風14号災害に見舞われた皆々様に、心よりお悔やみ申し上げます。


 さて 私は、幸い(?)にも昨年10月23日の「中越地震」の復興ボランティアに参加させて頂きました。

 震源地(震度7強)の新潟県川口町ボランティアセンター(全国から自発的に、勝手に?集まった個人集団の中心基地)の立ち上げから、そのセンターを社会福祉協議会へ、バトンタッチするまでの「お手伝い」の為に、延べ1か月間 現地に滞在しました。

(川口「町」といっても人口 僅か5,600余名の田舎村。有名になった「山古志村」の隣です。)


 沢山の貴重な経験をさせて頂きましたが、その1か月間を語るには、数時間を要しますので割愛します。そこで…


      【最も、お伝えしたい事】

①実際の被災地の惨状は、新聞・テレビ報道の5倍!、10倍!!であること。
又、新潟の場合余震が続き、自分自身の身の危険を五官で感じることが度々あった。

②民間ボランティアは、純粋な「何か、お手伝いをさせて下さい。」の気持ちで全国から勝手に?来ているので、宮崎の被災者の皆様にも、『どうぞ、ボランティアに甘えて下さい。』と申し上げたい。
※注…新潟には、悲しいかなボラを装った火事場泥棒が一部、徘徊したようです。

③今般の台風災害についても 自治体は、近隣地区からのボランティアのみを求め勝ちであるが、「お手伝いをしたい人」は、手弁当(テントや自家用車を含む)で行くのであり、遠方からのボラお断り的な報道・通知は、行うべきでない。
余計なお役人の気配りである。
 本当に困っているのは、被災者の皆様であり、あなた方お役人さんでは無い!
(新潟での経験上、『非常時に役人は、何の役にも立たない!』…を実感しました。)

④罹災現場には、多くの無償労働者へのニーズ(声なき声)がある。
例えば…。
>医療関係者
>老人、子供の精神的ケアの経験者
>マッサージ、鍼灸師
>理容、美容師
>建築、電気、水道技術者

又、ご参考までに
 日本道路公団は、災害ボラに対し「無料高速通行証明書」を発行してくれる。
現に、私は名古屋IC~川口IC間の5往復、約10万円を無料で走行しました。

 ところで、中越地震のボラ活動には、偶々 行くことが出来ましたが、諸々の事情で、今般の故郷宮崎の災害復興ボラには、誠に申し訳ないのですが、赴くことが出来ません。


一日も早いご復興を、心よりお祈り申し上げます。


又、貴グループが益々、『美しき日向の復興』に ご貢献されますように…。

                         敬具

投稿者 名古屋の日向もん : 2005年09月12日 05:52

>名古屋の日向もんさん

様々な経験談ありがとうございます。
確かに宮崎は、こうった災害時のフットワークが重たいようです。
特に様々な情報告知のネットワークができておらず。
個々が断片的に行っておりますので、
被災された方々ならびに、ご親類のみなさまはさぞかし歯がゆい
思いをされたと思われます。
温暖化現象なども手伝って、今回と同じ規模の台風がまた今年
こないとも限りません。
今回の経験が本当に今後に繋がる事を願いつつ、
ただ被災地の早期復興に繋がる動きができればと思います。

投稿者 ☆パワナビ松田 : 2005年09月12日 09:46

京都に住んでる学生です。
実家が延岡にあり、今朝復旧作業から京都に戻ってきました。

実家のあるところは古川・岡富らへんで、毎回台風が来るたびに路面冠水は当たり前のようなところです。
今回も同じような意識で、あがっても床下だろうと考えていました。テレビのニュースも氾濫の恐れあり、避難勧告よりレベルの低い非難指示がでているということを伝えていました。それは実際氾濫しているのにもかかわらず、ずっと同じ情報がながしていました。家に連絡してもつながらなかったので、被害の少なかった地域にいた父から間接的に家が屋根近くまで上がってると聞きました。
すぐに帰りたいと思ったのですが、帰れないこの距離にいらだちました。やっぱり愛する故郷がひどいことになっているのにじっとはしていられません。すぐにでもと思いましたが、距離が邪魔して電車を乗り継ぎ6時間かけて帰ってきたのが夕方。その瞬間から何か違うと感じました。
延岡駅の電気がついてない。電光掲示板もついていない。緑の窓口に至ってはロウソクでやってるし、なんだかモーターの音がどこそこでする。すごいことになってんな~と思いました。
町全体が停電・・・家に近づくにつれひどくなって行く惨状にはもう目も当てられない状況でした。

うちの家族も含め実際被害にあった人たちは、
家がだめになったショックの上に、途方もない復旧作業で、
心身ともに疲れきっていました。
どうにもならない現状に怒りを隠せずに怒鳴り散らす人もいました。極限に追い詰められたとき本性がでるといいますが、その本性が皆むき出しになっているような感じを抱きました。
その状況は、見たこともないけど、戦場に近かったと思いま
す。

そんななかでも、ものすごくありがたかったのは被災者同士の助けあいや、ボランティアの方が来てくれたことです。毎日同じ作業で、つかれきってネガティブになっているとこを彼らの励ましで前向きにがんばらなければいけないと奮起することにつながりました。被災者の方は自分の家も被災しているのに、なぜここまで優しくできるのだろうかと思うくらいで、人の温かさの極みにふれることが出来ました。まだ人間はすてたものではないです。

実家もまだまだ完全に復旧したわけではないですが、周りが復旧していくにつれ、この被害の記憶が風化されていくのは耐え難いです。もう2度とこんな大きな被害にならないようにこの被害を記録に残していってください。

投稿者 のべおかん子 : 2005年09月14日 14:02

>のべおかん子さん
>この被害の記憶が風化されていくのは耐え難いです。

まだ、1週間しかたっていないのに
この町の多くの人々の間では風化してしまっているのが現状でしょう。
いつまでも引きずっていてはいけない・・・といわれるかも
しれませんが、今回の被災が、そして被災者達の今の頑張りが、無駄にならぬように、しっかりと記録にとどめ、
今後の対策を検討していかねばなりません。
被災した方達の声を聞きにまわっているときに、よく
「しっかり現状を写してくれよ!」
といわれます。みなさんも、きっと何かを残したいのだと思います。
今回のレポートなどは、ちゃんとバックナンバーとしてのこします。
のべおかっ子さんの熱いメッセージはパワナビ災害掲示板でも
ご紹介しておきました。

投稿者 ☆パワナビ松田 : 2005年09月14日 18:33

こんにちは!
選挙どころではなかったと思いますが、某候補者の方は2日後の細見~北方町でお見かけしました  当然タスキも選挙カーも無し
パフォーマンスととらえるかどうかは人によると思います

投稿者 う~~ん : 2005年09月15日 22:45

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