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2005年04月26日

Shall We Dance?

■タイトル Shall We Dance?
■監督 ピーター・チェルソム
■出演 リチャード・ギア、ジェニファー・ロペス、スーザン・サランドン
■作品詳細 シネマセントラル延岡プレイバックシネマへ

みんなの平均点→3.666点

シネマレビュー↓
※評価は5点が最高です!点数間隔は0.5点です。(平均が3点)
※コメントはあくまでも主観に満ち溢れていますのでよろしくお願いします。

パワナビ松田・30代 男性 (評価:3点)
 1996年に日本だけでなく世界的にも脚光を浴びた”周防正行”原作・監督・作品の邦画”Shall we ダンス?”が”リチャード・ギア””ジェニファー・ロペス”といった「いかにもハリウッド」な二人の主演でメイク版として蘇った?。「”Shall We ダンス?”は、ただ単に、焦燥感を抱いた男がダンスの世界に入っていく姿を描いた物語ではない。これは、自分の本当の幸せを追求する機会に恵まれた人の物語であり、ダンスに限らず、誰にでも起こる話だ」と、作品公式ホームページにピーター・チェルソム監督の談話があるが、日本版”Shall we ダンス?”は逆に「ただ単に、焦燥感を抱いた男がダンスの世界に入っていく姿・・・」この部分が実にコミカルに、そして丁寧に描かれていて、”役所浩司”がかもし出す遠距離通勤サラリーマンの哀愁?や、ほとんどお芝居をしていない、ある意味本物の”草刈民代”をはじめ”竹中直人””渡辺えり子”といった強烈なキャラクターが印象的な作品だっただけにリメイクも難しいだろうと思われるが・・・さて・・・。
 主人公のジョン・クラーク(リチャード・ギア)は遺言書作成専門の弁護士。ボタン会社の経理課長という役柄の”役所浩司”とはかなりイメージが違うが、来日時のインタビューで”リチャード・ギア”は”役所浩司”の演技・役どころにつて、こう語る「パーフェクトでした。あれ以上の演技は出来ません。ピーターが言うように、パーフェクトなものにどう変化を加えることができるかが私達にとっての課題でした。役所さんの演技はとても微妙でシンプルです。どんな映画の中でも一番難しいのはシンプルな演技です。ですから私達に出来ることはピーターが言ったように、アメリカ文化のフィルターをかけることしかありませんでした。」さらにピーター・チェルソム監督も「オリジナルにかなり忠実に再現していて、特に差をつけようとは思わなかったと」言いつつ「ただストーリーは同じでも、通されるフィルターが違うと思っています。オリジナルと一番異なる点はジョン・クラークのキャラクター設定です。彼はより裕福な状態にいます。彼の人生は紙の上ではパーフェクトですが、パーフェクトであっても欠けている部分もあるんだということ、リスト化されてしまった人生の中で何か欠けているものもある、ということがオリジナルと違うところだと思います。」このコメントからもわかるように「アメリカ文化のフィルターをかけることしかできない」ほど製作サイドにとっては難しい挑戦だったようだ。かつて”黒澤 明”の”七人の侍”をウエスタン調にリメイクした”荒野の七人”などは完全に”侍”を”ガンマン”にしたてているが、この”Shall We Dance?”はそういう作業はしていない。そういう意味では”リメイクした!”という部分を強烈にアピールするのが難しく、すでにオリジナル版を見ている方も多いと思うが、どうしても比較してしまう事が多いだろう。
 日本の映画ファンにとっては、オリジナル版は、およそ一般的な日本サラリーマンの目線から描かれており、ボタン会社で働く”役所浩司”にリアルな生活感を感じ、ダンスのシーンにきらびやかな夢の世界を感じる。その、夢の世界の最高峰にいるお姫様が”草刈民代”であり、一般の生徒達と彼女との距離は神様と人間ほどの差がある。小さなダンス教室にいる”草刈民代”はまるで天国から落ちてきた天使のごとくたたずんでいる。普通のサラリーマンにとっては手の届かない存在だ。しかしダンスをする事、楽しむ事により、その距離が少しづつ縮まるような気がする。そんなサラリーマンの哀愁を感じられるのがオリジナル版。しかし、ハリウッド版は”リチャード・ギア”と”ジェニファー・ロペス”のいかにもハリウッドといったお洒落効果や、ピーター・チェルソム監督がいうところの「主人公の設定はオリジナルより裕福な状態にいます」という部分、さらにオリジナル版では”原日出子”が演じた主人公の妻の役が、”ごく普通の主婦”だったのに対し、ハリウッド版では”スーザン・サランドン”がしっかりと仕事もし、自立した女性を演じている。そんなことから、主人公がダンスをする前から、私のような一般の日本人からすれば、すでにゴージャスな雰囲気が付きまとい、ダンスのシーンにある夢の世界と、現実世界との落差をあまり感じられない、大げさにいえば「そんなパーティーなんか日常茶飯事でしょ」といえなくもない裕福な家庭だ。さらにオリジナル版では、主人公が徐々にダンスにのめり込んでいくシーンが丁寧に描かれ、あこがれのダンス教室に入ったものの、そうしたスクールの泥臭い部分や、仕事をもった大人の世界のサークル内人間関係もコミカルながらリアルに伝わってくるし、なにより日本にとっては社交ダンス事態が日本の文化にはない、お洒落な海外文化なのである。バリバリの日本サラリーマン代表を見事に演じた”役所浩司”がダンスの競技会でみせたゴージャスな印象に、現実から解放された彼と、サラリーマン時の彼に落差を感じた。クラーク(リチャード・ギア)はダンスをする前から、すでに日本サラリーマン代表がほしいものの多くをもってしまっている・・・だから、ダンスの練習シーンが少なくても違和感を感じない・・・これが逆にいけない。奥さんと娘がこっそりダンス競技会を見に来るシーンを覚えているだろうか?あのシーンでは、見ているこちらまで「どうだいつものお父さんとは思えないだろ」なんて思ったが、今回は意外と言うほどサマになっていて、サッと見てしまえた。ある意味、落差がないのである。
 作品事態は、ダンスというより、アメリカらしい夫婦や家族の絆を描いたハートウォーミングなもので、涙しながら見れるシーンや、笑えるシーンもあり、楽しく鑑賞できる・・・残念なのは、テーマがアメリカのフィルターをかけた事によって”ダンス”じゃなくてもいいものになってしまっているところだ。日本人のもつ疲れた現代社会のイメージの中に、現実と夢の世界をダンスとサラリーマンで表現し、最後に夢の世界からドロップアウトした天使”草刈民代”が、泥臭い人間界に生きる”役所浩司”に投げかける「Shall We ダンス?」という台詞がいろんな意味に受け取れるオリジナルに対し、ハリウッド版は洋画では、よくありがちな”ハートウォーミングムービー”になってしまっている。ハリウッド映画なのでゴージャスだが、夢の分量はオリジナルのほうが沢山つまっている。なんといっても最大のマイナス点は”Shall We ダンス?”が、”ケビン・コスナーでShall We ベースボール?”でもいいような造りになってしまっているところだ・・・。まあダンスパートナーを人生のパートナーに引っ掛けているとするならダンスでなければならないが、ピッチャーとキャッチャーでも出来そうな気がしてしまう・・・。
 シリーズ物などの場合、「まだ見ていない方は、ぜひ、前作を!」といったコメントをいれるが、この作品に関しては、まだオリジナル版を見ていない方は、まずこちらを見てからオリジナルを見てはどうだろうか?そうすれば、後でオリジナル版を見た時に「やっぱり日本映画って華がないよね!」で、軽くかたづける事ができる”かも”しれない・・・。
 しかし、個人的に、いちばん違うという夫婦設定の部分だが「もともとパーフェクトな弁護士と、仕事を持ち自立した妻」という今作の設定より、「パーフェクトにはほど遠いサラリーマンと普通に悩みを抱えた主婦」という設定のほうが、ダンスの世界がまるで幻想の世界に見えて面白い。今作の設定では、ある意味”ダンス”ではなく”リチャード&スーザンのような生活こそ夢”じゃないか?とも思う・・・そこまでパーフェクトで今更ダンスでもないだろうと、ひがみの一つでも呟きたくなる。そこでオリジナル版に軍配を上げることにした。リメイクではなく、オリジナルからヒントをもらって、ダンス以外でまったく別の作品にしてもよかったのではと感じた・・・と、ここまで言っているくせに、涙腺の弱い私は「あのシーンで」半泣きしていたと思う。いやした?っていうか、子供とか、家族とかで泣かせるのは反則だよ(笑)。


パワナビHIDE・20代 男性 (評価:4点)
 幸せに飽きたらダンスを習おう。というキャッチフレーズのハリウッド版「シャル・ウィー・ダンス?」。原作はご存知我らが日本の周防正行監。1996年度の日本アカデミー賞で13部門を独占。全米でも、ナショナル・ボード・オブ・レヴューなどの8つの外国語映画賞を受賞した映画。日本版とハリウッド版の大きな違いはなにか???そうはやっぱり、「文化」でし
ょうね。大まかなストーリーは同じでも、文化の違いから主人公が抱える悩みというか、葛藤の設定が大きく変わっています。そういう所から、ハリウッド版「シャル・ウィー・ダンス?」は只のリメイクではなく、オリジナリティ溢れる作品になっています!
 主人公「ジョン・クラーク」を務めるのはリチャード・ギア。映画「シカゴ」でも華麗な歌とダンスを見せてくれたリチャードですが。今回も見事なダンスを披露してくれます。ジョンががダンスを始めるきっかけは、ダンススクールの窓から憂鬱そうに窓の外を眺めるジェニファー・ロペス扮するポリーなの姿を電車の中から見つけたことでした。仕事も順調。マイホームを持ち、家族もいて、どう見ても幸せな生活を送っているであろう「ジョン・クラーク」。そんな彼も単調な生活の中でなにか、物足りなさを感じていました。そんな中で見つけたポリーナの姿は彼に強烈な印象を残しました。そこから、彼のダンス生活が始まります。初めはポリーナ目当てだったものの次第にダンスの楽しさを知っていくジョン。毎週1回のレッスンと会社、家庭、駅のホームでの個人練習。そんなジョンを不振に思う妻。「浮気?」という思いから、探偵に調査を依頼。探偵の薦めでジョンの出場するダンス大会を見に行くことになり、事実を知りますが、やりきれない思いが怒りに変わります。そこでジョンが発した言葉が凄く印象的でした。「自分が恥ずかしい。恥ずかしいのはダンスを習っていた事じゃな
く、充分幸せな生活を送っていたのにそれ以上を望んだ事」という言葉。葛藤、憧れ、情熱を通して一番大切な物はなにかを思い出すんですね。 しかし、「日常な」「平凡な」と言っていますが、そこはハリウッド!そんな、洒落た事しねぇ~よ~って事を「日常的」にやっちゃってます(笑)そこが、映画ならではの楽しみなんですが・・・。
 見所は、前編に渡る、リチャード・ギアの演技。微妙な笑い顔や満面の笑み、困った顔。そんな、細かい表情が、物語に厚みが出ている気がします。この映画の楽しみの一つでもある、笑いどころも満載。脇を固める個性的な俳優人がいい味出してます。日本版を見た人も、見てない人もきっと楽しめると思います。この映画を見て、日本版を見直して、日本とアメリカの文化の違いなどを見比べるのも面白いかも知れません。社交ダンス=恥ずかしいという気持ちの強い日本に対して、割と一般的なアメリカ。こんな大きな違いから、細かなライフスタイルの違い。色々な「違い」を見て取れると思います。
 是非、この映画でアメリカのハリウッド的「日常生活」を味わって下さい。きっと「非日常」味わえるとおもいますよ。しかし、幸せな気持ちで劇場を後に出来ることだと思います。


■主婦さん 40代 女性 (評価:5点)
 文句なし5点満点です。ひと言で言うと、「よかったぁ」って感じです。リチャード・ギアの素敵さを改めて感じました。そして、夫婦の絆の大切さも改めて感じました。ちょっとダンスを習ってみたいかなぁ(笑


■TSさん 女性 (評価:4点)
 社交ダンスをしていますので、公私共にパートナーの大切がわかります。この映画ではそれぞれにパートナーの大切さが描かれていると思います。オリジナルも見ましたが、ダンスの部分や、ダンスに引きこまれていく部分はやはりオリジナルには勝てないようです。リチャード・ギアさんも素敵で、とても楽しめましたが、こちらは、ダンスでいえばラテン系といいますか、かなり大味だったように思います。


■AOさん 女性 (評価:4.5点)
 TSさんと一緒に社交ダンスをやっています。ちょっと泣いちゃいました(笑)。ハリウッドらしく、家族などの話に重点を置き、見せ方も派手で楽しめました。残念なのは、主人公が気付いたらダンスが美味くなっていました・・・もっと、上達までに様々な人間関係や、努力がオリジナル版にはあったように思えます。今作もオリジナルもどちらも男性は素敵ですね。ただ野生的なジェニファー・ロペスと、知性的な草刈民代ではまったくキャラクターが違いますね!


■モップ 30代 男性 (評価:1.5点)
 日本のオリジナルもみたけど、そっちのほうが断然よかったです。この作品では、全てが揃いすぎた主人公に「まだ必要なのかよ」といいたくなりました。まったく共感できません。台詞に重みがなく、なんかハリウッド的言葉遊びを聞かされているような気がしました。途中でリチャード・ギアとジェニファー・ロペスが2人で踊るシーンは、ちょっと引きました・・・。オリジナル版を見なければ、もっと楽しめたと思います。

投稿者 pawanavi : 2005年04月26日 18:28

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